思い出したくないことなど

成人向き。二十歳未満の閲覧禁止。家庭の事情でクラスメイトの女子の家に居候することになった僕の性的いじめ体験。

いじめられっ子のための幸福論(4)

2022-09-04 12:51:49 | 10.いじめられっ子のための幸福論
 とっておきの切り札が利かない。Y美は一段と目を吊り上げて、「なんだって?」と聞き返した。
「もううんざりなんだよ、あんたの言いなりになるのは。マジックショーも、なんだったら中止にしてもいい。中止にしろよ。おれは全然ヘーキだから」
 チッ、と舌打ちするY美。僕は知っている。Y美の母親、おば様には確かにマジックショーを中止にさせる力がある。しかしおば様は絶対に中止にしない。テレビの放映権という利益がかかっているからだ。いくらY美が「鷺丸のやつに面子を潰された。ねえ、明日のマジックショー、中止に追い込んでよ」とおば様に頼んでも、「冗談でしょ、なにそれ」と笑われるのがオチだ。
「もう腹立つなあ、なんでこう、腹立つことばっかりなんだよ」
 歯ぎしりするY美は、何を思ったのか、僕の胸部にいきなり蹴りを入れて、ぐったり倒れたところを後ろ向きのまま横抱きにして持ち上げた。くそ、くそ、くそ、と独語しながら、僕のお尻を平手で叩き始める。痛い、痛い、やめて、放して、と叫んで体をよじっても、後ろ手に縛られた全裸の体は自由にならない。
 ビシッ、ビシッ、と僕のお尻を太鼓のように叩きながら、Y美は正門の鉄扉に向かった。まさか、このまま帰ろうとしている? 「ルコ、メライ、帰るよ」と呼びかけるものの、二人から返事はなかった。バシッ、とひときわ強くお尻を叩かれた僕は、ウギィー、悲鳴を上げてさらに続くもう一発に備えて歯を食いしばったけど、予期に反して打たれなかった。Y美は立ち止まったままだった。と、手が離れて、僕はドサッと真下の石畳に落ちた。後手縛りされているので、顔と足、胸で衝撃を受けたことになる。相当に痛い。僕は呻いた。
「だいじょうぶ?」
 お姉さんが駆け寄ってくれて、全裸の僕をいたわりながら、縛りをほどいてくれた。ついでに真っ赤に染まったお尻を水で冷やしてくれた。
 Y美はルコと睨み合っていた。ルコはY美に謝罪を求め、Y美は拒絶した。それどころか、ルコの言動を反抗的とし、逆に詫びを強要した。すぐに土下座をすれば水に流すと言った。ルコは頑なに断り、自分に暴力を振るったY美を非難した。
 最初、言葉の量でY美が優勢だった。しかし鷺丸君がルコに加勢したことで形勢は逆転した。「さぎまるくんッ」メライちゃんが感激してマジシャンに飛びついた。さらにはお姉さんの無言の非難の眼差しも、Y美をじわじわと苦しめた。
 決定的にY美を不利な立場に追い込んだのは、鷺丸君のステージショーへの出場辞退宣言である。これだけ本番に向けて練習してきたのに、前日になって辞退するなどと言い出すのは、まったく意表だった。
 ただの脅しではない。鷺丸君は本気だ。
 これまでショーに出たいがためにY美の顔色をうかがい、言いなりになってきた自分自身に嫌悪を覚えたのだろうか、実にいさぎよく、「マジックショーなんか、もうどうでもいいんだ」と啖呵を切った。
 感極まって泣き出したメライちゃんは、鷺丸君にぴったり寄り添い、その胸板に顔をうずめた。鷺丸君の手がメライちゃんの肩をそっと抱きしめる。

