Sleeping Sound with Swinging Sounds

Diary of a Japanese graduate student.

手塚治虫の短編作品

2005-09-29 02:15:40 | 映画・小説・漫画・音楽・時事ネタなど

最近、手塚治虫(1928-1989)の短編にはまっている。
「火の鳥」や「ブッダ」、「陽だまりの樹」、「アドルフに告ぐ」
など、数々の傑作大河ドラマを生み出してきた「マンガの神様」
こと手塚治虫だが、彼の短編が、実は長編ものに負けず劣らず
面白いということに気がついたのは、ごく最近のことである。

ここ数日で続けざまに読んだ「時計仕掛けのりんご」「サスピション」
「メタモルフォーゼ」などは、その24収録作品すべてが秀逸で、
物語のラストでは「そうきたか!」とうならされること必定である。


1作品わずか30ページかそこらなのに、ストーリーの
凝縮されていることと言ったらない。読者は最初の数ページを
読むやいなや、最後まで読むことを止めることはできないだろう。
多忙なスケジュールであっただろうに(巻末の本人あとがきでは、
しばしば忙しさへの愚痴が見られる)、よくもまあこう次から次へと
面白いストーリーを思いつくものだ、と驚嘆させられる。テーマもSF、
サスペンス、歴史もの、社会派もの、青春もの、人情ものなど、
扱う主題には枚挙に暇がない。

ストーリーの巧みさもさることながら、その確かな画力と構図の豊かさは、
物語に緊張感や生き生きとした情感を生む。「ハリウッド映画が大好き」と
本人がどこかで話していたが、なるほど、そう言われてみれば彼の描く
マンガの構図は、非常に映画的である。「たとえセリフが分からなくても、
絵を追っているだけで充分面白い」ことが良いマンガ家、面白いマンガの
必須条件だと勝手に思っているが、手塚治虫の作品は、その例に見事に
当てはまる。


自伝的作品「紙の砦」などで描かれる、戦時中の体験に依るものであろう、
彼の社会派作品には、常に権力というものに対する不信感が強く漂っている。
市民に対する国家権力をはじめ、庶民に対するエリート、生徒に対する教師、
果ては日本に対するアメリカなどである。(ジェンダーが生みだす権力関係への
無自覚がしばしば見いだされるが、「マンガの神様」も時代的制約には
かなわない)

例えば日本国民が一首相の独裁下に置かれたという設定の話の終盤では、
首相を暗殺しようと試みた学生と、彼の師で暗殺を煽った中年男性思想家
との間で、次のような緊迫したやりとりが交わされる。

「あの先生の著書はみんな・・・たわごとだったんだ!
口ではカッコいいことをいって、裏じゃ政府側に内通してるイヌだったんだ!
先生!恥ずかしくないんですか・・・」。尊敬する師に裏切られ、今にも殺され
ようとしている学生がこう問いかけるのに対し、思想家は葉巻をふかして一言、

「インテリというのは、まあそういうものさ」。

サスペンスなどではありがちな展開かもしれないが、そこでしっかりと
社会関係の本質の一面を突いているところが、手塚治虫の非凡さであろう。
「ルードウィヒ.B」など、彼には未完の秀作が数多く存在する。
60歳での早逝が、本当に惜しまれる。