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And This Is Not Elf Land

Sons and Lovers

D. H. Lawrence 『息子と恋人』


ロレンスの自伝的要素の強い作品である。この設定と同じく、ロレンスの父は炭鉱夫であり、母は中産階級出身で教師の経験もある、教養のある女性であった。愛し合って結婚したが、性格は合わず、結婚生活は幸福とはいえなかった。

「階級差」はいつもロレンスの頭から離れなかった。彼は人間の自然な生命の営みを分断しようとする全てのものに疑問を呈した。

『息子と恋人』の母、ガートルートは三男一女に恵まれる。教養のない夫に不満を感じていた彼女は、長男、ウィリアムをホワイトカラーにしようと躍起になるが、彼は丹毒にかかって夭折した。その後は、二男、ポールに愛情を注ぐようになる。

ガートルートは知的な女性であったが、彼女の教養の豊かさは人格の豊かさまではもたらさなかった。プライドを守る固い殻のように生きた。教養のある男性と結婚していたら、こうはならなかったという保証などどこにもない。

ポールとガートルートのつながりは深かった。
ポールを妊娠している時、彼女は飲んだくれの夫から締め出されて外へ出たことがあった。月の光と白百合の光とともに、夜の闇とともに胎児と溶けていくような錯覚に陥った。ポールが生まれてからも夫婦喧嘩が絶えなかったが、ある日、夫の投げつけた机の抽出が彼女の額に当たり、流れた血が赤ん坊のポールの金髪に落ちた。彼女の血がポールの金髪に溶け込んで肌にしみこんでいくに違いないと感じるのだった。
ここに、第三者の入り込む余地はない。

母と息子は恋人同士のようになった。

ポールの初恋の相手はミリアムという清純な娘であった。しかし、その愛情表現があまりに精神的なものであったために、恋は成就しない。ミリアムは母に魂を預けてしまっているようなポールに対して、恋人として自然に振舞うことができないでいた。ポールはまた、感情のはっきりしないミリアムの中に、母の「所有欲」と同質のものを感じてしまうのだった。

ポールのミリアムへの辛らつな態度には、母への隠された反発心が見てとれる。表面上は、母の暖かい愛に包まれているので反発しようとする意識はないが、無意識の部分で抑圧を感じていた証拠であった。

彼は深い意識の底で母と闘っていたのである。ミリアムとの関係を断ち切ろうとする背後には、母の支配から逃れようとする願望がはたらいていた。

ミリアムから逃れるように、肉感的なクララと親しくなるが、またしても反発するようになる。クララは肉体によって彼を支配していると感じ始めたからだった。

母という女性から、所有としての愛、支配としての愛をたっぷり味わわされたポールは、愛の原型にはエゴの押し付けがあることに気付いていた。

やがて、ガートルートは病死する。クララとは既に別れていた。ミリアムと偶然に再会するが、彼女の相変わらずの精神愛に絶望しか感じない。自分の小さい存在がたまらない。

不安の闇の中で母を呼んでみるが…しかし、彼は屈服したくなかった。彼は身を翻し、明るい騒音の世界へ向かっていった。


"Mother!" he whispered--"mother!"

She was the only thing that held him up, himself, amid all this.
And she was gone, intermingled herself. He wanted her to touch him,
have him alongside with her.

But no, he would not give in. Turning sharply, he walked
towards the city's gold phosphorescence. His fists were shut,
his mouth set fast. He would not take that direction, to the
darkness, to follow her. He walked towards the faintly humming,
glowing town, quickly.

最後の「夜の闇」は死の世界である。無教養な世界に父を閉じ込めた炭鉱も暗闇の世界だった。同時に、母の母胎も暗闇の世界である。

ポールは幻想の胎内に戻って、不安から逃れたいとの願望がよぎった。

しかし、今までの重荷を背負いつつも、自立の人生への一歩を踏み出した。
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