1960年代生まれの音楽めも。

あの時観た映像や好きな音楽をクリップしておくブログ。

アンカー。

2022-07-03 15:59:40 | その他
これはこのブログのアンカーです。続きは「-6」に。

妬まれ耐性。

2016-03-18 19:57:00 | その他
google検索:妬まれ耐性

あなたは妬まれやすい?妬まれるポイントと妬まれた時の対処法
>「『私は特別なものを持っていないから、妬まれない』と思う方もいらっしゃるかもしれません」。「しかし、特別なものを持っている人だけが妬みの対象になるわけではなく、日常生活のほんの些細なことでも妬まれるポイントになるのです」。「要は、自分は上手くいっていないと感じている人たちが、上手くいっている人を羨ましいと思い、それがだんだんと『ムカつく』というように妬みに発展していきます。妬まれないように地味に質素に生活しているつもりでも、相手次第でいくらでも妬まれてしまうのです」。「妬みとは、『羨ましい』の度が過ぎて相手に対して敵意を持った状態です。他の言い方にすると『嫉妬』『執着』です」。
>「妬まれてしまった時の対処法をお伝えします。それは『何もしないこと』」。「相手が自分を妬んでいるとわかっても、何もしない、何も反応しないことです。無視するのではなく、今まで通り普通に生活してくださいね」。「妬まれた時に、絶対に恨んだり悪く言ったりしないことが大切です。相手の負のエネルギーに引きずり込まれてしまいます」。

妬まれやすいのはどうしてでしょうか・・・? → 妬みは「女性特有の感情」ではないと、男の自分は思いますが by ohtoboke123
「どこかで、もしかしたら他人にあまり興味を持たない人が妬まれる、というのをみました」。「やはりこういうところが、妬みを引き寄せてしまうのでしょうか?」
>「僻みの塊」に「屈することなく、これからも貴女らしく生きてください」。

「お相手が攻撃的な時は、むやみに近づいても荒れるばかりだから、 無理しなくて良いと思いますよ」 → 当然近づかないが、近づいてきて攻撃的なときは、反応してしまうことはある。「反応しない、無視しない、悪く言ったりしない、普通に生活する」 → おお、そうなのか。心に留めます。これから先、妬まれ耐性を身に付けよう(妬まれると、さーっと引いていってあとはどんどん冷たくなっていく自分をなんとなく自覚しているから。それが火に油を注ぐことも、なんとなくはわかっている)。

「他人にあまり興味を持たない人が妬まれる」 → 羨ましがって欲しいと思っている人が、羨ましがってもらえないとき、「僻みの塊」になるの?注目して欲しいのに注目してもらえなかったとき、執念の塊になるの?そうなのだとしたらやっかいだ。羨ましがって欲しい人って、お守りをするように羨ましがってあげなきゃ、一目置いてあげなければ、立ててあげなければおさまらないことも、なんとなくはわかっている。その人に注目して欲しいという欲望も、なんとなくはわかる。でも相手を立てようとして「すごい」と褒めても、気持ちがついていってないと憎まれるんでしょ?じゃ、どうしたらいいんだ?「わざわざ」褒めなければいいのか。でも褒めないと執着する(とりつく)んでしょ?しがみつかれたり、つきまとわれたり、執着されたくない。うーむ;;。

ところで話は変わって、 「自分の基準が厳し過ぎないか?都度相手の基準に合わせるのが『正しい』」 ということになるのだとすると、たとえば、自分はガムを路上に吐き捨てられないんだけど、出くわす相手によって、ときには吐き捨てられるのが「正しい」ということになってしまう。それはすなわち、「哲学」は不要なものまたは邪魔なもの、ということを言っていることに繋がってしまい、「哲学がない日本」と「哲学がある欧米」(個別主義と普遍主義)というときどき聞く話を実地に検証してしまった、実験で証明してしまった、という話になってしまわないか?とすると、「これでいいのか?日本」というところに落ち着いて結論、ということになるけど、いいのかなあ?