 ……まことにあやしい雲行きになってしまった。
 グッと詰まったY美は、僕の腕を取って立たせると、気をつけの姿勢を命じて、おちんちんをしごき始めた。もう片方の手はぎゅっと拳を握ったままだ。
「せっかく練習してきたのに、出ないのかよ」と、Y美が言った。
「ああ、出ないね。全然未練はないよ。ここまで練習に付き合ってくれたメライちゃんとナオスには、悪いと思うけどな」
「わたしのことなら気にしないで」とメライちゃんが言った。「鷺丸君のすごいマジックの練習に参加させてもらっただけでも、わたしには貴重な思い出だから」
 ふん、とY美が鼻で笑った。僕も同じく鼻で笑いたい気持ちだったけれど、Y美におちんちんをしごかれているので、ふん、ではなく、アウッ、としか声を出せなかった。
 強制的とはいえおちんちんを嬲られて、官能にうっとりしている僕をチラと見て、メライちゃんが呆れ顔をした。それから頬ずりする胸板の主である鷺丸君を見上げ、目を合わせると、二人でそっと微笑む。Y美のしごく手に苛立ちがこもって、荒々しくなった。
 もしも鷺丸君が出演しないとなれば、テレビ放送のスポンサーは契約違反を楯に賠償を求めるだろう。それくらい鷺丸君がビッグな存在だってことをY美はすっかり忘れていた。損失を被るのはおば様のほうなのだ。鷺丸君の出演辞退の理由がY美の傲慢な振る舞いにあると知ったら、おば様は怒り、手に負えなくなった自分の娘をムネジさんに預けてなんらかの処置を求めるだろう。ムネジさんも夏祭りから得る収益に大きく関わっているというから、大幅な収入減を引き起こしたとあっては、相当にきつい反省をY美に課すことになるのは間違いない。
 裏社会の凶暴な人、あの恐ろしいムネジさんにしばかれるとあっては、さすがのY美も平常心ではいられないと思う。それかあらぬか、Y美のおちんちんをしごく手が不規則になり、小刻みに震えるようになった。
 アウッ、いい、いけない、さっき射精させられたばかりだというのに、もう全身の肌が波打って、性的快感の水位を上昇させてくる。この、しごく手の絶妙な緩急。自然と呼吸が荒くなる。
 Y美も僕とシンクロしたように不規則な呼吸をして、「ねえ」と鷺丸君に話しかけた。震える片手で、あいかわらずおちんちんをしごいている。「やっぱりマジックショーは……」
 う、いきなり絶頂に達しそうになる。い、いく、いっちゃう、と情けない、掠れた声を上げる。
 ほんの数滴程度の白濁がおちんちんの先から飛び出した。もう誰も驚かなかった。ルコもメライちゃんも、Y美の次に繰り出す言葉を聞き漏らすまいと集中して、機械的にしごかれて五回目の射精をしたおちんちんへの一瞥は惰性以外のなにものでもなかった。
「マジックショーは……、なんだよ?」
 鷺丸君が続きを促した。もうY美へのへつらいは微塵も感じられなかった。鷺丸君らしい、いつもの自信にあふれた口調だった。
「だから、その……」言い淀み、Y美はまたおちんちんに手を伸ばした。だ、だめ、いくらなんでも間隔が短すぎる……。腰を引いて逃れようとするも、Y美に片手を背中に回されて動けなくなった。萎んだ、柔らかいおちんちんをいじり始める。「マジックショーっていうのはさ……」
「はあ?」と首を傾げる鷺丸君。鷺丸君の心臓の鼓動に耳を澄ましているメライちゃんも、Y美に目だけを向けて、「はあ?」という顔をした。
「大切な演目だから」
 やっと言葉が出た、という感じで、一息つく。しかし、そのY美を見る周囲の目は冷ややかだった。
「大切な演目? そんなの分かってるよ、決まってんじゃん。今さら何言ってんだ、あんた」
 ハハ、と笑う鷺丸君。メライちゃんだけでなく、ルコもまたうんうんと頷いている。
 ここまで劣勢に追い込まれたY美を見るのは初めてだった。Y美としては、とにかく鷺丸君にはマジックショーに予定どおり出演してもらわなくてはならない。
 どうやってその方向へ導けばよいのか。考えに没頭するとき、Y美はよく消しゴムを毟ったり、鉛筆でトントン机を叩いたりする。無用なことをして、手を遊ばせるのだ。今は、僕のおちんちんが鉛筆や消しゴムの代わりになっている。
 や、やめてください、Y美さん、お願いだから……。
 おちんちんに絡ませた指をほどき、今度はおちんちんの袋を揉みしだき始めた。ほとんど無意識の動きだった。同時に、おちんちんの裏側を巧みにさする。くすぐったいような、痛いような、変な感触で、もう、じっとしていられなくなる。片手を背中に回されている僕は、腰をくねくね動かして、執拗な責めから少しでも逃れようとした。Y美に「静かにして」と叱られる。僕が悶えると、Y美の思考の糸をプチッと切ってしまうそうだ。それなら、最初からおちんちんなんかいじらなければいいのに。
「マジックショー、やればいいじゃん」と、Y美が言った。
「やだね。中止にするって決めたんだから」
「……なんでよ?」
「なんでよって、あんたさ」鷺丸君は苦笑して続けた。「元はといえば、あんたがつまらん口出しをして、おれのマジックをいじくり回したからだろ。さんざん邪魔ばかりしてきたくせに」
「わかったよ。それについては……」ムニョムニョと、聞き取れなくなった。聞き返されて、もう一度声に出す。今度ははっきり聞き取れた。「別に謝ってもいいから……」
 謝る? 信じられない。Y美のこの、意外すぎる一言は、辺りを一瞬にして水を打ったような静けさにした。誰もしばらく口をきけない。なにより言った当人も驚いているようで、目をパチクリさせながら、僕以外の全員の顔を見回している。…やめて、と僕は呻いた。そのあいだもY美は、おちんちんを指に挟んで、小刻みに震わせている。おちんちんの袋を手のひらで撫でてやまない。
「いや、おれに謝らなくていいよ。それよりさ」
 沈黙を破ったのは鷺丸君だった。どうせ素直に謝らないだろう、なんだかんだ無理難題の条件をつけるだろう、と思っているのがありありと見て取れた。「ルコちゃんに謝ったほうがいいよ。あんなにひどい暴力を浴びせたんだから」
「え、ルコに?」
「そう、ルコちゃんに。そうしたら、マジックショーのことは考え直してやるけど」
「なにそれ」
 吊り上がった目で睨みつけられても、強気の姿勢を崩さない鷺丸君だった。
「謝るか?」
「いいよ、別に」
 アウウッ。指の振動数がいきなり上がって、おちんちんを絶頂に導いてしまった。お、お願い、と声を出したときには、もうおちんちんの先から精液が、蓮の葉に落ちて転がる雫のように、ピュッと散った。お姉さんが口に手を当てて軽く笑った。ルコもメライちゃんも精液の出る瞬間を目に留めたけれど、今はそれどころではないとばかり、表情を引き締めたまま、Y美の顔に視線を戻した。
「でも、ルコが謝らなくていいって言ったら謝らないよ」
 Y美はこう宣言すると、泣いて腫れぼったくなった顔のルコに向き直った。
「あんた、わたしに謝罪してほしい?」
 うん、とルコが頷いた。
「へえ、自分に原因があるくせに」
 反省の弁を述べるかと思ったら、いきなりの挑発。いかにもY美らしい。おい、と割って入ろうとした鷺丸君を、Y美は「黙ってな。これはわたしとルコの問題」とぴしゃりと遮断した。

