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『君戀しやと、呟けど。。。』

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『家族』(小題:感情) 完全版

2020-04-25 00:58:31 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


4月自作/感情 『家族』


 以前。
 産院に於いて、赤ん坊の取り違えという事件が起こっていたという報道があった。
 DNA検査が個人でも受けられるようになったこともあるだろう。記者会見を開いて、実母に名乗り出て欲しいと訴えている男性の映像を見た覚えがある。その人は、何処かに入れ違った赤ん坊を自分の子供と信じて育てている実母がいると言っていた。
 このニュースを母と一緒に見ていた。
 母は、血液型だけでは取り違いに気づけない人もいると言っていた。確かに我が家がそうだった。父がA型、母がB型、どちらの祖母もO型の為、どの型が出ても不思議じゃない。マンションの九階に父と母と妹瑛里華との四人家族だ。

 とある日、あれは突然やってきた。
『私とあなたは入れ替わっていたの。ここは私の家なの』
 そんな言葉と共に、上がり込んできたのが松本芽美だった。
 高野祥華、高校一年の夏だった。

 両親が調べると、果たして取り違えの事実はあったという。判明したのは、あちらの血液型がきっかけ。実母は不倫だ、離婚だという騒ぎの中、病院側から取り違えの件を告げられたらしい。とりあえず不倫でもなく、離婚もなくなり、元に戻った家族だったらしい。
 しかし、これで話が終わる筈がない。子供を血の繋がった親元に返すか否かが話し合われた。すぐには結論は出なかった。すでに高校生という年齢になっていたことで、血の繋がりよりも、育ての親の方が影響力が大きいというアドバイスもあった。
 しかしたった一人、芽美だけは元に戻ることを望んだ。
 本当の親の所で暮らしたいと言い張った。

 両親から初めて話を聞いたのは、彼女が乗り込んできてから一ヶ月後のことだった。まず、祥華はこのままこの家にいてもいいんだよ、という母の言葉から始まった。名前も変わらないし、瑛里華との関係もそのままだと。
 ただ一週間だけ、夏休みを利用してあちらの家に行くことになったと言われた。
 家そのものは、それほど離れていない。電車で三区間、少しだけ都心を離れた住宅街の一軒家だった。

 初めて電車を降りホームに立った時、その場にいた男の人と女の人が実の親なんだなと思った。一緒に来るという両親には遠慮してもらい、少しだけ時間をずらして私たちは入れ替わった。
「初めまして」
 他にどんな挨拶をしていいのか分からず、祥華はその言葉だけで頭を下げた。
「よく来たわね。車で来てるの。さあ、行きましょう」
 母親は愛想よく声をかけて来たが、父親は黙っていた。祥華は言われるまま車の後部座席に乗り、自宅と呼ばれる場所に向かった。
 隣接する場所に小料理屋を営業しているという。兄が一人と妹が一人いるらしい。
 リビングというよりは居間という和室に通される。座卓の四方に座布団が並べてある。畳の部屋に縁がない祥華には珍しい光景だった。

「やっぱり似てるわね」
 母親がこちらを見ながら、そう言った。
 誰と、祥華の脳裏をよぎった思いには気づかなかったのか。それとも気づいていながら、あえて無視したのか。
 飲んで、と言ってマグカップを出される。コーヒーが淹れてあった。
「いただきます」
 手元に寄せて、少しだけ口をつけた。砂糖もミルクも入っていない苦いコーヒーだった。
「こっちには来ないと聞いている。でもお前はうちの娘だからな。名前は変えた方がいいんじゃないのか」
 父親が初めて口を開いたのは、名前のことだった。
「いえ。学校には何も話していないので、このまま変えません」
「そうか。だが黙ってくれてやるわけにはいかないからな。あちらのご両親とはまだ話をすることになると思う」
 それだけ言うと、祥華が何も言わないうちに彼は部屋を出ていった。料理人という人はもっと人当たりがいいのかと思っていた。それとも彼が特別なのだろうか。
 そろそろ日が傾き始めた。部屋がオレンジ色に染まり始める。
 自分の家なんだから、と母親は言う。しかし初めて訪れた家は他人のものだ。一人で残された。肩に力が入っている。