それと、見た瞬間に妬むような人に出遭ったりしたときは、<自分向けの妬まれても気にしない処世術>とは別に、<妬みやすい人向けの妬まないで生きる処世術>とか<どうやったら世の中から妬む人が減るんだろう>というようなことに、無関心ではいられない。
たとえば、電車のなかで、 「自分が席に座れるか座れないかが主要関心事(座りたい!という気持ち)であること」 は妬みではない。でも、 「(他)人が座ってしまうか座れないでいるかが主要関心事((他)人が座るのを邪魔してやりたいという気持ち)であること」 は、妬みだ。たとえば、公共の場で、「何かをされて 『何かをされたら黙ってない』 という行動」 は、妬みではない(※※)。でも、「うまくいかないこと/いっていないことを願って」 (他)人を「監視」し、邪魔したりの働きかけもして、 「うまくいかないこと/いっていないことを確認したら満足し、うまくいったこと/いっていることを確認したらがっかりするという感情」 は、妬みだ。たとえば、 “先を急ぎたいという気持ち” は妬みではない。いっぽう、 “急いでいる人を邪魔したくなるという気持ち” は妬みだ(※※※)。
何もされてないのに反感を抱くのは相手への妬みか、世の中への(自分の境遇への)怨みだ。反感ではないのだけど相手へ何かしてしまう自分を止められないとなると、それはその相手が自分の欲望願望の的ということだ<!- 。願いを叶えて欲しいとすがりついているということだ --->。相手は何もしてこないんだけど、相手が平安でいることが許せない(邪魔をしないではいられない)という気持ちとなると、それは妬みそのもの<!- ・やっかみそのものだ。 --->、妬みが高じた怨みだ。

妬む方は、なんとかして不快を感じさせようとしがみつく(相手が不快を感じることが喜びという心境(※※※※))。執念にかられているので、あの手この手(天の視点みたいな位置から見てみれば、相手に振り回されて右往左往していることになる)。また、一瞬でも相手が「うまくいっている」ことが許せない心境なので、その瞬間を目にしたときは全力で否定しにかかる(見過ごせない。気にしないふりができない)。一方、妬まれる方は、つきまとわれたくない、それだけ

※※他者に何かをする人向けの表現で書けば、何かをしておいて何も反応が返って来ない/望み通りの反応が返って来ることを期待するのは無理だ。なせなら、相手はモノではなく、意思も感情もある人間だから(それはあなたと同じように)。そこには双方向のコミュニケーションが必要だ、と書ける(言える)。それは、人類史的な意味あるいは記号としてではない。一人一人は(生きている)生身の人間だからだ。

※※※まず邪魔しにかかる、邪魔しないではいられない、さっと邪魔しにかかる、いつまでも邪魔をする、そうしないではいられない、その自分を抑えられない、つきまとってでも、という「感じ」が、妬む人が発する「雰囲気」です。 “自分が何かをしたいという感情” は妬みではない。 “人が何かをするのが許せないという感情” が妬みだ。妬んだ人は、邪魔がうまくいったら、妨害がうまくいったら( = 不愉快にさせることが出来たら)満足する。

※※※※不愉快な気持ちにさせないではいられないという心境(居ても立ってもいられない気持ち(それに抗うことが難しいその人自身の内側から湧いてくる気持ち(どうあってもそうしないではいられない自分を止められない抑えられない気持ち)))。

(他)人を見た瞬間に意地悪をする人は(意地悪をしないではいられない(衝動が自身の内側から湧く)人は)、相手を妬んでしまったか、相手が欲望の対象・的(←それも、我慢出来ないほど大きな)として立ち現れたか、世の中を恨んでいるか(世の中が、自分の思い通りに(は)自分を受け入れてくれない・自分が通用していない(部分に、気持ちが執着している))か、のいずれかだ。そしてそういうとき人は、自分の内ににそういう衝動を湧かさせた(←なんちゅう表現 (^_^.) )人が悪い、自分は悪くない、と思っている。でも、理由と源泉は当人の内側にある。

2016年5月17日追記。
・このところ記述することになった「厄介な人」についての記事:
 ・突然知らない人から絡まれるという被害
 ・(赤の)他人にすがりついて生きる人
 ・歩きスマホの「当たり屋」
 ・ハラスメントの正体
 ・いまいちばんやっかいだと思うもの
 なんか、通じるところがありますね(5月28日)
 どこか、通じるところがありますね(6月5日)
 えーと(10月1日)
問題は何か(何が厄介か):
 ・絡みつかれること、しがみつかれること、つきまとわれることが問題。
 ・ほっといてくれれば無問題。
・絡む人(求める人)の気持ちと、それを受ける人(求められる人)の気持ち:
  絡む理由(絡まないではいられない理由、求めないではいられない理由、ほっとけない理由)は、絡む人の内側にあるけど、
  それは絡まれる側の知ったことではない(面倒をかけられたくない/面倒をみる理由はない(なんであんたの面倒をみなきゃならないの?))。
・そんな厄介な人に遭遇したとき(遭難したとき)の対処方法は:
 ・正当防衛 : 大事な点は、加害を止めること。そのためにどんな手段をとることになるのかは、防衛する側の問題ではない。
 ・護身術 : いちばん大事な点は、身を護ること。
・口直し:
 ・Hall and Oates再び
 ・David Bowie再び
 ・ところで、人が喜ぶ顔。HappyでSugar