 ケヤキの青葉を抜けて射す光は、四十五度にも届かない角度で池の波紋を淡く色づける。ひぐらしが一段と鳴き声を強める広い庭で、自分だけ素っ裸だった。連続して射精させられ、もぬけの殻になっている。ただひたすら、恥ずかしいと思う気持ちばかりが砂のように残った。僕はY美に首輪を取られたまま、わずかな気力を振り絞って、一糸まとわぬ身をもじもじさせた。
「わたしもそりゃ、いけないとこあったと思うよ。でも……」ルコは詰まって、言葉に込めようとして、はみ出た思いを涙に変えた。しゃくりあげ、涙を拳で拭ってから、続ける。「最近のY美ちゃん、あんまりだよ、ひどすぎる。だってさ……」
 恨みつらみをY美にぶつける。こんなにもルコは苦しんでいたのか、と改めて気づかされる、一種の心情告白だった。
「そっか、あんたの気持ちは理解したよ。でもね、あんたがどう思ったかなんて、わたしには関係ないし。つまり、あんたと話し合っても時間の無駄だってことだよね」と、Y美は溜め息をついた。切々と訴えたルコの抗議も、Y美の心には響かなかったようだ。
 説得、失敗。しかしルコは切り替えが早かった。ならば、とY美に賭けの提案をした。賭けに負けたら、これまでのルコにたいする威圧的な態度を改め、かつ今日の暴力を謝罪する。勝ったら一切を不問に付す。
「いいよ。おもしろいじゃん。勝ち負けがはっきりするからいいね」とY美はすぐに乗り気になった。「で、どんな賭け?」
「時間内にナオスくんを射精させられるか、どうか」
 う、嘘でしょ? 
 やだ、そんなのやだ、と発作的に暴れた僕は、たちまちY美に腕を背中に回されてしまった。腕をへし折られそうだ、じっとしているしかない。「やめて、もう射精できないから」と抗議しても、「お前は黙ってろ」と乳首を抓られるだけだった。
 ヒィッ、痛い。悲鳴を上げる僕の口を、「うるさいなあ、もう」とY美は手で塞ぐ。
「いいよ。ただ、もうかなり出してるけどね、こいつ」
 Y美は僕の丸出しのおちんちんをツンと指で突いた。
「うん、それは知ってる。でも、Y美ちゃん、ナオス君に八回射精させるって言わなかった?」
「言ったよ。で、もう七回出したよね。残りあと一回」
「ごまかさないで。まだ六回だよ。だから、あと二回でしょ」
 関心なさそうな目で見ていたけど、きちんと射精の回数を数えていた。そう、確かに僕は連続して六回、射精させられたのだった。それでも、もう精液は尽きたように感じる。あと二回も射精するなんて、とても無理だ。
「そっか、まだ六回だったか」と、Y美はあっさり自分の数え間違いを認め、ニッと微笑んだ。まるで、あと二回も射精させることができるのを喜ぶようだった。「だったらそうだね、あと二回射精させるよ」
「制限時間、七分」とルコが言った。「七分のあいだに、あと二回射精させてみて。もしできたら、Y美ちゃんの勝ち。謝らなくていいよ。でも、できなかったらY美ちゃんの負けだから、ちゃんとわたしに土下座して謝って、もうわたしを顎で使ったりしないって誓ってね」
「分かった。その代わりわたしが勝ったらルコ、今ここで下着姿になって、サルサルダンス、踊ってもらうからね」
「いいよ。ただし、七分ジャストでもアウトだからね」
 だめだよルコちゃん、そこは断らないと。声に出したところ、すかさずY美の手が伸びてきて、またもや僕の口を塞いだ。ムムムとしか声が出ない僕は必死に目で訴えるのだけど、ルコは、母屋からストップウォッチを持ってきてくれたお姉さんに使い方を教わっているところで、僕のほうなど見向きもしない。
 リードチェーンを首輪につなぎ、三角屋根の下の横木に通して固定すると、Y美は「準備するからちょっと待って」と言って、アトリエに自分の荷物を取りに行った。
 いやだ、これから僕、おちんちんを嬲られ、痛めつけられるかと思うと、生きた心地がしない。しかもルコとの賭けがある以上、Y美はなにがなんでも僕を射精させようとするだろう。しかも二回も。
 大きな手提げ袋を肩に掛けたY美が芝生を横切ってきた。
「お願い、お願いだから、僕の体を使って、そんな変な賭けをするのはやめて……」
 自由になった両手でおちんちんを隠しながら、涙目になって訴える。それなのに、なんという無反応。Y美はもちろん、ルコもメライちゃんも鷺丸君もお姉さんも、僕の発する声など、通り過ぎる車の騒音と同じレベルでしか聞いていないのかもしれない。
「はい、始め」ルコがストップウォッチをカチッと鳴らした。
 Y美はまず首輪のチェーンリードを外すと、僕を芝生にうつ伏せに倒した。のしかかって僕の腕を取り、背中で曲げる。お尻をピシャリと打って、上げさせる。いやだ、助けて、と声を限りに叫び、悲鳴を上げる。
「近所迷惑になるから、もう少し静かにしてよ」とお姉さんに注意される。近所迷惑? そんなの知らない。だったら、Y美の乱暴を止めてくれればいいのに。僕を静かにさせるためにお姉さんが選んだのは、最も安易な方法だった。手拭いを僕に噛ませたのである。猿轡をされた僕は、これでもう、ムグッ、ググッ、としか声を出せない。
 ヒィッ、いや。お、お尻に指が入ってくる。何か粘り気のある液体がブチュッと音を立てた。ローションだった。お尻からおちんちん、なぜか太腿までたっぷりローションを塗り込められる。
 やっと腕を放してもらえたと思ったら、後ろ髪を掴まれ、四つん這いの姿勢は変えられなかった。顎が地面にめり込み、お尻を突き出す格好にさせられる。
「な、なんなの、それ」と、メライちゃんの震えおののく声がした。
「これ、コケシだよ」とY美が教える。
 イギギッ。それをお尻に突き立てられて、僕は物体の正体が分かった。先日の海水浴旅行で、僕はセロリさんというきれいな成人女性にお尻を犯された。その時に使用されたゴム製の、おとなの男性のおちんちんを模した物体に違いなかった。セロリさんはこの性具をコケシと呼んでいた。実際のコケシとは似ても似つかない形だけど。

 旅行中、性感だけ射精寸前まで高められて倉庫に立ち縛りで監禁された僕をセロリさんは誘惑した。彼女は僕がまだ一度も女の人と性交したことがないと知って、たいそう驚いた。これだけ女の人たちに弄ばれ、嬲られているのだから、性行為の経験も当然あると思ったのだろう。セロリさんは「かわいそう。女の人をまだ知らないのね」と同情し、僕の頭を撫でた。そして、自分でよかったら今晩させてあげる、と約束してくれた。
 その晩遅く、約束どおり一糸まとわぬ格好のままセロリさんの部屋に忍び込んだ僕は、セロリさんの場違いなほど明るい声で迎えられた。セロリさんは同性の友達二人と酒盛りの真っ最中だった。騙されたと気づいた時は、もう遅かった。僕は四肢を縛られ、何度も浣腸され、腸内がきれいになったところで、お尻に帝国バイオ社製のコケシを挿入された。そして、泣きながら何度もいかされたのだった。「犯しにきたのに、逆に犯されちゃったわね。気分はどう?」セロリさんたちはこう言って僕を冷やかし、爆笑した。
 い、痛い。あの時の感覚がよみがえる。お尻の穴をまず指で広げられる。
 思い出した。海水浴旅行から帰った次の日、Y美とおば様は、呼ばれてムネジさんの事務所に出かけた。僕は留守番、というか庭木にロープで素っ裸のまま括りつけられていた。夕方近く、おば様よりも一足早く帰宅したY美は、庭に放置されている僕のところに来て、手提げ鞄をあけると、逆さにして振った。五つほどのコケシがこぼれ出た。どのコケシも帝国バイオのロゴ入りで、すべてセロリさんから譲り受けたものらしい。セロリさんもムネジさんの事務所を訪問したのだった。「もう捨てようとしたんだけど、Y美ちゃんなら使うんじゃないかと思って」持ってきたのだそうだ。コケシのいくつかは見覚えがあった。Y美は嗜虐的な目で僕を見下ろし、「いずれたっぷり遊んでやるから」と言って、微笑んだ。

