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創価の師子

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不軽菩薩

2008-06-12 11:33:26 | 法華経講座
仏の滅後の悪世に、正法を弘通する実践の在り方を示したのが、不軽品第二十に説かれる不軽菩薩の実践です。
不軽菩薩は、釈尊の過去世の修行の姿で、「二十四文字の法華経」を説き、一切衆生を礼拝し続けました。
二十四文字の法華経とは、法華経の経文上の文字が漢字で二十四文字あることから名づけられたもので、その内容は次の通りです。
「我れは深く汝等を敬い、敢て軽慢せず。所以は何ん、汝等は皆な菩薩の道を行じて、当に作仏することを得べし(私は深くあなたたちを敬い、決して軽んじない。なぜかといえば、あなたたちは皆菩薩の道を行じて成仏することができるからである)」
ここには、万人の生命には仏性が内在しているゆえに、ありとあらゆる人の生命を敬うという法華経の思想が端的に示されています。不軽菩薩も、この「二十四文字の法華経」を説きながら、増上慢の人々から杖で叩かれたり石を投げられたりしても礼拝行を貫き通し、その功徳で仏になったのです。悪世末法は、「争い」の時代でもあります。その争いの時代を変革するためには、一人ひとりが「自他の仏性」を信じ、「人を敬う」行動を続ける以外にありません。「人を敬う」という、人間としての最高の振る舞いを説き、万人が同じ実践を貫くように教えたのが仏教です。
日蓮大聖人は、人の振る舞いについて次のように仰せです。
「一代の肝心は法華経・法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしは・いかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢・穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ」(御書1174ページ)
自他の仏性を信じ、顕していく不軽菩薩の実践に象徴されるような「人の振る舞い」こそが仏法の目的であることが明確に示されています。