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俳句の周辺・与太話し

俳句がらみの与太話や旅行記など、徒然に書いています。

オリジナル落語その2

2025-04-15 16:57:44 | 日記

落語 馬糞

熊公 おっ、あそこ行くのは八の野郎じゃねえか。なんでぃ、小首ひねってぴょこぴょこ歩いてやがら。おう、八、

   どこへ行きやがるんでぃ。

八公 おっ、こりゃ熊の兄い、ごきげんやう。けふはお仕事お休みですかい

熊  けっ、なにがごきげんやうでい。それにけふはとかぬかしやがって、何でい、そのふにゃふにゃ言葉は

八  これは旧仮名とかいいやして、あっしがちとたしなんでいる俳諧の符牒みてぇなもんです。

熊  俳諧? そういえばおめえんところのかかあが、近ごろ変なものに凝って、ちっとも商売にみがはいらないっ

   てこぼしていた、あれけ? 小難しい顔して梅の枝だの雲だの蝉だのを睨みつけて、指で数なんか数えている

   あれけ?

八  そうそう、そのあれけでござんす。どうです、これから、その俳諧の師匠のところにあっしがこしらえた俳句

   を見てもらいに行くところで、兄いもひとつ一緒に行ってみやせんか

熊  そうさな、メリケン野郎が関税がどうのこうのと言ってきやがって不景気になりそうで、このところ大工仕事

   めっきり減って暇だし、行ってみるか。ところでおめえがかぶっている、そのしょうちゃん帽みてぇなもなは

   なんだ?

八  これは宗匠帽っていいやして、これをかぶるとなんか俳句がうまくでける気がして、師匠のところで買ってき

   やした。

熊  けっ、べらんめえ。おめぇみてえなぼて振りが、そんなもんかぶったって上手くいくはずねえじゃねえか、

   生意気に二足歩行しやがって

八  兄い、二足歩行はひどいな。あっしも犬じゃねえんで人間並みに歩けやす。おっ、そうこうするうちに師匠

   のお宅が見えてきやした。

熊  お宅?そんなもんどこにあんでい。ここは明神下のきったねえ裏長屋じゃねえか。

八  しっ、兄いきこえますよ。棲んでるとこはこんなでやすが、師匠はもと御武家様で、応仁の乱、ん?違った

   戊辰戦争で戦に負けて越後から逃げて来たそうでやす。元は百五十石取りの御馬回り役とか、今は傘を貼っ

   たり、あっしらみてぇな町人に俳諧を教えてくださっているんで

熊  ふーん、そうけい。苦労なさってるんだな。たく、薩長の野郎がこの将軍様のお膝元まで乗り込んできやが

   って、今じゃ肩で風きって歩いていやがる。

八  先生ー、こんつわ。今日はだちの兄いを連れてきやした。兄いもぜひ先生に俳諧をご指南していただきてぇ

   って申していやすんで。

熊  ばっ、ばか。そんなこといってねえって。へい、どうも先生。あっしは深川のでえくの熊五郎と申しやす。

   お初にござんす。

師匠 おお、左様にござるか。熊五郎殿と申されるか。身どもは名を松雄忠右衛門宗房と申す越後の浪人でござる。

   以後お見知りおきを。

八  先生、ところであっしは、ついこのめえ、なんでも俳諧でご高名な子規さんてぇー方の住んでいらした家を

   見てめえりやした。江戸で俳諧をやっていて、見に行かねえと、なんかかっこがつかねえんしゃねえかと思

   いやして。

師匠 おう、そうでござるか。あの子規先生のお宅、子規庵をご覧になったか。あの方は伊予松山藩を脱藩され、

   国事に奔走、その後俳諧の道に転じられ大成された偉大な俳聖でござる。惜しいかな、よわい三十七歳で

   身まかれた。

八  でね、先生。その子規庵ですが、どうもあの辺はいけやせんね。曖昧宿や出会茶屋がひしめいていて、あ

   れじゃ子規庵も形無しですね。

師匠 左様、あの辺りは将軍家御廟のある上野のお山の下、実に嘆かわしい時勢になったものでござる。

八  ちげえねえ。で、あっしもちょうどかかあ連れてたもんですから、かかあと離れて他人のような顔をして、

   地図なんか取り出して、えーと確か子規庵はここを曲がってなんて、わざと聞こえるようにぶつぶつ言って歩きや

   した。まつたく、ご維新なんて、ろくなもんじゃありゃしません。

熊  ところで先生、いま江戸じゃ、てえそう俳諧が流行っていやすが、なんですかい、やっぱり俳諧にも流派というか徒

   党のようなもんはござんすかい?

