背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

シロツメクサの花冠を君に【2】~ハチクロ二次創作 野宮×あゆみ

2012年11月04日 07時53分12秒 | ハチクロ二次 野宮×あゆみ
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「やっぱさ、デザイン事務所なんだから、家具とか? インテリアで行くのが普通なんじゃないの?」
「でも、向こうだって本職だよ。しかも、バレンシア美術館の設計担当するグレードの」
「あああ何それ、卑屈になってまうな」
「別にあっちのグレードが高いとかいう問題ではないでしょ? 要は気持ちの問題だと思うんだよね」
「そうそう。海外なんだから日本のものが手に入りづらいんじゃない? 和物で攻めるとかどうよ」
「日本酒にすっか。大吟醸ひと樽とか」
「それいいね! 木槌を特製にしてさ」
「藤原デザインの銘を入れんの」
「輸送は、……船便か? スペインって船便出てるっけ」
 打ち合わせを終えて応接室から出たあゆみと美和子。彼女たちの耳に飛び込んできたのはスタッフルームの会話だった。
 残業していた高井戸たちが車座になって雑談していた。
「なになに、何の話?」
 美和子が首を突っ込む。と、座の中にいた野宮が「終わった? じゃあ行こうか」とあゆみを戸口に促そうとした。
 あからさまに話題を耳に入れたくないその様子で、あゆみはピンとくる。しかしフォローの甲斐なく高井戸が、何気なく答える。
「あ、美和子さん、いいとこに来た。女の人の意見聞かせて? ほら結婚祝いの相談。事務所としてなんか贈ろうかって。真山の」
「あ、」
 美和子が口を半開きにして棒立ちになった。顔に縦線を引いて背後のあゆみを窺う。
 野宮がうわーと空を仰いだ。
「そそそ、そうね。どどどどうしようっか」
 だりだりと嫌な汗が流れた。レイザーのように鋭い視線で野宮に【早く、早くお姫様をこの場から連れ出して】とサインを必死で送る。
「……」
 そうか、そうだよね。
 あたしに連絡よこしたくらいだから、お世話になっていた前の事務所に送らないなんてことないんだった。今更のようにあゆみは納得する。
 半分ほっとして。半分がっかりして。
 本当なんだな。ほんとに結婚したんだなと実感が、わずかな胸の痛みとともに湧いてきた。
野宮はその場から引き剥がすタイミングを掴みあぐねて、彼女を見守るしかなかった。美和子は「えーと、相談はいいけど場所を替えない?」と再度フォローを試みる。
そのとき、あゆみが口を開いた。右手を無意識のうちにぐっと握り締めて。
 自分を励ます気持ちに連動するように、身体も一歩前に出す。そして、
「あの、高井戸さん。あたしもそれに混ぜてくれませんか。真山の結婚祝い、あたしも何か贈りたいんです」


 エアメイルに書き添えられていたのはたったの一文。
――元気ですか? この春、入籍しました。
素っ気無いほど飾り気のない言葉。
入籍しました。その文字が信じられないほど遠くて、最初は心が麻痺したように何も感覚がなかった。
何回も目で追うごとに、ようやくそれは現実のこととしてあゆみの中で緩やかに立ち上がってきた。
たぶん、たくさん迷ったんだと思う。あたしに知らせるかどうか。
知らせないなら知らせないでよかった。済ませることもできた。
藤原デザインのスタッフ経由とか、大学の関係の人から耳に入るってこともありえた。
だけど真山はあたしに手紙をしたためた。
あたしの名前を宛名に書き、結婚の報告をくれた。
……よかったね、真山。
自然と湧き上がったのは、失意ではなく祝福の気持ちだった。
だってあたし、知ってる。真山がどれくらい長くひたむきにリカさんのことを愛してきたか。なりふり構わず懸命に傍にいて彼女を支えようとしてきたか。
真山の願いはかなった。愛する女性とこれから先の人生をともに歩んでいく道に、いま踏み出した。
だから、おめでとう。
お幸せに。
心から、そう思った。
そして、じんわりと温かみが広がった胸に、ふっと差し込んだのは野宮の顔だった。
野宮さんに逢いたい。逢って何を話せばいいのかはよく分からない。でも顔を見て何かを話したかった。
それは心の底から突き上げてくるような、焦燥にも似た想いだったので、自分自身びっくりした。


