「ぎゃあああああ! ででで、出た、出た出たっ。ジョウ、助けてえ~」
キッチンから大きな悲鳴があがる。聞くも無残なアルフィンのものだった。
「またか」
顔をしかめてソファから立ち上がったのはジョウ。やれやれといかにも億劫そうに腰を上げる。
<ミネルバ>のリビング。タロスとリッキーとで、夕食の支度が整うのを待っていたところだった。
「なんだい? 俺らも行こうか」
リッキーも気を利かせてジョウに付いていこうとする。それを「いいから、止めときな」とタロスが制する。
「え、なんで」
「いいからよ。ジョウに任せとけ」
渋面を作ってタロスは譲らない。
なんだよーとしぶしぶ、リッキーはソファに座り直した。でもキッチンの方が気になって仕方がない様子。
タロスはしれっとしてタブレットできょうの配信ニュースを眺めている。
「どうした、アルフィン」
自動ドアをくぐってジョウが現れるなり、アルフィンが「ジョオオオウ~~~!」と半泣きで抱きついた。
いきなり首っ玉に噛り付かれてジョウは面食らうかと思いきや、織り込み済みなのか「はいはい」と動じない。
ちょっとどいてろとアルフィンを引きはがし、キッチンの収納棚からとある道具を取り出す。慣れた手つきだった。それから、彼女に向き直り、
「どこに出た?」
簡単に尋ねる。アルフィンは青い顔で自分の肩を自分で抱きしめるようにしながら、
「シ、シンクの脇。ガスレンジの下にぴゅーって逃げた」
目線で差し示す。見るのも嫌なのか、すぐに視線を逸らした。小刻みに震えている。
恐怖というよりも、嫌悪の色が濃かった。
「了解」
ジョウはゴキブリ撃退強力スプレーと、おびき寄せるための甘い香りのついたトリモチを手にしながら、アルフィンの示した方へと向かっていく。
数分、あれやこれやと格闘したあげく、「つかまえた。やっつけたぞ。もう大丈夫だ」と釣果を見せようと笑顔で振り返った。
でも、アルフィンは断固拒否。ぶんぶん顔を横に振って、
「いらない。捨てて。あたしの目の届かないところに、厳重に処分してちょうだい」
顔を背ける。
ジョウははあ、と肩で息をついてから「了解」とだけ答える。
言われるがままに、ゴキの死体を処理しにダストルームに向かった。
一仕事終えてキッチンに戻ってきたジョウを、アルフィンが熱烈歓迎した。
「ありがとう、ジョウ。ほんっと頼りになる男。さすがは私の王子様。天才! 大統領」
大げさなほどの拍手で出迎える。
ジョウはうんざりした顔を見せた。
「歯の浮くようなお世辞は要らない。アルフィンはゴキブリが出るといっつも俺を呼んで俺に退治させるよな。俺はゴキブリ専門のバスターかよ」
むっつり腕を組む。アルフィンはそんな彼を上目で掬い上げた。
「そんな。いざというとき、いちばん頼っちゃうってことよう。信頼してるもの。ジョウ、大好き。気を悪くしないで、ね?お願い」
両手を合わせて詫びる。
「むー」
「ねえ。機嫌直して。今晩ビールつけるから。こないだ買った、ジョウが好きな銘柄のやつ」
「……ったく、しようがないな。アルフィンは」
はあ、と一つ息をついてジョウは組んでいた腕を外し、すとんと身体の脇に落とした。
「あは。ごめえん」
アルフィンがもう一回ジョウに抱きつく。助けを呼んだ時よりも熱烈に抱擁しながら、感謝の意を込めて爪先立ちになって何度もキスを贈った。
「~~あー……」
「な? わかっただろ。俺がおめえさんを止めた理由が」
キッチンのドアの小窓から中を覗いていたリッキーに、背後からタロスが声をかけた。
肩越しに振り返ってリッキーは言った。目が死んでいる。
「わかった。俺らようくわかったよ」
「うちの年中行事よ。Gが出たって言っちゃあアルフィンがジョウにヘルプを出す。ジョウが見事退治してふたりでイチャコラモードに突入よ。俺ア、ジョウがわざと助けを呼ばせるためGの巣を撲滅させねえんじゃねえかってうがった見方をしてるぐれえだ」
G……。たしかに、ゴキ……は口にするのもはばかられる。アルファベッド、いやイニシャルで呼ぶのが最適かもしれない。リッキーは思う。
「ごちそうさんってことね。ご飯前だけどね」
「お前さん、上手いな。座布団一枚だな」
「座布団……ってなに?」
熱烈キスを交わす二人が小窓に映っている。
早く晩御飯にありつきてえなと思いつつ、タロスとリッキーはイニシャルGがもたらしたイチャコラモードが終わるのをただドアの外で待つしかなかった。
END
北の地には、幸いなことにGは出ません。。。。
最後の座布団のくだりまで笑わせて頂きました。ありがとうございます。
宇宙港か、荷物にまぎれたか。
あまり増えないうちに退治だ!
北の地でも、本州の北は、います。
ただ、古い家の我が家では、見たことがありません。
初めて見た時(小3)、Gだと分からなかった(苦笑)
Gよりカメムシの方が問題だ!
当地の桜は春の嵐で今日で全部吹っ飛ぶみたいです。。。もったいない。
座布団のネタ、既にわからない世代が出てきているのでは… Z世代たちは、笑点とか見るのかしら。
カメムシ問題はよくわかります。北の地ではG問題より深刻です。
そしてくだらない続編もどうぞ。。。