成澤宗男の世界情勢分析

米国の軍産複合体の動向と世界一極支配に向けた戦略を、主流メディアとは異なる視点で分析。真の平和への国際連帯を目指す。

米国の「対テロ」という巨大な虚構④

2020-08-26 16:17:38 | 日記
 2018年12月に逝去した米国の優れた評論家で歴史家のウィリアム・ブルム氏は、著書の『Killing Hope  U.S. Military and CIA Interventions Since World War』(邦題『アメリカ侵略全史』作品社)の冒頭で、戦後から今日まで続く「米国による大量虐殺」を「アメリカン・ホロコースト」と呼んでいる。ナチス・ドイツによる「ホロコースト」と異なり、一般的な用語にはなっていないが、米国の侵略政策がもたらす「アメリカン・ホロコースト」が今も進行中なのは疑いない。
 だが、一般的にはそのように認識されないのは、ひとえに世界の多くの人々の認識を支配するに至っている米英主導の主流メディアが「大本営発表」と化し、あたかも米国の軍事・対外行動が、アプリオリに何かの道義的正当性に裏付けられているかのような先入観を植え付けるのに成功しているからだろう。そうでなければ、シリアにおける行動一つとっても、かくも「国際世論」が無関心で、米国に寛容のままでいる現状の説明がつかないはずだ。
 これまで本ブログでも指摘してきたが、シリア国内に無断で軍事基地を建設し、その石油資源を勝手に強奪するという米国の行為は、いかなる弁解も通じない無法そのものだ。にもかかわらず、人畜無害ぶりを発揮している「元社会主義インターナショナル議長」のアントニオ・グテーレスが事務総長の国連は言うに及ばず、いったい世界の何カ国がこの暴挙を批判しているのか。
 また「アメリカン・ホロコースト」についても、戦後になってその事実が明るみになったナチス・ドイツの「ホロコースト」とは異なり、その情報は注視すれば困難なく日々入手できる。シリアでは米国が仕掛けた戦争で延々と非戦闘員の死傷者が生まれ、イエメンでは米国が加担し、米国が供与した爆弾を使ったサウジアラビアの無差別爆撃ですさまじい人道被害が止まらず、ソマリアでは米軍の無人機による攻撃で非戦闘員の死者が増加している。アフガニスタンについても、米軍は20年近く非戦闘員を殺傷し続けている。
 だが、「国際世論」は「香港における民主派弾圧」や「ベラルーシの反独裁の動き」には異様に高い関心を示しても、こうした血なまぐさい「アメリカン・ホロコースト」にさほど向き合おうとはしない。それも、当然かもしれない。米国が「敵」と見なす諸国が絡むネガティブな印象操作が容易な個々の問題に関する報道の量は、たとえ生命の危機をもたらそうが米国が広く知れ渡るのを喜ばない問題のそれを完全に圧倒しているからだ。

「IS支援国」トルコの犯罪

 それでも20世紀が終わりかけた頃、訪れつつある新世紀は「戦争の世紀から平和の世紀にしたい」という期待が世界にはあったように回想する。だが、21世紀になってそれが瞬時に幻想となったのは、周知のように米国が2001年から「対テロ戦争」を開始したためだった。米国防総省は18年1月に公表した『国防戦略』でそれまでの「対テロ」を退け、中国・ロシアとの「戦略的競争」を「主要な優先課題」としたが、第三世界では、「対テロ」は依然有効な「アメリカン・ホロコースト」の大義名分の機能を失ってはいない。
 シリアでも同様で、昨年11月に大統領のトランプが「シリア撤退」を発表した途端に、『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』を中心に主要メディアから沸き上がった反対理由の一つが、「ISなどのテロリストを利する」であったのは記憶に新しい。また、米国務長官のマイク・ポンぺオは8月20日、米国が国連安保理の対イラン制裁を復活させる手続きに着手した際、イランに例の如く「世界最大のテロ支援国家」などと荒唐無稽の非難を浴びせたが、米国が「テロ」を口にすればするほど、あるいは何らかの対外行動で「テロ」をその正当化の名目に使えば使うほど、自身の根源的悪辣さ、二枚舌が浮き彫りになる。
 シリアではISが14年1月に北部ラッカを含む地域一帯をイスラム国として「建国」を宣言し、7月に東部の石油地帯を奪取するなど、同年以降攻勢を強化。だが、オバマ前政権は14年9月22日からシリア国内のISに対する空爆攻撃を開始したが、ロシア空軍が15年9月30日にシリア国内の空爆を初めて実施し、10月にはISに対する攻撃を集中的に加えるまで、ISが大きな打撃を受けた形跡が乏しい。その間、ISは15年5月にシリア中央部のパルミラを制圧しており、その戦闘力の高さすら見せつけたのではなかったか。
 この事実は、ISがシリアで戦闘に欠かせない兵站機能を備えた後方基地を確保し、そこから前線に展開する補給網を維持するという基本的戦法を実践しない限りまず成立し難い。そして結論を急げば、それらのすべてを可能にしたのが隣国のトルコであったのだ。当然、この国の支援と協力がなければシリアでのISの軍事活動はほぼ不可能で、シリアが重大な損害を被ることもなかった。にもかかわらず、当時人質の斬首に象徴される残虐行為や貴重な文化遺跡破壊等の悪行ぶりが際立っていたISを全面的に支援したトルコと大統領のレジェップ・エルドアンへの「国際的反撥」や非難の声は、今日まで決して高くはないように思える。

