想定の範囲内ということを、直面した瞬間はまったく思い出せずに、1時間ほど人生で最悪の時を過ごしていたのです。
落ち着きを取り戻し、いよいよその時が来たんだ~と飲み込めたときに、連れ合いに労を労わないと
いけないと言う気持ちが湧いてきました。
話が出来たのは2時間近く経っていたので、体も心もよれよれになってしまい、ショックの大きさが
どれだけ強かったのかは一日寝込んで起き上がれなかったことでも分かります。
想定の範囲内~
たしかにそうでした。
旧い考えの残る奈良で気位だけが今も厳然と保たれている家で 嫁の立場は弱いものでした。
実家のことを大事にする嫁は不適格者とみなされてしまいます。
人の子として間違っていないのに、料簡が狭すぎるのです。
私は初めから長女で跡取りだからと交際中も彼に伝えていたし 結婚なんて考えられないとお断りしていました。
大きな屋敷の跡取り息子であることや資産家であることなど関係のない話。
釣りあいの取れない 格の違う嫁を貰った世間体の悪さを払拭できなくって、
親類や近所の友とひそひそと悪口を言うのでした。
地域の人も表面は頭を下げて挨拶はするけど、裏では大きく舌を出し いつまで続くか楽しみに
待っているのが分かる そんな村でした。
学校に勤めていたことが私の救いでした。
安らぎなど家庭にはほとんどありませんでした。
今でもそんな暮らしが現にあるんですよ!
驚いたでしょう~
母の介護が始まり7年経ちますので、連れ合いはもう解放してやろうと決めてくれたのです。
完全に実家のことを手放したら 嫁の居場所は守れるけど、実家を思う嫁は最低の不適格者
私が大分に帰っている間は大声で悪口雑言を並べ、地域の人も鬼嫁だと美容院や病院や母の周りはその話で持ちきりなのです。
連れ合いもそれに気付き、かなり以前から悩んでいたのでした。
だから、苦渋の選択でした。
離婚を選んで介護を採るか、ゼロか百かを父の30年祭が終わった後に連れ合いとじっく話し合いました。
奈良は長男夫婦が同居しているから9人家族です。
実家は88歳の認知症の母が一人暮らし~
どちらも大切な親なので、半々の生活を許してほしいと願うのに 全く受け止めてもらえません。
ゼロか百かの選択しかないのです。
私は後5年だと母の寿命を読みました。
5年の単身赴任を許してもらえたら帰ってきます。
それが認められないと周りが騒いだ時は離婚されても本望ですからと
離婚届を書いて連れ合いに手渡し介護に専念する道を選びました。
とうとうその紙切れを市役所に今週届けたようです。
限界だと守ってやることに見切りをつけたのでした。
その確認が郵送されてきたのです。
まさしく想定の範囲内の出来事でした~
でも、人の子として親の介護が許されない、それは離婚以外に道はないとする
非情な因習に私は潰されたくないと思いました。
遺産相続権なんて初めからほしくもない!
「生きたいと思う気持ちはお前と共に生きたいから~」
と生きる支えに私を選んだ彼を 助ける使命を貫いてきただけのこと~
子育てや現役の第1幕を降ろして還暦を迎えた時に
「折り返しの人生はお前のフリーに使えよ~」と彼は電話で言っていました。
すっかりその気になって毎月の半々を奈良と大分を往復する第2幕を始めたのです。
そんな生活が2年ほど続いた秋に介護に専念する話が決まり、母の米寿のお祝いに引っ越してきました。
家はバリアフリーの新築で快適この上なしでしたし、物価は安いし、温泉は豊か~
ホタルや水や空気は最高~
花や野菜や果物に恵まれ 何も言うことなし~
ルンルン気分で介護に専念できていました。
想定内だったとはいえ半年が過ぎた時に 突然前触れもなく現実を思い知らされて 仰天してしまいましたが、
第3幕を明るく楽しく前を向いて一日も長く二人三脚を続けたいと思っています。
離婚には保証人が二人いるのですが、誰に決めたか連れ合いが教えてくれました。
長男と次男ですって。
38歳と35歳は、思い切ったことをする両親を誇りに思っていると言っています。
連れ合いは 先の先のことまで息子たちには言ってくれています。
「お母さんの骨は俺の隣が空いているから、入れてやってくれ~!」って・・・
以上、報告おわります。
これで落ち込んでいたらバチが当たりますよね~
こんな私ですが、いつまでもよろしく~!
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