
9月、上京する前に、自分の中で決着をつけたものがあった。
ずっと、意味もなくそこに拘ってしまっていたのだ。そして、自分らしさに蓋をして、その色に併せるかのように少しずつ自分の色を失ってしまっていた気がする。ソレらが発する言葉に一喜一憂し、何かしなくてはいけないとか何者かにならなくちゃいけないんだ?って気持ちになた。
きっと、フェアな状態だったら...それが本当に大事なものかどうか考えなくても判断出来たものかもしれない。
でも、拘って一生懸命になって、見えなくなっていたんだなぁ。
胸が締め付けられるような思いも醜い感情が自分の中に芽生えたのも、そういう感情を味わえたことは結果的に全て良かった。それに、パワーもたくさんもらった。だから悪い事ばかりではないよ、良い事もたくさんあった。
結果、いい皺が増えた。
そう、苦みをおいしくいただいたのだ。
ただ、あのまま自分の中で決着をつけずに出て来ていたら?と思うと、未だにそこに引きずられたまま哀れな感情に縛られ、ただただ好ましくない時間が過ぎ、気が付いたら空っぽになってしまった自分に途方に暮れていることになったかもしれない。
何かを見つけるためには、何かを捨てなくちゃ見つけられない時もあるんだな。
そうすると、何か入ってくるんだって。
姉の口癖。
何かをしなくちゃいけない。も、
何者かにならなければいけない。も、
人に誇れる自分で居たい。も、
誰かに頼られる自分で居たい。も、
美しくいなければならない→は要らない。なりたい→は◎。も、
一生懸命!頑張らなくちゃいけない。も...
他人から目線のそんな事、
そんなこと、どうだっていい。
一生懸命...
なんて言葉、わざわざ言わなくたって良い。
それぞれ、自分なりの一生懸命をきっと気付かないうちに皆やってるんだ。
敢えて一生懸命頑張ります!なんて誓わなくていいし、他人に一生懸命を強要したって仕方ない。
その言葉に支配されて、歪みがくる時だってある。
ほどほどに...
頭に想い描いて組み立てた計画のようには、人生なかなか思うようには行動できないもの。でも、それはそれでいいのかもしれないと、最近思う。
掌をするりと零れ落ちて行くように時間はあっという間に過ぎ行くが、そこに焦りを感じて苛立っても仕方なかろう。
無駄な事など一つもない。
諦めるとか怠けるとかそういうことではなく、一つの考えに捕われて大事な別のチャンスや時間までも失われてしまわぬように、全てに無駄はない。
最終的な目標を失わなければ時間がかかったって、道筋を変えてみたっていいんだろう?と。
人がこうだからとか、こういう人間にならなくてはならないとか、お前新聞を読めよ!とか、そんなことも知らないのかとか...
まぁ、大人として大事な部分でもあるけれど、小さな事よ。
知らない事はこれから知る努力をすればよいだけだ。
出来ない事は、出来るようにやってみればいい。
周りばかりを気にして今を焦ってしゃかりきになってココロを削るより、時間をかけて小さな莟を育てるタイプの人間だっている。
人、それぞれだから。
先月、私が名古屋から東京へ戻り、今月頭また名古屋に戻る約一月の間に実家では色々な事があったようだ。
なぜ、私には話してくれなかったのだろう?と少し寂しくもあったが、それは、こっちに出て来ている私に余計な心配をかけたくないという家族の愛情なんだと。
その想いの大きさと比べ、こんな自分が情けなく申し訳ない気持ちになった。
いい時もあれば、うまく行かない時もある。
父も母も姉も全く諦めの悪い質の人達だ。
そして、苦労をおいしくいただいているんだろう。
めちゃくちゃな部分もぜーんぶ丸ごとひっくるめて、この人達のことをすごく誇りに思う。
一生懸命なんて言葉は、わざわざ口になどしないけど...なんかかんか気が付いたらやってる。
うまくいかなくったって、周囲にどんな風に映っていたって、なんと言われようが、諦めの悪い質の人達だからとにかく何かを守るために常に前を見て行動にうつしてるんだ。
すごいなぁーっていつも勇気をもらってる。
正しいとか間違ってるとかそんな事はどーだっていい。一生懸命さが足らない?とか、何も知らないヒトが何を言う?
計画通りにいかなくたって、所謂成功でなくたっていいんだ!悔しさを何倍ものばねにして、これまたおいしくいただきながら日々を生きている。
そんな家族を誇りに思う。
たわいもない時間や空間にだって、色んな感情を抱き、新たな出会いやチャンスがあって、何か新しい発見をしている事だってある。
流れのまま身を任せてみる事だって、時にはいいものだ。
今を見て先を恐れるより、先を見て今を一つずつ積み上げて行く事の方が大事だ。
人生に勝つっていうのは死ぬまでわからん。
死ぬまでに何かに勝てたらいい。
駄目な自分ほど愛おしく、大切に育ててあげなくちゃいけない。
そう思うんだ。
そしていつかその育った莟が花を咲かせる。
そのイメージは忘れずに...駄目な自分が歩いている時間をおいしくいただこう。
手を合わせて。
他人にじゃなく自分で自分を誇れるような事があれば良い。
どんなちっちゃな事でも!
今日は肉じゃがおいしく出来たよ!とかね。
そんな事だって、いいんだ。
どんな過去も、未来も現在も...失敗も成功も不安も期待も、ぜ~んぶ平等においしくいただきましょ。
明日になれば、また別の朝がやって来るのだぁ!!!!
と、自分にも言い聞かせてみるのである。
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