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僕が僕の邪魔をする

七井春之のただならぬ日記

魔界日記 (118)

2014年02月14日 | 日記
魔界に迷い込んで880日目。
バレンタインデーだ!
朝から馬飼野さんとお嬢さんが大げんかしている。
お嬢さんが5つ目のピアスの穴を開けたのが原因らしい。
「4つまでは大目に見てたが5つとなると我慢ならねえ! しかも右に2つ、左に3つってのはどういう了見だ気色の悪い! 首が左に傾いちまうんじゃねえか!?」
というのが馬飼野さんの言い分だ。
お嬢さんの反論は、ここに書くのはためらわれるような鋭い言葉遣いで行われたため、要点のみを記す。

・非常に不愉快である
・単なるファッションである
・首は傾かない
・勤務先の高校では、生徒たちは平均300箇所のピアスホールを開けており、理事長にいたっては2万8000箇所も開けている
・理事長は14万種類のピアスコレクションからその日のピアスを選ぶだけで勤務時間のほとんどを消費している
・親子関係にあるということを忘れて殺害してしまいそうになるので、これ以上この問題について言及しないでほしい

2時間ほども言い争っていた二人だが、お嬢さんが出勤することで一時休戦となり、家に平穏が訪れた。
しかし6時間後に帰宅されたお嬢さんの怒りは少しもおさまっていなかったのだ。
お嬢さんがお作りになった夕食のメニューは、すりおろした山芋にたっぷりチョコレートをかけたもの。鯵のフライにたっぷりチョコレートをかけたもの。大根とあげの味噌汁にたっぷりチョコレートをかけたもの。チョコバーにたっぷりチョコレートをかけたもの。馬飼野さんの頭にもたっぷりチョコレートがかかっていた。
全員無言で料理を口に運び、咀嚼することに専念するという食事スタイルを採用した。小学生のお坊ちゃん(10万12歳)もすすり泣きしながらすべての皿を空にすることに成功した。食器は珍しく馬飼野さんが洗った。馬飼野さんはその後すぐ風呂に入り自分の体も入念に洗った。お嬢さんは部屋にこもって大音量でピンク・フロイドをお聴きになっているご様子だった。ハッピーバレンタインだ!

魔界日記 (117)

2014年02月01日 | 日記
魔界に迷い込んで869日目。
年が明けてずいぶん経つが、新年一回目の更新だ。
今年に入ってすぐ、僕の居候先である馬飼野家に明確な変化があった。長年にわたり不動のレギュラーを務めてきた台所用洗剤「泡のチカラ」(ライオン社製品)が、何の前触れもなく花王「キュキュット」に変更されたのである。
これには驚いた。泡のチカラ自身はもっと驚いたことだろう。毎回、本体はそのままに、中身だけをお得な詰め替え用と交換されるという王様のような扱いを受けていたのが、新年早々、まるごとプラ容器専用ゴミ箱に捨てられてしまったのだから。
あるいはその、泡のチカラ自身が常日頃振りまいていた「ワイがこの台所の王様や。どんな高級食器もワイにウォッシュされとんねん。ワイの圧倒的な泡の魅力にこの家の人らは溺れてもうとんねん。泡だけにブクブクや」というふんぞりかえった態度こそが、台所用洗剤を購入する役目を担っておられる馬飼野家のお嬢さんの鼻についたのやもしれぬ。泡だけに。これはその、ビールの泡が鼻にくっついたりするのと掛けているわけですけども。
しかし、お嬢さんに台所用洗剤チェンジの理由を問うてみたところ、「ドンキで一番安いの買ってきただけだよー」と即答されてしまった。そのときのお嬢さんは風呂上がりだったので、髪がまだ湿っていて、頬もやや上気し、全体にほてった感じで、明確に美しい状態にあったため、台所用洗剤のことなんて本当はべつにどうでもよかった僕は、話が一瞬で終わってしまったことを残念に思い、泡のチカラの話題性のなさにムカついたりしたのだった。今年はまだおみくじ引いてない。

魔界日記 (116)

