松島道也、岡部紘三「図説 ギリシャ神話[英雄たちの世界]篇」
河出書房新社(2002年)
ふくろうの本の図説シリーズは写真や絵画が多用され、どれも見やすくまとめられている。図の多そうな題材を選んでいるのだとは思うが、これはギリシア神話が古来いかに多くの芸術家の想像力を刺激してきたかがよくわかって、圧倒される1冊。
まず、当事者である古代ギリシア人たちが誇りとともに造った神殿や石像がすごい。裸体は迫力満点の人間賛美である。躍動する筋肉の動きがわかるようなポージングの像も多い。モデルに長時間ポーズを取らせ続けたのか、はたまた映像記憶力のある者を集めて彫刻家に育てたのか……。
それが今日まで残っているのもすごい。裸体は卑しむべきものという価値観が定着した中世期に、相当数が破壊されたはず。これだけ残っているのは、破壊を免れた像が多かったというより、分母の数が大きかったのではないだろうか。頑迷なキリスト教会も、ヨーロッパが古代ギリシア文明の影響下にあることまでは否定できなかったのかもしれない。
彫刻は写実一辺倒だが、壺に描かれた絵は微妙にデフォルメされていて、どことなく漫画っぽい印象だ。シンプルな線で表現しようとすると、漫画に似てくるのかも?
題材が戦争・戦闘ばかりな理由は「武勇を尊ぶ民族性と美術」の項で解説されている。好まれた戦争のテーマは4つあった。パルテノン神殿の四方に配された、
トロイア戦争は古代ローマでも人気のモチーフだったようだ。火山灰に埋もれた都市ポンペイの壁を飾っていたのは、英雄アキレウスや、犠牲に捧げられた王女イピゲネイア。彼らを巡る神々の思惑や人物の感情を1枚に詰め込んだ構図は、ルネサンス期の絵画にも劣らないセンスを現代に伝えている。
図版には、華やかに彩色されたルネッサンス期以降の絵画も多い。「ギリシア神話と近代美術」の項に解説があるので、その方面のざっくりした予備知識を得たい人にも役立つのではないだろうか。
ヘラクレス、テセウス、ヘレネ、パリスの系図は興味深かった。
ヘラクレスはメデューサを倒した英雄ペルセウスの曾孫に当たる。父親はギリシア神話の主神ゼウス……とされているが、曽祖父ペルセウスもゼウスの息子。
トロイア戦争の原因とされるヘレネの父もゼウスだという。美貌や異能の持ち主は全員、神の息子や娘にされてしまうのだ。
ところで、スパルタ王テュンダレオスの妃レダは同じ夜に変身したゼウスと夫の双方と床を共にし、「その結果、男女二人ずつ双子四人が生まれた」。どの本でもこういう表現になっているが、これって四つ子なのでは……?
それに、美貌のヘレネはわかるが、仲良しエピソードばかりの双子に異父兄弟の設定が伝えられたのはなぜだろう。テュンダレオスの子とされるカストルも戦術と乗馬が得意だったというから、ゼウスの子とされるポリュデウケスに比べて能力が明らかに劣っていたわけでもなさそう。なのに、なぜ?
片方の死を嘆いて残ったほうも死を願うほどの仲良し兄弟は、その後、星座になって夜空を飾った。よって、彼らはトロイア戦争の攻め手には加わっていない。
ちなみに、トロイア戦争のギリシア側盟主となったアガメムノン、ヘレネの夫メラネオス兄弟はテセウスの父アイゲウスの従兄弟だ。兄弟の父はアトレウス。傲慢さから神々に呪いをかけられた一族の末裔らしく、戦争に勝ったミュケナイ王アガメムノンの最期も報われない。
河出書房新社(2002年)
ふくろうの本の図説シリーズは写真や絵画が多用され、どれも見やすくまとめられている。図の多そうな題材を選んでいるのだとは思うが、これはギリシア神話が古来いかに多くの芸術家の想像力を刺激してきたかがよくわかって、圧倒される1冊。
まず、当事者である古代ギリシア人たちが誇りとともに造った神殿や石像がすごい。裸体は迫力満点の人間賛美である。躍動する筋肉の動きがわかるようなポージングの像も多い。モデルに長時間ポーズを取らせ続けたのか、はたまた映像記憶力のある者を集めて彫刻家に育てたのか……。
それが今日まで残っているのもすごい。裸体は卑しむべきものという価値観が定着した中世期に、相当数が破壊されたはず。これだけ残っているのは、破壊を免れた像が多かったというより、分母の数が大きかったのではないだろうか。頑迷なキリスト教会も、ヨーロッパが古代ギリシア文明の影響下にあることまでは否定できなかったのかもしれない。
彫刻は写実一辺倒だが、壺に描かれた絵は微妙にデフォルメされていて、どことなく漫画っぽい印象だ。シンプルな線で表現しようとすると、漫画に似てくるのかも?
題材が戦争・戦闘ばかりな理由は「武勇を尊ぶ民族性と美術」の項で解説されている。好まれた戦争のテーマは4つあった。パルテノン神殿の四方に配された、
「東正面を飾る「神々と巨人の戦い(ギガントマキア)」、西面の「ギリシア人とアマゾン族の戦い(アマゾノマキア)」、南面の「ラピタイ族とケンタウロスの戦い(ケンタウロマキア)」および北面の「トロイアの落城(イリウ・ペルシス)」の四つである。」
トロイア戦争は古代ローマでも人気のモチーフだったようだ。火山灰に埋もれた都市ポンペイの壁を飾っていたのは、英雄アキレウスや、犠牲に捧げられた王女イピゲネイア。彼らを巡る神々の思惑や人物の感情を1枚に詰め込んだ構図は、ルネサンス期の絵画にも劣らないセンスを現代に伝えている。
図版には、華やかに彩色されたルネッサンス期以降の絵画も多い。「ギリシア神話と近代美術」の項に解説があるので、その方面のざっくりした予備知識を得たい人にも役立つのではないだろうか。
ヘラクレス、テセウス、ヘレネ、パリスの系図は興味深かった。
ヘラクレスはメデューサを倒した英雄ペルセウスの曾孫に当たる。父親はギリシア神話の主神ゼウス……とされているが、曽祖父ペルセウスもゼウスの息子。
トロイア戦争の原因とされるヘレネの父もゼウスだという。美貌や異能の持ち主は全員、神の息子や娘にされてしまうのだ。
ところで、スパルタ王テュンダレオスの妃レダは同じ夜に変身したゼウスと夫の双方と床を共にし、「その結果、男女二人ずつ双子四人が生まれた」。どの本でもこういう表現になっているが、これって四つ子なのでは……?
それに、美貌のヘレネはわかるが、仲良しエピソードばかりの双子に異父兄弟の設定が伝えられたのはなぜだろう。テュンダレオスの子とされるカストルも戦術と乗馬が得意だったというから、ゼウスの子とされるポリュデウケスに比べて能力が明らかに劣っていたわけでもなさそう。なのに、なぜ?
片方の死を嘆いて残ったほうも死を願うほどの仲良し兄弟は、その後、星座になって夜空を飾った。よって、彼らはトロイア戦争の攻め手には加わっていない。
ちなみに、トロイア戦争のギリシア側盟主となったアガメムノン、ヘレネの夫メラネオス兄弟はテセウスの父アイゲウスの従兄弟だ。兄弟の父はアトレウス。傲慢さから神々に呪いをかけられた一族の末裔らしく、戦争に勝ったミュケナイ王アガメムノンの最期も報われない。
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