背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

セイレーンの見せた夢(1)

2021年09月09日 18時23分47秒 | CJ二次創作
バミューダトライアングルは、テラにあるアメリカのフロリダ半島の先端と、プエルトリコ、バミューダ諸島を結んだの三角形の海域のことを指す。
船舶や航空機、そしてその乗組員が何の前触れもなく突然消息を絶ってしまう魔の海域と呼ばれるポイントだ。
銀河系にもそのトライアングルに似た海域がある。しかし、一度話題にしたり、うわさにしたりすると、言霊として本当のことになるから。俺達船乗りは表立って口にすることはない。
何より怖いのは、テラと違い銀河系のバミューダトライアングルは、移動するということだ。星星のあいだを目に見えないブラックホールが口を開けて漂流しているイメージだ。
遭遇する確率は低い。しかし、いったん海域に立ち入ってしまったら。
海に棲む魔女、セイレーンの歌声を聴くという。心惑わされ、別次元に連れていかれる。
そう、それはまるで、この世のものではない、異次元に存在するというパラレルワールドが待ち構える。
抜け出せるかどうかは、船長と乗組員の運次第だ。



「ジョウ」
不意に呼ばれて、彼は足を止めた。
聞き覚えのある声だった。涼やかな、良く通る女性の。
でもそれは決して新しい記憶ではなく。どこで聞いたんだっけなと頭の片隅で思いながら声がしたほうに目をやった。
「アルフィン」
知らず、口をついて出ていた。懐かしい響き。
ジョウは久しぶりに呼んだ彼女の名前に、甘やかな痺れを頭の奥のほうで感じる。
アルフィンは宝玉のような碧の目を見開き、彼を凝視していた。彼との距離は三メートルほど。
しばし見つめあう二人の周囲から喧騒が消えた。まるで波が引くように。
タンザール宇宙港の出入国ロビー。巨大なハブ宇宙港として、そこはこの星域の要衝だった。様々な人種がゲートから吐き出されては、入国審査の場所へと運ばれていく。反対に出国待ちの集団で、到着ゲートはごったがえす。
一日の利用客の数においでは小国の人口にも達するので有名な港だった。24時間人、人、人であふれ、尽きることはない。
ジョウのチームはこの星域で比較的楽な仕事を片付け、港を経由してアラミスに引き返すところだった。出国まであと一時間ばかり。何をするともなく、ロビーで時間をつぶしていた。
そろそろ搭乗手続きに行くかとベンチから腰を上げたところを呼ばれた。
要人の一行かと思った。VIP専用控え室のある奥手から、身なりのいい一団がひとかたまりでジョウのいるほうへ移動してきた。その中心にいたのがアルフィンだった。
アルフィンは、薄いピンクベージュのツーピースにつばの広い白い帽子をかぶり、同色のグローブをはめていた。ヒールのあるパンプスの色も白。
見るからに上品な令嬢といった佇まいで、こちらを、ジョウを見ていた。
「あ、アルフィンだ」
ジョウの後ろにいたリッキーが声を上げた。アルフィンに負けないくらいドングリ眼を見開いて、彼女を指さしている。
「おやまあ、どこの別嬪さんかと思いきや、アルフィンじゃねえですか」
タロスも驚き顔だ。
「リッキー、タロス」
ジョウのチームとアルフィンのあいだを、川のように人波が流れていく。
流れは決して一定の方向にではなく、本流から支流へと細かく枝分かれして、それぞれの目的地へと広がっていった。
その流れの中で、ジョウとアルフィンだけが時が止まったように立ち尽くす。
目が、離せない。
視線が互いに吸い寄せられるようだった。瞬きを忘れる。
一瞬、すべての音がミュートされ世界が色を失ってふと陰った。
6年ぶり。
ジョウが連帯惑星ピザンの反乱を制圧し、ガラモスの陰謀を破ってから、およそ6年。
二人は再会を果たした。


6年前の晴れた青空の日。華々しい出立セレモニーの後、ジョウとクルーを乗せたミネルバは、ピザンターナ宇宙港を発進した。
ファンファーレが鳴り響き、たくさんの紙吹雪の舞い散る中、アルフィンは両親とともに彼らの旅立ちを見送った。
ミネルバの銀翼が涙ににじんでかすんだ日のことを、昨日のことのように覚えている。
本音を言えばアルフィンは、行ってほしくなかった。ジョウに、ピザンに残ってほしかった。
でも、彼がクラッシャーという仕事を捨てられない人だということも、イヤというほどわかっていた。
だから、涙を呑んで彼らの船出を見まもった。
相容れない運命だと思った。自分は曲がりなりにもピザンという連帯惑星の王女で、これから国を再建する父親の片腕となりたいと思っていた。そしてジョウは星々を渡り歩く船乗り。いくら、救国の英雄とはいえ、彼とは結ばれない定めなのだと。
だから、この初恋は忘れようと言い聞かせた。ハルマン三世とエリアナ王妃を助け、夢中で祖国の復興のため力を尽くした。慰問活動がメインだった。王室の一員として各星に赴き、ガラモスの残した爪痕に苦しむ国民にできる限り寄り添った。
国立大学へも進学し、何カ国語か語学を習得した。すべてはピザンの王室の一員としての自覚がそうさせた。
目先の公務と勉強に励んでいるうちにあっという間に月日は流れた。ガラモスの反乱よりもう6年が経過した。
そして、アルフィンは22歳になり、大学をこの春卒業した。
王女として本格的な外交デビューを飾り、いまも国交のある星に父親の名代として赴いてきたばかりだった。無事にスケジュールを終え、ピザンへの帰路につこうとしていた、まさにそのとき。
アルフィンはジョウに再会した。タンザ-ル宇宙港のロビーで。