映像がとらえたIS補給網

 理由は言うまでもなくトルコは米国にとって「NATO加盟国」であり、トルコ国内のインジルリク空軍基地に核爆弾B61を推定50発配備している戦略的「同盟国」であるからだろう。米国は同じアサド政権打倒という目的を共有しているためトルコのIS支援を黙認あるいは協力し、それに合わせて主要メディアもさほどトルコを追及しようとしなかったのは疑いない。
 さらにこの世界では、「米国の同盟国」ともなるとサウジアラビアのような斬首刑が未だまかり通り、民主主義や政治的宗教的自由など一切存在しない封建国家を典型に、主要メディアの扱いは格段に甘くなる。実際、エルドアンはロシアのウラジミール・プーチンや、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコほどには悪評にさらされてはいないようだ。
 だがあえてシリアで空爆などせずとも、トルコに後方支援基地の提供を止めさせ、それによって補給路を消滅させるだけで、ISの衰退は本来時間の問題であった。あるいは仮に空爆するにせよ、ISの部隊がトルコ国境を出てシリアに侵入した直後の機会を選ぶべきだったろうが、米国がそのいずれかの手法に訴えた形跡は乏しい。「反テロ」なる名分が虚構たる所以だが、「同盟国」によるIS支援を知りながら放置したその責任は、強く追及されてしかるべきだ。
 このトルコのIS支援については、少なからぬ資料や証言が存在するが、主要メディアがトルコとISの共犯性を暴いた稀有な例の一つに、ドイツの国際放送「ドイチェ・ヴェレ」(Deutsche Welle)が14年11月に放映したドキュメント番組「トルコを通じたISの補給経路」('IS' supply channels through Turkey)がある。(注1)
 トルコ政府の責任を追及する姿勢に積極性を欠き、表面的な取材に終わっている印象が否めないが、映像でIS支援の一端をとらえた意義は実に大きい。以下は、番組で提示されたその概要だ。
「毎日、食料や衣類、そして他の供給物を積んだトラックがトルコからシリアへの国境を通過する。誰がそうした物資を積んでいるのは、不明だ。輸送業者は、大半の荷物は“IS”の戦闘員に届くと信じている。石油や武器、そして戦闘員も国境から運び出され、クルド人のボランティアたちがこうした供給を止めるためにパトロールしている」
 この映像だけでは全容に程遠いが、トルコのIS支援に対する有力な内部証言者も存在する。その一人が、長らくトルコ国家警察に勤務し、現在は米ペンシルベニア州のデサレス大学助教授として教鞭をとっているアメト・サイト・ヤイラだ。国家警察では10年から12年にかけて対テロ作戦局長を務めるなど、トルコのIS支援の内部告発者としては最もランクが高いポジションにいた。そのため、政府とISの共犯関係を示す秘密書類を閲覧でき、十数人のISの尋問も体験しており、細部にわたって現在も事実を明らかにし続けている。
 それによると、IS支援は本来トルコでは非合法だが、エルドアンの指示で諜報機関のトルコ国家情報機構(MIT)が実務を担当し、警察の捜査を受けてもエルドアンが報道管制を敷いてもみ消したという。ヤイラが明るみにした情報は多岐にわたるが、ここではインターネットサイトINSURGE INTELLIGENCEで、16年9月17日に掲載されたヤイラへのインタビューを基にした長文の記事(注2)から、重要な証言を以下列挙する。

