福岡の娘から、
『久しぶりに家に帰って来てやってもよい』
との有り難い連絡が。
実際娘は、お盆も帰省できなかったし、かなり久しぶりだ。
これもコロナ禍のせいである。
病院勤めの娘。
帰省するにも幾つかの縛りがあるからだ。
よし分かった。
そんなら、
「車で迎えに行っちゃる。」
これは半分口実である。
端的に言えば、前々から福岡城に行きたかったからだ。
学生時代と社会人の数年を、福岡の町で過ごしながら、
城内にあった平和台球場以外、私は福岡城を知らない。
鴻臚館跡
私が唯一知ってる、平和台球場跡である。
30年以上前、
野球場改修に伴う発掘調査が始まるや否や、鴻臚館遺構発見のニュースが飛び込んできた。
この大発見により、球場改修計画などすっ飛んでしまう。
私が今立っている場所は、レフト側外野席あたりか。
だとすれば、40数年前、よく座っていた場所じゃないか。
鴻臚館展示館は入場無料。
発掘現場が、そのまま保存されている。
様々な出土品が展示されている。
鴻臚館から本丸へ。
東御門
二の丸
本丸まで登ってきた。
正面に福岡タワーが見える。
これまで福岡城には、天守閣は存在しないと考えられてきた。
だが、近年の研究により、ここに天守があった事が分かってきた。
天守台から、現代の福岡城下を見下ろす。
南丸へ。
多門櫓
長塀と二つの櫓で構成されている。
櫓で残っているのは、ここだけなんだとか。
あの『酒は飲め飲め・・・』で有名な、豪傑母里太兵衛の長屋門。
天神にあった屋敷跡から移築されたもの。
黒田如水隠居屋敷跡。
名島門
この門をくぐれば、
大濠公園である。
江島家のアルバムに、私が幼稚園の頃の古い集合写真がある。
写真の下には母親の字で、『幼稚園バス旅行』と記してある。
そこには、この壕を背景に、若かった母と、洟垂れ小僧の私の姿があった。
正しくこのアングルである。
残念ながら、幼い私がここでどんな時間を過ごしたのか、全く記憶に残っていない。
現代の壕端には、ベンチに座る親子連れ、ジョギングする男女、お昼の弁当を広げるサラリーマン等、
それぞれが思い思いに過ごしている。
正に福岡市民の憩いの場である。
弁当?
そうだ!
お腹が猛烈に減っていた。
スタバに駆け込み、胃袋充填完了だ。
娘との待ち合わせ時間には、もう少しある。
「少し歩いてみるか。」
中之島へ。
ちょっと杭から離れた隙に、カモメに場所を奪われた河鵜。
何やら文句を言っているが後の祭りだ。
水中まで垂れ下がった松の幹には、アカミミガメが休憩中である。
時間になったようだ。
「そろそろ迎えに行くか。」