西安は日本でいう京都のような場所。
まさに『中国四千年の歴史』に触れる旅となりました。
上海虹橋空港から中国東方航空で西安へ。
初の中国の航空会社、初の国内線にかなり緊張。
西安咸陽空港にはガイドの王さんがお迎えに来てくれていて、
早速、車で兵馬俑に向かいました。
残念ながら、けっこうな大降りの雨。
国慶節の観光人気ランキング1番が兵馬俑ということで、西安は大混雑。
ものすごい渋滞で、片側2車線のところに3車線、4車線に車が並び、
クラクションが鳴り響いていました。
・・・と乗っていた車が隣の車と接触!
大変なことになった~!と思っていたら、
ドライバーさんは車から降りもせず、窓を開けて2,3言葉を交わし、
そのまま走り去ったのでした。これってあり!?・・・なのね。
<兵馬俑>
いわずと知れた有名な世界遺産。
秦の始皇帝のお墓を守るために兵士をかたどった埴輪が埋葬されています。
発掘順で1号坑、2号坑、3号坑の3つの建物にわかれていました。
また、始皇帝陵の近くから発掘された青銅の馬車のミニチュアも一緒に展示されています。
2000年以上前のものとは思えないぐらい、とても精巧に作られています。
*1号坑
教科書で見ていたのはまさにこれ!
体育館のような場所に、何千体という歩兵が並んでいます。
敵国が東にあったため全て東をにらみつけています。
本当に一つ一つ体格も顔も全く違っていました。
身長は約1m80cmとけっこう大きく立派です。
上半身は空洞、下半身は中が詰まっていて、安定して立つようにできています。
その精巧さと並んだときの迫力に、言葉にはできないほど感動!
1974年に近所のおじいさんが井戸を掘っている時に1号坑の一部を発見して、
兵馬俑の発掘につながりました。
まだ発掘中&修復中で、先頭の3分の1くらいしか終わっていないみたい。
後ろの方には修復中の埴輪が並んでました。
ちなみにこのおじいさん、今では兵馬俑内のおみやげ物屋さんの一角にいて、
ガイドブックを買うとサインをしてくれるらしい。
*2号坑
2号坑は騎兵部隊です。
デモンストレーションで発掘作業の様子が見れる他、
何体か、完全に修復した埴輪が展示してあります。
*3号坑
3号坑は司令部。
司令部だけに、一番規模が小さいけど、服装が立派です。
もともと兵馬俑の埴輪には色がつけられていて、
発掘した瞬間には色があったそうなのですが、
空気に触れたとたん色が消えてしまったそうです。
技術の革新で、最近では色も保存することが出来るようになったということです。
<華清池>
玄宗皇帝と楊貴妃が、長いときには秋から翌年の春までを過ごした場所です。
有名な温泉地でもあり、玄宗皇帝と楊貴妃それぞれの使った湯船が見れます。
皇帝のくせに国も治めずとんでもない奴だ!とあきれましたが、
それにしても、楊貴妃は本当にそんなに美しかったのでしょうか?
池にうかぶ石造は微妙だったんだけど・・・
華清池はまた、1936年の西安事件で、蒋介石が張学良に監禁された場所でもあります。
蒋介石の部屋の外壁には、生々しい銃弾の跡が残っていました。
ちなみに、華清池のトイレに入った瞬間、かなりの衝撃を受けました
長い溝に小さな板で仕切りがついているだけのものでした。
今まで上海でこのようなトイレに出会ったことがなかったので驚きましたが、
お尻を出しながら楽しげに話をしているおば様方を見る限り、
中国では普通のことなんですね、きっと。
<碑林博物館>
多数の石碑が展示してある博物館です。
孔子廟を基礎として1087年に建てられた世界最古の博物館だそうです。
玄宗皇帝は字が上手だったということで、
玄宗皇帝の書いた親孝行の大事さを説く書の石碑が中心に飾られています。
かつて科挙の試験の教科書は全て石碑に書かれていて、
それをみんな手書きで写して勉強したということでした。
「平成」とか「昭和」といった日本の元号も、
その書から抜き出してつけられた名前だそうです。
つまらなそう・・・って思いつつガイドさんに連れられて行ったけど、
博識なガイドさんの解説付きだったこともあって、けっこう面白かったです。
<西安名物:餃子>
「徳發長」というガイドブックでかなりとりあげれているというお店で、
15種類の蒸し餃子&1種類の水餃子&2種類の焼き餃子をいただきました。
包み方もこっていたり、あまい餃子があったりと、
見た目、味ともに楽しめました。
<屋台街>
夕食の後は、屋台のあつまる路地をお散歩。
中国の中でもイスラム圏に近いということもあって、
イスラムっぽい帽子をかぶったお兄さん達がシシカバブを焼いて売ってます。
そんな屋台が何軒もあって、通りには煙が蔓延。
通り過ぎたときには、体中シシカバブの匂いが・・・。
シシカバブのほかには、蒸したお餅やフルーツ、落雁のようなお菓子が売られていました。
まさに『中国四千年の歴史』に触れる旅となりました。
上海虹橋空港から中国東方航空で西安へ。
初の中国の航空会社、初の国内線にかなり緊張。
西安咸陽空港にはガイドの王さんがお迎えに来てくれていて、
早速、車で兵馬俑に向かいました。
残念ながら、けっこうな大降りの雨。
国慶節の観光人気ランキング1番が兵馬俑ということで、西安は大混雑。
ものすごい渋滞で、片側2車線のところに3車線、4車線に車が並び、
クラクションが鳴り響いていました。
・・・と乗っていた車が隣の車と接触!
