真衣のブログ

たまに入院しますが前向きに生きてます(╹◡╹)♡

前のブログの続きだよ😆

2023-09-15 18:48:00 | 日記

続きの前に、、

碇を担いだ武士は誰?



この人ね😊

この人は、平清盛の四男で

源氏側から猛将と恐れられた

平清盛の四男の平知盛だよ

この世で見る物は全て見たと言って

安徳天皇達が入水するのを見た後に

碇を巻きつけ源氏側の平氏を

巻き込んで壇ノ浦の波間に

消えて行ったんだよ

福岡の宗像に平家の落人の墓が

あるんだけど、、、





これは、平知盛の息子さん

宗像の山の中で金鉱を見つけて

この地で繁栄したんだよ(^-^)


では、本題に戻りますが
平家の落人を椎葉村まで
追い詰めるのは、
那須宗久通称は那須大八郎

椎葉村と言うのは後についた村名で
田や畑も無い山中だったけど
分かりやすく椎葉村って書くね(^.^)

鶴富姫は平清盛の末孫娘と書いたけど
那須大八郎宗久とは、、と言うと
四国の屋島の戦いの時の話しでね

当時の戦いは優雅なもねで
夕刻になり休戦状態となると
平氏軍から美女の乗った小舟が現れ
竿の先の扇の的を射よと挑発。

源氏軍大将の源義経は
地団駄を踏みように
愛馬の鞍を叩き、、、

信頼してる畠山 重忠を
指名するが辞退

もし、扇の的を外せば
源氏は面目を失い
矢を放った本人は自害しないと

そこに那須与一
海に馬を乗り入れ弓を構え

南無八幡大菩薩
武運の神頼み

静まり返る両軍
やがて矢は放たれ
見事に扇の的を射抜き
ヒラヒラと波間に落ちていき
湧き上がる源氏軍

その那須与一に
平家の落人の追討を命じたのが
源頼朝で

が、、、その時は那須与一は病気でね
その那須与一の代わりに
落人を追討したのが
弟の那須宗久(大八郎)なんだよ

厳しい山間部の山道を超えて
やがて平家の隠れ里を発見
陣を作り
陣を張った時に
椎の葉を使い日を遮った事から
この地は椎葉となるのだけど

平家の隠れ里には名もなく
田も無い畑も無く

落人達は稗や粟を食べ
着るものも古びた着物、、
息を潜めるように生活していても
それでも清楚で貴賓を持ち
まるで気持ちは京都に住むようで

その隠れ里で大事にされていたのが
鶴富姫でね
みんなな心の支えにもなってたんだよ

平清盛の末孫
世が世なら天皇家との縁が
深い平家の姫様だからかぬ

安徳天皇の従姉妹になるからね

ひっそりと暮らす平家の落人達を
哀れに思った那須大八郎は
討伐を断念して
鎌倉幕府には討伐して
この地の落人は全て殺したと報告して

那須大八郎はこの地に屋敷を建て
田を開墾したり
平家の守り神である厳島神を
安芸の宮島(厳島神社)から勧請し
椎葉神社を健立したりと、、、

勿論、800年も前の事だから
当時の建物は残ってないけど
何度も同じ所に建てられた
神社や屋敷は残ってるんだよ😄










椎葉村の現在の厳島神社だよ(^。^)

那須大八郎宗久は
落人達と村を作り
田を開墾してるうちに
やがて平家の鶴富姫と出会い

恋に落ち
やがて二人は結ばれて
鶴富姫は妊娠して
幸せな生活に入ったんだけど

そんな頃に那須大八郎が
あまりにも戻って来ないのを
鎌倉幕府は不審に思い始めて
兄の那須与一に鎌倉帰還の
催促を何度もするようになり

これ以上那須大八郎が
鎌倉帰還しないと
新たに鎌倉から椎葉の地に
他の武士を派遣するとの事になり

那須大八郎は鎌倉に
泣く泣く帰る事になり
残される鶴富姫 

生木を割くような別れが
那須大八郎は
産まれて来る子が
男子なら自分の所領の下野に
女子ならこの地で大切に
育てるように言い残して
永遠の別れを、、
この時に那須大八郎宗久が残した
覚書が残ってるんだよ