師匠 ふむ。ござる。今、最も勢力大なるものは「ほととぎ派」と申して、飛ぶ鳥落す勢いでござる。その派で一句でも認

   められると、町内こぞって赤飯を焚くといわれておる。

熊  ふーん、そんなもんですかねー。ところで先生の流派はなんてえんで?

師匠 身どもの流派は直心影流と申す

熊  げっ、そりゃ剣術の流派じゃござんせんか

師匠 さにあらず、昔から剣俳一如と申す。

熊  ふーん、そんなもんでござんすか

八  ところで先生、あっしは一句ひねり倒してきやした。今日は先生にご披露し、ご講評を給わりてえもんだとまかりこ

   しやした。 

師匠 おおー、そうでござるか。それは殊勝なるお心構え、ぜひご披露を

八  えー、おほん。それではひとつ。ありんこや馬糞をよけて通りけり ってんで、どうだこんちくしょう。

師匠 うーん、なかなかの出来栄え。しかし、惜しいかな。切れが二つ入ってござる。やとけりを一句に入れるのはご法度

   にござる。打首獄門でござる。それに季語も二つ入ってござる。

八  えっ、季語は確か夏のありんこ一つだと思いやすが

師匠 いや、八殿。句の中に馬糞というのがござろう。その馬糞というのも立派な季語でござる。

八  馬糞が季語でやすか?

師匠 左様、貴殿は雲丹というものをご承知であろう。その雲丹は春の季語でござる。そして、その雲丹には北の海で採れる

   馬糞雲丹というのがござっての、したがって馬糞は雲丹の子季語でござる。

八  ふーん、馬糞が季語ね。さすが博識の先生。ひとつ勉強しやした。

師匠 切れが二つ、それに季重なり。その点を除けば動きもあり、夏の気怠いような暑気の中で蟻が懸命に働く景も見え、写

   生句としては見事な出来栄えでござる。八殿は上達が早い。

八  ありがとうござんす。これからも励みやす。先生、これは今月のお月謝で、どうぞお納めを。

師匠 これはかたじけない。どうぞ熊殿もこれを機に俳諧をお始めなさい。

熊  へい、先生。それじゃ今日のところはご免なすって。

八  兄い、どうでい。先生はさすがだね、馬糞が季語だなんて、ちっちも知らなかった。これでますます俳諧の道を究めね

   ばってもんだ。

熊  おう、そうよってなもんだ。ところで八…

八  なんでい

熊  おめえ、今、その春の季語を踏んづけしゃってるの、しってるかい?

                                            おあとがよろしいようで

 

注、さすがに馬糞は季語ではありませんが、馬糞風という春の季語はあります。北海道などでは、冬の間に路傍におちていた馬糞が

春になり、乾いて粉々になって風に飛ばされるのを馬糞風と呼んでいます。

  風の向きかわれば馬糞風となる  斎藤諒一

  貧農の石屋根乾く馬糞風     藤田寒    

 

 

    

 

 

 

 

 

 


1句1話の番外編 オリジナル落語

2025-03-25 10:23:54 | 俳句

今回は俳句の周辺は、与太話の部です。

落語  長 屋 の 句 会

 

長屋の衆 「こんちわ」「こんつわ」「こんつわ」「つわ」「つわ」「こんこん」「ご無礼つかまつる」「おこんばんわー」

 

大家 「何だい、そのお今晩わー、てーのは」

 

熊五郎 「あっ、こりゃすいやせん。なに留めの野郎、久し振りにあぶく銭が転がり込んで、でもって吉原に居続けしやがって、ちょっとまだ夢見心地なもんで」

 

大家 「そうかい、まぁ、しょうがない。今日、皆の衆に集まってもらったのは、ほかでもない、まぁ、秋も深まっていい日よりになったので、ひとつ長屋のみんなで紅葉狩りにでも繰り出してみようと思うだが、どうだね」

 

 「そりゃ、ようがすね。向こう横丁の貧乏長屋では、この春に生意気にも花見なんぞしやしたし」

 

八兵衛 「おう、それよそれ、あの神田界隈でいちにを争う貧乏大家の貧乏長屋で、けっ、花見なんぞと洒落やがって。聞くところじゃ、なんでも番茶が酒で、沢庵漬けが玉子焼きで、てえこんが蒲鉾の見立てとか、笑わせる話じゃござんせんか」

