田舎にゃんこの気まぐれ日記

おいしいもの・きれいなもの・お出かけ…

陸前高田 三陸鉄道

2014年03月23日 | たび・おでかけ
陸前高田に行ってきました。読売旅行のバスツアーなので、各地を回ってやっと山越えの国道へ。
峠を越え、高速に乗って、一関インターで降りると、お弁当屋さんが待っていました。
そしてバスに乗ってきたのがこのちゃいち~お弁当。まだ、10時半だし…。


周りが食べ始め、約20分我慢して11時に昼食開始。
大好きなうには、煮こんですっかり味が抜けてました。でもおいしくいただきましたよ。


バスはその間、東へ東へと走り、陸前高田に到着。
道の駅「高田松原」
細かい瓦礫はないものの、中も周りも震災当時のまま残されていました。
鉄骨も壁もグニャグニャ、バラバラです。声が出ませんでした。


追悼施設ができていました。2013年1月に開所式をしたそうです。
どこに手を合わせたらよいかわからないままよりは、気持ちを寄せる場所があるのはいいかもしれません。
どの方向を向いて…なんて、関係ありません。
魂は、思い思いの大切な場所にきっとたどり着いているのですから。


近くの山はどんどん削られています。
陸前高田の山際から長い長いベルトコンベアができていました。
かさ上げのための土砂を運ぶためのものだそうです。
10億円かけて、3年でかさ上げ工事を終えて早く復興することを選んだ陸前高田。
これなしでダンプカーだけで運ぶと10年かかるそうです。

10年…子供は成長し、お年寄りは体の心配も増えてくる。復興支援が10年ちゃんと続くか保証もない。
「希望のかけ橋」と呼ばれるこのベルトコンベアは、人生のかけ橋です。


気仙中学校…震災遺構に指定されています。
風になびくぼろぼろのカーテンがとても切ない。
この中学校は、津波避難訓練、当日の適切な対応で全員助かったそうです。
地獄絵図を見せないように、将来トラウマにならないようにと、
先生方が後ろを見ないように声をかけながら高台に走ったそうです。



奇跡の一本松は、近くまで歩くと時間がかかるというので、
少し遠いけどちゃんと見えるところまで移動して、車窓から。
7万本の美しい松原が海岸線を彩っていたこと、夏は海水浴でにぎわったこと…
切ない話ばかりでした。

奇跡の一本松についてはこちら
http://www.city.rikuzentakata.iwate.jp/kategorie/fukkou/ipponmatu/ipponmatu-bokin/ipponmatu-bokin.html

ガソリンスタンドの高い看板も激しく壊れていました。
持ち主の岡本さんは、被害の記憶が風化しないように、これを残すことに決めたそうです。


駅前通り…えっ?ほんとに?


ガイドの菅野さんが震災前の写真と比べて話をしてくれました。
ここに○屋さんがあって、ここには△屋さんがあって…自分の住む街だったらと考えると恐ろしくなりました。


この高い3F建てのビルの持ち主米沢さんは、、この建物を残し、
震災を忘れないようにしようと屋上に看板を設置したそうです。
こんなに高いビルも飲み込んだ津波…どれだけ恐ろしかったか。