 そのコケシが僕のお尻の穴にズボッと突き立てられ、ゆっくりと挿入される。ヒイイッ、いやッ、と喘いで、腰をくねらせる。メライちゃんの見ている前でお尻に疑似おちんちんを挿入され、淫らな声をあげてしまった。
 ズブズブとそれは奥深く入ってゆく。気づくと、おちんちんがピンと立っていた。なんら性的な快楽を伴わない勃起だった。でも、見る人たちは肉体の現象だけに着目して、そこからしか推測しないから、僕が感じていると早々に思い込んでしまう。「やだ、ナオスくんたら……」と、メライちゃんの絶句する声には、その思い込みを裏付けるような、冷たい軽蔑の響きがあった。
 や、やめてください、お願いだから、と猿轡のせいで発せられない言葉を、ムームーという呻き声に託す。
「なんで勃起したまま泣いてんの? 嬉し涙なの?」と真顔で問うお姉さん。また一段と強い電流が下腹部から発せられた。アヒッ。
 射精してしまった。七回目の射精。ここでいったん、コケシはお尻の穴から抜かれた。
「残り時間、あと四分」とルコが言い、意外なほどの短時間で射精してしまった僕を憎しみのこもった目で睨みつける。
 次のコケシへY美が手を伸ばした隙に僕は逃げ出した。逃げるといっても鷺丸邸の敷地からは出られない。仮に出られたとしても全裸だからすぐに捕まってしまう。だから、広い庭を走り回るくらいしかできないけど、それでも時間を稼ぐことはできる。
 首輪を嵌めただけの素っ裸で逃げる僕は、「ワッ、こっち来るな、お前」と慌てる鷺丸君とぶつかりそうになった。
「がんばって、ナオスくん。残り三分だよ」
 ルコの声援もむなしく、僕は追いつかれ、タックルされた。玉砂利の上を転がる僕にY美が馬乗りになって、さっきルコにしたような往復ビンタを浴びせる。痛みと恐怖で体が動かなくなる。これこそY美の狙いだった。ぐったり人形のようになった僕を四つん這いにさせると、素早く後ろに回ってお尻を突き出させる。
 ムムッ、ムー、と猿轡の奥から喘いでしまう。お尻の穴に先端のぬるぬるしたコケシが当てられる。射精のジャッジをするルコはともかく、関係のないメライちゃん、お姉さん、鷺丸君までわざわざ間近で見ようと近づいてきた。目尻から涙を流して体を揺する僕のお尻をY美はぴしゃりと平手打ちする。
 いやだ……、お尻を犯されているところを、一度ならず二度までも、メライちゃんに見られる……。
 さらに奥へ、ゆっくり回転しながら少しずつ進む。もうあまり痛みは感じなくなった。代わりに、おちんちんがピンと硬くなる。さっきと同じ生理的な反応だった。
 おちんちんを指で挟み、揺すったり、しごいたりしてから、Y美は手を少し下へ移動させ、今度はおちんちんの袋を揉み始めた。「はやく出しちまいな。ルコが下着姿で踊るのを見たくないの?」とささやいてくる。
「残り一分」と、高らかに声を上げるルコ。Y美に土下座させたいという、ただこの一点において、僕はルコに勝たせてあげたかった。目をつむる。「三十秒」この分ならだいじょうぶだろうと気を緩めた途端、おちんちんの袋に違和感を覚えた。ずっしりと重たい電流がジーンと流れてくる。
「十秒、九、八、七……」ルコは、ほとんど勝利を確認するかのように、高らかにカウントダウンする。その時、僕は最大の危機を迎えていた。Y美がお尻の穴深く挿入されたコケシを振動させ、かつもう片方の手でヒクヒクするおちんちんを握りしめた。ルコのカウントがもどかしい。まだ二秒もある。
 だめ、もういっちゃう……。ムムーッと呻き、目をつぶる。
 結局、ルコはゼロまでカウントしなかった。残り一秒をコールして、すべては終わった。玉砂利の上、四つん這いのまま、なおもコケシに悶々とする僕の隣で、ルコががっくりと膝を落とした。射精の瞬間、僕のまぶたに、くねくねと腰を振って踊るルコのあられもない下着姿が浮かんだ。