 

先生 「さよう、身供も垣間見たをり、貧乏人協議会筆頭理事とか申す痩せ浪人が、「おお、この蒲鉾の美味なること、甘露甘露」などと申し、すずしろにかぶりつきたる様、まことに武士の風上にも置けぬと憤怒した覚えがござる」

 

大家 「まぁまぁ先生、不肖、この大家、お武家様に恥をかかせるような真似は致しません。皆の衆にも言っておくが、この紅葉狩り、店子の方々にびた一文のご負担も求めません。と、申すのもこの度、無尽に当たりましてな、そこで日頃つつがなく店賃を納めていただいている店子の皆の衆に、不肖、この大家の方からご恩返しと、まぁ、そういう算段なのです」

 

一同 「えー、てぇーと、ただで酒が飲めるんですかい。玉子焼きとか蒲鉾も本物が ! 」

 

大家 「もちろん、もちろん。あんな貧乏長屋の貧乏大家と一緒にしてもらっちゃ困る。玉子焼きは王子の扇屋、蒲鉾は小田原のかごせい、下戸の方には虎屋の羊羹、もちろん酒は正真正銘の灘の生一本、あたしも江戸っ子、けちなことは言いません」

 

一同 「やったー。さすがは日本一の大家さん、このー、憎いよ。つねっちゃうから」

 

大家「まあまぁ、静かに。話は最後まで聞いておくれ。皆の衆もただ飯のただ酒にあまんじちゃー江戸っ子の恥というもの。そこでだ、今度の紅葉狩り、ひとつ優雅に句会とか催してみようと思うんだが」

 

三太 「なんでぇい、その句会とかいうやつ、そいつは食いもんですかい」

 

留三 「おう、三の字。てめえ句会もしらねえのかい。けっ、それでよく江戸っ子なんざ、はっていやがって、句会てえのは、こうしてみんなでもって輪になって、でけえ数珠かなんかぐるぐる回して、なんまんだぶなんまんだぶって拝むありがてえおまじないよ」

 

熊 「ばーか、留公、句会つーのは、みんなで輪になって、その真ん中に酒樽の逆さになったやつに茣蓙を乗せて、サイコロ二つ用意して、丁よ半と威勢よく遊ぶあれよ、そんなこともしらねえのかい。この、すっとこどっこい」

 

留公 「なにおー、すっとこどっこいとは、こきやがったなー、おぅ、おもてに出ろい」

 

大家「まあまあ、抑えて抑えて。なに句会なんてさほど難しいものじゃない。先生はよくご存じだと思いますが、要するに、あいうえおの各一音ずつを七・五・三にわけて、俳諧というものにして、みんなで比べっこするもんでな」

 

三太 「するてぇーと、なんですかい大家さん、あいうえお・かきくけことか・さしすせそ。これで五七五そろいやすが、こんなまもでよろしゅうござんすかい」

 

先生 「三太殿、それはちと心得違いでござる。ただ語を並べるのではなく、自分の心に思ったことを五七五に分けて申し述べるのでござる。それに、これはちと難しゅうござるが、途中に“や”とか最後に“けり”などとつけると、なお発句らしく見えるのでござる」

 

大家 「先生の仰せのとおり、あと、その五七五に、季語と申してな、まあ、今の季節の言葉を一つ混ぜるのが決まりになっていて、今は秋だから、満月とか紅葉、秋風、虫の音とかあるが、まぁ、その辺は自分でお考えなさい。それじゃ、浅草の正燈寺さんは紅葉の名所ゆえ、あしたはそこに参りましょうか」

八 「けっ、あの因業大家が、ただで酒のましてくれるとは、俺っちははなから怪しいと睨んでいたんだ。なんでおいらが、その発句とか、のたまわんなきゃならないんでい」

 

 「まったくでぃ、そういえばあの大家、その発句だか俳諧だかに熱をあげている、てえ噂を銭湯で聞いたことがある。どうせおいらみてぇーな無学な職人やこあきんどには関係ねぇ話と、聞き流していたんだが、まさかこんな憂き目に遭うとは、昨日の夢見が悪かったのもうなずけらー、あー、つくづく浮き世が嫌になった」

 