2013年12月05日 | 日記
魔界に迷い込んで811日目。
きのう馬飼野さんが突然に「オレ今から冬眠するわ。300年ぐらい」と言い残し、ニトリの羽毛布団と無印のそばがら枕だけを持って地下室へと消えた。
大黒柱を失って、これからこの一家はどうなってしまうのだろう、と心配だったのだが、今朝のお茶の間には、テレビ画面の小倉さんに文句を言いながら味噌汁をすする馬飼野さんの姿がふつうにあった。
説明を求めると、「時間と空間を圧縮したからな。オレの中ではもう308年経っている」とのことだった。
気を取り直して散歩にでも出ようと玄関に向かう。ちょうどお嬢さんがオレンジ色のハイヒールを履いているところだった。馬飼野さんの308年の冬眠の件を一応報告すると、お嬢さんは眉間に小さくしわを寄せ、「それお父さんのクソつまんない冗談だから。ふつうに8時間眠っただけだから」と吐き捨てるのだった。親子げんかでもしているのだろうか。
お嬢さんは真っ白な毛皮のコートをお召しになっていて、それがとてもよくお似合いだったので、機嫌を直してもらおうと、その旨をお伝えしてみた。するとお嬢さんは、にわかに相好を崩され、
「そうなの、可愛いでしょう? オーダーメイドなのよ。ホワイトドラゴンの毛をむしりとって毛皮屋に持ってったの。この地域最強とされているホワイトドラゴンだったから、ちょっとでも気を抜くと殺される可能性があったんだー」
と心底うれしそうなのだった。
「どこかへお出かけなんですか」
「ちょっと散歩よ。暇だし」
「だったら、僕と映画でも見に行きませんか」
「うーん……いいよ」
僕もあわれなホワイトドラゴンのように毛をむしり取られる覚悟で誘ってみたのだが、驚くほどあっさりOKがでた。
映画館でお嬢さんが選んだ映画は、魔物が人間たちを根絶やしにする近未来を描いたSFアクション大作。
魔界にはR指定なんてないし、そもそもこれは魔界においては大人から子供まで楽しめる痛快娯楽映画、人間界でいうところのバック・トゥ・ザ・フューチャー2的な作品なのだから、凄惨な殺人シーンが冒頭からラストまで隙間なく繰り広げられているのに、人間が死ぬたびに観客が盛大な歓声を上げるという地獄のような2時間11分だった。お嬢さんは眉ひとつ動かさないクールな鑑賞スタイルを採用している様子だった。スクリーンの光に青白く照らされたお嬢さんの顔は彫刻のように美しい。
映画が終わるとお嬢さんは、よだれを垂らして気絶している僕を起こし、腰が抜けて立ち上がれない僕に肩を貸してくださった。
「昔はこういう映画を楽しんでいたけど、この頃は人間を殺すような映画はちょっと不愉快に感じるようになったわ」とおっしゃった。
うれしいお言葉だったが、そんなことより肩を貸してもらっていることで僕の体の右半分がお嬢さんと密着していた。僕の右半身は感覚がまるで無かった。いや、感覚が鋭敏になりすぎているがゆえに、逆に感覚が無いも同然のところまで追い詰められていた。どういう意味だろうか。
帰りにカプリチョーザで夕食をとった。僕は<悪魔風ボンゴレ>を選び、お嬢さんは<地獄のタコ壺仕立て3種類のキノコのクリームソーススパゲティ舞茸かぶせ>をお選びになった。舞茸は4種類目のキノコに入らないのだろうか。そして何故かぶせるのだろうか。地獄のタコ壺とはいったい何なのか。謎は深まるばかりだった。
デザートにはカボチャのタルトをふたりで半分ずつ食べた。
その後、家路についたが、僕はすっかり歩けるようになっていたため、もう肩を貸してはもらえず、70センチメートルほどの距離をあけて並んで歩いた。

魔界日記 (115)

