背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

秘密

2021年11月03日 16時59分59秒 | CJ二次創作
「よう、ジョウいるかい」
夕食後、アルフィンがブリッジでワッチの当直をしていると、アラミスからハイパーウエイブ通信が入った。
立体表示スクリーンではなく、通常のモニター画面に映像を入れる。
ラフな格好をしたダンディな中年男性のバストショットが目の前に映し出される。
この人は。
「エギルさん」
アルフィンが言うと、にかっと画面いっぱい笑顔になった。
「お、こんにちは。嬢ちゃん」
アラミスの本部で会った以来だなと目じりにしわをたくさん刻んで笑う。
覚えていてくれたんだと思ってアルフィンは嬉しくなる。あの時は二言三言、あいさつを交わした程度だったが。
「こんばんは」
「そっちは夜か。いまジョウ、手空いているかい。ちょっと連絡したいことがあるんだが」
「あ、はい。います。呼びますのでちょっと待ってくださいね」
アルフィンはコンソールパネルの横のボタンを押す。ジョウの私室の呼び出しボタン。
あたしが当直だって知ってるから、ブリッジから呼び出されればじきにやってくるはず。
「すまんな」
エギルは片目をすがめるようにして詫びた。
「いいえ」
ジョウが来るまで少しかかる。なんだか場が持たない。
気づまりというわけではないのだが。
エギルはそんなアルフィンを横目で見て、「なあ、ちょっと聞いてもいいかな」と画面越しに言った。
「はい?」
「あんたの経歴を見たぜ。本部のオフィシャルの登録のやつ。あんた昔、っていうか数年前までピザンの王女様だったんだな」
「ええ、そうです」
「ピザンの王女様がなんだってまたクラッシャーに転身したんだ? そのう、差支えなけりゃ、あんたの口から聞いてみてえなあと思ったんだ。もちろん、あんたさえよければだけどさ」
嫌ならいいんだ、言いたくないんならよとエギルは言い足した。
アルフィンがこの手の質問を受けるのは今夜が初めてのことではない。ジョウの昔馴染みや、同業者に会ったときにはけっこう聞かれてきた。
もっとあからさまに好奇心丸出しで、あるいは悪意を含ませた目をした人たちから。
ジョウが隣にいるときには、あまり踏み込んではこないけれど。一人になったときや、今のように話の接ぎ穂を失ったときは格好の話題だった。
アルフィンの答えはいつも決まっていた。「ジョウたちのチームに国難を救われて、彼らの働きぶりを目の当たりにし、クラッシャーこそ自分の進むべき道だと悟ったから。もちろん両親、国王も王妃も賛成して送り出してくれた。あたしに王位継承権はありません。故郷に未練はありません、今はもう自分のふるさとはアラミスだと思っています」
だからエギルにもすらすらと話せた。しっかりと、人当たりの良い表情を見せながら。
エギルはほおお、というように一つ一つ相槌を打ちながらアルフィンの話を聞いていた。
おしゃべりな、オープンなおじさまだというイメージがあった。でも、もしかしたら話を相手から引き出すのが上手い、聞き上手な人なのかもしれない。
彼女の話が終わってから、エギルは腕を組んで何度か顎を引いた。
「ふうん。そうかあ。いろいろドラマティックだなあ」
まだ若いのになあとしみじみ言った。
そして、にこにこしているアルフィンに、「で」と文章に区切りを打つように、目を向けた。
「ほんとのところはどうなんだい? 教科書に載るみてえなこぎれいな御託じゃなく、あんたの本音が聞きたいって思ってんだけどな、こっちは。なあお姫様」
はじめて。
モニター越し、真正面からばちんと目が合った気がした。
これまでこの話題にこれ以上踏み込んできた人はいなかった。
みんな額面通り受け取ってくれてたのに。
アルフィンが戸惑った顔を見せたので、エギルは安心させるよう少し笑みを作って見せた。
「いやさ、たまにダーナやルーと話すんだが、あんたのことを言っててなあ。お姫様出身だけど、わりと肝の座った、しっかりしたいい仕事をする娘だってあいつらが珍しく褒めてたからよ。
同性のクラッシャーをそんな風に手放しで褒めるなんざいままでなかったことだから、俺としても気になってたんだよ。確かにあのジョウの下で仕事をしていくなんざ、半端なクラッシャーじゃ務まらねえだろうにってな」
「ルーが?」
褒めてた? あたしを?
顔に出てしまったのだろう。エギルは愉快そうに頷いた。そして、
「ジョウは、優しいかい? あんたによくしてくれるか」
と訊いた。
そうして、ジョウがこの間アラミスでエギルと再会したときに言っていたことを思い出した。
小さい頃エギルによくかわいがってもらったと。船の操縦も教えてもらったんだと。
この人にとっては、ジョウは息子みたいなものなのかもしれない。彼は。
そう思うと、何と答えたらよいか躊躇した。でも結局、首を横に振って「いいえ」と言った。
「仕事中はとても厳しいです。怒鳴られることもしょっちゅう。今日みたいにオフの時も、みっちり護身術を仕込まれます。おかげで痣が絶えません。もちろん銃の訓練もメンテナンスの仕方も毎晩っていうくらい、マンツーで」