与太郎 「えへへ、そうは言ってもー、熊の兄い、これでただ酒ただ飯がいただけるんだ。ちいとは我慢しなきゃ、あたい馬鹿だけど、なんかごにょごにょ言ってたら、おまんまがいただけるんだ、こんないいことは滅多にない。なにごとも我慢我慢」

 

先生 「与太殿はよいことをおっしゃる。発句俳諧のたぐいは、確かに大店のあるじとか庄屋の隠居など生活に困らない、いわば閑人の暇つぶし。貴公ら日々生活に追われる庶民には無縁のものでござるが、将軍家お膝元に暮らす江戸っ子として、知っていても損にはなり申さん」

 

 「そうですかい、まあ、先生がそこまでおっしゃるのなら、あっしも江戸っ子、ひとつ親の仇に巡り合った覚悟で、その句会とやらに臨みましょう」

 

      からすカァーと鳴いて、さて、その当日

 

大家 「おお、着きました、着きました。さすが江戸随一の紅葉の名所。人出も多い中で、我が金兵衛長屋の雅な心意気を見せつけてやりましょう。ささ、毛氈はここに広げて、お重はここに置いて。みなさん、花見と違って酒は飲んでもあまり騒がないように、今日はあくまでも句会ですから、それと先生のほかは、みなさん無筆。句ができましたら大声で詠みあげてください。こちらで短冊に写しますから」

 

三太 「大家さーん、できやした」

 

大家 「おや、さっそく出来なすったか、あたしゃ前々から三太さんには文学の才があると読んでいたんだ。ささ、嚆矢の一句、みなさんのお手本に披露してみなさい」

 

三太 「へい、ようがす。それじゃー憚りながらあっしから、えーあーとくら、広島やもみじ饅頭くいてえな どうでい、もみじがへえっているだろう、えへん」

 

大家 「なんだい、そのもみじ饅頭ってのは、もみじ違いもはなはだしい」

 

 「大家さん、あっしも一句、おっほん 満月やー、とくらー、あれがどら焼きだったらなー どうでい、季語もへえつているし、“や”もくっついていらー」

 

大家 「なんだい、そんな大きな声出して、世間様に聞こえたら恥ずかしい」

 

 「大きな声でって言ったのは、大家じゃねえか」

 

大家 「それにしても食い物ばかりだねー、ほかにないのかい」

 

熊 「大家さん、あっしのは食い物を詠んじゃおりやせん」

 

大家 「おおそうかい、さすがは熊さん。あたしもね、実は熊さんは見どころがあると、常々思ってたんだー、やっとくれ」

 

 「ようがす、えー、あきかぜや万金丹をのみてえな ってんだー、どうでい、べぼうめ」

 

大家 「なんだい、その万金丹てーのは?」

 

 「だから大家さん、昨日からあっしは風邪気味で、だから秋の風邪で万金丹」

 

大家 「そっちの風かい、あーやだやだ、句にもなんにもなってやしないじゃないか、来るんじゃなかった。おや?、留さん、どうしたんだい、さっきからそこの柴垣の下の草むらなんぞじっと見ていて」

 

留公 「大家さん、さっきからこの草むらの中で、こおろぎがちろちろ鳴いているもんで、あっしはそれを聞いていやした」

 

大家 「見なさい、みんな。俳諧はこうでなくちゃならない。嘱目吟と言ってな、発句は見たもの聞いたもので作るのが一番いい句が出来る。さすが留さん、すでに俳人の域に達している。それで、句は出来たのかい」

 

留公 「あったりめーよ、ひとつ唸ってやるから、よーく聞いて手本にしろい。えー、虫の音や

 

大家 「むむ、虫の音やとは、いい季語を使いなすった。それから先は?」

 

留公 「虫の音やあまりうるさきゃ踏みつぶす どうでい、こんちくしょう」

 

大家 「………、あーもう、こうなりゃ最後の頼みは先生だけ、どうぞみんなにお手本の句をお示しください」

 

先生 「左様か、それでは武門の名に懸けて、一句吟じて進ぜよう 此の道や行く人なしに秋の風

 

大家 「さすがはお武家様、見事な出来栄え。秋の寂蒔とした静けさと淋しさの風情がなんとも心に沁みて……、ん、むむ、しかし、このお作、はてどこかで聞いたような」

 

先生 「ままっ、大家殿、よいではないか、些細なことは、ささ一献。それにしても良い日和でござるなー、あはは」

 

与太 「大家さん、でへへ。あたいも句を作ったから、言ってもいいか」

 