2013年08月25日 | 日記
魔界に迷い込んで708日目。
久しぶりの更新だ。
更新を怠っていた理由のひとつに、このブログの存在を忘れていたというのがある。というかそれしか理由がない。
更新しなかった3か月のあいだに僕の身に起こった変化と言えば、居候先の馬飼野家で、「毎日豆腐を買ってくる係」に任命されたことくらいだ。馬飼野家のお嬢さんに「あたし豆腐買うのすぐ忘れちゃうから、毎日豆腐買っといてよ」と言われたのがきっかけだ。
そんなわけで毎日豆腐を買いに出かているのだが、じつは今日、前々から気になっていたことに挑戦してみた。
魔界には「絹」「木綿」のほかに「轟」という豆腐がある。僕はこの「轟」の意味が全くわからず、今まで手を出せずにいたのだ。値段もやや高いし。
しかし今日は給料日。豆腐係に任命されたのに、いつまでも「轟」を見て見ぬふりするわけにはいかない。「轟」と正面から向き合うべきだ。「轟」を乗り越えるべきだ。そこに「轟」があるからだ。そんな強い思いにかられ、ついに購入するに至ったというわけだ。
食卓に冷や奴として出された「轟」をおそるおそる口に含む。とくに不審な点はない。ほとんど木綿豆腐と変わりない印象だ。
馬飼野家の面々も、この豆腐が「轟」とは知らずに黙々と箸を進めている。
僕は耐えきれず切り出した。
「あの、この豆腐、じつは轟なのですが、恥ずかしながら僕は轟というのが何を意味するのかわからず買ってしまいました。いったい轟とはどんな豆腐なのでしょう」
食卓を囲む一同がきょとんとした顔で僕を見る。
「ああ、これ轟だったの。木綿じゃなかったんだ」お嬢さんが轟を咀嚼しながら言う。
「轟と木綿の違いって何なんです?」
「そりゃあお前」一家の大黒柱、馬飼野さんが答える。「轟を喰うと、どこか遠くの街で轟音が鳴り響くから、轟って言うんだよ」
「何ですかそれは」
「だからー、ここで轟を食べたら、隣町あたりで、ゴワゴワガッシャーン!ていう音が鳴るんだよ」小学生のお坊ちゃん(10万10歳)がめんどくさそうに言う。
「違うでしょ、ゴワゴワガッシャーン!じゃなくて、ガチャガチャベッチャーン!でしょ」お嬢さんが訂正する。
「いやいや、ペリペリペロポネソス!じゃなかったか」という馬飼野さんの弁には、お嬢さんとお坊ちゃんは口をそろえて「何それぜんぜん違うんですけど」と冷たく否定するのだった。
「あの、僕もときどき、シトシトピッチャーン!という突然の轟音に驚くことがあったのですが、あれは、どこかで誰かが轟豆腐を食べたからなんですか?」
「それは豪雨よ」とお嬢さんは言った。「轟が原因の」
僕は轟豆腐について考えることをやめた。

魔界日記 (114)

2013年05月13日 | 日記
魔界に迷い込んで604日目。
5月だ。
魔物たちは5月病などというメンタルの病とは無縁のようで、世間には何の変化もなく、穏やかな日常が続いている。
もちろん、混沌を是とする魔界のことだから、魔竜が空から無差別に火を吹いたり、ケンタウルスたちのあいだで下半身の馬部分をハーレー・ダヴィッドソンに改造することが流行の兆しを見せたり、吸血鬼たちに月に一度の献血が義務づけられたり、といったささやかな変化は見受けられる。しかしそれらのニュースは、おおらかな魔界では「日常」という大きなくくりに紛れてしまうのだ。
僕が個人的に、ここひと月で最も「魔」を感じた出来事は、魔界でもテレビ神奈川(TVK)が試聴可能になったことだ。
その恩恵にあずかり、毎朝「トラップ一家物語」の再放送を観ている。
セリフが胸にしみる。
セリフが胸にしみこむわー。
最近だと、フロイライン・マリアが「電気製品みたいに保証書つきの人生なんてありませんわ」と言ったのに対し、イヴォンヌ姫が「あなたって前向きな人なのね。つかれるわ」と返したところで、「しみこむわー」と思った。何でそんなセリフがしみこんだのかは不明だ。人間、何がしみこむかわからないものである。
あと、トラップ男爵が時おり見せる神経質さがリアルでええなと思っています。

魔界日記 (113)

2013年03月11日 | 日記
魔界に迷い込んで541日目。
魔界も春めいてきた。
魔界名物の凶暴な春一番がいろいろなものを吹き飛ばしたので、近所の景色はすっかり様変わりしてしまったが、まあ、これも風物詩だ。隣町から飛んできたデパートが今は家のはす向かいにある。来年はここにはないだろう。
僕の居候先である馬飼野家は春一番でもびくともしていない。
理由を馬飼野さんに尋ねてみると、首をひねって「そういやあ、そうだな。どうしてだったかな。覚えてねえな。おい、お前知ってるか」とお嬢さんに聞く始末。
するとお嬢さんは「うちは飛ばない設定にしてるからよ」と、なんともシュールなお答え。「そこの角の八百屋さんも飛ばない設定だから助かるわ。まあ、近くにデパートが飛んできたから、あんまり行かなくなるかもだけど」
商店街はこうしてさびれていくのだな。と思わされた。
小学生のお坊ちゃんは「ぼくは学校がすごく遠くなったからたいへんだよ!」とご立腹だ。学校は飛ぶ設定なのか……。
それはそうと、気温が上がり、お嬢さんの服装も春らしい色合いの、やや薄手のものが多くなってきたので、毎日ドキドキしている僕だ。この感情を馬飼野さんに悟られてしまったら八つ裂きにされてしまうかもしれない。お嬢さん本人に悟られても八つ裂きにされるだろう。僕の死因が「八つ裂き」である可能性はいまや60%を超えているのではないか。
緊張感の絶えない春だ。

