背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

アイスより甘く2

2022年05月15日 11時29分38秒 | CJ二次創作
「ありがとうございました」
支払いを済ませて出て行くカップルをレジで送り出した店員が、いつまでも自動ドアの方を見ている。
他の接客を終えてトレイを抱えてレジカウンターに戻ってきた同僚が、「どうした?」と声を掛ける。
「あ、いや……すげえ可愛い子だったなあと思って、今出て行ったの」
ふと、我に返った様子で、それでもまだその人の後ろ姿がそこにあるかのように、ドアを気にしている。
同僚は思わず笑った。
「確かに。なに、お前、どストライクだったのかそんなに」
からかいの声を感じて、店員が少し赤くなる。
「だってよ、金髪碧眼で、こう、スタイルも抜群で。会計のときもにっこり笑って『ごちそうさま』ってそりゃあきれいな声で言うんだぜ」
口早になっている。むきになっているのに気付いていないのか、そう思いながら
「なんだよ。支払ったの、彼女の方?」
と訊ねてみる。
「いや、連れの男だったけど」
「恋人同士だろう、あれは。お前、彼女に気を取られてたみたいだけど、あれは、男のほうもなかなか……」
口をにごす。
ちょうど客足が引けた頃合いだった。店内には数組しかいない。
店長の目を盗んで、二人は小声で会話を続ける。
「男のほうが、なんだよ?」
「いや、なんか若いのに重厚感があるっていうか、色気があるっていうか。恋敵には絶対したくないタイプだね、ありゃ」
「……べつにそんなつもりないし」
「お? ほんとか? ならよかった。あの二人、さっき窓の席でキスしてたし」
衝撃発言が飛び出す。
「キ」
思わず、大きな声を出そうになって、すんでのところで手で口を押さえる。寸止め。
「――ス、って。まじか~」
店員は空を仰いだ。
「まあ、他の客の目を盗んで、こっそりとな。でも俺の目は見逃さないのさ。ふふん」
目立つ二人連れだったから、特にな、と付け足す。
ショックを隠せない風情の店員に向かって、話すか話すまいか少しだけ迷ってから、
「すっげ、大事にしてるみたいだったぜ。彼女のこと。可愛くてしようがないって顔してた」
「……そりゃそうだろうよ。あんな子と付き合ってたらなあ」
「珍しいな。尾を引くなんて。なに、マジで一目惚れした?」
「そんなんじゃないけどさ」
背後の壁にそっと寄りかかって物思いに耽る。何がこんなに気にかかるんだろう。可愛い客、美人な客は、結構な頻度で店を訪れる。時には女優かモデル級のゴージャスなレデイだって。
でもさっきの二人連れは。たぶんデートの途中に立ち寄ったと思われるあのカップルの女の子のほうは、特別目を引いたのだった。このカフェに入ってきた時から。
――あ。
そうか……。
「そっか」
「ん? なに」
「俺、羨ましかったんだな、男が。あんな風に嬉しそうにデートを楽しんでる彼女を連れてる男を羨ましいと思ったんだ。――だからだ」
だからこんなに、二人が去った後でも気にかかるんだ。
彼の隣で満面の笑みを浮かべる彼女。
「……なるほど」
納得した面持ちで、同僚はあごを引いた。
「それは俺も分かるかも」
「だろ?」
「ん。――すこし、下世話なこと言ってもいいか?」
「下世話? なんだよ」
少し警戒した様子で隣を見遣る。神妙な顔つきで同僚は口にした。
「きっとあの二人はこれからデートを続けて最後はどっかのホテルにチェックインしていちゃいちゃするんだろうなって。彼氏はおそらくそれはそれは丁寧に彼女を可愛がってあげるんだろうな。何時間でも時間を忘れて」
「! おま、……最低だな、少しどころじゃないだろ!」
ぼぼぼぼっと頬を赤らめて店員が口を覆った。
「なにを純情ぶって。単純にここはいいなーだろうが」
「う」
絶句して、それからすとんと肩を落として、
「いいなあ……」
本音を漏らした。俺もあんな風に隣で笑ってくれる子といたい。可愛くてしようがなくて、カフェの店内でキスをしてしまうぐらい好きな子と付き合いたい。そう思った。
同僚は声を上げて笑った。
店長に聞こえるかも知れない。でもまあ構わない。
店員の肩を何度か軽く叩いて、言った。
「正直者め! ――まあ、俺もお前も、頑張ろうぜ。彼女、ちょっと本気で探そうぜ、お互いに。なあ」
それに対してなんと答えようとしたか、自動ドアが開き新しい客が訪れたので焦って「いらっしゃいませ」と営業スマイルを浮かべた店員から聞くことはかなわなかった。同僚もそつなく「いらっしゃいませ」と自分の持ち場に向かう。
それでも、立ちどおしのこの時間帯、いつもより二人の足取りは軽かった。

END

⇒pixiv安達 薫


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