写真ごころと「不射の射」(伊藤みろ著『極意で学ぶ写真ごころ』/フィルムアート社より)
弓道の精神性を世界に広めた著書に、オイゲン・へリゲル (Eugen Heligel)博士の『Zen in der Kunst des Bogen-schiessens』(弓道芸術における禅)があります。
博士は大正年間に東北帝大で教鞭をとる傍ら、阿波研造の下で弓道の修業を積みました。そして阿波師範の達人技を見たヘリゲル博士は、奥義を「不動の中」ということばに集約させました。すなわち弓道の礼法に儀式化された動きの先にある、一つの「真空状態」を奥義として考えたのです。
術も射おうとする心も矢も、さらに的さえも、すべてが溶け合って消失する、最高の自由さ(無の状態)こそが、奥義だという訳です。
達人の世界では、自らが「射るのではなく」「『それ』が射た」という感覚が芽生えるようですが、写真の奥義も、よい作品を撮ろうとする作意や雑念をかい潜り、あらゆるものをすり抜けていってしまった先に、ひとつの真空状態にあるのかもしれない、といつしか思えるようになりました。
私自身の体験から眺めると、ドイツ、アメリカ、日本…と三つの国で向き合ってきたテーマや被写体は実にさまざまでしたが、そのなかに一貫した「まなざし」があったとすれば、それは、被写体のもつ「真性=こころ」が見えてくる瞬間との出合いを求めていたことかもしれません。
その瞬間に、被写体と私とを区別する一切のものが最高の均衡となって、静かに開かれていきます。明と暗、生と死といった、相対するエネルギーが静謐そのものの調和のなかに溶け合うのです。
ある意味で、写真は限りなく禅の世界に近づいていきます。撮るものも、撮られるものも一体となる場所があるとしたら、その区別を超えた状態なのでしょうか。
鈴木大拙禅師に倣えば、禅ではこれを「無」とします。
そして無とは、何もない状態ではなく、完全の調和でありながら動力を内に秘めた状態なのかもしれません。
調和の中から仄かに立ち顕われる、存在の秘めたる力に自らのこころを委ねるのが写真を撮ることであり、写真術の神髄なのだと思います。
写真は、撮られた「像(イメージ)」が「作品」として成立しうるかどうかはともかく、まずは「写真を撮る」という行為そのものに、重きを置きたいと思います。その上で「なぜ人は写真を撮るのか」「作品をつくるのか」という、問いかけに答えていくつもりで、写真ごころについての極意論として、教本であり、芸術エッセイであり、技法書である本書『極意で学ぶ写真ごころ』を著しました。
「アサヒカメラ」誌での連載中から、写真という「道」であり、哲学に、私なりに答えていくつもりで、書き進めてまいりました。
写真道を踏みならした先人たちをはじめ、柳生新陰流の開祖や流祖、宮本武蔵、世阿弥などの天才・偉才に学び、写真メディアと日本文化の極意論を絡めて、写真ごころを徹底的に語り尽くそうと試みましたので、ひとりでも多くの方にお読みいただければ、幸せに思います。
いつしか「こころで撮る写真術」として、「初めは完成」になり、「術は術ではなくなり」、写真を撮らずして撮るという、「不射の射」の達人の世界が開かれてくるのでしょうか。
「射手は、一通りの所作を行うにもかかわらず、不動の中となりうる。つまるところ、術は術でなくなり、射ることは射ないこととなり、師範は再び門下生となり、達人は初心者となり、初めは完成となる」
(オイゲン・ヘリゲル/伊藤みろ訳)
2012年2月吉日
伊藤みろ
★2012年3月2日には、『極意で学ぶ写真ごころ』刊行記念のトークイベントを開催します。
皆様のご来場をお待ち申し上げます。
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『極意で学ぶ写真ごころ』刊行記念 伊藤みろ 講演会 ~「写真ごごろ」を語るトークイベント
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■ テーマ: 「写真ごごろとは何か」
■ 開催日時: 3月2日(金) 19:00 ~ 20:00 (18:30開場) ※20:00よりサイン会
■ 開催場所: 八重洲ブックセンター本店 8階ギャラリー
(〒104-0028 東京都中央区八重洲2-5-1)
■ 定員:80名
■ 参加費:無料
■ 申込方法: お電話による申込み 03-3281-8201 (八重洲ブックセンター 1階)
■ 主催:八重洲ブックセンター
■ 共催:フィルムアート社
■『極意で学ぶ写真ごころ』(フィルムアート社)関連サイト
フィルムアート社:http://www.filmart.co.jp/cat138/post_157.php ;
伊藤みろ情報サイト:http://miroito.exblog.jp/ ;
伊藤みろ公式サイト: http://www.miroito.com
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2011,2012 (c) Miro Ito/ 写真ならびに文章の無断転載を禁じます。