魔界日記 (112)

2013年03月01日 | 日記
魔界に迷い込んで531日目。
そろそろ新年の挨拶でもしようかな。と思っていたらもう3月だ。何という時間の流れ。本当に魔界というのは恐ろしいところだ。魔界と、おのれの怠惰というものは。恐ろしい。おのれの怠惰おそろしい。
2月は節分があったので大変だった。魔界の節分は、魔界中の鬼の全滅を目的とした本格的な狩りだ。だいたい2月いっぱいかかる。
魔界全土に生息する2000万匹の鬼たちは、魔物たちの一斉攻撃で毎年2月に絶滅し、そして3月には蘇るのだという。「キノコと鬼は放っておいても生える」ということわざの由来である(ちなみに「鬼とチワワは同じ数」ということわざもある)。
とにもかくにも殺伐とした2月は去った。おそろしい怠惰も去ったはずだ。最近は毎朝フレンチトーストをつくって食べています。

魔界日記 (111)

2012年12月23日 | 日記
魔界に迷い込んで463日目。
かつてないほどに更新が滞ってしまった。
原因は10月末に突如として勃発した魔界大戦争だ。
広大な魔界がいくつもの勢力に分かれ、激しくぶつかりあい、大量に殺し、殺され、裏切り、裏切られ、思い、思われ、振り、振られ、といった感じに、三国志の9倍ほど複雑な展開を見せた戦争だったのだが、いまは完全に終結し、魔界は魔界なりの平穏を取り戻している。
魔力をいっさい扱えぬ人間である僕は、ただただ逃げ回っていたので、被害といえば、流れ弾ならぬ流れ魔法に当たってカピバラに姿を変えられてしまった程度のことですんだ。その魔法も解いてもらい、現在は人間の姿を取り戻している。正直、カピバラ時代のほうがモテた。
戦争が終結し、以前と劇的に変化したのは、僕の居候先である馬飼野家の経済事情だ。
馬飼野家のお嬢さんが、戦争中、その強大な魔力でもって8万匹もの敵軍の魔物を消滅させた栄誉をたたえられ、2億ゴールドの報奨金を国から与えられたのだ。
豊かになった馬飼野家では、使用される食材がすべてワンランク上のものに変更された。
今夜のメニューはお嬢さんお手製の酢豚だ(魔界にも中華はあるのだ)。
たいへんな美味。
ワンランク上の酢豚には、当然のようにワンランク上のパイナップルが使用されている。
人間界においては珍しい「酢豚にはパイナップル入れる派」の僕だが、こうして改めて、酢豚の中にパイナップルが放り込まれているさまを観察してみると、「魔」というよりほかない。「笑点」の座布団運びをパリス・ヒルトンがやっているような異様さだ(ちゃんと運んでくれるだろうか。小遊三さんに投げつけたりしないだろうか)。
しかし、いったい誰が最初に酢豚にパイナップルを入れたのだろう。
魔物ではないか。
この辺のことをしっかり調べて論文を書けばそれなりの評価を得られる気がする。

魔界日記 (110)

2012年10月17日 | 日記
魔界に迷い込んで396日目。
秋の長雨。
などという。人間界では。
魔界にも似たような言い回しがあることを最近知った。それは、
秋の長シャツ。
というものだ。
大昔、魔界の文豪が残した有名な随筆に「秋になると、皆の着ているシャツの袖が、少しずつ長くなっていくことだなあ」というような一節があり、そこから「秋の長シャツ」が慣用句として定着したのだという。
定着させる必要があったのだろうか。
そもそも魔界の住人たる魔物たちの9割はシャツを着用しない。大半の魔物は夏毛と冬毛が生えかわっているだけのくせして、「秋の長シャツ……」などと唐突につぶやいてみては、秋だなあ、としみじみ感じ入っているのである。そんな光景を街のいたるところで見かける今日この頃。魔界も秋である。マロン系のお菓子が充実してきたことだなあ。しみじみ。魔。

