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*murachanの歴史ぶらり旅!     *小口城跡!(愛知県丹羽郡大口町)

2022-03-03 12:40:42 | 日記

*小口城!

住所=愛知県丹羽郡大口町城屋敷

*小口城跡!碑!

 

*小口城! 大手門!

 

*小口城跡! 土塁跡!

 

*小口城跡!  説明板!

*小口城は、長禄3年(1469)「織田遠江守広近」によって築城されたと言われており、

織田氏の尾張経営の要所として、長い間尾張北部の政治の中心的役割を担ってきました。

その後、永禄年間(1558~1569)に信長の軍勢に攻略され廃城となる。

天正12年(1584)小牧・長久手の戦いにおいて、一時的に秀吉方の前線基地として、

再興されたこともありました。

 

*小口城跡! 館跡(資料館)!

*初代城主である「織田広近」は、尾張国守護の「斯波氏・しば」の守護代でたった

「織田氏初期の人で、守護代であった岩倉城主の兄・敏広を補佐すべく、

小口城を拠点に犬山に「木之下城」を築城し、美濃の勢力に対抗し尾張北部を治めていた。

*小口城跡公園碑&櫓!

*織田広近・自身地方の武将でありながら、かなりの実力者であったらしく、

中央の記録にもその名が散見される。

「文正記」によれば、文正元年(1466)織田広近は大軍を引き連れ、

主君である尾張国守護「斯波義廉・しばよしかど」を助けるために上洛しています。

また、「親元日記」には、広近、千代夜又丸・ちよやしゃまる」(兄・敏広の子)と、

敵対していた「織田大和守・敏定」がそろって、将軍(足利義政と妻の日野富子)に、

進物を贈った旨が記されています。

*小口城跡&公園碑&櫓!

*また、広近は出家し小口城の近くに「徳林寺」を再興、更に「万好軒」という

隠居所(現在の妙徳寺・境内に墓地があります)をつくり亡くなるまで、

ここに住んでおり、大口町にとってゆかりの深い人物と言えます。

*小口城跡&櫓!

  *その後、小口城は岩倉城や犬山城の支配下であっらしく、

さらに信長が小口城を攻略した頃の城主は「信長公記」によれば、

「中嶋豊後守」となっており、又、町内の余野神社には、

「勤奉・・・慶長弐年(1597)丁酉・・・長嶋佐兵衛尉」と

彫られた「鰐口」あることから、16世紀後半には「中嶋氏」が

小口とその周辺を治めていたと思われる。

*説明板より!

 


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Unknown (murachan)
2022-03-04 18:42:26
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