大家 「なんだい与太郎かい、お前も来てたのかい、およしよ無駄だから」

 

与太 「そんなこと言わないで聞いておくれよー、あたい一生懸命つくったんだから」

 

大家 「まあ、ことここに至ったら、あたしゃもう何を聞いても驚かない

与太 「えへえへ、それじゃーひとつ、散りのこる紅葉のなかを神田川 てんで」

 

大家 「どうだいみんな、こんな馬鹿でもこれくらいは詠めるんだ。どっかの俳句大会に、このブログ書いている奴が出句したような句に似ているけれど、まあ、あまり上手くはないけれど、お前さん方のに比べればよっぽどましだ。与太、偉い ! 」

 

 「ところで大家さん、肝心の大家さんは、どんな句をお作りなすったので?」

 

大家 「あたしですか、もうとっくに作ってありますよ。いいですか、句はこう作るもんです。秋深し隣りは何をする人ぞ

 

 「なんです? その目明しか岡っ引きが探索に嗅ぎまわっているような句は」

 

先生 「さすがは大家殿。深まり行く秋の夕暮れに人の温もりを求めているような寂寥感が表出されていて、お見事 !  ん、むむ、はて、このお作、どこかで聞いたような?」

 

大家 「ままっ、先生、よいではございませんか。些細なことは。ささ、ぐっと一献、まことによい日和でございますなー、ははは」

 

            こうして金兵衛長屋の句会は、秋のお江戸の片隅で、切りもなく延々と無駄に続くのでございました。 終

 

※ 次回掲出も落後ネタの予定です

 

 

 


1句1話のショートストーリー③

2025-03-13 10:27:27 | 俳句

俳句作品からヒントを得た勝手なショートストーリー、月に数回更新します。

 

1句1話その③ 缶切りも遺品の一つ夏の雲    このブログ作者

 

「母さん、コッフェル知らない?」

「洗ってしまっといたわよ。いつまでも放り出しておかないでよ、ほんとうにもう親離れ

出来ないんだから、自分のことくらい自分でやったら」

「ありがと、でも別に頼んでないし、母さんこそ子離れできないんじゃないの、ふふふ」

「あら、そんなことないわ。何時でも出て行っていいわよ」

「嫌なこった、めし付きの家賃ただ、それに家政婦つきの好物件。そうやすやすとは出て

行きませんよーだ、あはは」

「また、山登り?」

「うん、土日に谷川岳に行ってくる」

「お天気大丈夫なの、危ない所も歩くの?」

「いや、亜希子と一緒だから。あいつ、連れていけってうるさいんだ。だからロープウェイ

で天神峠まで行って、そこから歩き出して肩の小屋に泊まって翌日オキの耳まで行って帰っ

てくるだけ。今回はほんの形だけのお気楽登山だよ」

「あなた達、何時になったら結婚するの、山ばかり行ってて」

「さーね、昔の母さん達と一緒だよ」

 

息子の健太郎が大学を卒業して中堅どころの商社に入ってもう五年になる。学生時代にワンダー

フォーゲル部に所属していた彼は休みの日を登山にあてることが多く、そんなノー天気な息子に

も恋人が出来たことを幸恵はよろこんだ。しかし、その恋人の亜希子も健太郎に影響されたのか

どうか、二人で登山ばかりしていて、なかなか結婚する気配が見えない。それが幸恵にはちょっ

と気がかり。

健太郎が「明日は早出の残業だー」と、いっぱしの商社マンみたいにぶつぶつ言いながら二階に

上がると、幸恵はまた夫だった健吾の遺品整理を始めた。先週の日曜日に三回忌を済ませ、それ

までは夫の物を整理する気にもなれずそのままにしていたけれど、いつまでもそうしてはいられ

ない。三回忌を終えたら幸恵はまた仕事を始めることに決めていた。以前の勤め先の病院からぜ

ひ戻ってきてくれと誘われている。

 

押入れの中の柳行李を開けるとオレンジ色のシュラフやアノラック、それに厚手の靴下が丁寧に

しまってあった。夫は割と几帳面なタイプで、山から帰るといつも自分で道具の後始末を楽しそ

うにしては、ご自慢の柳行李に仕舞い込む。その点は同じ山好きの健太郎とは大違い。息子の方

は山から戻っても放りっぱなしが多く、幸恵が毎回小言を云いながらその後始末をしている。今

どき珍しい柳行李も何処で見つけてきたのか、道具類を仕舞っておくのにプラスチックの箱より

も通気性が全然よいと力説していた。もっとも、その道具類もあらかたは健太郎がそのまま使っ

ているので、遺品の山道具は少ししか残っていない。

 