「ほお」
意外なことを聞いたと言いたげに、エギルが目を細める。
でも、とアルフィンが続ける。エギルをまっすぐ見つめて言った。
「厳しいけど、――厳しくしようとしてるけど、とっても優しい。どうしようもなく。
あたしに万が一何かあったら、ジョウが苦しむ。だから、あたしは下手を打てません。精進するしかない。
エギルさん、あのジョウに一対一で、毎日手ほどきを受けているクラッシャーは、アラミス全土を見渡しても、全宇宙でもあたし一人だと思っています。クラッシャーとして食べていく身として、こんな光栄なこと、他にないわ」
「……」
エギルはまじまじと画面越しに、その美しい顔を見つめた。
そして、ふ、と目元を緩めた。
「気の強えお姫さんだなあ」
それは、アルフィンにも自覚があった。肩をすくめる。
「ごめんなさい」
「いいさ。――で、もう一度聞くが、何でアンタは、クラッシャーになったんだい?」
「もうわかってるんでしょ。ジョウの傍にいたいからよ、ずっと」
あっさり告白した。この人には、自分を偽らなくてもいいのだとアルフィンは思った。取り繕う必要がない。
エギルは声を上げて笑った。
「やっぱりな! そうじゃねえかと思ってたんだ、本部のロビーでアンタら二人を見て、経歴を洗ったときから」
彼もあけすけなかった。
誘導尋問の香りがぷんぷんした。でも乗せられたのに、不思議と不快ではなかった。
逆に打ち明けられてほっとした。今まで、同業者には本心を明かしたことがなかった。
お姫様の腰掛け仕事。そう言われるのが分かっていたからだ。
なのに、エギルは笑って聞いてくれた。ほっとした。
「軽蔑しないの?」
「なんで軽蔑するんだ。そんな偉い身分じゃねえよ、俺ア」
もう引退した、ただのおっさんだ、と嗤う。
「いいじゃねえか。きっかけはなんだって。アンタ、今の仕事好きだろう。見りゃわかるよ、そんなのは。やりがいがあるからそこにいるんだろ」
「それは……」
「いいんだよ。ジョウの傍にいてえアンタと、アンタを傍に置きたいジョウと。クラッシャーやってく理由なんてそれで十分だよな」
「……」
アルフィンは、なんだか泣きそうになった。
いいんだと、そこにいていいと、誰かに言ってもらえることがこんなにも嬉しいなんて。
今までどれだけその言葉をかけてほしかったか、切望していたか自分自身が知らなかった。今の今まで。
アルフィンはぐっとこみ上げる熱いものを飲み下し、「あまり他に広めないでくださいね。ここだけの話ってことでおねがい」とくぎを刺す。
「わかってるよ。そこは安心しな。俺たち二人の秘密だ」
「エギルさん」
ふふ、と微笑みを向けられ、アルフィンも口角を上げた。
共同戦線というほどではないが、世代もはるか遠い距離も超えて二人の間に何かが結ばれた。
と、そこへブリッジの自動ドアが開き、ジョウが現れた。
もうクラッシュジャケットは脱いで、部屋着に着替えている。
「何かあったか? 呼び出しなんて珍しいな」
アルフィンの着く航宙士席までくる。
彼女が腰を浮かせながら、「アラミスから通信よ。エギルさんがあなたに話があるって」と言った。
「エギルが? なんだろう」
場所を代わるために立ち上がった。
シートに座ろうとしたジョウに、アルフィンが抱きつく。
首の後ろに腕を回し、ぎゅっとその身体を掻き抱いた。
おい、と驚いたところにキスを仕掛ける。不意打ちで。
唇をかすめ盗る。
「!」
ジョウが真っ赤になってこぶしで口を押さえる。な、なにをするんだと硬直した。
「あたし、外すわね。通信を終えたら呼んで。リビングにいるわ」
まごつくジョウにあでやかにウインクを贈って、アルフィンはブリッジを出ていく。
ジョウがエギルに見られたのではと焦りながらシートに着くのをアルフィンが肩越しに見る。
「いやあ、気の強い娘っこを乗せてると、気苦労も多いだろう、ジョウ。羨ましいねえ」
豪快な笑い声と共に、背後からエギルの声がした。
昔馴染みの冷やかしに対して何と答えたか。ジョウの言葉は、自動ドアに遮られ、アルフィンの許へは届かなかった。

END
⇒pixiv安達 薫

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2 コメント

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新作ありがとうございます。 (ゆうきママ)
2021-11-03 20:28:54
今晩は。
アルフィンと話をして、
エギルもすっぱりあきらめたんだろうな。
あの三姉妹も、認めていたのね。
エギルの用は、本部での話の続きかな。
気になる~
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何と、続きます。 (あだち)
2021-11-04 18:55:48
よろしければ 秘密2をご覧ください。。。
読み切りのつもりで書いてるんですよ、いつも。
ほんとに。。。
返信する

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