 困ったな。
 こんなことで一週間もいられるだろうか。

 暫くすると台所から音が聞こえてきた。
 祥華は部屋を出て、音のする方へ向かう。
「何かお手伝いしましょうか」
「いいのよ。そんなことしなくて」
 それより、ここは汚いから向こうに行っててくれと言う。
「大したことはできません。野菜、洗えばいいですか」
 すると揚げ物をするつもりだと言う。
「茶碗蒸しとお吸い物、どっちが好きかな」
「茶碗蒸しは普段食べないので、比べることはできません」
「そうよね。じゃ、今夜は茶碗蒸しね」
 冷蔵庫を開けて、何があったかなと見ている。
 そんな姿を見ると普通のお母さんだと思う。祥華も何かをしている方が気が紛れる。
 茄子とアスパラガス、さつま芋もある。
 天ぷらかな。あ、お肉もある。これはカツだな。
 台所は昔ながらの壁に向かうタイプのシンクだ。調理台もそれほど広くない。
 どこで衣をつけるのかな、と思っていると母親が戻ってきた。
「えのきと竹輪と鶏肉ね」
 茶碗蒸しの具のことだろうと頷く。
 豚肉を少し大きめの一口サイズに切り、塩胡椒をふる。
「アスパラは下茹でしますか」
「え? あゝ、そうね。お願いしてもいいかしら」
 袴を切り落とし、半分にしてもいいかと確認する。
 お湯を沸かしている間に食卓に衣をつける支度ができていた。なる程、こちらで作業をするのかと納得した。

 気づけば二人で夕食の支度を終えた。
 意識さえしなければ、普通に接することはできそうだ。
「何でもできるのね。お母様の育て方がちゃんとしてる証拠ね」
 それに引き換え、と言ったところで言葉が少し止まった。
「芽美は何もできないの。文句を言うばっかりで、きっと幻滅されてしまうわね」
 自分がどのくらい躾られているかは分からない。ただ、両親は優しいが厳しいところもある。
 でも、それは何処の家庭でも同じではないだろうか。現に父親はあれから戻ってこない。多分、祥華のことが気に入らないのだろう。
 それでも今日から一週間、ここで過ごすのだ。

 ほどなくして、兄と妹が二階から下りて来た。
 同じように初めましてと挨拶をして、席につく。父はお店があるからいないというので四人で食べることになった。
 先ほど、似ていると言われた意味がわかった。
 祥華は兄の隼人とよく似ていた。妹は父親似だ。すると自分は母親似と言うことになるのか。
 そういえば芽美はどちらに似ていただろうか。一度しか会っていないので、あまり覚えていない。

「これ、美味い」
 隼人がアスパラのベーコン巻きをフライにしたものを食べながら、そう言った。
「祥華さんが作ってくれたのよ。何でもできちゃうの。茶碗蒸しも殆んど作ってくれたのよ」
 妹の麻美はすごいねと褒めてくれた。
「じゃさ、明日からも作ってよ」
 隼人の言葉に、母親が駄目だと言う。
「夕飯は当番制でみんなが作るの」
 麻美はまだ小学生だから、ラーメンとか冷凍食品が多いけれどねと笑った。父親は定休日の火曜日だけ一緒に食べるらしい。母親も普段は店に出るが、今日は特別に休みをもらったという。
「わかりました。私も順番に加わります」
「やった」
 家族団欒、という感じだろうか。
 小さな頃からお稽古事が多かったから、食事はみんなバラバラなことが多かった。
 少しだけ、こんな家族もいいなと思った――。