その柳行李から赤いキャラバンシューズがでてきた。幸恵のものだ。それは結婚したあとすぐに

夫がプレゼントしてくれたものだけれど、実をいうと幸恵はその赤いキャラバンシューズを二、

三回履いただけだった。息子は幸恵が夫といつも山に行っていたようなことを言っていたけれど、

それは夫が息子に多少願望も込めて吹聴していただけのことで、幸恵は本当はあまり山が好きで

はなかった。それでも夫の無邪気な山好きは好ましく思っていて、ただそれに合わせただけのこ

と。実際は丹沢や長野県内の山にちょっとついて行っただけだった。その分、夫は息子の健太郎

を小学生の頃から登山に連れまわして、彼を本物の山好きにしてしまった。

 

赤いキャラバンシューズは真新しい新品のようにきれいにしてあった。きっと夫が幸恵と次にい

く登山のために大事に仕舞っておいたのだろう。幸恵はキャラバンシューズを手にとって最後に

夫と行った入笠山のことを思い出した。健太郎が生まれる前、新婚三年目のちょうど今頃の季節

だった。入笠山は長野県にある南アルプス前衛の山の一つで、標高は1955メートル。山頂近

くまで車道が通じ、ゴンドラでも行ける初心者向けの山。登山に慣れない幸恵のために選んでく

れた山だったのだろう。沢入登山口の駐車場から入笠山湿原を通り山頂へ行く初心者コースなの

で、まだ若い幸恵の足取りも軽かった。それに幸恵の分のザックも夫が持ってくれたので、初夏

の山の景色を存分に楽しむことができた。

 

湿原の花々の美しさに圧倒されたことを今も鮮明に思い出す。ちょうど盛りだったスズランの白い

群生、燃えるような紅いレンゲツツジや薄紫色の可憐なフデリンドウ、つつましやかに揺れる二輪

草などなど、高山植物のお花畑に魅了された。その時「登山もわるくないわね」なんて夫にも話し

たけれど、今から考えると、それは夫の策略だったのかも……。山頂かは八ケ岳や甲斐駒ヶ岳、槍

ヶ岳など穂高連峰の峰々、それに富士山までよく見えて、夫はそれらの山の名前を一つ一つ教えて

くれた。その横顔のまるで子どものような輝きを、幸恵は愛おしく見つめていたことを今でも記憶し

ている。山頂から少し下った草原の中にシートを広げ、夫と食べたお握りやコッフェルで作ってく

れた味噌汁の美味しかったこと。食後のデザートに夫は好物の桃の缶詰を、大きな背中を丸めるよ

うにして、缶切りでコキコキと開けていた姿はちょっとユーモラスであった。

 

そんな登山の翌年に幸恵は健太郎を身ごもり、それを機に夫との登山からも遠ざかってしまった。

出産、育児、その後の看護師としての復職、幸恵が山に行くことはなくなった。それでも、夫と

息子との三人家族の暮しは忙しくも楽しい充実した日々だった。そして息子が社会人として歩み

だした頃に、夫は突然に亡くなった。癌だった。

仕事が忙しく会社の健康診断で要検査の結果がでたのに放っておいたのがよくなかった。看護師

として幸恵も忙しい日々だったにせよ、夫の健康にもっと注意していればと悔やんでも悔やみき

れず、幸恵は自分を責め続けた。

 

それでも日が経つにつれ、いつまでもメソメソしていても始まらない。前を向かなければ、だん

だんそう思うようになり、そんな思いを息子の明るさが後押しをしてくれてた。三回忌を終えた

ら夫の遺品を整理して仕事に戻ろう。ようやくそういう気持ちにまで回復した。

柳行李の隅に黄色い袋があり、中からコールマンのカトラリーセットが出てきた。ステンレス製

のつやつやしたスプーンやフォーク・箸は夫が大事に愛用していたもので、あらかた山道具を引

き継いだはずの健太郎もこのカトラリーセットは見過ごしたようだ。あるいは彼なりに使うのを

遠慮したのかも……。

 

