#中村彝 新着一覧
中村彝の洲崎義郎宛書簡、「小供をお願いします」とは?
中村彝の大正9年4月7日の洲崎宛葉書に「小供は前々からの希望で実に結構ですが」とか同年同月9日の葉書に「小供をどうぞお願いします」というフレーズがある。ここに出てくる「小供」とはどういう意...
中村彝の洲崎義郎宛書簡、肖像画の本質
中村彝の洲崎義郎宛書簡、新潟県立近代美術館の『中村彝・洲崎義郎宛書簡』(1997)で大正9年9月20日の書...
中村彝の洲崎義郎宛書簡、弟子入りした塩井雨江の娘
大正9年9月20日の洲崎義郎宛書簡も1997年の新潟県立近代美術館での展覧会で紹介されたきわ...
中村彝の洲崎義郎宛書簡、その時の喀血と未完成作品
今回検討するのは『中村彝・洲崎義郎宛書簡』(新潟県立近代美術館、1997)で、大正9年7月5日とされている書簡であ...
中村彝の洲崎義郎宛書簡、画室でのある《会合》
中村彝の洲崎義郎宛書簡は、彝が書いた詩文や書簡などを集めた『藝術の無限感』に収録されている。が、1997年...
中村彝と『聖書』
中村彝は、友人の野田半三によると、明治40年5月、植村正久牧師より市ヶ谷教会で洗礼を受けた。しかし、「未だ基督教の奥義に徹しない内に、藝術がもっと強く君をひきつけてしまったのか、...
中村彝の手紙におけるラプラードの「おメン」とは?
中村彝の大正12年7月30日の鈴木金平宛の手紙にこんな行(くだり)がある。 「よく皆からラプラードの《おメン》の話をきかされ...

中村彝のシスレー模写と『藝術の無限感』の断章
中村彝の『藝術の無限感』に「感想その二」という項目があり、実はその中に、中村彝が模写...
中村彝『藝術の無限感』の中のフランス語(続き)
前回は標記の本の中で彝が「物の主眼となるべきレピュテ」と表記しているところ(84頁)の「レピュテ」は...
中村彝『藝術の無限感』の中のフランス語
中村彝は、生涯の終わりの頃にテーヌの『藝術の哲学』を和訳した原稿を残しているが、これは公刊されるに到らなかった。...
中原悌二郎の友人・雨宮雅郷
中村彝や中原悌二郎の文献に掲載されているある写真を見ると、そこに雨宮雅郷なる人物が親...