こうなれば、他人にしがみつき、つきまとい、まとわりつく人は減るんじゃないかな(6月15日追記)
こうすれば、退治できるかも!?
※「道徳」は他人から寄せられる嫉妬を跳ね除けるための盾? - たまたまテレビで、 とんねるずの「道徳」どっきり と ドラマ砂の塔の第1回(←恐い) を連続して観(ることになっ)て、ふと思った。「道徳」っていうのはもしかしたら、 “堅苦しい規則” の類なのではなく、他人が寄せてくる妬みや怨みや虚栄心や欲望や願望やなんかから “身を守る盾”、巻き込もうとしてくる嫉妬バトル、虚栄心のどろどろの無理強いを “かわしていくための指針” つまり “自由のためのツールないし道標” の類なのではないか。道徳なるものが歴史上生まれてきた理由由来は、そういうところにあるのかもしれない法律が生まれる理由が、「誰かが『突然』『勝手に』『厳しく』『堅苦しく』」規則を作った/作る」わけではなく、起きた犯罪に対応して生まれるものであることはよく知られているように。(10月15日追記)


要するに、 「何人も街を社会を自由に歩けることが大事」 で、 「『誰かの嫉妬や願望や差別や他のなにか』が理由で妨げに遭う状況を是とする考え方は受け入れられない」 ということ。妨げたいと思っ(てしまっ)た人が、その思いを我慢しなければならない。いや、差別のどこが悪い?、相手の意思にかかわらず願望を完遂して何が悪い?という人は居るわけですけれども...。


いまいちばんやっかいだと思うもの。

2016-03-15 22:26:32 | その他
いまいちばんやっかいだと思うもの。
それは、自分の欲望を他人の欲望だということにして(なすりつけて、すりかえて)満たされない気持ちを解消する 「欲求不満持ち(欲求不満の人)」 だ。
人は、相手が自分の願望に応えてくれそうにないとき、願望を受け入れてくれそうにないとき、すりかえてなすりつけてしまう挙に出る。出来事の発生(の)源をすりかえて強制する(※1)。相手も、第三者も、ことによったら自分さえも(※2)騙してしまう。
・なすりつける、すりかえる人がよくやること

※1 「相手が欲している」あるいは「それは相手のためだ」という言葉を使って、叶えられない自分の願望(欲望)を叶えるための行動を起こす、前に出る、「主張」を自発する一方、願望の対象(欲望の的)になった人は、なすりつけられた者は、行動を自発しない。行動を起こすとすれば、何かされたのを受けての対応/対処行動、防衛行動
※2 表層の意識。無意識、意識の深いところでは、ちゃんとわかっている。

Why Native English Speakers Fail to Be Understood in English。

2016-03-09 21:02:26 | その他
ネイティブの英語はなぜ世界でいちばん通じないのか 2016年3月7日(月)スペンサー・ヘイゼル(英ノッティンガム大学研究員、応用言語学)

そういえば、「英語を第一、第二外国語として話す人たち、英語を母(国)語として話す人たちが今や世界中に増えた。それぞれの場所で、言い回しやスラングや方言は増えるだろう。イギリスにいるイギリス人の私が話す英語が『本物の英語』だと言える日はいつまで続くだろう、また、今そう言っていいのだろうか」とオックスフォード大学かケンブリッジ大学の英文学の教授が書いている記事を数年前に読んだことがあります。
英語を母国語として話す人のこういう意見もありました。

保育園落ちた日本死ね。

2016-03-02 21:11:08 | その他
「保育園落ちた日本死ね」ブログに安倍首相「本当か確認しようがない」、国会では「誰が書いたんだよ」などのヤジ
TERUさん「保育園落ちた日本死ね」ブログに賛同 その理由は?

待機児童問題について総理大臣が言及したニュースに自分が接したのは、「待機児童をゼロにする!」と絶叫してみせた小泉内閣(2001年-2006年)に次いで2度目だ。あのときは解決せずに、今に至っているわけだけど、小泉内閣が「成し遂げた」のは、郵政民営化だった。それを「望んだ」のはアメリカだったという落ちがあったわけだけど、その伝でいけば、安倍内閣(2006年-)も、自衛隊へのアメリカの要望を実現して、待機児童の問題は解決しないで去るのかも。