大変なことになった~!と思っていたら、
ドライバーさんは車から降りもせず、窓を開けて2,3言葉を交わし、
そのまま走り去ったのでした。これってあり!?・・・なのね。
<兵馬俑>
いわずと知れた有名な世界遺産。
秦の始皇帝のお墓を守るために兵士をかたどった埴輪が埋葬されています。
発掘順で1号坑、2号坑、3号坑の3つの建物にわかれていました。
また、始皇帝陵の近くから発掘された青銅の馬車のミニチュアも一緒に展示されています。
2000年以上前のものとは思えないぐらい、とても精巧に作られています。
*1号坑
教科書で見ていたのはまさにこれ!
体育館のような場所に、何千体という歩兵が並んでいます。
敵国が東にあったため全て東をにらみつけています。
本当に一つ一つ体格も顔も全く違っていました。
身長は約1m80cmとけっこう大きく立派です。
上半身は空洞、下半身は中が詰まっていて、安定して立つようにできています。
その精巧さと並んだときの迫力に、言葉にはできないほど感動!
1974年に近所のおじいさんが井戸を掘っている時に1号坑の一部を発見して、
兵馬俑の発掘につながりました。
まだ発掘中&修復中で、先頭の3分の1くらいしか終わっていないみたい。
後ろの方には修復中の埴輪が並んでました。
ちなみにこのおじいさん、今では兵馬俑内のおみやげ物屋さんの一角にいて、
ガイドブックを買うとサインをしてくれるらしい。
*2号坑
2号坑は騎兵部隊です。
デモンストレーションで発掘作業の様子が見れる他、
何体か、完全に修復した埴輪が展示してあります。
*3号坑
3号坑は司令部。
司令部だけに、一番規模が小さいけど、服装が立派です。
もともと兵馬俑の埴輪には色がつけられていて、
発掘した瞬間には色があったそうなのですが、
空気に触れたとたん色が消えてしまったそうです。
技術の革新で、最近では色も保存することが出来るようになったということです。
<華清池>
玄宗皇帝と楊貴妃が、長いときには秋から翌年の春までを過ごした場所です。
有名な温泉地でもあり、玄宗皇帝と楊貴妃それぞれの使った湯船が見れます。
皇帝のくせに国も治めずとんでもない奴だ!とあきれましたが、
それにしても、楊貴妃は本当にそんなに美しかったのでしょうか?
池にうかぶ石造は微妙だったんだけど・・・
華清池はまた、1936年の西安事件で、蒋介石が張学良に監禁された場所でもあります。
蒋介石の部屋の外壁には、生々しい銃弾の跡が残っていました。
ちなみに、華清池のトイレに入った瞬間、かなりの衝撃を受けました
長い溝に小さな板で仕切りがついているだけのものでした。
今まで上海でこのようなトイレに出会ったことがなかったので驚きましたが、
お尻を出しながら楽しげに話をしているおば様方を見る限り、
中国では普通のことなんですね、きっと。
<碑林博物館>
多数の石碑が展示してある博物館です。
孔子廟を基礎として1087年に建てられた世界最古の博物館だそうです。
玄宗皇帝は字が上手だったということで、
玄宗皇帝の書いた親孝行の大事さを説く書の石碑が中心に飾られています。
かつて科挙の試験の教科書は全て石碑に書かれていて、
それをみんな手書きで写して勉強したということでした。
「平成」とか「昭和」といった日本の元号も、
その書から抜き出してつけられた名前だそうです。
つまらなそう・・・って思いつつガイドさんに連れられて行ったけど、
博識なガイドさんの解説付きだったこともあって、けっこう面白かったです。
<西安名物:餃子>
「徳發長」というガイドブックでかなりとりあげれているというお店で、
15種類の蒸し餃子&1種類の水餃子&2種類の焼き餃子をいただきました。
包み方もこっていたり、あまい餃子があったりと、
見た目、味ともに楽しめました。
<屋台街>
夕食の後は、屋台のあつまる路地をお散歩。
中国の中でもイスラム圏に近いということもあって、
イスラムっぽい帽子をかぶったお兄さん達がシシカバブを焼いて売ってます。
そんな屋台が何軒もあって、通りには煙が蔓延。
通り過ぎたときには、体中シシカバブの匂いが・・・。
シシカバブのほかには、蒸したお餅やフルーツ、落雁のようなお菓子が売られていました。