亀の如く

のろのろ行くのがカメではない。。
 チャチャっと残りの人生をやり遂げる。。
 
  

どういう方法で調査したか?

2019-07-26 15:26:17 | memo
 年代の科学的見当 検討ではない、 見当。。 あてずっぽ という言葉もあるが、まずは見てみよう。

  古代調査の科学的年代として、だいたい、仁徳天皇までの16代の天皇のことが ハッキリしない。

  17代履中天皇の頃からは、日本書紀でもかなり信用できる。という。

   それなら仁徳天皇までの 曖昧な所をはっきりさせたらよいであろう。

  年代を ハッキリさせようと 試みた。

   そこで、

     1代・神武天皇-----------------→ 16代仁徳 
     
     17代・履中ーーーーーーーーーーー→32代・崇峻 

     33代・推古ーーーーーーーーーーー→48代・称徳 

    を考えてみた、履中(西暦399)から崇峻(西暦592) 16代平均在位 12年
    推古から称徳までの16代で、推古(西暦592)から称徳(西暦770) 16代平均在位 11年

   だとすると、神武から16代 仁徳(399)ならば、16代でも そのくらいだろう。。 ズバ!!

   神武は 辛酉の年 即位 だというから 西暦399までの16代も11・12・13・年くらいだろうと見当づける。
    西暦399の前の辛酉の年を探すと、西暦241年になる。
    その前だと181年、 これだと1人当たりの在位が長くなってしまう。
  そこで、神武初代は 241年。。 と見当づけた。

    そして、他の文献『魏志倭人伝』にぶつかる。 ヒミコ239年に中国皇帝に使いを出してる。
    240年 向こうから使者も来ている。
    そうして、247年 中国から張政という人が来たら、ヒミコが死んでいた。 

  卑弥呼と神武は だいたい同じ年代 時代である。 見当つけたーーー

        続く

「古代日本正史」原田常治  

2019-07-13 11:36:32 | 古代史
 
  

  
  記紀以前の資料による      神武天皇から応神天皇まで

  「日本古代正史」        「上代日本正史」

    昭和51年 初版       昭和52年 初版

   
   を 読んだのは 今から30年前くらいか?

    邪馬台国はどこだろ? と、思って、色いろな資料を作者を集めていたら、たまたま見つけた一冊だった。

  簡単な 結論だった。 邪馬台国の首都は 西都。。  (え?! そんな簡単に?)

  不思議な感覚だった。

  狗奴国(球磨國・琉球) は 沖縄だーー

   女王卑弥呼は 与論島までしか 手を付けていなかった。

  何もかもが おとぎ話のような 本だが 妙に 捨てられない。

  初版本は 人に譲り、2冊目も 購入し 今では 本屋でも見ない。

    復刻 再版を 望むものである。

  学界からは 当然、認められないだろう。 一介の出版社社長である。

   が、発想とその行動力は 半端ではない。 原田常治。  ブログに残したい。