 持ちこたえられなかった僕の背中にルコは荒々しく爪を立てると、やっとコケシを抜いてもらったばかりのお尻の穴を割って、玉砂利の石を詰め込み始めた。猿轡をまだ外してもらっていないので、やめて、もう許して、と声に出して訴えることもできない。ただ、押さえ込まれた体をよじって抵抗するしかない。
「なんで出しちゃったのよ。ばか」
 涙声のルコに詰られる。僕は、噛まされた手拭いを噛み切るような勢いで声を出した。もちろん言葉にならない。目を大きく見開き、あらん限りの声を出す。お尻にいくつもの石を入れられて、猛烈な便意を催したのである。
「ウ、ウンチが出るんじゃないの?」
 お姉さんが真っ青になって叫んだ。僕は急いで、大きく何度も頭を縦に振った。
「やだ、庭でウンチなんかしないで。お父さん自慢の庭なんだよ」
 この緊急事態において、被害を受けて苦しんでいる立場と被害を受けるかもしれない立場とでは、アクションに対照的な差が見られた。ほぼパニック状態の僕にたいして、鷺丸君は悠長と思えるほど冷静だった。こうべを静かに巡らせてから、すっと伸ばした人差し指を鉄扉に向ける。いかにもマジシャンらしい、優美な仕草だった。
「あの門から出て行ってくれ。この家の敷地内にナオスがウンチできるような場所はない。門を出て左に少し行くと、山の中に公園があるからそこのトイレでやって」
 ……ど、どこまで僕を嬲れば気が済むのだろう。
 首輪にリードが付けられる。Y美に引っ張られ、僕は便意の苦痛に足を震わせながら、門の外に出た。夕暮れの中、首輪を嵌めた素っ裸のまま、リードを引かれて、道路を歩く。おちんちんを両手で隠すものの、便意の苦しみに喘いで、頻繁に手を動かしてしまう。
 帰宅する人の多い時間帯だった。鷺丸君とお姉さん、ルコ、そしてメライちゃんが僕の周りを囲んでくれたけれど、それでもガードの役目は果たせなかった。勤め人ふうの中年男性、高校生の三人連れがすぐに気づいて、足を止めた。高校生たちは僕のほうに目を向け、ひそひそ話をしながら、歩く速度を落とす。
 新たな羞恥という外圧は激しい便意という内圧とぶつかり合って、全身の肌を波打たせた。勝利したのは内圧だった。歩を進めるたびに便意は高まり、羞恥を感じる余裕がなくなってきた。だから、中年の男性やハンドバッグの肩紐を神経質そうに握る女の人に非難の言葉を浴びせられても、いちいち傷ついたりしなかった。それにしても、あの人たちはなぜ、リードを引っ張るY美、周りを囲むルコたちには何も言わないのだろうか。全裸で無防備な僕は、それだけ言いやすいのだろうか。
 長い石段をのぼる。もう限界だった。僕は竹藪に入って、しゃがんだ。Y美は察して、引っ張らなかった。発すると、詰め込まれた小さな丸石がいくつも出てきた。五人の同伴者は僕の排泄を目の当たりにして、「いやだ、もう」と呆れた。
 液体に近いウンチをすっかり出して、生理的にすっきりした僕の首からY美が首輪を外し、ついでに手拭いの猿轡をほどいた。お尻を叩かれ、石段の続きをのぼる。身軽になった僕は今度こそおちんちんに当てた手を動かすことなく、Y美を先頭にした縦一列の行列に加わった。
 どうか誰も来ませんように。祈りながら、Y美とルコに挟まれ、裸足をひんやりした石段に乗せていく。一日をとおしてまばらにしか日の射さない、この幅の狭い石段は、もし人が降りてきたら、どちらかが端っこに寄って譲らなくてはならない。
 石段をのぼりきったところには、噴水があった。外縁はヴァイオリンの先端に似た渦巻きの形をして、中に溜まった水を円形に収めている。もう夕方も遅かったから、水の噴出は止まって、水遊びする子供たちの姿も見られなかった。でも、周囲に人がいないわけではない。そこかしこで若い人たちがお喋りを楽しんでいた。
 噴水を中心とする小さな人工池は、膝が浸かるほどの深さだった。Y美に命じられ、中に入って、汚れたお尻、体を洗う。と、周囲から聞こえる話し声の調子が急に変わった。明らかに僕を見て、話題にしている。ここに至ってやっと、僕はY美が僕の裸身から首輪と猿轡を取り除いた理由を解した。
 もしも僕が首輪と猿轡を装着したままであれば、すなわち支配される側であることを明かし、性的ないじめの被害者、変則的な性の戯れと思われるだろうし、警察に通報される恐れもある。しかし首輪も猿轡もない、完全に一糸まとわぬ素っ裸であれば、あながち性的いじめの被害者とばかりは断定できなくなる。ましてや僕のおちんちんは無毛で、小さな子供のそれと外見上はまったく変わらない。精液が出ない点も同じだ。なにしろ僕は八回もほぼ連続して射精させられたばかりなのだから。しかも僕はうんと小柄で、制服を着ていなければ中学生にはまず見られないから、これはいじめなどというものではなく、むしろ微笑ましい光景、全裸の小さな子供が面倒見のよいお姉さんたちに見守られて、噴水の中で体を洗っていると受け取る人がいても、なんら不思議ではない。実際、そのほうが多数派だろう。
 かてて加えて、「お尻、中までちゃんと洗った?」「汚れちゃったねえ」と、まったく気味悪いくらいY美が優しく、思いやりに満ちた声音で僕に話しかけて、そうした見方に拍車をかけるのである。狡猾なY美。それを受けて、ルコが「かわいそうなナオスくん、ちゃんとおちんちんも洗ってね。恥ずかしがらなくていいから」などと、白々しく同情してくる。
「もう少しだから、がんばろう、ナオスくん」
 僕の裸の肩をポンと叩いて、メライちゃんまで励ましてくれた。
 く、悔しい……。思わず泣いてしまった顔に、僕は水をぶつけた。Y美やルコの悪意に満ちた意図とは関係のない、純粋な思いから出た言葉であると信じたいところだけど、メライちゃんの手は、しっかり鷺丸君の腰に回されてあった。

 体を洗い終えた僕は、やはり素っ裸のまま、鷺丸邸に連れ戻された。池のほとりの、三角屋根の付いたベンチのところで、おば様のお迎えを待つ。メライちゃん、ルコはもちろん、Y美が引き止めたので、鷺丸君とお姉さんまで一緒だった。
「ルコ、あんた、賭けに負けたんだから、分かってるよね」
「うん。……でも、やっぱり、服を脱がなきゃだめ?」
「当たり前だろ。下着姿で踊るのが約束でしょ」
 うん、と頷いたきり、なおもためらうルコ。そんなルコをY美は勝者の余裕の笑みで見つめ、叱咤した。
「チャコなんて、ずっと素っ裸で、さっきだって、見ず知らずの女にチンチンいじられても、じっと耐えてたじゃん。下着になるくらい、ちょろいでしょ」
「そ、そうだけどさあ……」

 中年の女性二人におちんちんをいじられたのは、噴水の中でおちんちん洗う僕を見て、ひとりが「小さな男の子でも勃起するのよ」と言ったことに端を発する。もうひとりが納得しなかった。「勃起するのよ、本当に」と片方がいくら自分の目撃体験を語っても、もう片方は頑ななまでに「嘘、絶対に何かの間違い」と言い張って譲らなかった。
「せっかくオールヌードの男の子がいるんだから、試させてもらおうか」
 そこで、二人はY美に相談した。Y美は「そうですね、論より証拠と言いますものね。分かりました。どうぞどうぞ」と二人の提案を受け入れ、噴水の中の僕を起立させた。気をつけの姿勢を命じる。
「やだ、か、堪忍して……」
 なんで見知らぬ人におちんちんを開帳しなければならないのか。長い全裸生活のせいで、恥ずかしい思いをたくさんしてきたけれど、だからといって理不尽な強制露出に余裕で耐えられるかというと、そうでもないのだった。
「早くしろよ」
 素直に応じない僕のお尻へ、Y美が高い位置から手を振り下ろした。パチーン。意地を張っても無駄だった。お尻のジンジンと熱を帯びる痛みに耐えて、そっと手を動かす。二人の中年女性の眉が申し合わせたように、すっと跳ね上がった。
「ごめんね、ボク。ちょっとのあいだだけだから我慢してね。ご協力ありがとうござります」と言って、勃起すると主張するほうがおちんちんへ手を伸ばした。
 やだ、気持ち悪い……。でも、それを口にしたら引っぱたかれそうなので、黙って我慢する。知らない女の人の手がおちんちんにふれる。指に挟む。ビシッと両腕を伸ばして気をつけの姿勢を保つ僕の膝がわずかに震えた。しごき始める。
 ところが、いくらしごいてもおちんちんに変化は見られない。女性がいくら緩急に工夫を凝らしても、おちんちんの袋を揉んでも、前後だけでなく横に振っても、不規則にドリブルしても、おちんちんは小さくて柔らかいままだった。
 それでも女性は簡単に諦めなかった。勃起すると断言した以上、意地もある。
「痛い、もう堪忍して」
 気をつけの姿勢をかろうじて維持したまま、僕は苦痛に表情をゆがめて訴えた。
「そんなに苦しそうな顔しないの」と、おちんちんをしごく女性が不機嫌な口調でたしなめた。「もっと刺激にたいして素直になりなさいよ」
「む、無理です。痛い、痛いです」
 ……まあ、当然といえば当然だった。今さっき、短い時間のうちに八回も射精させられ、最後の二回なぞは、お尻の穴に疑似おちんちんを突っ込まれて、性的な快感をほとんど伴わずに射精したのだから。
「やっぱ硬くならないよね。全然感じてなさそうだし」と、勃起しない派の女性がじろじろ僕の裸身を眺め回しながら、言った。
「だらしない子ねえ。男の子としてこんなんでいいの?」
 ついに匙を投げた女性は、おちんちんに絡めた指を離すと、ありったけの憎しみを込めて睨みつけ、僕の足首を引いた。盛大な水しぶきを立てて尻から着地した僕のぶざまな姿に溜飲を下げたかと思いきや、まだ足りないらしく、「この未熟男児がッ」と鋭利な一言を投げつけ、呆然として立ち上がれない僕にフンと鼻を鳴らして背中を向けると、勃起しないと言い張った女性を促して、足早に立ち去った。