弓道の精神性を世界に広めた著書に、オイゲン・へリゲル (Eugen Heligel)博士の『Zen in der Kunst des Bogen-schiessens』(弓道芸術における禅)があります。
博士は大正年間に東北帝大で教鞭をとる傍ら、阿波研造の下で弓道の修業を積みました。そして阿波師範の達人技を見たヘリゲル博士は、奥義を「不動の中」ということばに集約させました。すなわち弓道の礼法に儀式化された動きの先にある、一つの「真空状態」を奥義として考えたのです。
術も射おうとする心も矢も、さらに的さえも、すべてが溶け合って消失する、最高の自由さ(無の状態)こそが、奥義だという訳です。
達人の世界では、自らが「射るのではなく」「『それ』が射た」という感覚が芽生えるようですが、写真の奥義も、よい作品を撮ろうとする作意や雑念をかい潜り、あらゆるものをすり抜けていってしまった先に、ひとつの真空状態にあるのかもしれない、といつしか思えるようになりました。
私自身の体験から眺めると、ドイツ、アメリカ、日本…と三つの国で向き合ってきたテーマや被写体は実にさまざまでしたが、そのなかに一貫した「まなざし」があったとすれば、それは、被写体のもつ「真性=こころ」が見えてくる瞬間との出合いを求めていたことかもしれません。
その瞬間に、被写体と私とを区別する一切のものが最高の均衡となって、静かに開かれていきます。明と暗、生と死といった、相対するエネルギーが静謐そのものの調和のなかに溶け合うのです。
ある意味で、写真は限りなく禅の世界に近づいていきます。撮るものも、撮られるものも一体となる場所があるとしたら、その区別を超えた状態なのでしょうか。
鈴木大拙禅師に倣えば、禅ではこれを「無」とします。
そして無とは、何もない状態ではなく、完全の調和でありながら動力を内に秘めた状態なのかもしれません。
調和の中から仄かに立ち顕われる、存在の秘めたる力に自らのこころを委ねるのが写真を撮ることであり、写真術の神髄なのだと思います。
写真は、撮られた「像(イメージ)」が「作品」として成立しうるかどうかはともかく、まずは「写真を撮る」という行為そのものに、重きを置きたいと思います。その上で「なぜ人は写真を撮るのか」「作品をつくるのか」という、問いかけに答えていくつもりで、写真ごころについての極意論として、教本であり、芸術エッセイであり、技法書である本書『極意で学ぶ写真ごころ』を著しました。
「アサヒカメラ」誌での連載中から、写真という「道」であり、哲学に、私なりに答えていくつもりで、書き進めてまいりました。
写真道を踏みならした先人たちをはじめ、柳生新陰流の開祖や流祖、宮本武蔵、世阿弥などの天才・偉才に学び、写真メディアと日本文化の極意論を絡めて、写真ごころを徹底的に語り尽くそうと試みましたので、ひとりでも多くの方にお読みいただければ、幸せに思います。
いつしか「こころで撮る写真術」として、「初めは完成」になり、「術は術ではなくなり」、写真を撮らずして撮るという、「不射の射」の達人の世界が開かれてくるのでしょうか。
「射手は、一通りの所作を行うにもかかわらず、不動の中となりうる。つまるところ、術は術でなくなり、射ることは射ないこととなり、師範は再び門下生となり、達人は初心者となり、初めは完成となる」
(オイゲン・ヘリゲル/伊藤みろ訳)
2012年2月吉日
伊藤みろ
★2012年3月2日には、『極意で学ぶ写真ごころ』刊行記念のトークイベントを開催します。
皆様のご来場をお待ち申し上げます。
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『極意で学ぶ写真ごころ』刊行記念 伊藤みろ 講演会 ~「写真ごごろ」を語るトークイベント
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■ テーマ: 「写真ごごろとは何か」
■ 開催日時: 3月2日(金) 19:00 ~ 20:00 (18:30開場) ※20:00よりサイン会
■ 開催場所: 八重洲ブックセンター本店 8階ギャラリー
(〒104-0028 東京都中央区八重洲2-5-1)
■ 定員:80名
■ 参加費:無料
■ 申込方法: お電話による申込み 03-3281-8201 (八重洲ブックセンター 1階)
■ 主催:八重洲ブックセンター
■ 共催:フィルムアート社
■『極意で学ぶ写真ごころ』(フィルムアート社)関連サイト
フィルムアート社:http://www.filmart.co.jp/cat138/post_157.php ;
伊藤みろ情報サイト:http://miroito.exblog.jp/ ;
伊藤みろ公式サイト: http://www.miroito.com
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