成澤宗男の世界情勢分析

米国の軍産複合体の動向と世界一極支配に向けた戦略を、主流メディアとは異なる視点で分析。真の平和への国際連帯を目指す。

バイデンが国務省に入れた極右の正体③

2021-01-31 01:34:08 | 日記
 前項では、ヴィクトリア・ヌーランドのウクライナクーデターとの関りについて触れたが、彼女の名前を一躍世界に知らしめる契機となった盗聴による有名な会話の暴露を取り上げないわけにはいかない。
 「Fuck the EU!」という、ヌーランドが謝罪に追い込まれた「外交官」らしからぬ公の場では使われない下劣な表現による侮蔑で有名なこの音声は、ロシア諜報機関の盗聴によるものと見られ、録音されたのはクーデター前の2014年2月6日のようだ。会話の相手は、当時の駐ウクライナ大使のジェフリー・パイアット。この会話記録は、米国のクーデター関与を裏付ける証拠としても知られている。
 特に重要な部分で名前が登場するのは、前項のヌーランドの写真に納まったネオナチの「スヴォボダ」党首のオレフ・チャグニボクと、親欧米派で反政府派の「ウクライナ民主改革連合」党首のヴィタリー・クリチコ、そして当時、反ロシアの保守的な「全ウクライナ連合『祖国』」(後に人民戦線党と改称)を率いていたアルセニー・ヤツェニュクの、主要な野党指導者3人だ。
 これについて述べる前に、クーデターが迫っていた時期のヌーランドの動きを追ってみたい。仏『ル・モンド』紙2014年2月6日付によると、大統領のヴィクトル・ヤヌコヴィッチの失脚を怖れていたロシアは、主都・キエフの抗議行動で流動化していたウクライナの政治情勢における、ヌーランドの動きに神経を尖らせていた。
 「米国務次官補のヴィクトリア・ヌーランドが2月6日、危機にある情勢の解決策を見出そうとキエフを訪れた際、ロシアは米国に対し、ウクライナへの脅しと野党への資金提供を中止するよう促した。
 ウラジミール・プーチン大統領の顧問のセルゲイ・グラジエフは、日刊紙『Kommersant Ukraine』のインタビューで、『西側は脅迫と威嚇を中止すべきだ』と述べ、例として昨年12月にヌーランドが権力に近い支配グループ(les Oligarques)との会談の例をあげた。グラジエフは、『我々が知る範囲では、ヌーランドはもしヤヌコヴィッチ大統領が野党に政権を譲らなければ、彼らを米国のブラックリストに載せると脅迫した。これは、国際法とは無縁の行為だ』と述べた。
 さらにグラジエフは、『野党と反乱勢力を武装させることも含む、彼らへ供与する毎週2000万ドル』が支出されていると断言し、『ウクライナでの米国のクーデターの企て』を告発。ウクライナ政府は『混乱』を避けるため、力で闘わなければならないとも述べた」
 「こうしたロシアの警告にもかかわらず、米国大使館筋の情報では、ヴィクトリア・ヌーランドはキエフに到着するとすぐにヴィタリー・クリチコとアルセニー・ヤツェニュク、オレフ・チャグニボクの野党の3人の主要リーダーと会見し、同日にヴィクトル・ヤヌコヴィッチとも会談したという」(注1)
 ここで登場する「毎週2000万ドル」とは法外な額だが、ロシア側は盗聴という手段も使って米国の動きを仔細に把握していた形跡が濃厚にあり、必ずしも的外れな指摘ではないように思える。また「ブラックリスト」とは具体的に何を指すのか不明だが、米国が経済制裁でよく使う個人の資産凍結や取引規制の対象にするという意味ではないのか。いずれにせよグラジエフの発言が事実であれば、ヌーランドを先頭に米国のヤヌコヴィッチ打倒を意図した干渉は、度が過ぎていよう。