 不愉快な出来事。とっとと忘れたいのに、Y美は土足でズカズカと僕の頭の中に入ってきて、記憶再生ボタンを押してしまった。
 急に悲しくなって、今日はあんまり泣きすぎると思うから我慢しようと思うのだけど、どんどん悲しみが胸、喉を詰まらせていくので、ついには嗚咽してしまった。そうしないと息ができないから仕方なかった。
「よく泣くのね、ナオスくん」と、お姉さんが感心する。
「もしかして、同情してもらいたくて泣いてる?」
 見当違いの質問をするルコに、僕は首を横にブンブン振った。
 賭けに負けて、下着姿で踊ることになったルコは、服を脱ぐにあたって一つだけ条件を出した。
「わたしの下着姿を見る男子は、鷺丸くんかナオスくんのどちらか一人にしてほしい。二人に見られるのは、いや」
 この条件は受け入れられた。
 目隠しするのは鷺丸君だと、僕は心の中で決めつけていた。ルコにとって、僕の全裸は見慣れたものだった。これまで数えきれないくらい、僕の体を隅々まで見て、性的にさんざん嬲って、性的に感じてしまって喘ぐ僕を観察して笑い、射精や排泄の瞬間まで立ち会ってきた。もう僕はルコに自分の体、性感、性的な嗜好など、一切を晒しているのだ。だから、僕の前で下着姿になるくらいは、ルコ自身許せるのではないか、一度も裸を(おそらく)見たことのない鷺丸君よりは心理的なハードルが低いのではないか、とこう思ったのである。
 ところが、思春期の女の子の心理は、もう少し複雑だった。
 ルコの下着姿の踊りを鑑賞できるのは、ルコの希望で鷺丸君になった。
 さすがに納得できず、「ええ?」と抗議の声を上げてしまう。僕のあからさまな不満顔を見て、ルコは小悪魔的にエヘッと笑った。
「ごめんね、ナオスくん。ナオスくんにはいつも見せてもらってるから、たまにはお返しに下着姿くらい見せてもいいかなって思ったけど、やっぱり、いつも真っ裸で、おちんちん丸出しのナオスくんにだけは、見られたくないって思ったんだよ。まあ、ナオスくんのおかげで、決心がついたんだけどね。確かにナオスくんに比べれば、下着だけになって踊るくらい、どうってことないよね」
 なんだそれ、まったく腑に落ちない、と思っているうちに、猿轡として噛まされていた手拭いが頭に回される。自分の唾液で湿った手拭いが、なんとしても見ようとする僕の意志をカーテンのように妨げ、僕を遠いかなたの無人島に追いやる。
 うっかり衝動的に目隠しを取ってしまわないように、Y美たちは僕の両手を頭上で縛り、さらにベンチの三角屋根裏の横木に吊るした。一糸まとわぬ体を丸出しにさせておいて目隠しし、その前で同級生の女子が下着姿になって踊るとは、またなんという屈辱的な仕打ちだろう。
 がっくりとうなだれる僕の顎の下に指が入って、顔を上げさせた。ごつごつして、ずいぶんと温かい指だと思ったら、鷺丸君だった。「でもよ、ナオス、そんなにがっかりするもんでもねえぞ」と、周りに聞こえないように話しかけてくる。「ルコがお前に目隠しさせたってのは、それだけお前を認めてるってことだからよお」
「……どういうこと?」
 久しぶりに男どうしで話をする。僕も女子に聞かれないように、小さい声で返した。
「お前をひとりの男と思ってるからこそ、ルコは下着姿を見られたくないと思ったんだろ。いいか、こういう話がある。昔、日本軍の兵士が捕虜になったとき、西洋女は彼らの前を平気で裸で歩いたそうだ。日本軍の兵士を男というか、同列の人間と思ってなかったからだよな。猿とかに裸体を晒しても恥ずかしいと思わないのと同じ感性なんだろ。ま、こういう鈍感さは、いかにもあいつららしいけどな。少なくともルコは日本人の女だけあって、そこらへんは違うってことだよ。いくら奴隷扱いしたって、心の底ではお前をひとりの男子として意識してるんだよ」
「なにコソコソしゃべってんの? あんたたち」
 Y美に咎められ、僕たちは慌てて口をつぐんだ。
 これからルコが披露するサルサルダンスとは、ある地方の習俗として伝わる、交合の幸いと子孫繁栄を祈念する踊りで、結婚式あるいは初夜を迎える家の庭において、おもに親戚の人々によって盛大に踊られるそうだ。僕は見たことがないので詳しくは知らないけれど、いたるところエッチな所作だらけの、相当に変な踊りだと聞いている。
 ずっと昔、どこかの小学校の運動会の演目に入れられたことがあり、保護者や教育委員会の大顰蹙を買って、その一度きりで取りやめになったという。それくらい、教育の現場にはふさわしくない、淫靡な踊りなのだろう。
 これらは、すべてY美から聞いたことだ。Y美はサルサルダンスをどこかの小説を読んで知ったという。「いつも素っ裸だからってエッチなことばかり考えてないで、たまには本でも読まなきゃだめじゃん」と説教されてしまった。本など、とても読ませてくれる環境ではないのに。
 手拍子の鳴る中、踊りが始まった。もちろん目隠しされた僕は鑑賞できない。ただ気配を察するだけだ。ほう、すごッ、おお、と歓声が頻繁に上がる。とりわけ耳障りだったのは、同性である鷺丸君の感嘆だった。
「いやあ、すごいね、ルコちゃん。セクスィーな体つきだねえ。メライとは比較になんないよ。さすがだなあ、いやあ、いいものを見せてもらった」
 殴れ、メライちゃん、と僕は心の中で思った。

