海辺暮らし

都会を離れて海辺でスローに暮らす…のはいいんだけど

20世紀よさらば

2008年11月12日 | Weblog
まったく。今度は喉が痛い。珍しく風邪をひいたらしい。
めったに人混みに出ない私が、病人がいっぱい!の場所に長時間いたんだもの。
おまけに急に寒くなったし、検査の1時間が私にかなりのダメージを与えた。
なんてこった。弱っちいのお。
まあ風邪はたいしたことない。
それよりパソコンのメールを開けたくない事態。
どこから漏れたか、私のフルネームとアドレス宛てに山のようなメールが来る。
馬鹿馬鹿しい男たちのお誘いメールのようだけど、触るのもいや。
他のメールとコマンド・オールして削除し続けている。
もはやアドレスを変えるしか手がないようだ。
それにしても、迷惑な話だ。
息子によれば、ソフトを使って多量にメールを送信して、中の一つでもひっかかったらよし、という手合いらしい。
でもどこで漏れたのか、ちょっと怖い、と息子が言うので、私はマジ怖い。
早くアドレス変えなくちゃね。

話は変わるが、田母神とかいう人が登場したね。
あれはね、元右翼の鈴木なんとかさんという人が先例だけどさ。
物言う場がほしかった人よね。
認めたもらいたい人々。自分はこんなに正しいのに、それを認めない世の中や政府に物申す!ってことで。
日陰の身に長く置かれていた人たちが、そんな鬱憤をためていたのかと驚いた。
橋本治さんの本を今読んでいるが、彼のように、「自分は正しい」でこり固まった人のことを「20世紀型人間」というんだそうな。
ほに、あの中山元大臣の陳腐さに通ずるでしょ。
陳腐なんて言ったら、この人たちは怒るだろうなあ。
何たって「正しい」と思い込んでいるんだから。
20世紀は「正解」がどこかにあった時代だと橋本さんは書く。
やたらとひらがなの多い、難しい単語のない本だ。
ちんたらちんたら書かれているように、一見すると感じるが、どうしてどうして。
よーく納得できる本なのだ。
そう、「わかる」と「知る」と「納得する」の違いのわかる人。
うーーーん、すごい!と拍手しながら読んでいる。
ちなみに20世紀型の人間は、自分を批評する目を持たない。
自分を見る他者が存在しない、というのかな。
これ、がーーーん!でしたよ。
だって、私が夫と出会ってずっと闘い続けてきた一つがこれだったんだもの。
長い闘争の末、彼はちゃんと、いやほとんど?、20世紀型を卒業した。
自分を批評する目を持てるようになったのだ。
ああ、彼が72歳であることを思えば、20世紀型まっしぐらなのは無理もなかったな。
それでも私と出会い結婚し、しぶしぶながら私の話に耳を傾けているうちに…。
うれしい話である。
田母神氏の文章を読んでこの一点だけ納得いかない、とあの三宅先生が言っていた一節がある。
電機製品なんかは誰でも造れる、という前段から入り、支配・被支配の関係は戦争に勝つことによってしかひっくり返らないと結んでいる。
三宅先生、ここにひっかかるところだけは拍手します。
よくぞ、見届けてくれた。
先日の「たかじんのそこまで言って委員会」では、田母神氏の代理みたいな元自衛官が出てきて、例えば阪神大震災のようなときに、政治のトップの指示を待たずにゴーできる自衛隊が望ましい、みたいなことを言って、三宅先生を怒らせていた。
びっくりでしょ。そんなことを堂々と言えるなんて。子どもじゃないんだから。
自衛隊がいかに日陰に置かれていたかを想像してしまった。
日陰というか、引きこもりというか。
俺たちを認めてくれ、たって、それじゃあね。
何10年も昔にタイムスリップした感じ。
俺たちに主導権をよこせ、と言っているのよ。
こんなことが世の中通ると思っている感覚があわれ。
ああ、もう書く気が失せた。
ますます喉が痛くなるのでおしまい。

最新の画像もっと見る