 居間を片付け、そこに布団を敷いてもらった。
 これまで修学旅行でしか、畳に布団を経験したことがない、と言うと驚かれた。
 母親は、とても気遣ってくれていると思う。深夜、午前0時をすぎると父親が帰宅するが顔を出す必要はないとのこと。まだ起きているとは思うが、流石に会いたくはない。甘えることにする。
 祥華にとっての母は、高野の母一人だ。
 でも今、目の前にいて支度をしてくれる人も母なのだと思うと、不思議な気持ちになる。もっと小さな頃に真実が判明して、元に戻ることが決まっていたら、どんな生活を送ることになったのだろう。
 実現不可能ではあるけれど。
「じゃ。おやすみ。明日はゆっくりでいいからね」
「はい。おやすみなさい」
 見送った後ろ姿はどこか淋しそうに見えた――。

 ここには日曜日に来た。そして火曜日、父親が一日いるという朝だ。
 祥華は前日と同じように、朝食の支度の為に台所に立っていた。母親はもう何も言わず、味噌を溶いている。
「よく眠れているかしら」
 相変わらず、ぎこちない言葉をかけられる。
「はい。宿題を持ってきているので、今日はやるつもりです。何か用事がありますか」
「宿題。そうよね。特に予定はないから大丈夫」
 ぬか床からきゅうりと茄子を出して洗い、適当な大きさに切っていく。すると、おはようと声がした。父親だった。
「おはようございます」
「早いな。いいところ、見せる必要はないぞ」
「ちょっと、お父さん。この子はちゃんと毎日手伝っている子ですよ。やることも分かっているし、いろいろと作ってくれるの」
 母親は楽しみにしていたら、と笑った。祥華が何かを言う必要はなかったようだ。
 手元を見て、きゅうりはもう少し斜めでもいいぞと言ってくれた。
「はい」
 彼女がお味噌汁を作っている間に卵焼きを作ることにした。
「昨日はハムエッグだったんです。今日は手抜きだし巻き玉子です」

 父親が、手抜きとはいい方法だなと笑う。
「プロの方には申し訳ないですが、だしの素を使います」
「お母さんが、そう教えてくれたのか」
「はい。朝は忙しいから、楽ができるところは楽をしなきゃやってられないと言います」
 彼は少しだけ何かを思案するような表情を見せ、それは利口な考え方だと言った。
「いつも和食なのかしら」
「いえ。パンの時もありますし、早すぎる時間の時は出先で食べることもあります」
 ただ一番多いのは納豆ご飯とお味噌汁。卵は必ず一品を作るようにしている。いつもしていることを、ここでもやっているだけだ。
「大したもんだ」
 父親がそう言ったところで、兄隼人が下りて来た――。

 両親が祥華と並んでいる姿に驚いているようだ。おはようと挨拶をしたものの、すぐにフライパンに視線を戻す。
「今日は何」
 隼人は何も言わないまま、祥華に聞いてくる。
「手抜きナンチャッテだし巻き玉子です」
「何だ、それ」
 そう言いながら、父親同様、隼人も祥華の手元を覗き込む。
 長方形の玉子焼き専用のフライパンに、何度目かの卵を流し込んだところだ。
 刻んだネギが綺麗な色目を見せている。
 こんな風にみんなで台所に立つのって、初めてかも。自宅では母と一緒になることは多いが、父は絶対にいないから。
 こちらの父親との最大の違いだなと思った。

 玉子焼きは二つ作った。適当な大きさに切って平皿に盛る。他に納豆と鮭の切り身が焼いてある。
 お味噌汁は豆腐とわかめが入っていた。同じ作り方をしていても、その家の味がする。それは出汁や味噌の違いだけではなく、家庭の味という雰囲気があるからなのだろう。
「美味い!」
 隼人が玉子を頬張りながら、言ってくれた。少しだけ恥ずかしかった。

 一週間は、静かに過ぎていった。
 帰りは一人だ。見送りは要らないと断った。あちらはどうするのだろうか。連絡がないので分からない。
 この一週間。母からはメールの一通もなかった――。

 マンションの集中ロックに赤外線用の鍵をかざす。何事もなく扉は開き、管理人さんに声をかける。
「さっちゃん。暫く見なかったね。何処かに出かけてたの」
「はい。夏休みなので」
「そうだね。ところでお母さんと一緒にいる子、見かけない子だけれど、誰かな」
 何となく言いにくそうな感じで尋ねられた。
「知り合いです。何かありましたか」
「いや。挨拶しても返事がないから気になってね」
 ごめんなさい、と謝ってエベーターに向かう。
 挨拶か。確かに、あちらの家で挨拶って母親としかしなかったんだよね。もしかしたら、もともとしないのかもしれない。
 そんなことを考えながら、玄関を開ける。

 え?
 どうして!?