やがて、産まれて来た子は
女の子で
この地で大事に育てられ
養子(婿)を取り

鶴富姫の好きだった
那須大八郎の那須を名乗り
子孫はこの地を収める豪族となり
戦国時代も生き残り
江戸時代に庄屋として
明治を迎え現在に至るんだよ。

その鶴富姫が住んでいた
その地に子孫が江戸期に建てた
鶴富姫屋敷と呼ばれてる写真だよ

山の斜面に建てるから
長屋のように長い建物なんだよ





















現在でも鶴富姫の墓は

地元の人達に大切にされてるよ





800年前の悲恋の物語、、

那須大八郎と鶴富姫

その証は現在も子孫達だよ



椎葉村は宮崎県なんだけど

五木の子守唄で有名な五木村は

ここも平家の落人伝説がある村だけど

椎葉村から五木村に行くには








こんな林道を通り

車で1時間位かな(o^^o)

で、、すれ違う車は1台か2台

ポツンと一軒家もあるよ(^.^)

真衣

祇園精舎の鐘の音

2023-09-15 16:06:00 | 日記

祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ
ひとへに風の前の塵に同じ。 

鎌倉時代初期に書かれた
平家物語(治承物語)の最初の出だし

源平合戦と言えば
源氏と平氏が赤幡と白旗に分かれて
戦ったイメージなんだけど

実は源氏の中にも平家の人達がいたし
代表は北条家だよね

また、源氏も一枚岩ではなかったけど
ともあれ平家一門の集団的な戦闘も
この壇ノ浦の戦いで終わり
九州や四国、東北などに
落ち延びて行き
ひっそりと生き延びて
平家落人村を作り生き延びて
今日まで続いてる人達も居るんだよ😁

没落して行く貴族と
新たに台頭した武士達の
人間模様
源氏と平家の権力争い

どのように平家が滅んで行くか
ま〜源氏目線で書いてる一面は
あるんだけど

源氏もこの後平穏でなく
源平政権交代思想が出来て

後の政権(権力者)を見て見ると
平清盛から源頼朝
平氏から源氏

源頼朝の後は、平氏の北条氏
北条氏を滅ぼしたのが
源氏の足利尊氏

足利氏から平氏の織田信長
明智光秀は源氏

豊臣秀吉は平氏
徳川家康は源氏

永遠のライバルが源氏と平氏なら

ロミオとジュリエットみたいな
悲恋があるんだよね

壇ノ浦の戦いで滅びた平家
討ち死にする者
壇ノ浦の波間に身を投じる者

また、戦場から落ち延びる者
九州や四国には
落人達が山間部などに
隠れ澄んだ落人村は沢山あり

高千穂の山奥の
秋元神社のある秋元地区も
平家の落人村なんだよ

源氏は平氏の落人を
厳しく追い詰め
禍根が残らないように
攻め殺す方針で逃げる落人も
厳しい山間部に逃げ

その追い詰める武将と
平清盛の末孫の平家の姫との
悲恋の話しの舞台が

日本三大秘境の宮崎県と熊本県の
境にある椎葉村 




日本のマチュピチュと言われて
現在は町と言うより
集落かな学校とかもあるんだけどね

椎葉には平清盛の孫娘と
そのお付きの女官や護衛の武士達が
落ち延びて来て
その落人達を源頼朝の命で追ってきた
源氏の那須大八郎宗久の悲恋の物語

このブログは長くなるので
続くにしておくね(^◇^)

真衣

2023/09/15

2023-09-15 14:10:00 | 日記

秋雨前線の停滞で

昨日から雨が降ってますよ(^_^*)

九州では長崎に線状降水帯が発生して

大雨になってるみたいだけど

災害に繋がないと良いんだけどね、、、


では、ランチの紹介です(^-^)

今日は、焼肉屋さんのランチだよ😆

以前に紹介したけど

厚切り牛タンで有名な焼肉屋でね




この店の賄い料理のカレーが

美味しくて

私ケチ子の住んでる街の

カレー王座決定戦で3連覇したんだよ

焼肉屋さんのカレー😁

でも、今日はカレーじゃなくて







ハンバーグと牛タンシチューのランチだよ

お昼のランチは

豚重や牛タンカレー、豚丼、ハンバーグ

また、私ケチ子が注文した

ハンバーグと牛タンシチューなど

ランチメニューも沢山あるんだよ😃

焼肉屋さんが本気で作ったハンバーグ

牛タンシチューも言う事無しの

美味しさだよ*\(^o^)/*

真衣