インシャアッラー  モロッコ人と国際結婚

モロッコ人との結婚・ビザ手続きについて。来日7年目を迎えました。

ミッスーの町並み その2

2009-06-20 17:04:45 | 日記
そしてここが彼の住んでいる家。
屋上からの眺め

この日はあいにくの空模様。こんな土漠の町でも雨は降る(降水量は多くないが)。
また大通りに出て左へ曲がると、干上がった大きな川がある。去年は洪水があり、この川も溢れていた。


この橋を渡ると右手に大きなモスクがある。


今度はこの通りをT字路まで戻り、左に曲がる。右手にさんざんお世話になった裁判所と左手に病院、そしてこの道は週に2回あるスークへと続いている。


少し進んでいくと右手に小さなモスクがあり、右に曲がっていくと町の中心に入っていく。


この町は特に見所はなく、観光客も立ち寄るような所ではない。2年間この町で本当にお世話になったのだが、交通が不便であることを考えるとまた戻ってくるとは考えられない。いろいろなことがあったが、今となってはすべてが良い思い出である。そして明日にはこの町を出て、家族の住むフェズへと向かう

ミッスーの町並み その1

2009-06-20 03:02:32 | 日記
モロッコの首都ラバトより東へ約400kmのところに、ブールメン県の県庁所在地ミッスーがある。県庁所在地と言っても人口およそ2万人、土漠に囲まれた小さな町である。彼はこの町で働いており、私も2年間住んでいたことがある。

ここがメインストリート。この先のアパートに住んでいた。


右手には郵便局。左手には公園がある。


左に曲がるとすぐ、右手に保健省支局と保健センター。その先を道なりに左方向へ。ここが隣町(隣町まで約100km離れている)まで行くタクシー乗り場。


そして町の中心となる。ここで日用品や食べ物などが買える。この町ではロバが大活躍。


大通りに戻って、今度は逆方向へ進んでいく。


写真屋さんやレストラン・カフェなどが並ぶ。


左手にガソリンスタンド。左に曲がって家への帰り道。


この町にはあまり緑はないけれど、オリーブの木がたくさんある。今日の帰り道、オリーブの実がこんなに大きくなっているのを見つけた。


 つづく。

結婚手続き モロッコ編(完結)

2009-06-12 22:58:07 | 結婚
まだ手続きは完全には終わっていない。

婚姻証明書1通は手元にあるものの、彼の分はまだアドゥールが持っているため、また2人で行き、サインをして受け取ってきた。これでモロッコでの手続きは終了である。


次に日本での手続き方法について。

まず日本大使館に電話し、手続き方法について確認する。モロッコに移住する場合、大使館での手続きが必要となるが、私の場合日本に帰ることになるため、日本に帰ってからの手続きになるという。たいていは婚姻証明書(原本および日本語訳)と相手の身分証明書が必要であるが、詳しくは本籍地のある市町村に確認した方が良いとのことだった。

そこで実家に連絡し、役場で必要となる書類を聞いてきてもらうことにした。
必要書類:婚姻証明書原本・婚姻証明書日本語訳(自分で訳したものでよい)・婚姻届・戸籍謄本・相手のパスポート(彼はまだパスポートを持っていないため、その代わりとなる身分証明書のコピーに捺印したものを提出予定)

婚姻証明書はフェズで翻訳を依頼していたものが完成し、義父が受け取って家に預かってくれている。そのため今週末、再びフェズへ行くことになった。

婚姻証明書はかなりの長文であるため、フランス語から日本語へ自分で訳し終える頃には帰国間近になっているかもしれない(というか、帰国に間に合うかどうか)。そして訳したものは、役場以外に犯罪経歴証明書申請手続き時の必要書類として警察本部へ郵送することにもなっている。

モロッコ周遊 その4

2009-06-11 23:23:50 | 旅行
【14日目】
最初にバスのチケットを買いに、スープラツール乗り場に行った。15時半発マラケシュ行きのチケットを確保し、大きい荷物はすべてここに預けた。
そしてメディナ散策。ここは小ぢんまりしていてかわいいものが置いてあるため、お気に入りの場所の1つである。半日ではじっくり見る時間はなかったが、それでも十分に満喫できた。
ほぼ時間通りにバスは出発し、3時間ほどでマラケシュに到着。今回は少し奮発して駅近くの3つ星ホテルに泊まることにした。