袋の中からもう一つ出て来た。それはちょっと錆びの浮いた青い缶切りだった。今は缶詰もプル

トップが主流だから、もう缶切りなんてあまり見かけないけれど、幸恵の新婚時代にはまだ缶切

りは台所の必需品だった。あの時、二人で行った入笠山で夫が開けてくれた桃の缶詰も、きっと

この缶切りに違いない。その時の缶を開けている夫の後姿がふっと浮かんできた。あんなに力ん

で開けていたから、きっとこの缶切り、少し働きが悪いのかも……、それとも夫は案外不器用だ

ったのかも、幸恵はくすりと笑った。そういえばこの前、偶然にに見た俳句の雑誌に 鳥渡る

コキコキコキと罐切れば というのがあったのを思い出した。

 

幸恵は窓の外を見た。初夏の大空に、早くも入道雲が高く高く湧き出していた。きっと、夫は今

もあの雲の峰のどこかの頂きで、大好きな桃の缶詰をコキコキコキと不器用に開けているのかも

知れない、そんな姿が目に見えるようだ。

「あなた、私、もう大丈夫だから」

そうつぶやくと、幸恵はまた空を見上げた。真っ白な夏の雲が少し滲んたように浮かんでいた。

                                         終

 

※遺品と夏の雲の取合せでは 一瞬にしてみな遺品雲の峰 という櫂未知子の句がよく知られて

います。この句を自分は原爆を詠んだものとずっと思っていました。実は作者の亡き母上を詠ん

だものと後から知りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


俳句の周辺・与太話し

2025-03-11 10:06:30 | 俳句

俳誌などで公表された有名無名の他人様の俳句作品から、

勝手に着想を得たショートストーリー。月1~2回のペースで追加します。

 

1句1話のショートストリー② 柿たわわ無頼の男顔を出す  橋本爽見

 

ガラッと格子戸を乱暴に開けて入ってきた男。

「よっ、新坊、大きくなったな。じいちゃん居るかい?」

新太郎は突然入ってきた男にびっくりして家の中に駆け込んだ。

「母ちゃん、おっかなそうなおじさんが家に入ってきたー」

台所で米を研いでいた芳江は、また押売りでも来たのかと、エプロンで手を拭きながら玄関に向かった。

「新ちゃん、おじいちゃんのところに行っておいで。出てくるんじゃないよ」

 

終戦直後の混乱もようやく終わったとはいえ、まだまだ落ち着かない世間では、ゴム紐などを強引に売りつけ

る押売りが横行していた。一昨日も芳江はそんな手合いを撃退したばかりだ。戦争未亡人として年老いた両親

とひとり息子で七歳になる新太郎を守っていかなければならないという思いが、芳江を気丈にしていた。

 

「あら、辰之助 ! 」

芳江は絶句して立ちすくんだ。五年前に親に勘当され、捨て台詞を吐いて飛び出していった弟の辰之助がニヤニ

ヤした顔で玄関につっ立っている。手には菓子折りを持っている。

「姉ちゃん、久しぶりだな。元気かい」

「まあ、どうしたの。今までどこにいたの」芳江は早くも涙ぐんでいる。

「すまねえ、あん時は俺も短気だった。今はちゃんとやっているよ。それで、おやじに詫びの一つも入れ

ようと思って来たんだ」

芳江はエプロンに顔を押しあてたまま、奥の居間に駆け込んだ。

「お父さん、辰っちゃんが帰って来ました」

さっきから、庭のたわわに実った柿の実を見ながら、明日の句会に出す句をひねっていた文蔵は、驚いた

ように顔をあげると、一瞬間があってから、やがて遠くを見るように視線を泳がした。

 

「そんな奴は知らねえ、とっとと追い返しちまいな」

「でも、お父さん……」

「いいんだ、さっさとしねえか」

父の頑固一徹な気性を知っている芳江はしぶしぶ玄関にもどって、

「辰ちゃん、ごめんね。父さん会わないって」

「そうかい、親父も相変わらずだな」

辰之助はちょっと苦笑いをすると、菓子折りを上がり框に置きながら、

「姉ちゃん、また来ら」そう言い残して足早に出て行った。

 

「お父さん、辰ちゃん、おとなしく出ていきました。なんか身なりもさっぱりしていて、あの時とは別人

みたい」

「まっ、親に会いに来よっていう了見だ。親の顔を見られないようなことはもうしていないんだろう。も

う少しだ。もう少し辛抱すれば正真正銘の真人間に戻る。それまでは会わねえ」

「もう少しの辛抱だ」自分に言い聞かせるようにもう一度呟くと、文蔵は倅の持ってきた菓子折りを開けた。

 