「お帰りなさい」
 奥から、母の声がした。ただいま、と言いつつも祥華は三和土から上がれなかった。
「どうしたの。入りなさい」
「お母さん。どうして彼女がまだいるの」
「帰りたくないって。今、あちらに連絡したところよ」

 どうして帰らないの。そんな言葉を、芽美は予想したのだろう。何も言っていないのに、自分から話す。
「ここは私の家よね」
 衝撃の一言だった。
「あちらのご両親、あなたの帰りを待ってると思うけど」
「嫌よ。私はここで暮らすの」
 何を言っても聞く耳を持っていなかった。

 結局、二人とも高野の家で暮らすことになった。芽美がどうしても帰らないと言い張ったからだ。
 松本の両親が乗り込んできて、連れ帰ることができないなら祥華と交換だと言い放った。しかし高野の父が祥華は手放さないと言ってくれた。そして芽美を連れて帰ればいい、と言ったのだが、やはり彼女は首を縦に振らなかった。
 何故、そこまでここに拘るのか。育ててくれた親への思いはないのだろうか。
 何より、父は芽美を受け入れなかった。
 血の繋がりよりも、育ててきた時間の方が貴重だと思ったらしい。それは芽美その人を見て判断したという。父の目に彼女がどう映ったのか。本当の意味では分からない。

 高校は転校することを許されず、自転車で片道四十分以上かけて通うことになる。学費や保護者の連絡も全部自分でやるように言われた。それでも彼女は帰らないことを選んだ。
 祥華は、家族を一人失う松本の家を思った。自営業で普通の家とは違うが、朝は揃ってご飯を食べ、口煩い母親と寡黙な父親、そして隼人と麻美もいる。家族とは何かを思う。
 父と母と瑛里華、祥華にとっての家族はこの三人だ。

「お父さん」
「何だ」
「今度の火曜日、向こうの家に行ってきてもいいかな」
 一瞬、父の表情が強張った。
「気にする必要はない。帰らないと我が儘を言っているのは彼女だ」
「分かってる。私が行きたいの」
「お前も向こうの方がよくなったか」
「違う!」
 お父さんが祥華を手放さないと言ってくれて、本当に嬉しかった。だから行けるんだよ。
 帰ってきて芽美がいると分かった時、少しだけ失望したのだ。やっぱり本当の子供がよかったのかと。
 でも、父の言葉が救ってくれた。
 あの日、帰宅した父は何も聞かず、芽美に帰れと告げてくれた。

 不思議だなと思うものの、あまり考ないことにする。生まれた時刻で彼女は姉だ。だから今は姉が増えたと思うことにした。まだ小四の瑛里華は物珍しいのか、芽美の所にもよく行っているが、勉強はできないらしい。教えてとやってくる。
 朝、いつものように台所に立つ。母は、これまでと同じように祥華とだけの時を過ごす。芽美には早く起きてくるように言ったことがないらしい。
 どうして芽美には朝の支度の大切さを教えないのか。
 思わず、母を見つめ過ぎてしまったみたい。
 手を止めて、こちらを見て微笑んでくれる。

「お母さん」
「何」
 何でもない。
 首を横に振り、卵を割る。

 これも一つの家族の形だ――。

【了】 著 作:紫 草 
 


by 狼皮のスイーツマンさん

ニコッとタウン内サークル「自作小説倶楽部」2020年4月小題:感情(純愛・不倫・過酷)

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