【15日目】
今日はマラケシュで買い物三昧。まず工芸館へ行き、バブーシュ・ランプ・かごバックを、その後メディナでもチュニック・キーホルダー・小さいタジンの容器・グラス等を購入した。カフェで一休みした後、ジャマ・エル・フナ広場の屋台で海鮮の揚げ物を食べた。メニューから選ばずにえびや魚・イカを少しずつ注文。これだけで100dhと言われ、予想外の高値に腹が立った。チップを要求されたが、「高すぎる!」と文句を言い、その場を去った。旅行最終日だというのに気分の悪い思いをした・・・。



【16日目】
7時発の電車でカサブランカ空港に向かう。乗り換えもスムーズで昼頃には空港に到着した。友人の見送りが済んだ後、また電車に乗り、フェズへ。電車の中でトルコ人と一緒になった。彼はトルコ語と英語を話すが、モロッコアラビア語が分からない。ふとした時にアラビア語がでてしまい、「せっかく英語で話せる人見つけたと思ったのに、アラビア語が理解できないのは僕だけじゃないか!」と言って驚いていた。私はほとんど英語を忘れてしまった。モロッコでやっと日常会話が問題なくできるようになったと思っていたのに、こんなところでまた言語に苦労するとは。18時過ぎにフェズに着くと、彼が迎えに来てくれていた。

モロッコ周遊 その3

2009-06-11 00:09:48 | 旅行
【12日目】
メルズーガを出発し、ワルザザートに向かう。今回からはレンタカーがあるため、移動が楽になった。カスバ街道をすすんでいくと、途中でらくだの群れに遭遇。


ティネリールに入ったところで道を曲がり、トドラ峡谷へ。高い岩壁の間に道と川があり、冷たくて強い風が吹いていた。寒さに耐え切れず長時間滞在はできなかったが、またしても彼らはタンクトップ姿のままはしゃぎまわっていた。


それから再びカスバ街道に戻り、バラ栽培で有名なエル・ケラア・ムグナに立ち寄った。バラ祭りは来月のためまだ何もなかったが、バラの化粧品を売る店が至る所にあり、バラの化粧水とクリームを購入した。

日が暮れてからワルザザートに到着。バスターミナルの近くで宿をとった。

【13日目】
値段の割にきちんとした朝食がついていてなかなかのホテルだった。(アル・ワッハ:1人75dh)

最初に向かったのは映画スタジオ。そんなに大したものではなかったが、実際に撮影された映画のタイトルや役者の名前を聞いたり、ヨーロッパ人の観光客に混じっていると、観光しているという気分が味わえた。


そして私が最も行きたかったところ、アイト・ベン・ハッドゥへ。写真で見た景色そのものだった。


それからオートアトラスを越えてマラケシュへ向かう。途中山の中で父に頼まれていた石を買う。この山越えに4~5時間かかった。


マラケシュには夕方到着した。思っていたよりも明るいうちに着いたため、彼の友人にお願いしてエッサウィラまで行くことにした。途中警察の検問にあい、同行許可証を持っていなかったことで彼が尋問されたが、なんとか許してもらい終了。22時ころに無事着いたものの、ホテルが満室だったため、紹介されたアパートに泊まることにした。同じ値段でも安ホテルに泊まるよりはるかに快適。私たちの寝場所が決まるとすぐに、彼らは再びマラケシュに戻って行った。

モロッコ周遊 その2

2009-06-10 01:13:41 | 旅行
【6日目】
朝8時発のバスに乗り、彼の住む町、ミッスーに向かった。4時間半程で到着。ここは土漠の中にぽつんとある小さな町で、町の中心にはおよそ2万人が住んでいる。これでもこの町は県庁所在地にあたる。荷物の整理もしつつ、ここでしばらく休息することにした。

【7日目】
4ヶ月ぶりに、以前活動していた職場を訪れ、同僚との再会を楽しんだ。夕方にはスークに行って野菜や果物を大量に買い、彼の友人を招いて夕食会をした。

【8日目】
ボランティアと調整員が調査のためにこの町に訪れていたため、本日も家に招き、お食事会をすることにした。彼が特製タジンを作ってくれたのだが、これがなかなかのものだった。