「Fuck the EU!」の真意

 暴露された会話記録に戻ると、最も重要なのは、ヌーランドがヤヌコヴィッチ追放を前提に、新政権の組閣まで介入していた形跡がある点だ。例えば大使のパイアットに対し、「ヤッツ(注=ヤツェニュクのこと)は経済の経験や政府の経験もある男だと思う。彼に必要なのは、クリチコとチャグニボクが閣外にいるということだ」と語っている。さすがにネオナチの党首が入閣したのではまずいと判断したのだろうが、実際にウクライナ国立銀行副総裁や同国政府の経済大臣等の経験があるヤツェニュクは、クーデター後の「新政権」の首相になった。
 例の「Fuck the EU!」は会話の最後部に登場するが、米国の早急なヤヌコヴィッチ打倒路線に与していなかったEUへの不満が出たのだろう。英BBCの解説によると、EUは「ロシアとの対決を引き起こすのには躊躇しており」、「長期的に関与するのを追求して、時間と共に(ウクライナが)EUに引き付けられるのを当てにしていた」(注2)とされる。
 この盗聴記録が暴露された直後にドイツ首相のアンゲラ・メルケルは「受け入れがたい」と怒りをあらわにし、米国務省によれば、ヌーランドは裏で「モスクワのクズめ!」とののしっていたメルケルを含む「EUの関係者らに連絡を取り、発言について謝罪した」という。だが「Fuck the EU!」が本音であるのは間違いなく、しかもこうした騒ぎを引き起こした「外交官」が今回、昇進すらして再び国務省入りを指名されるというのは、米国外交にとってクーデターの現場の責任者に等しいヌーランドの発言が、さほど問題視されなかったのを意味しよう。
 こうした会話から浮かび上がるヌーランドの言動について、「小さな政府」と在外基地の閉鎖・戦争への不介入を掲げる米国のシンクタンク・CATO研究所の上級研究員であるテッド・カーペンターは次のように批判している。
 「ヌーランドとパイアットは、ヤヌコヴィッチがまだ合法的に選出された大統領であった時期にこうした(「新政権」の人事に関する)計画に関わっている。民主的手続きと他国の主権の尊重の必要性をいつも推奨している国の外交の代表者たちが、選挙で選ばれた政府の打倒と、米国の承認に値するような政府への入れ替えを企んでいるとは、実に驚くべきだ」(注3)
 もっとも、米国が実態的に「民主的手続きと他国の主権の尊重」を旨とするような国か否かについては自明のはずだ。皮肉で言っているのならともかく、もしウクライナがあたかも米国「外交」の例外的事例であるかのように思っているとしたら、米国の「リベラル」の限界でしかない。
 ただカーペンターが、クーデターを「民主的」などと称賛した『ワシントン・ポスト』の報道を念頭に、「ウクライナで起きた事件を純粋に社会に根差した、民衆の蜂起として描くのはグロテスクな歪曲だ」と指弾しているのは、妥当な認識だろう。何しろナチスの「突撃隊」に似た、各地の警察署を襲撃して銃を奪うような無法ぶりを発揮したネオナチ主体の武装集団が、「民主的」なヒーローであるかのように米国主要メディアによって祭り上げられたのだから。
 そして欧米主要メディアによって「悪役」にされたヤヌコヴィッチは、前項で紹介した調査ジャーナリストのロバート・パリ―の次の解説のように、不本意な運命をたどる。
 「悪化する暴力を抑制するため、動揺したヤヌコヴィッチは、2月21日に欧州があっせんした合意にサインしたが、そこで彼は権力の縮小と退陣につながりかねない早期の選挙を受け入れた。ヤヌコヴィッチは、警官隊を引きさがらせろというジョー・バイデン米副大統領の要求にも同意した。
 性急な警官隊の撤退は、ネオナチと他の街頭の暴力集団が大統領の執務室を占拠し、ヤヌコヴィッチと彼の閣僚が命からがら逃亡する道を開いた。新たなクーデター政権は、米国務省によって即座に『正当性がある』と宣告された」(注4)
 