内部告発者が暴いた「避難場所」の実態

「MITは公然とトラックで、武器や弾薬をシリアに運搬していた。同様に、バスで(IS等の)戦闘員も輸送していた。時には、警察の摘発を受けたこともあった」
「14年から15年にかけ、MITはISテロリストをバスでトルコ(西南部)のハタイ(県)から(東に約100㎞離れたシリア国境に接する)シャンルウルファ(県)に輸送した。時にはテロリストは国境で降ろされ、別の場合は国境を越えて輸送されることもあった。トルコに戻る際には、麻薬所持の検査のためいったん止められた。国境警備隊は、(バスの中に)銃や弾薬を発見した。乗車していた者たちは逮捕され、尋問されたが、運転手は公然とMITからテロリストや外国人戦闘員を運ぶため雇われたと認めた」(注=シャンルウルファは、ISがシリアに侵攻する際に通過するオンキュピナールの国境検問所に西に100㎞ほどの距離)
「ISが使用する強力な爆弾の部品は、トルコ国内でISシンパによって製造され、トルコの治安部隊が調達してシリアまで運び、そこで作られる爆弾に組み込まれた。国境を越えるにあたっては、何の問題もなかった」
「警察幹部を含む治安当局者のハイレベルの会議の途中に、政府関係者にシリアの反政府勢力幹部から電話が入って中断した。その関係者は相手とシリア情勢について語り、さらに食料や医薬品など文字通り相手が必要とするすべてのものすべてをどうやって供与するかについて問い合わせており、それを聞いてショックを受けた」
「(負傷した)IS戦闘員は、病院で治療を受けるため国境を越えてシャンルウルファの病院に運ばれてきた。警察幹部として、私は政府から負傷したテロリストの24時間警護のため、人員を派遣するよう要請された。そうした治療が必要とされた負傷者があまりに多かったため、十分な警護要員を確保するのは不可能だった」
「他の警察幹部は、トルコ政府の最上部がISと結託しており、トルコでISを取り締まろうとしても妨害されると、いつも不満をこぼしていた」
「(オンキュピナール検問所から北に約60㎞離れた)ガジアンテブには、ISのための巨大な兵站基地がある。例えばIS用のユニホームはすべてそこで作られており、この2年間でおそらく6万着以上がつくられた。またガジアンテブには、ISやアルカイダ系のアルヌスラ戦線といったイスラム過激派(jihadists)が生活しているビルディングのようなドーム状の建物がある。そこは、イスラム過激派で一杯だ。彼らは、トルコ‐シリア間の国境を自由に出入りしている」
 
 ハタイ県には、ISや「テロリスト」に供与するため、米国がサウジの資金で購入したクロアチアやブルガリアといった東欧諸国製の大量の武器・弾薬を陸揚げするイスケンデルン港がある。さらにそこから近距離に、ガジアンテブとは別のISの兵站基地で、戦闘員の居住の場ともなっているレイハンルという町もある。だから、バスで「ハタイからシャンルウルファ」に戦闘員を輸送していたのだろう。シリア以外の国籍者が多くを占めるISが居住する場所は、おそらく軍事的理由でトルコから侵攻する際に通過する検問所から遠ざけられているようだ。
 いずれにせよ、政府の軍事・治安機構内でISの対応に温度差があるのは興味深いが、トルコがこの記事で使われている表現を使うなら「イスラム過激派にとっての開かれた安全な避難所」となっている事実は疑いようがない。武器・弾薬から治療、さらには戦闘服まで供与してシリアに攻め込ませ、危なくなったらシリア政府軍やロシア空軍の手が及ばないトルコ国内を逃げ込み場として提供しているのから。
 こうした実態を知れば知るほど、対IS空爆の主体である米軍を筆頭にNATO加盟諸国軍を中心とした「有志連合」の欺瞞さが際立つ。「反テロ」を掲げてシリアに軍事介入しておきながら、ISを全面支援してきたトルコの「NATO加盟国」としての地位や資格を再考した形跡すらない。これも米国とトルコが同じ「世界最大のテロ支援国家」であるため、そのよしみからなのか。(つづく)

(注1)
URLhttps://www.dw.com/en/is-supply-channels-through-turkey/av-18091048で英語の視聴可能。
(注2)「Whistleblower exposes how NATO’s leading ally is arming and funding ISIS」 
URLhttps://medium.com/insurge-intelligence/former-turkish-counter-terror-chief-exposes-governments-support-for-isis-d12238698f52