どうでもいい四百字 第二中間貯蔵施設

どうでもいい四百字 3267

ハラスメント問題が厄介なのは、一律の線引きが出来ない点である。麺を啜る音が嫌いだから「ヌーハラ」と名付けて定着させようとした活動は終息した様だが、ハラスメントと好き嫌いとの相違点が良く分かる例である。ハラスメントと云う用語は、人間の関係性に因って被害を感じる人が居る場合にのみ使用すべきだと云うのが私の考えである。関係性は信頼度によって受容範囲が変化するからである。全幅の信頼を寄せる人から罵声を浴びせられても叱咤激励と捉える場合も有るだろうし、「おはよう」と挨拶したらセクハラとして告発される場合も有るだろう。人間関係にルールを持ち込んでも泥沼化するだけである。じゃあどうすれば良いのかとお嘆きのおっさん達に自分を棚に上げて助言させて頂くとすれば、公私混同しない事とこちら側から距離を縮めようとしない事に尽きる。信頼出来る人になるのが一番ではあるのだが、個人的経験を省みる限り簡単ではないのである。

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