あと30分で、倉敷市民になってしまいます…
わが故郷、いまどき貴重な、郡。だった訳ですが、郡の割にはけっこう気に入ってたから、倉敷市民になってしまうのは、ちょっと寂しい。
うちの地元は、吉備郡真備町というところ。
吉備真備という人、歴史に詳しい人なら知ってるかな?
奈良時代の大秀才。
学者から右大臣にまで出世した出世王。
吉備(岡山県)の下級豪族出身。
716年、唐に留学する。
法律、天文、暦法、音楽、兵法など当時世界最高の文化を身につけ、735年に帰国。
その後聖武天皇に重用され、出世街道を爆進するも、750年、筑前守(九州・大宰府)に左遷される。
その後再び唐に渡り、鑑真を伴って帰国。
そして大宰府防備のため再び九州へ赴任。
大宰大弐となり、756年に怡土(いと)城を築く。その後都に戻り、藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱平定に活躍。
766年、右大臣となる。その後政治闘争に破れ、引退。
本当かどうかはわからないけど、カタカナを発明したのは、吉備真備公だという言い伝えもあるらしいです。
吉備真備公に由来する、この地名、気に入ってただけに、寂しいな…
わが故郷、いまどき貴重な、郡。だった訳ですが、郡の割にはけっこう気に入ってたから、倉敷市民になってしまうのは、ちょっと寂しい。
うちの地元は、吉備郡真備町というところ。
吉備真備という人、歴史に詳しい人なら知ってるかな?
奈良時代の大秀才。
学者から右大臣にまで出世した出世王。
吉備(岡山県)の下級豪族出身。
716年、唐に留学する。
法律、天文、暦法、音楽、兵法など当時世界最高の文化を身につけ、735年に帰国。
その後聖武天皇に重用され、出世街道を爆進するも、750年、筑前守(九州・大宰府)に左遷される。
その後再び唐に渡り、鑑真を伴って帰国。
そして大宰府防備のため再び九州へ赴任。
大宰大弐となり、756年に怡土(いと)城を築く。その後都に戻り、藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱平定に活躍。
766年、右大臣となる。その後政治闘争に破れ、引退。
本当かどうかはわからないけど、カタカナを発明したのは、吉備真備公だという言い伝えもあるらしいです。
吉備真備公に由来する、この地名、気に入ってただけに、寂しいな…