次は三陸鉄道南リアス線です。
発車時間まで時間があったので、高台にある駅から少し歩いてみました。


看板の周りは津波で何もありません。


Happy Birthday と書かれた看板が立っている、何かの碑がありました。
だれかの霊を弔うためのものでしょうか。


大津波資料館と看板が掲げられた、がれきで作った建物。子ども達と作ったと書いてありました。
2Fからのすべり台、ベンチ…集う場所が必要だったのでしょう。


ご自由にお入りくださいと書いてあったので中へ。
津波の恐ろしさを伝える写真や、止まったままの時計が飾られていました。胸が締め付けられます。


がれきの中から出てきたピアノが外に置いてありました。


学校の門柱。ここに学校があったのでしょうか。


三陸駅から東の方角。右の瓦の家の1Fまで波が来たそうです。すぐ向こうは海です。


三陸鉄道に乗車。すぐに売り子のおばちゃんが登場。
震災応援ツアーです。黒糖パンケーキ、豆餅などを買いました。


ハートの吊革。


電車のなかのミニ売店。干物などを売っていました。


盛駅で右の電車を下車。左はJRの代替バスです。


再びバスに乗り、中尊寺へ。ちゃいちい「ひっつみなべ」と稲荷2個。
1個は旦那様へ。お母さんも1つ旦那様へ。あちゃ~~


テレビで、ネットで、たくさん情報が発信されて、まったく知らなかったわけじゃないけど、
実際に現地に足を運び、震災・津波被害にあった方にお話を聞くことで、また違う思いを持ちました。
つらいけれど、嘘のようだけど、信じたくないけど…現実。
完全な復興なんてあるわけないけど、少しでも復興が進むことを祈り続けること、
「忘れずにいること」がわたし達にできること。
何ができるか、時々考えていかなくては。




新たな一歩

2014年03月10日 | 
7年前のめんこたち6人があいさつに来てくれました。
そのうち一人は合格発表のあった金曜日に来てくれたから2回目。

共栄大学 東北学院大学 山形大学 東北大学3人
おめでとう!
大したもんだ!

その先の進路はまだ霞の中とはいえ、しっかり前を見て
また新たな一歩を踏み出している。





とうとう柳へ

2014年03月02日 | おいしいもの
とうとう行ってきました「クイック柳」


時間が合わなかったり、勇気が出なかったりして、ずっとスルーしてたけど
今日は時間もいい感じで、とうとう入ることにしました。

中に入ると…実にいい感じの大衆食堂って感じです。
11時半開店に合わせ、暖房を入れたのか、コートを脱げない寒さです。


おしぼりとメニュー表が登場。
実に様々な料理がラインナップされています。
ラーメン、定食、丼もの、ステーキ、イタリアン…

そのころ、旦那様は「ムムム」の顔。おしぼりがくさい!!
わたしのはセーフでした。

旦那様は30周年記念メニュー、「サーロインステーキ定食」
わたしは「海老フライ定食」

水を入れたコップは季節外れのもみじ…。
秋もどうぞって、お誘いと思うことにしましょう。


トイレへ。和式ですが、しっかりお掃除がしてありました。
しかし、その途中の通路には、アイスクリームを入れておくような冷凍庫に、業務用のフライのもとらしきものが見えてしまった。

花瓶にはユリ(カサブランカ?)が元気に咲いてました。

さて、エビフライが登場。小ぶりですが、香ばしくておいしかったです。


ステーキは、決して大きくはないけど、見事なレア!ご主人、やるなあ。


ごはんの炊き加減(水加減?)もちょうどよく、二人で完食。

あの場所で30年続けてこれたことに敬意を表します。
今度はいつになるかな。

さて、錦が丘へ。目的は沖縄ショップ「これいち」。

とはいえ、いろんな店を見て、さてこれいちへ…と思ったら、
なんと、パンケーキ屋さんがあるじゃないの!
迷った結果、食欲にまけ、お店に入ってしまいました。

おいしかったけど、2・3日後がこわい。


そのあとこれいちへ。
サーターアンダギー他、たくさん買い込みました。

夜は、チャプチェや切昆布の煮物、浸し豆など。



嵐の前の静けさ

2014年03月01日 | その他
いよいよ3月。忙しくなります。

その前に…少しはゆっくりと過ごしました。

夜はカルディのパッタイ。
時間通りにゆでた面は、がちがちに硬くて、だいぶ放置してやっと食べられるようになりました。
下のご両人は…無反応でした。
次回はもういいとか、おいしいとか…何もなし。
つまりあといいってことね。

わたしは好きな味なんだけどな…。

まだ帰ってきてない旦那様はどんな反応かな。