 縛りと目隠しをほどいてもらうと、ルコはもう服を着ていた。依然として僕ひとりだけが素っ裸だった。
 やはり明日のマジックショーは中止にするらしい。鷺丸君は、Y美がルコに謝罪すれば考え直すと言ったけれど、勝負をして勝ったのはY美だから、結局Y美は土下座して謝罪する必要もなくなったし、負けたルコも謝罪を求めることはできなくなった。こうしてすっきりしないまま、明日の舞台には出ないという鷺丸君の決定だけが残った。
「お前、ちょっと来い」
 耳打ちして、Y美は僕をアトリエの裏に連れ込んだ。そして、真顔になって僕に向き直ると、マジックショーを予定どおり実施するよう、僕のほうから鷺丸君に頼め、と命じるのだった。土下座してお願いするの、と付け加える。
「な、なんで僕が。僕が頼むなんて……」それは筋違いでしょう、と続けようとしたところで、「いいからもう」と、Y美に封じられた。でも、どうして僕がお願いしなくてならないのか。鷺丸君だって不審に思うだろう。
「理由? そんなの自分で考えなよ」と、Y美は素っ気ない。
 こうなると理屈では通じない。仕方ないな、と、いつもの、人生全般にたいする諦めに似た、しらっちゃけた気持ちになって考える。どうせ僕から頼んだところで、鷺丸君の考えが変わるとは思えない。まあ、それでY美が満足するなら、以て瞑すべきではないか。もちろん僕としては中止のほうがありがたい。素っ裸で出演して見せ物にならなくて済むのだから、鷺丸君には決定をひるがえしてほしくないところだ。でも、これはY美の命令。せめて形だけでも土下座して、頼んでみるしかないか。
「ちゃんと真心込めてお願いするんだよ」と、Y美が釘を刺す。「もしお前が頼んでも、鷺丸がやらないようだったら、そのときはね、覚悟しな……」
 思わず見上げる。Y美の目に、お馴染みの嗜虐の色がひらめいた。
 お姉さんがおば様の到着を知らせに来た。一緒に送ってもらうメライちゃんとルコは帰り支度を始めていたけど、僕がいきなり鷺丸君に土下座をしたので、二人ともきょとんとした顔で手を止めた。
「お願いだから、明日のマジックショーをやって。お願いだから、このとおり……」と、素っ裸のまま、おでこを敷石になすり付ける。
「おい、どうしたんだ、お前、いきなり。顔を上げろよ」
 さすがにびっくりしたようで、鷺丸君が僕を起こそうとする。僕はその手を払って、敷石におでこも割れよとばかりの勢いで平伏した。
「ここまでずっと苦しい思いをして練習をしてきたんだよ。だから、絶対、明日のマジックショー、やってよ。無駄にしたくないよ。やってよ」
 僕の必死の思いを聞いて、鷺丸君は首を傾げた。「そんなにやってほしいの?」
「もちろん、だよ」
「しっかし、分かんないねえ」と、鷺丸君は溜め息をついた。「中止にして、一番喜んでるのは、お前じゃないかと思ってたんだけどな。まあ、正直言うと、全裸出演を強制させられたお前のことを、ずっとかわいそうだなって心の中では思ってたんだ」
「え、そうだったんですか?」
 同級生の鷺丸君にたいして、いきなり敬語を使ってしまった。お願いする立場の惨めさが、素っ裸であることと相まって、いっそう強く意識させられる。
「そうだよ。それなのにお前、マジックショーやってくれ、ときた。……ちょっと理解できん。やってほしい、本当の理由を言えよ」
「本当の理由?」
「ああ」
 おば様が庭に入ってきた。池の方向にY美を認め、近づいてくる。そのすぐそばでは、鷺丸君に全裸で土下座する僕の姿がある。おば様はそれを見て、もの問いたげな顔をした。
「ぼ、僕は……」と言って、もう誰にも顔を見られたくないので、さっと頭を下げてから、「実は、裸で出演するが嬉しい、嬉しいのッ」
「嬉しい、だって?」鷺丸君には珍しい、素っ頓狂な声だった。
「……うん。裸を見られると、その……、興奮するから。で、見られたいし、せっかくテレビで放送されるし、おちんちんが、みんなに見られて、笑われるかと思うと……」
 言葉に詰まってしまった僕に鷺丸君が助け船を出した。
「嬉しい?」
「はい。嬉しい、です」
 ひたすら平伏する。また敬語を使ってしまった。
 鷺丸君は考え込んだ。しばらくして、「そうか」と呟いた。
「裸を見られ、チンチンを笑われるのが嬉しいのか。お前、こんなに変な奴だったっけ?」
 恐る恐る顔を上げると、鷺丸君がY美と似たような目をして、僕を見下ろしていた。なんだか無性に怖くなって、もう一度、おでこをなすり付ける。
 もしも僕のお願いにもかかわらず、鷺丸君がマジックショーの中止を変えなかったら、Y美は僕ではなく、僕の母に害を与えると脅かした。
「ひどい、ひどい目に遭わせるからね。今後、わたしがお前のお母さんの世話をしてもいいって、お母さん言ってたし、そうなるようにわたしからもお願いするから」
 Y美の声が耳底に残っている。不意に僕は、中学生になってまもない頃に目撃した、ある光景を思い出した。
 熱帯魚店の前で、母が大勢の人に囲まれながら店主に土下座していた。
 今の僕とまったく同じだった。全裸で、土下座を繰り返すのである。あの時、パンツ一丁だった僕は、母の土下座を遠巻きに見ながら、「おや?」と思った。母の裸身が僕にそっくりなのである。肌の色といい、肉付きといい、細身ながら丸みを帯びた体つきといい、まさに僕の体は母の遺伝子を受け継いで作られたものであって、これを疑う余地はどこにもなかった。
 女性と男性という違いはあるけれど、それ以上に似たところの多い二つの肉体。母と子なのだから、一見これは当たり前のように見える。だけど、不思議な点もある。
 鷺丸君は、腕を組んで考え中だった。明日のマジックショーをやるかやらないか、まだ迷っているようだ。Y美が僕に「もっと頼め」と目で命じてきた。
「マジックショー、お願いします。母も僕がテレビに出るのを楽しみにしてるって。だから、僕を舞台に、舞台に立たせてくださいッ」
 鷺丸君の足元に身を投げ出すようにしてお願いする。母もこのようにして、熱帯魚店の店主に土下座をした。僕は今、忠実にそれをなぞっているような気分になった。そして、母は周りの男たちに腕を取られ、立たされた。母の一糸まとわぬ体が隅々まで多くの視線に晒された。
 あの時に見た母の裸身は、どう見ても二十五六歳のそれではなかったか。
 僕は現在、中学一年ということになっている。熱帯魚店の前で全裸土下座をした、あの瑞々しい肉体の持ち主は、まぎれもなく僕の母親。で、母はいったい何歳で僕を生んだのだろう。大学院を卒業してから僕を生んだと言っていたような気もするけど……。
 考えると、ますます分からなくなる。
 まさか……。でも、あの人が僕の母親であるのは間違いがない。それはふたりの体の造りが似ていることからも明白だ。
 つらい体験、屈辱と恥辱に焼け死んでしまいそうな過去をたくさん重ねてきた。思い出したくないことばかりで、頭がどうにかなってしまいそう、と言いたいところだけど、実は僕にはあまり思い出がなかったりする。片っ端から忘れているというわけではない。いじめられっ子には、いじめられっ子なりの幸福度の高い現実処理の方法がある。
 それにしても、母の外見上の肉体の若さは、異様だ。
 謎は謎を呼ぶ。なぜ僕の体は全然成長しないのだろう。なぜ、いつまでも中学一年生なのだろうか。
 頭が痛くなってきた。これ以上、考えても無駄なようだった。今はひたすら、鷺丸君に土下座を繰り返して、明日の夏祭りでマジックショーを予定どおりやると約束してもらうしかない。
 上体を伏せた途端、鷺丸君が後ずさったので、僕は身を乗り出して両脚をつかみ、「お願いだから、ねえ鷺丸君、考え直して」と訴えた。
「わッ、なんだよこいつ。気色わりい奴だな」
 慌てふためき、僕を振り払おうとする。でも、簡単にはいかない。執念でしっかり押さえ込んでいる。
 考え直すまで離さない。マジックショーは絶対にやらなくてはならないからだ。僕は自分が全裸で出演することも忘れて、お願いしますお願いします、と頼み続けた。ひぐらしの鳴き声がいっそう高くなって辺りを包んだ。

