「ただいまあ」
「おかえり……ってどうしたの、こんなに酔って」
ミネルバに帰着したタロスとリッキー。彼らが二人がかりで抱えて帰ってきたのが、へべれけになったジョウだった。
一足先に別の呑み会から帰っていたアルフィンが出迎え、思わず驚いた様子で立ち止まった。こんなふうにぐでんぐでんに正体がなくなるまで呑むなんて、ほとんどないからだ。
「あー、これには少しわけがあってさ」
ジョウに肩を貸しているリッキーが言葉を濁した。重いのか、顔をしかめている。
「ジョウのせいじゃねえんでさ。まあ、こうならざるを得ない伏線がむこうでありまして」
タロスもよいしょ、とジョウの身体を支えながら言った。肝心なことは何一つわからずにアルフィンはきょとんとする。ういー、気持ち悪ィ、水くれ、水うとうめき声を漏らすジョウを見て、
「荒れたの? 誰かともめたりした?」
と訊いた。今夜彼らが飲んだメンバーは同業者だと聞いている。その場でジョウが前後不覚になるなんて、もしかしたら……。
アルフィンの心配が手に取るように分かったから、リッキーが安心させるように笑顔を見せる。
「いや、それは阻止したけど。まあ、そう悪いことばっかじゃなかったよ。な、タロス?」
「まあなア。結果的には、よかったんですよ。アルフィン」
巨漢の面も妙に優しい。アルフィンは変わらず???とクエスチョンマークを顔に貼り付けていたけれど、「ひとまず、ソファに運んで。お水を飲ませてあげなきゃ」と二人に指示を出した。
彼らは言われた通り、ジョウをリビングに運ぶ。どさりと仰向けに横たえ、まずはブーツと革ジャンを脱がした。すっかり脱力しているせいで、腕も脚も水を吸ったように重い。なかなかてこずった。
「もう、ジョウしっかりして。ほら、手、上げてよ」
「うー、世界がぐるぐるする……うぷ」
「よしてよして。ここはだめ。トイレに行かないと」
「俺ら、水取ってくるよ。アルフィンは兄貴についてあげて」
「あたしは疲れたんで先に寝ませてもらいますよ」
ジョウをアルフィンに任せて、二人は撤退意思表明。彼とリビングに取り残されると察してアルフィンは焦る。
「ちょっと待って、あなたたち……、あたしだけじゃこんな大トラ扱えないわよーーって、ああもう、行っちゃった」
どうすんのよ……と途方に暮れて酔いつぶれたジョウを見やる。
でも、ぐったりと力なくベッドに寝そべり、額に手を当てて具合が悪そうにしている彼を放ってもおけず、ため息をついてソファの端にちょこんと腰を下ろす。
ジョウの頭がある側。逆さになった彼の顔を上から覗き込み、そっと手を伸ばした。
額に置いた手をずらして、屈み込んだ。金髪が肩からさらりと滑り落ちる。その手を握ってあげたまま、うう……とうめき声をあげ、酒臭さを漂わせるジョウを見下ろして、声を落とした。
「どうしたの、今夜、何があったの……。誰かにいやなこと、言われた?」
「ーー」
ジョウは答えない。
「リッキーがそう悪いことでもなかったって……。自分のことで、荒れたんじゃないのね?……ってことは」
自分の方の呑み会は楽しかった。久しぶりに女友達と会って、飲んでおしゃべりして心からリフレッシュできた。
それに比べてジョウはこんな様子で帰宅した。飲み会の場で同席していた人に何か言われたんだとしたら、もめる寸前までいくような、いやなこと、頭にくるようなことを。彼の怒りを着火させる出来事がハプニングで起こった。
タロスたちの口ぶりから、それはジョウ自身のことじゃないような気がした。彼が管を巻いて悪酔いするのは。その原因は。
多分それは彼じゃなくあたし、のこと?ーー
「……何があったのよ、ジョウ。あたしのこと、何か、言われた? むかついたの?」
「……」
ジョウはすうすうと寝息を立てたまま。
アルフィンは、つんとその鼻先を突く。指先で。
「だったら少し嬉しいな」
アルフィンは囁く。目を優しくカーブさせて。
「何言われても、あたしは平気よ。口さがない連中は放っておいていいのよ」
「……」
「あたし、ここに来てよかった。ジョウのところに来て、クラッシャーになってほんとよかったと思ってるのよ」
さっきもルーにそういう話をして、のろけるなって叱られちゃった。
えへへと笑ってさらに、つんとジョウの鼻を突っつく。と、急にぱちっとジョウが目を開けた。
間近で視線がぶつかる。いきなりでアルフィンが「わ」と驚いた。ジョウは逆さのまま彼女を下から見据え、
「アルフィン」
と呼んだ。酔いを感じさせないしっかりした口調で。
「は、はい」
反射で返事をしてしまう。背筋をしゃんと伸ばす。ジョウは言った。
「ごめん。結婚、したい。俺と、結婚してほしい」
「ーー」
え。という形に口を開いたまま、アルフィンがフリーズする。
寝そべった態勢のまま、ジョウは続けた。
「今したい。すぐに。関係ねえやつらにあれこれ言われるのも業腹だし、もう俺といっしょになればあんなこと言われずに済む。ーーだからアルフィン、結婚しよう。明日にでも入籍しよう、な?」
「ーーええ?」
晴天の霹靂。
ジョウは言うだけ言って満足したのか、返事を待たずそのままぐうぐうと寝落ちした。アルフィンは呆気に取られてまだ凍り付いたまま動けない。
そこで、背後から声がした。
「ええー……うそお」
コップに水を汲んで戻ってきたリッキーだった。棒立ちになってドアのところで固まっている。
アルフィンと目を見交わし、互いに絶句した。リビングの空気は最高潮に気まずいものとなった。
翌朝、その夜のプロポーズのことを全く覚えていないという咎で、きっちりアルフィンにお灸を据えられたジョウだったとさ。
END
このお話はpixivさんに投稿した「お灸を据えてあげましょう」の続編にあたります。