仕事してると色々な人をみる。
それから、最近行動経済学に興味を持って、本を読んでみた。
当たり前だけど、そうだなと思うことが書かれていた。
人は、成功すると自分の功績だと捉え、失敗すると環境のせいにしがちだという。
たしかになと思う。
似たようなことだけど、私は個人的に「人に好かれる人の特徴〇つ」とかのコラムを読むときは、自分の当てはまったエピソードを思い出しながら読んで、「人に嫌われる人の特徴〇つ」とかのコラムのときは、無意識に嫌いな人を想像しながら読んでる気がする。
だから、きっとその嫌いな人自身がそのコラムを読むときは、好かれる特徴に自分を当てはめて、嫌われる特徴に他人を当てはめるんだろうな。
そんなことを考えながらコラムを読むから、私はあえて、好かれる特徴のときに嫌いな人を想像してへんな気持ちになったり(笑)、嫌われる特徴に自分を当てはめて、もしかしたら私は周りから見たら話しかけづらいのかな、とか、気を使われてるのかな、とか無意味な心配をしてる。
そういうのを読むときは、出来るだけ自分の改善に繋がるようにしたい。
それと、最近気づいたことがあった。
私は自分に自信がない。褒められると恐縮する。不安になる。なにか成し遂げても、でもそこまでする必要ある?ともう一人の自分から言われてる気がして、本当に自分がしたことが正しかったのかわからなくなる。仕事のことになると、手放しに喜んで晴れやかな気分になることがない。
だから、私は自信がないし、人に追いつくために常に改善していかないと、と考えてる。自分の欠点は毎年見つかるし、改善に取り組むと、真反対の性格になるくらい、できるようになることもある。
私は自分が嫌いで、自信がなくて、劣ってると思ってた。
でも、「自信がない人は見栄を張る」という記事をみた。納得できた。自信がなければ、虚勢を張って周りに強くあたったり、厳しくなったり、強く出るんだと。そんな人いるなぁ、たしかになぁと思った。
ということは、私はそんなことしないから、自分に自信がないわけではないということ?と気づいた。私はむしろ、自分の苦手に目を向けてる。堂々と。私は意外と、自信ありありで自分を認めまくってるのかもしれない。そう考えると、なんか矛盾してて笑える。
偉そうにするつもりもないし、人からのみられ方も気にする。私が怖くて後輩が萎縮するくらいなら、私に威厳がなくていいから優秀な後輩にはのびのびと力を発揮してほしいと思ってる。だから後輩には特に優しくする。過去の部活でのトラウマの反動もあるだろうけど、私は自分に自信があるから、そんな行動ができる、とも考えられる。
そうだ、私の知ってる病院の院長は、すごく謙虚。仕事で接したけど、先生だけど私は恋愛相談しまくってた。書類の審査をしながら、「この人字がきれいだね!お手本みたい。貼り出しとこうか。」と冗談ばかり言ってた。それでもやっぱり、先生だから丁寧に接してたけど。本当に地位もあって優秀な人は、私みたいな一社員相手に威張る必要もないから、あんなに自然にいられるのかな。素敵な先生だけど、自信があるのかもな。
まだまだ自分の知らない自分がいる気がするから、仕事はやっぱり楽しい。
思い通りにいかない同僚にどう対処するかってのが、いまの私の課題かな。
ちゃんと注意できる他の同僚見て、私もあんな職員になりたいってよく思ってる。
また何か気づいたら、書き留めたい。