いじめられっ子のための幸福論 終わり

16 コメント

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Unknown (Gio)
2022-09-04 15:30:17
更新お疲れ様です。
待望の新作、早速拝読致しました。これまでの扱いを振り返りつつ、
「天女~」から夏祭り前日までの期間でナオス君の衣食住全てが動物並の扱いに酷くなる様子が良かったです。
個人的にnaosu様の勉強できなくて成績落ちて自己肯定感をなくす描写が好きなのですが、おば様の将来が決まっているという発言が一体何なのか気になります。
「天女~」でナオス君のお母さんがバイオ研究者という伏線は出ていましたが、ここでの急展開に衝撃です。ヒトマロ、デザインベイビーの類でしょうか。小5の身体検査や幼少の海水浴等ある程度記憶はあるようですが、出生の秘密まで出てくるとは。
ともあれ本編の更新本当にお疲れさまでした。
おそらく次回の夏祭り本番を楽しみにしています。
Unknown (Mimizuk)
2022-09-05 00:05:21
あまりにも嬉しい長編でした。
内容も素晴らしかったです。相変わらず読み手の目前に情景の浮かぶような表現でどきどきしました。
欲を言えばナオスくんがお尻の穴を責められる描写がすごく好きなので、さらに徹底したお尻への責めも読んでみたいところです。
ご無理なさらない範囲で書いて頂きたい思いですが、待ちきれない気持ちになってしまいますね。次回、またかなり先になりますでしょうか。
楽しみにしております。
Unknown (パル)
2022-09-05 01:09:02
まさかの長編!
ありがとうございます!
しっかり読ませていただきます
Unknown (Unknown)
2022-09-05 02:51:32
なんだか、これ…搾精病棟(初期はショタがひたすらイジメられるストーリーだったのが、後半は主人公が悪党にグーパンチをかますくらいに成長するハッピーエンド同人CG集)みたいに大手と裏社会関係の闇を感じる展開になって来たな…
ナオスきゅんには是非とも、搾精病棟のヤマダくらいのガッツを見せて欲しくなってきた
Unknown (Unknown)
2022-09-05 02:59:44
Y美、好きな人のおちんちんなら咥えられるって女子たちと意見が一致したのか
天女が舞い降りた夜の最後でY美がナオスきゅんにフェラしてる辺り、やっぱそういう事か…
Unknown (M.B.O)
2022-09-06 23:42:57
Y美とルコの友情と因縁が凄くいいです。
ナオス君の出生が何か謎めいている感じがしますね…
Unknown (hal)
2022-09-07 11:57:14
近所の人々は、この常時全裸の少年が
心の奥底では「皆が服を着ていて、僕だけ全裸」という状況に性的に興奮してよがっているのを見抜いているから、皆敢えて助けないんじゃないかな
サドとして振るまい精神の安定を、保ってる少女と  裸でいるのが大好きな変態少年
心の奥では、お互いに実は依存してて、良いバランスなのでは?
Unknown (Unknown)
2022-09-07 13:01:01
変態少年と 天女の話なのかもしれませんね
コメントありがとうございます (naosu)
2022-09-21 00:20:38
Gio様
Mimizuk様
パル様
M.B.O様
hal様
その他の皆さま

いつもコメントをありがとうございます。
すごく励みになります。続けていきたいところですが、いつもいくつか並行して書いているので、続きは「目指せ年内の投稿」といったところです。
皆様の感想、しっかり読ませていただいています。
パワーをくださって、本当に嬉しいです。
ぼくはそのパワーを小説だけでなく、人への親切にも使っています。電車で妊婦さんやお年を召された方々を見かけたら、多少離れたところにいたって、「どうぞどうぞ」と席を譲ります。車内に空き缶やペットボトルが転がってたら、すすんで拾って、降りた駅で捨てます。皆さんからもらったパワーを社会に還元しているということですね。有効に活用させていただいております。
Unknown (けん)
2022-10-03 22:35:26
マジックショーの予定通りの実施をお願いしたのは、Y美には強制させられたけど、裸を見られると興奮するとか、おちんちんを笑われると嬉しい、と言う言葉は自分で考えたのは事実。取返しのつかない発言をしてしまった今後かまとても楽しみです

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