【9日目】
友人の帰国日が迫ってきているため、旅行再開。砂漠へ。8時ごろ家を出発し、タクシー乗り場へ。隣町ミデルトまではスムーズだったが、ミデルトで人が集まらない。このタクシーは乗客6人集まるか、余っている席を買わない限り出発しないのである。1時間ほど待ったが集まりそうな気配がなかったため、友人と1席ずつ多く買うことにした。ここから2時間ほどでエルラシディアに着いた。あと2台乗り継げば砂漠に着く予定なのだが、ここでも人が集まらずひたすら待つ。そこへ若いモロッコ人が話しかけてきて、今フランス人とモロッコ人の旅行者も砂漠に行くのだが、タクシーをチャーターしないか、と交渉してきた。値段交渉の末、1人100dhで宿まで送ってもらうことになった。そして日没前には無事予約していた宿に辿り着くことができた。ここは日本人が経営してるだけあって、客もみんな日本人。モロッコだけど、ここだけは日本の空間であった。

【10日目】
せっかく砂漠に来たので、ちょっと暑くなってきたけれど、砂漠に行くことにした。今回で3回目だったが、この雄大な景色は何度来ても素晴らしい。ただ歩きにくいサラサラの砂と強い日差しで体力が奪われてしまう。デジカメのちょっとした隙間にも砂が入ってしまい、調子が悪くなってしまった。風も強くなってきたため、一旦宿に引き上げることにした。友人はこの日の夜らくだに乗って移動し、砂漠のテントで一晩過ごす予定だったが、旅の疲れと気候の変化・日中の強い日差し等によって体調を崩したため、やむを得ず断念してしまった。


【11日目】
昨日彼の友人がマラケシュからレンタカーで1日がかりで来てくれた。彼はタクシーでミデルトに来て、友人と合流した。夜道は電灯もほとんどなく、慣れない道を運転するのは危険だから、と安全運転で走行し、宿に着いたのは明け方4時頃だった。この日砂漠を出発する予定だったが、彼らは寝不足・疲労困憊の状態、友人は体調を崩し、私までも具合が悪くなってきたため、1日延長することにした。そんな心配をよそに彼らは3時間寝ただけで復活し、初めて見る砂漠の景色に興奮していた。後で見せてもらった写真は、どれも本当に楽しそうであった。私たちの旅行に付いてきただけの彼が一番楽しんでいたように思う。
 朝食:ベルベルオムレツ

それから、すでにジュラバも出来上がったということで、私と友人の分のジュラバも持ってきてくれた。
 ジュラバ

モロッコ周遊 その1

2009-06-09 20:36:44 | 旅行
今回は日本の友人と同じ飛行機でパリまで来て、友人はパリ観光、私は結婚手続きをするためにモロッコに直行し、後にカサブランカの空港で合流した。旅行期間は15日間。モロッコをすべて見るには短すぎるので、旅行先を厳選しなければならない。
ぜひ砂漠にも・・・ということだったので、モロッコ周遊ツアーのような日程で行動することにした。

【1日目】
カサブランカの空港で再会し、電車でラバト・ビル駅へ。所要時間約1時間半。日本の知人宅で友人共々お世話になった。この日は移動で終了。

【2日目】
結婚手続きもしつつ、ラバト観光。トゥールハッサン・ウダイヤ・メディナを散策した。この日も知人宅へ。

【3日目】
メクネスへ電車で移動。所要時間約2時間(快速電車)。メクネス駅前ではボッタクリのタクシーが多いため、少し離れた道端でタクシーをつかまえ、ホテルに向かった。ホテルでグラタク(グランタクシー)をチャーターし、ヴォルビリス遺跡とムーレイ・イドリスを訪れた。チャーター料350dh。
 ヴォルビリス
 ムーレイ・イドリス

【4日目】
午前中メディナで買い物をした後、新市街のおしゃれなカフェで食事し、最後の締めとしてアイスクリーム屋さんに立ち寄った。そして午後電車に乗ってフェズへ。駅に着くと彼が迎えにきてくれていた。駅のそばでホテルを探し、1人75dhのところに決めた。古びた感じだが、寝るだけだったら問題はない。
 メクネス

【5日目】
この日は彼も合流し、メディナに向かった。フェズのメディナは迷路のようになっていて、広い上に坂道が多い。帰り道が上り坂であるため、メディナから帰るときはいつも疲れきった状態になる。ホテルを少しきれい目のところに変えた後、彼の家族が昼食を準備してくれているということで、タクシーで彼の実家に向かった。
今日のお昼は私の大好物、バスティラが用意されていた。食事の後お母さんがジュラバを仕立ててくれることになり、寸法をはかってもらった。友人の帰国に間に合うように届けてくれるとのこと。
 バスティラ