アルフィンが目つきの鋭い黒いスーツの男たち、4人ほどに囲まれているのを見て、とっさにSPだとわかった。警備されているということと、アルフィンの服装から、公務の最中かまたは移動中なのだろうと察せられた。
ジョウは、
「アルフィン、……偶然だな」
と言った。
「本当に……。本当に、偶然ね。びっくりしたわ。ジョウは、どうしてここに?」
「俺はいま一仕事終えて、アラミスに帰るところだ」
「あたしも、お父さまの名代で国王に表敬訪問を終えたところ。これからピザンに戻る船に乗るの」
2人は言ってから同じタイミングで、ふ、と表情を緩める。
「よく、会えたな。こんなに人が多いのに」
「ほんとね。奇跡みたいね」
「懐かしい。……6年ぶりになるか」
「そうね。もうそんなになるのね」
あの、めくるめく冒険の日々から。
アルフィンの瞳に、回顧の光が宿る。
お互いの姿を改めて見つめる。
「ジョウは元気そうね。全然変わらないわ。いえ、前よりもっと顔がきりっとしたみたい」
出会った頃は彼は10代後半だった。今は、計算すると24になっているはず。
すっかり大人の男の顔をしていた。あどけなさ、少年っぽさが面差しから消えている。
骨格もがっしりして以前より筋肉が目立つ身体をクラッシュジャケットに包んでいる。より精悍になった。
ジョウも、
「アルフィンも昔と変わらないな。――いや、前よりもっと」
と、そこまで言いかけて、口をつぐむ。
きれいになった。明らかに、美しさに磨きがかかっていた。
匂い立つように美しい。自然と目が吸い寄せられる。もう22になったのか。
10代の少女の頃の身勝手なほどの愛らしさはなりを潜め、いまは、品のある美貌を誇っていた。アルフィンの目鼻立ちの美しさを引き立たせるようにほんのりとメイクもしてあった。しっとりとした大人の雰囲気を髪の毛先まで漂わせている。同時にスーツの上からでも、豊かな胸とくびれた腰、丸い曲線を描くヒップラインなど、ほれぼれするようなボディを持っていることがわかる。男を惑わす清冽な色気を放っていた。
ジョウの瞳が、彼の言いたいことを全部語った。彼は、アルフィンから目が離せないでいた。
「姫様、もう搭乗手続きの時間です」
お付きの者が、立ち止まったアルフィンをVIP専用ゲートへと促す。
ジョウのことはピザン国民ならみな知っている。この再会を喜ばしく思っている。
でも、ロビーの真ん中でひとかたまりになって立ち止まっているのははばかられた。結構な人数だ。
アルフィンは、名残惜しそうにジョウを見上げた。
「兄貴、こっちもだ。ゲートイン可能だって」
リッキーがミネルバがスタンバイしているゲートの番号を示した。表示がグリーンに変わっている。
「あ、ああ」
「……じゃあ」
アルフィンが目を逸らす。物憂い表情。
とっさにジョウがアルフィンとの間合いを詰めた。
「アルフィン、10分。いや、5分だけでも時間を取れないか」
もう少しだけどこか別の場所で、と目で訴える。
今を逃したら、またずっと会えないかもしれない。その想いがジョウを突き動かした。
SPが反射的に彼とアルフィンの間に割って入る。スーツの懐に手を入れて、拳銃をすぐに抜けるよう身構えた。動く壁。
アルフィンがたしなめた。
「やめて。違うの。この人はそんなんじゃないわ。下がりなさい」
ヒールを鳴らして前に出る。
「ジョウ、あたしももう少しだけあなたと話したい」
「アルフィン」
アルフィンはためらった。そして今自分たちが来たルートを振り返った。
「さっきまで使っていた部屋なら、まだ戻れば空いているはず。ピザンの政府の名義で押さえていた場所だから」
VIPルームのことだろう。ジョウは後ろを振り返った。
「タロス、すまない。少し時間をくれ。お前たちだけで入場しててくれ。すぐ合流する」
「わかりました」
タロスが顎を引いた。
「ごゆっくり」
リッキーが混ぜっ返す。と、タロスがすかさず脳天に拳固を落とした。ごん、と。
「いってえ」
「余計なことを言ってんじゃねえよ、おめえは」
リッキーももうはたちのはずだ。背もすらりと高くなった。
でも、相変わらずの凸凹コンビっぷりにアルフィンは思わず笑った。
「あなたたちも変わらないわね」
「成長しねえんだ」
「タロスが老体で退行してんだよ」
難色を示すお付きの者やSPたちを説き伏せ、アルフィンは「ごめんなさい。10分だけ」と今来た道を引き返した。
ジョウはその後に続いた。自然、足早になった。

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3 コメント

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新作ありがとうございます。 (ゆうきママ)
2021-09-09 21:00:49
IF話だよね。
王女とクラッシャーじゃ、違い過ぎるか...
このSPは、ジョウのことを忘れたのか。
救国の戦死だぞ。楽しみにしています。
返信する
Unknown (おすぎーな)
2021-09-10 11:37:56
新作投稿ありがとうございます😆
いやぁ~ 冒頭の伏線にどんな展開になるのやらワクワク💕ドキドキ💓でしかございません🙌
返信する
コメントありがとうございます。 (あだち)
2021-09-11 03:21:53
好き勝手創作しています。すみません。
コメントの返信は、連載終了まで控えさせて頂きますね。ネタバレになる恐れがありまして…ごめんなさい。
投稿はどうぞいつでも落として行かれてくださいませv
返信する

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