ヒトには二種類ある。
その二種類ってのは『男』と『女』という性別のハナシなんだけど、
あくまで、ざっくり二種類。
その中間(両性具有というのか)の方もいらっしゃるということなので、
そこは無理矢理やや強引に『二種類』とさせていただこうと思う。
こないだ何気なく買った『トロピカル 性転換ツアー』なる本を読み終え、
目から鱗がボロボロ落ちまくった。
筆者は男性の身体でありながら、女性の脳みそを持っている、
いわゆる性同一性障害の方で、自分で思っている方の性別に生まれ変わる手術をタイで行っている様子を描いた内容だった。
(こういう方たちを・・・分かりやすく私は『オカマ』と呼称してしまうのだけど、
美輪様とか失礼だと激昂するらしいので、不快に思う人もいるみたいですね・・・スミマセン)
『性転換』とはいわず、『性別適合手術』というらしいのだけど、それが思っていたより大事で。
単純に、突起物を取って穴を開ければいいってもんでもないらしく、出来た穴が塞がらないように
する処置がものすんごく大変そうだった。
ピアスを開けたら、それをふさがないようにするようなもんすね。
本書ではキツイこともツライこともアッサリした文章で綴られているため、
決して暗くて深刻な内容ではなかったが、
読んでるうちに、頭の中と器の性別が合致していれば、
辛い手術やそんな大変なことをせずに済むのに、
神様は酷なことをするなあ・・・と、なんだか切なくなってきた。
な~んて、こういった人たちは、自己の経験を語ったところで、
別に他者が人間が切なくなることを望んではいないのだ。
逆に、そう思われることを不快に感じるかもしれない。
うん、確かに失礼だね。
彼らは彼らなりに自力で自分を取り戻しているのだから。
単に、生きていくうえでの生きづらさ――障害を取り除いてるだけなんだろうなあと思う。
ただ、このケースは性同一性障害という名称があって、
男⇔女という自己認識の食い違いという、
二種類ある性別に置いて、というハナシなんだけど。
この『同一性障害』ってのは、他のパターンにもあるのでは? と思った。
自分が強い人間だと懸命に虚勢を張って生きているが、実は極端に脆くて繊細なヒトとか。
誰にとってもいい子でいたいため、自分を殺していいヒトを演じているヒトとか。
逆に、悪ぶってるけれども、悪さをして良心が痛んでいるヒトとか。
この辺は「その傾向はある」っていうんだったら、誰にでもあることだろうけど、
行き過ぎると病的な方向に進みそうな気がする。
アル中とか、ひどいとヤク中とか、依存症…
何か大きなきっかけ――精神的なダメージを負ったことによってそうなったという
ケースが稀だとは思えないけど…
でも、外に出している自分と本来の自分がかけ離れていることは、
生きづらいことだろうと思う。
なんとなくだけど……整形手術にハマる人なんかも、自己のイメージと現実に在る自分の姿に
違和感を覚えてるから、って理由でやる人いるんじゃないかなと思う
(単に美しくなる、という目的だけじゃなく)。
作家の誰かがそんな風なことを言っていた気がする。
『性同一性障害』ならぬ、『貌同一性障害(? だったかな)』と。
顔はまあ、生まれつきだから手術とか、改造手術を経て心と容貌のバランスを取る
ことになるんだろうけど……
改造手術で人工的に変貌させるということに関しては、性別適合手術と同じようなことなんじゃないかなあ、とか思ったり。
FTM(女から男へ) MTF(男から女へ)という性別適合手術で外見を心の性別に変えても、
結局、機能としては不完全にならざるをえない。
極端に言ってしまえば、子孫を残すことはできない……。
そういった意味で、『不完全な男』『不完全な女』という立場で生きていかねばならず、
複雑な思いを抱えて生きていく不自由さがあるんじゃないかと、思ってしまう。
(もちろん、多少なりとも外見的にも不自然さは残る…そこは個人差があるようだけど)
一方、自己の容貌を自己認識に近づける手術をした人に置いては、
普段はその不自由さに縛られることがない
かもしれないが……
子孫を残した場合にどうだろう?
その子どもは『今の自分』には似ていない。
棄てた筈の元の自分の貌と瓜二つだったとしたら……?
やはり、本来の性別、本来の容貌からは開放されない運命なんじゃないかと思ってしまう。
なんていいながら、自分自身も全身を鏡に映すと毎回ぎょっとしてしまう。
あ! これこそ『容貌』いやさ、『体型同一障害』ってヤツじゃないのか?
こんなの私じゃない。ってヤツだ。
そう。ずっと、私じゃない、私はこんなんじゃないと自分の中で葛藤があったのよ。
子どもの頃からね!!!
