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村上春樹 「エルサレム賞」受賞スピーチ

2009-02-18 01:10:08 | 思ったこと、考えてること
アルコール依存症の財務大臣(ちゃんと治療して!)のおかげで、
影に隠れてしまった感があるけど、村上春樹氏のスピーチ、感銘を受けしました。

村上春樹 「エルサレム賞」受賞スピーチ



訳文、『ブログ一斗缶』より

こんな風にぼくはエルサレムにやって来ました。小説家として、つまり――嘘の紡ぎ手としてです。

 ただ小説家だけが嘘をつく訳ではありません――政治家もそうですし(大統領には申し訳ないけれど)――外交官もそうです。ですが、ほかの人たちと違ったところもあります。ぼくらの嘘は訴えられることがありません……むしろ誉められさえするのです。嘘が大きければ、その分誉められさえするのです。

 ぼくらの嘘と彼らの嘘との違いは、ぼくらの嘘が「本当」を明かすことに手を貸すことです。「本当」を完璧に把握するのは難しい――だからぼくらは、それをフィクションの領域に移し換えるのです。ですからまず、ぼくらの嘘のどこに「本当」があるかはっきりさせておく必要があるでしょう。

 今日、ぼくは「本当」を語ります。ぼくが嘘をつかないのは、一年の内数日だけです。今日はその内の一日です。

 受賞について尋ねられた時、ガザは戦闘状態だと警告されました。ぼくは自分に問いかけました……イスラエルを訪れることが正しい事かどうか? 片方に荷担することが?

 少し考えがありました。そこで行くことにしました。多くの小説家と同じ立場を、ぼくに言われていたこととは反対の立場をとることにした訳です。小説家としては自然なことでしょう。小説家は自分の目で見るか、自分の手で触れていないことを信じることが出来ません。ぼくは見ることを選びました。何も言わないことよりも、話すことを選びました。
 こんな風にぼくは述べに来たのです。

 仮に壁が堅く高く、卵が潰えていようと、たとえどんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていようと、ぼくは卵の側に立ちます。

 何故でしょう? ぼくらはそれぞれが卵だからです、ユニークな魂が閉じこめられた、脆弱な卵だからです。ぼくらはそれぞれ高い壁に直面しています。高い壁とはすなわち、ぼくらに普段通り個人的には考えさせないよう仕向けている、システムにほかなりません。

 ひとつだけ、小説を書く時に意識していることがあります、個々人の神々しいまでのユニークさを描き出すことです。そのユニークさを喜べるように。そしてまたシステムがぼくらを絡み取ってしまわないように。だからぼくは――人生についての物語を、愛についての物語を書いています。人々に笑い泣きしてもらえるように。

 ぼくら人なるものはすべて、個々の、脆弱な卵なのです。壁に逆らうことなどかないません……それはあまりに高く、陰気で、冷ややかなのですから。ぬくもりや強さを求めて魂をひとつにする、ぼくらはそうやって壁と戦うよりほかないのです。決してぼくらを、システムのコントロールに――ぼくらがつくったものに委ねてはなりません。ほかならぬぼくらが、そのシステムをつくったのですから。

 みなさんに、ぼくの本を読んでくれているイスラエルの人たちに感謝します。願わくば、ぼくらがなにがしか有意義なものを分かち合えますように。ぼくがここにいるのは、ほかでもないあなたたちのおかげなのですから。




1・速攻で訳したんで微妙な部分についてはご教授をよろしくお願いいたします。

2・不覚にも「たとえどんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていようと、私は卵の側に立ちます。」を訳してて泣きそうになった。

3・デビューしてこの方、個人とシステムを考え続けてるんだなあ、と少ししんみり。

4・最後や「多くの小説家と同じ立場を、ぼくに言われていたこととは反対の立場をとることにした訳です。」は苦い皮肉。いろいろ好き放題に言われて苦しかったんだろうなあ……。

5・権利的にアレな場合は訴える前にご連絡下さい(たぶん日本語の奴がどこかに載るだろうから、それまでのつなぎということで)。

改稿記録:
1・読み返すと「not only」構文をうまく反映し損ねてたので、二段目冒頭の「小説家はただ嘘をつく人間ではありません――政治家もそうですし(大統領には申し訳ないけれど)――外交官もそうです。」を「ただ小説家だけが嘘をつく訳ではありません……」に改めました。コメント欄でご指摘いただいた通りすがりさんありがとうございます。

2・五段落目と七段落目の一人称が「私」になっていたので改めました。

3・最終段落「他ならぬ」を「ほかでもない」に改めました。

追記:
この訳についての諸々(全文掲載ページなど)は以下をご覧下さい。
http://maturiyaitto.blog90.fc2.com/blog-entry-140.html



村上氏のスピーチ部分の原文
So I have come to Jerusalem. I have a come as a novelist, that is - a spinner of lies.

Novelists aren't the only ones who tell lies - politicians do (sorry, Mr. President) - and diplomats, too. But something distinguishes the novelists from the others. We aren't prosecuted for our lies: we are praised. And the bigger the lie, the more praise we get.

The difference between our lies and their lies is that our lies help bring out the truth. It's hard to grasp the truth in its entirety - so we transfer it to the fictional realm. But first, we have to clarify where the truth lies within ourselves.

Today, I will tell the truth. There are only a few days a year when I do not engage in telling lies. Today is one of them.

When I was asked to accept this award, I was warned from coming here because of the fighting in Gaza. I asked myself: Is visiting Israel the proper thing to do? Will I be supporting one side?

I gave it some thought. And I decided to come. Like most novelists, I like to do exactly the opposite of what I'm told. It's in my nature as a novelist. Novelists can't trust anything they haven't seen with their own eyes or touched with their own hands. So I chose to see. I chose to speak here rather than say nothing.
So here is what I have come to say.

If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will stand on the side of the egg.

Why? Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in a fragile egg. Each of us is confronting a high wall. The high wall is the system which forces us to do the things we would not ordinarily see fit to do as individuals.

I have only one purpose in writing novels, that is to draw out the unique divinity of the individual. To gratify uniqueness. To keep the system from tangling us. So - I write stories of life, love. Make people laugh and cry.

We are all human beings, individuals, fragile eggs. We have no hope against the wall: it's too high, too dark, too cold. To fight the wall, we must join our souls together for warmth, strength. We must not let the system control us - create who we are. It is we who created the system.

I am grateful to you, Israelis, for reading my books. I hope we are sharing something meaningful. You are the biggest reason why I am here.