「けっ、あいつ俺の好物を覚えていやがる。」

思わず文蔵の顔がほころんだ。それは文蔵が銀座に行くたびに買ってきた空也の最中だった。

「ばあさん、ばあさん。お茶だ、お茶。それに新太郎も呼んでこい。あいつも甘いものは好物だ。みんなで、

頂こうじゃないか」

文蔵はお茶を啜りながら、晴れやかな顔をして、また柿の木を見つめた。そしてややあって、

「句が出来たぞ。 柿たわわ無頼の男顔をだす どうだ、ばあさん。こいつを明日の句会にだそう」

文蔵は二つ目の最中に手を伸ばした。                          終

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1句1話のショートストリー①

2025-03-08 17:06:14 | 俳句

俳誌などで公表された有名無名の俳句作品から、勝手に着想を得たショートストリーです。

 

1句1話① じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子

「佳苗、先生なんて言ってた?」

「うん、順調だって。もうすぐ安定期にはいるから、転ばないように慎重に

生活してくださいねって、言われたわ」

「そうだよね、やっとの妊娠だし、これからは用心しなきゃ。そろそろ障害

児のデイサービスのパート辞めたら…」

「そうね、あの子たちって、可愛いけれど時どき予測つかない行動をするか

らちょっと危ないかも。不妊治療にずいぶん通ったし、そうしようかしら」

 

佳苗32歳、夫34歳。結婚して8年目にしてようやく赤ちゃんができる喜びに

弾む気持ちが抑えきれない。大の子供好きの香苗が障害児の施設で週に三日

ほど働いているのも、そんな子供好きが高じてのことだし、それに障害をもっ

た子供たちの目は、健常児の子供たちよりもとても澄んでいるように思え、そ

んな子供たちと一緒にいると自分まで浄化されるようで心地よい。

 

「あっ、佳苗先生だー」

小学5年生のミキちゃんが佳苗を見つけて駆け寄ってきた。この子は多動症の上

に右下肢に少し麻痺がある。でも、とても明るく知的には問題もないので、お勉

強もよくできる。佳苗の出勤日にはいつもそばを離れないほどの佳苗ファン。テ

ーブルでダウン症の小っちゃな女の子に折り紙を折っていた佳苗が振り向いたそ

の時、駆け寄ってきたミキちゃんの足がもつれ、椅子に掛けていた佳苗のお腹に

思わずミキちゃんは手をついてしまった。するどい悲鳴があがった。

 

「あなた、新入りね」

「うん、さっき来たばかりなの。ここって何だか薄暗いのね。それにとても静かで

誰もいないし」

「失礼ね。私がいるじゃない。さっきまで、もっとお友達がいたけれど、みんな行

先が決まって、行っちゃったわ。それでね、今いるのは私とあなただけ。でも、こ

こにはそんなにいられないのよ」

「ふーん、そうなの。私ね、ママのお腹の中んでママの声は聞こえていたけれど、ま

だママの顔は見てないの。それなのに急にこんなところに来ちゃって」

「ここに来る子はみんなそうなのよ。だから泣くのはおやめなさいよ。それとね、さっ

き先生が云ってたんだけれど、今月はもう人間枠が一つしか残ってないので、二人でじ

ゃんけんで決めなさいって」

「先生って?」

「私もよく知らないけれど、なんかお坊さんみたいなお爺さんで、赤いよだれ掛けして

いて、みっともないの。うふふ」

「変なお爺さんね、うふ。それで人間枠のほかには何が残っているの」

「えーと、蛍だって。いいこと、じゃんけんは一回きりよ。最初はぐー、じゃんけんぽん」

 

病室からは、まだ暮れ残る遠山のなだらかな稜線の上を、すこし潤んだような月が辿ってい

るのがよく見える。少し開けた窓ガラスから一段と濃くなってきた青葉の匂が洩れてきて、

もう夏はすぐそこまで来ている。さっきまで面会に来ていた夫が帰ってしまい、真っ白で冷

たいベッドに独り残されていると、また新たな哀しみがこみあがってくる。このぺちゃんこ

になったお腹の中に、もう赤ちゃんはいない。とめどなく流れる涙に滲む窓の外を、たった

今、一匹の蛍がすーっと流れていったのを、佳苗は気づかなかった。        終