トンネルで辟易してるとパッと目の前に海が広がります、ここが古くから北陸道(越路)最大の難所の親不知子不知。トンネルは一旦終わり高速道路は海上を走り海原が広がりホッとひと息。

日本海の海岸の断崖絶壁に沿って狭い砂浜があるだけで、古くから交通の難所として知られる。
約15 km程日本海に面する断崖は、飛騨山脈の北端が日本海によって侵食されたために生まれたもので、崖の高さは300〜400 mほどある。
その昔加賀のお殿様が参勤交代の時は此処を通るのがお江戸までの最短。
「波除け人足」500~700人?が麻縄を持ち、人垣を造って藩主を護り、
馬は荷物を付けたまま通ることができないので、人間が馬に代わって荷を担ぎ、馬は空荷で通していました。
親不知・子不知の歌があるのにはビックリ。
旅先で病に倒れた父の元へ向かう、母と子が、この難所を通過する際、大波に一瞬にしてさらわれ、つないでいた手も離れてしまってお互いを呼び合う、そんな場面が歌われているようです。
難所は今は憩いの場所
親亀がミリオン 子亀がマリン

お休みなさい。