そうか。
ずっと感じて違和感・・・。
まさに、自分の思う私と、外見ってのが一致してなかったのか。これは由々しきもん……
いかん・・・取り乱してしまった・・・
いや、努力すれば、自分の姿に衝撃を受けずに済むことはよ~く知ってんだけどね。
分かってるさ、分かってるんだよ、はっはっは……(ドライな笑)
はあ……
自分を自分と認められるまでまだまだ長そうだ!(なんてな・・・)
その二種類ってのは『男』と『女』という性別のハナシなんだけど、
あくまで、ざっくり二種類。
その中間(両性具有というのか)の方もいらっしゃるということなので、
そこは無理矢理やや強引に『二種類』とさせていただこうと思う。
こないだ何気なく買った『トロピカル 性転換ツアー』なる本を読み終え、
目から鱗がボロボロ落ちまくった。
筆者は男性の身体でありながら、女性の脳みそを持っている、
いわゆる性同一性障害の方で、自分で思っている方の性別に生まれ変わる手術をタイで行っている様子を描いた内容だった。
(こういう方たちを・・・分かりやすく私は『オカマ』と呼称してしまうのだけど、
美輪様とか失礼だと激昂するらしいので、不快に思う人もいるみたいですね・・・スミマセン)
『性転換』とはいわず、『性別適合手術』というらしいのだけど、それが思っていたより大事で。
単純に、突起物を取って穴を開ければいいってもんでもないらしく、出来た穴が塞がらないように
する処置がものすんごく大変そうだった。
ピアスを開けたら、それをふさがないようにするようなもんすね。
本書ではキツイこともツライこともアッサリした文章で綴られているため、
決して暗くて深刻な内容ではなかったが、
読んでるうちに、頭の中と器の性別が合致していれば、
辛い手術やそんな大変なことをせずに済むのに、
神様は酷なことをするなあ・・・と、なんだか切なくなってきた。
な~んて、こういった人たちは、自己の経験を語ったところで、
別に他者が人間が切なくなることを望んではいないのだ。
逆に、そう思われることを不快に感じるかもしれない。
うん、確かに失礼だね。
彼らは彼らなりに自力で自分を取り戻しているのだから。
単に、生きていくうえでの生きづらさ――障害を取り除いてるだけなんだろうなあと思う。
ただ、このケースは性同一性障害という名称があって、
男⇔女という自己認識の食い違いという、
二種類ある性別に置いて、というハナシなんだけど。
この『同一性障害』ってのは、他のパターンにもあるのでは? と思った。
自分が強い人間だと懸命に虚勢を張って生きているが、実は極端に脆くて繊細なヒトとか。
誰にとってもいい子でいたいため、自分を殺していいヒトを演じているヒトとか。
逆に、悪ぶってるけれども、悪さをして良心が痛んでいるヒトとか。
この辺は「その傾向はある」っていうんだったら、誰にでもあることだろうけど、
行き過ぎると病的な方向に進みそうな気がする。
アル中とか、ひどいとヤク中とか、依存症…
何か大きなきっかけ――精神的なダメージを負ったことによってそうなったという
ケースが稀だとは思えないけど…
でも、外に出している自分と本来の自分がかけ離れていることは、
生きづらいことだろうと思う。
なんとなくだけど……整形手術にハマる人なんかも、自己のイメージと現実に在る自分の姿に
違和感を覚えてるから、って理由でやる人いるんじゃないかなと思う
(単に美しくなる、という目的だけじゃなく)。
作家の誰かがそんな風なことを言っていた気がする。
『性同一性障害』ならぬ、『貌同一性障害(? だったかな)』と。
顔はまあ、生まれつきだから手術とか、改造手術を経て心と容貌のバランスを取る
ことになるんだろうけど……
改造手術で人工的に変貌させるということに関しては、性別適合手術と同じようなことなんじゃないかなあ、とか思ったり。
FTM(女から男へ) MTF(男から女へ)という性別適合手術で外見を心の性別に変えても、
結局、機能としては不完全にならざるをえない。
極端に言ってしまえば、子孫を残すことはできない……。
そういった意味で、『不完全な男』『不完全な女』という立場で生きていかねばならず、
複雑な思いを抱えて生きていく不自由さがあるんじゃないかと、思ってしまう。
(もちろん、多少なりとも外見的にも不自然さは残る…そこは個人差があるようだけど)
一方、自己の容貌を自己認識に近づける手術をした人に置いては、
普段はその不自由さに縛られることがない
かもしれないが……
子孫を残した場合にどうだろう?
その子どもは『今の自分』には似ていない。
棄てた筈の元の自分の貌と瓜二つだったとしたら……?
やはり、本来の性別、本来の容貌からは開放されない運命なんじゃないかと思ってしまう。
なんていいながら、自分自身も全身を鏡に映すと毎回ぎょっとしてしまう。
あ! これこそ『容貌』いやさ、『体型同一障害』ってヤツじゃないのか?
こんなの私じゃない。ってヤツだ。
そう。ずっと、私じゃない、私はこんなんじゃないと自分の中で葛藤があったのよ。
子どもの頃からね!!!
そうか。
ずっと感じて違和感・・・。
まさに、自分の思う私と、外見ってのが一致してなかったのか。これは由々しきもん……
いかん・・・取り乱してしまった・・・
いや、努力すれば、自分の姿に衝撃を受けずに済むことはよ~く知ってんだけどね。
分かってるさ、分かってるんだよ、はっはっは……(ドライな笑)
はあ……
自分を自分と認められるまでまだまだ長そうだ!(なんてな・・・)