「今夜はどうする? まっすぐ帰る?」
車を発進させてから、野宮が訊いた。
「え、でも晩御飯」
 あゆみの顔が、対向車の照らすライトを受けて数秒きらめく。まぶしそうに目を細めた。
「なんか上の空だから日を改めたほうがいいのかなって」
野宮が胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけて咥えた。ハンドルを握っているため、一連の動きを片手一本でしてみせる。
「そんなことないですよ」
「そお?」
 ちらりと横顔を窺う。煙のにおいがかすかにあゆみの鼻
をかすめていく。
「じゃあどこかで飲もうか。山田さんとは今までじったり
腰を据えて飲んだことはなかったよね」
「でも、野宮さん、運転」
「代行あるから大丈夫」
 あゆみは少し逡巡する。
「……野宮さん、お酒強そう」
「そう見える?」
 笑いながら答える顔がそうだと言っている。あゆみはシートベルトが窮屈に思えて居住まいを正した。
「美和子さんは沼。俺はザルってことかな。あ、山崎はあんま強くないんだよね」
「ザル……。沼って」
 でも確かにそれっぽい。あゆみは納得する。美和子と健康ランドに行ったとき、自分はへべれけで潰れても彼女はけろーりとしていたっけ。
「山田さんは酒屋なんだからイケる口でしょ」
「それが、お恥ずかしながらアルコールはあまり強くなくて」
 舌は悪くないんですけど、量が飲めないんです。
 小声になってしまう。
「そっかー。今日はサシでとことん飲むのもいいかなって思ってたんだけど」
「な、なんでですか」
 警戒して訊く。
「だって今日うちの事務所に来たの。真山の結婚の話を聞いたからでしょ」
 違う? 信号待ちで停車させながら野宮はタバコの灰を灰皿に落とす。
「俺に話があるっぽかったのって、それじゃないの?」
 あゆみは黙った。意固地になってフロントガラスを見据えたまま。
「ち、違います」
 トートバッグが膝の上からずり落ちそうになるのを押さえてあゆみは返す。野宮は紫煙を吐き出しながら、中空に言葉を置くように呟いた。
「ふーん。ほんとかな」
「ほ、ほんとです」
 しばらく車内に沈黙に満ちる。ややあって、野宮がギアをチェンジさせ、スムーズに発車させて言う。
「俺、君のほんとをよーく知ってるからさ。あまりあてにしないことにしてるんだよ」
「あ、あてにしないって、ひどい」
「だってこのまま帰したら泣くでしょ。一人で」
 帰せないよ。そこで真顔になって言う。
 あゆみは声を失う。いくら言葉を探しても、ストックがない。
「な、泣くなんて、そんな」
 痛いところを突かれ、あゆみはたじろぐ。
「飲もう? 聞くよ。なんでも。だから今夜は飲もう」
 一人で抱えないで。
 ここは鳥取じゃない。東京だ。
 俺はここにいるんだから。遠慮なく頼ったっていいんだよ。
 声にならない彼の声が聞こえ、あゆみは胸がいっぱいになる。
「野宮さん、甘すぎ、ます。あんまあたしを甘やかさないでください」
 声が闇に吸い取られていくように震えた。
 自分がどんどんずるい人間になっていく気がする。安易に痛みのないほうへずるずると滑り落ちていくおそれに囚われる。
 どんどん嫌な女になりそうで怖い。
 優しくしすぎないで。かぼそく言ったあゆみに向かって、
野宮は「それは無理」とすげなく答えた。
「俺、君が好きだから、甘やかしたいし優しくしたい。それは悪いけど諦めて」
 とどめを刺して、野宮は流れるように滑らかに車線変更をした。


 甘えたっていい。拗ねたってゴネたっていい。
 嫌いになんかならないよ。
 好きな子からそうされるのは、男にとってとっておきの勲章なんだよ。
 君は知らないだろうけど。

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