魔界日記 (109)

2012年09月27日 | 日記
魔界に迷い込んで376日目。
ようやく夏が終わった。
夏はほとんどこのブログを更新しなかった。
というより、できなかった。
なにしろ今年の魔界は平均気温が4万℃を超える異常気象に見舞われたのだ。魔物たちもさすがにキツかったらしく、魔界に生息する生物のじつに4割が滅亡したというから驚きである。もっとも、涼しくなったここ数日で一気に盛り返し、魔物の総数は夏前より増加したというのだから恐ろしい。魔界というのは本当に雑なシステムで動いているのだ。
そんなこんなで、当然、人間である僕は一歩も外出できなかった。
エアコンを使おうにも、4万℃の室温を26℃にまで下げようとすると莫大な電気料金がかかってしまう。居候させてもらっている馬飼野家にそこまでの迷惑はかけられない。
どうしたものかと思案していると、一家の主である馬飼野さんが、「そういやあ、うちに地下室がなかったっけなあ」とお嬢さんに問いかけたことで一気に事態は進展した。
聞けば、馬飼野家の地下400メートルに位置する場所には、大昔から謎の小部屋があるのだが、今は誰も使っていないのだという。
馬飼野家のお嬢さんとふたりで、地獄にまで続いているような、とてつもなく長い階段を降りきると(ふたつの意味で非常に緊張した)、小さな扉に行き当たった。どう見ても拷問部屋の入り口としか思えないような世にも禍々しい雰囲気の扉である。扉には血文字でさまざまな言葉が書き殴られていて、それはFで始まる4文字の恐ろしい英単語であったり、悪魔を召喚する呪いの文言であったり、間寛平氏の往年のギャグ「脳みそバーン!」であったりするのだった。
そんな触れるのもイヤな感じの扉を、お嬢さんは「あ、鍵かかってないみたい。入ろ」と、夏休みの部室みたいに気楽に開けた。
僕もおそるおそる中を覗いてみると、意外にもUFOの内部みたいにつるんとした印象の部屋だった。UFOの内部は見たことないけど。簡単なキッチンやトイレはあるようだが、家具が何ひとつないため、部屋の隅にいくつか小さな箱が積んであるのが妙に目についた。
何の箱かと近づいてみると、何のことはない、ただのボックスティッシュだ。
お嬢さんは、ぽんと手を叩いて「ああ、だいぶ前に大安売りしてた鼻セレブ。いざというときのためにここに保管してたんだった」と頷いた。
なぜ、いざというときの鼻セレブを5箱、こんな地下深くに埋葬していたのだろう。
いざというとき、というのもよくわからない。
鼻セレブ、の意味もよくわからない。
鼻がセレブなのか。
セレブが鼻なのか。
鼻がセレブでセレブが鼻で。
そんな僕の苦悩をよそに、お嬢さんは部屋を見て回り「ここなら一か月ぐらい過ごせそうね。ここにしたら?」とにっこり微笑むのだった。
「そうですね。申し分ないです。でも少し暑いですね。ここでも30℃くらいはありそうですね。贅沢はいいませんけど。まあ、少し暑いかな。耐えられないほどじゃないですけどね。でも、ちょっと寝苦しかったりはするんですかね。わからないですけど。寝られないほどじゃないのかな。10人中8人ぐらいは暑いって言うかもですね。僕がその8人に入るかどうかはフタを開けてみないとわかりませんけど。まあただ、今もちょっと汗ばんでますけどね」
などと、僕がエアコンを設置したい旨を遠回しにごにょごにょ言っていると、お嬢さんは天真爛漫な美女であるが故の行動だとは思うのだが、「だいじょうぶだいじょうぶ、一か月くらいだったらぜんぜん持続するから」と、わけのわからないセリフを言うが早いか、次の瞬間には僕に向けてブリザードの呪文を放っていたのであり、結果、僕は氷づけにされて意識を失ったのである。
人間界であれば、これは立派な殺人&死体遺棄事件に相当すると思うのだが、ここ魔界では単なる思いやりである。
そんなわけで、僕は地下室で氷づけになったまま夏を過ごすこととなったのだった。魔。