音楽フェスティバル(フェズ)

2009-06-08 23:25:00 | 日記
フェズで音楽フェスティバルが1週間開催された。最終日、彼と日本人の友人とで参加することにした。

無料と有料のステージがあり、本日の有料のグループはイラン人とマリ人。どちらも知らないグループだが、値段の高いマリ人の方を鑑賞することにした。安いほうのB席で300dh。旅行代理店でチケットを購入し、時間まで旧メディナを散策した。

無料の方は広場にて18h50~、とパンフレットに書いてあったのだが、実際に始まったのは30分後だった。ここはモロッコなので、よくあること。ベルベル音楽が流れ、音楽に合わせて2人の女性が髪を振り回しながら踊る。テレビではよく見せられたが、実際に見るのは初めて。でも、この音楽はあまり好きじゃない・・・。


次は有料のステージへ。10分程歩いたところに門があり、きちんとした服装の警備員やスタッフがいた。チケットの値段も決して安くはないため、客層もこれまでと雰囲気が違う。
音楽はアフリカ音楽で、心地よいメロディだった。彼は参加する前はあまり興味がなく、行きたいんだったらついていくよ、という感じだったのに、フェスティバルを一番楽しんでいたのは、まぎれもなく彼だった。


1時間ほどでモロッコ人のステージに変わった。パンフレットには記載されていなかったため、お金を払ってまでモロッコ音楽は聴きたくないと思っていただけに、がっかりした。席を立とうとも考えたがタイミングを逃していまい、結局そのまま聞くことにした。ところが今まで聞いていたラッパの音色やコーラス等が異なり、初めてきれいな音楽に聞こえた。最後はマリとモロッコのコラボレーションで、モロッコに来て初めてとも言えるエンターテイメントを楽しんだ。



婚姻証明書

2009-06-08 05:22:45 | 結婚
週明け、婚姻証明書は作成されており、間違いがないかどうか確認した後にその用紙2枚に二人でサインした。この後裁判所にて印が押されれば終了となる。
翌日彼が裁判所に行くと、サインするのに10~15日かかると言われた。翻訳もしなければならない上、帰国が迫っているため早くして欲しいとお願いすると、優先してくれることになった。
木曜日彼の分は受け取れたものの、私の分は裁判所長のサインが必要なのに、この日は不在とのこと。翌日彼は実家に行かなければならず、私は彼の友人と一緒に裁判所に行くことになった。ここモロッコでは私一人の力ではどうにもならないことが山のようにある・・・。

翌日彼の友人と裁判所に行き、もうほぼ頼りっぱなしの状態ではあったが、無事婚姻証明書を受け取ることができた。

日本大使館に連絡し、この後の手続きについて問い合わせをした。私は日本に帰るということでモロッコでの手続きは特にないとの事。そして帰国前に本籍地の役場で、必要書類を確認した方がよいことや日本語に訳したものを添付するため、モロッコでアラビア語からフランス語または英語に翻訳しておいた方がよいこと、彼の身分証明を示すものが必要になるだろうという情報をいただいた。

土曜日にはフェズに行き、この翻訳(アラビア語⇒フランス語)を依頼した。翻訳料320dh。受け取りは月曜の夕方の予定。

結婚

2009-06-01 03:13:54 | 結婚
結婚許可証も手元にあり、全ての書類が揃った。

金曜日の夕方彼の両親が到着し、夜7時に手続きの予約を取っていたため彼と彼の父親が迎えに行った。待つこと1時間、8時に裁判所で結婚の手続きを担当している男性(アドゥール)2人と共に帰ってきた。

彼から契約金(?)を受け取ったか、彼に対する条件はあるか等質問され、金銭は個人管理が定められているため、二人で分けるような場合には他に証明書を作成しなければならないとの説明があった。
これまでのアラビア語の書類すべてを台帳に記入し1時間が経過。びっしりと約2ページ半にわたって書かれていた。雑談している間にそれが終了し、サインを求められ、緊張する暇もなく婚姻が成立した。婚姻証明書は月曜日にできるという。最後にみんなで記念撮影をし、一段落した時には夜の10時をまわっていた。手数料665dh。

それから指輪交換と衣装だけ変えて簡単に写真撮影をした。結婚したという実感はあまりなかったが、みんなからマブルーク(おめでとう)と祝福され、なんとなく気恥ずかしいような感じがした。