「民主革命」というウソ

 この「合意」には、ヌーランドと写真に納まった野党のヤツェニュクとチャグニボク、クリチコもサインしている。内容は、①大統領選挙の2014年12月までの実施②10日以内の国民統一政権の樹立③14年12月までの憲法改正④暴力事件の調査等々が含まれていたが、この通りに進めば、政治危機は平和的に回避されたのは疑いない。
 直後に起きるような、クーデター政権による東ウクライナでのロシア系住民に対する「民族浄化」に等しい攻撃や、それに伴う350万人もの住民のロシアへの大量避難、さらにはロシア語を公用語から外すような過激なナショナリズム政権を怖れたロシア系を中心とする住民による、投票を通じたクリミアのロシアへの編入といった大きな事件も、起きる可能性はまずなかったであろう。
 だが、街頭での暴力行為の中心にいた「ライトセクター」と称する極右・ネオナチ集団があくまでヤヌコヴィッチ打倒を掲げ、手薄になった大統領官邸に押しかけて力づくで政権を打倒したというのが真相だ。「合意」を簡単に反故にした「新政権」には、それまで米国大使館に頻繁に出入りし、ヌーランドが「Fuck the EU!」の電話で有望視されていたヤツェニュクが首相に就任。ネオナチの「スヴォボダ」が、ヌーランドの電話の通り党首のチャグニボクは除外されたが、国防大臣や副首相、国防・安全保障委員会長官といった有力ポストを含む6人を入閣させていることから、あらかじめ「合意」前後に何らかのシナリオが「ライトセクター」や野党、さらには米国の間で描かれていたと考えても不自然ではない。
 いずれにせよ、戦後初めてナチスドイツと関係していた過去を引きずるネオナチが加わった政権が誕生したという、重大事が起きた。だが、米国の素早い承認と、その代弁機関と化している『ワシントン・ポスト』を筆頭とした主要メディアの「民主革命」という言わばフェイクニュースの拡散、そして米国の「臣下」然とした欧州主要国の沈黙により、今日まで既成事実とされてしまっている。
 ヌーランドが、クーデターの決定的瞬間に動いた「ライトセクター」とどこまで連絡を取り合っていたかは不明だが、少なくとも共通してヤヌコヴィッチ打倒を優先しようとしたのは疑いない。14年2月のウクライナの出来事は、オバマ旧政権が残した最も醜い政治的負の遺産として記憶されよう。
 これについては、昨年9月に逝去し、リベラル派のロシア研究者の代表格であったニューヨーク大学教授のスティーブン・コーエンが、『ネーション』誌(電子版)18年5月2日付の「米国とネオナチの結託」と題した記事で、次のような批判を残している。 
 「ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領を倒した『革命』は、戦時中にユダヤ人を大量虐殺した集団の復興をもたらし、副大統領のバイデンと共にクーデターとそれに続く事態に深い共犯関係を有していたオバマの時代に起きた。当時、米国の主要メディアは(クーデターの本質に)あまりに気付かなかった。……欧州から米国まで、今日ファシストやネオナチの復興は多くの国々で進行中だが、ウクライナの場合特別に重要で、とりわけ危険であるにもかかわらずだ」(注5)
 オバマにしてみれば、どれほど死傷者が出ようが、クーデターは対ロシア戦略のなかでウクライナの切り離しを実現した「成功」例と言えるだろう。ヌーランドは、そこでの最大の「功労者」であるに違いない。それでもコーエンが批判するように、公然とネオナチと「結託」して恥じないその姿は、オバマのみならず米国外交の本質を端的に示していよう。
 
ネオナチと手を組んだ「ユダヤ系」

 それにしても、ヌーランドの行動をどう理解すればいいのか。繰り返すように彼女はユダヤ系であり、しかもウクライナをルーツとするという。ならば当然、「なぜユダヤ系でシオニストであり、同じユダヤ系でシオニストのネオコンと結婚したヌーランドが、そして米国が、ドイツの命令でユダヤ人狩りをした1940年代のウクライナの反ソビエト・親ナチスのステファン・バンデラを褒め称えるウクライナのファシストと手を結ぶのか」(注6)という疑問が湧くはずだ。
 だがヌーランドにせよケーガンにせよ、イスラエルへの無条件的支持を唱えている割には、自身の「出自」など「軍産複合体」の一員として職業化しているロシアへの憎悪に満ちた姿勢・言動のなかでさほどの意味も持ち得ていないのかもしれない。そのため明白な反ユダヤ主義者であっても、「ウクライナのファシストの激しい反ロシアの人種主義は、NATOという反ロシアの軍事同盟を拡大しようと奮闘する際には利用価値があるのだ。ファシストたちがロシアを憎めば憎むほど、都合が良くなる」(注7)というのが、上記のような疑問への回答となるだろう。
 そもそも米国はネオコンに限らず、繰り返すように気に入らない諸国家には「民主主義」を振りかざして非難を加え、さらには介入するのも辞さない一方で、「民主主義」など一片も存在しない中世の祭政一致国家のようなサウジアラビアや、レイシズムで満ちたアパルトヘイト国家のイスラエルを中東の二大同盟国として遇している。
 そのサウジと異なり、キリスト教も含む宗教的多様性や限定的ではあれ国民の投票権を保証するシリアの政権を転覆するため、「民主主義」どころか自身が「テロリスト」と呼ぶアルカイダを始めとしたイスラム過激勢力を公然と支援する二枚舌を常習とする。それを考慮すれば、「ウクライナのファシスト」などロシアの政権を潰すためなら気軽に手を結べる手合であるに違いない。
 昨年の12月23日、国連総会で「レイシズムや人種差別、外国人嫌悪及びこれらに関連する不寛容の今日的な形態を掻き立てるナチズムやネオナチズム、及び類似したその他の行動の賛美と闘う」と題した決議が賛成130、反対2という圧倒的な票差で可決された。内容は69項目に及ぶ長文で、うち5の項目の一節には、「ナチスの過去やナチスの運動、ネオナチを賛美することを名目とした記念碑の建立や集団行動の実施を含むナチスの運動やネオナチ、武装親衛隊の旧メンバーのあらゆる形態による賛美に深い懸念を表明し」とある。
 これに反対した2カ国とは、米国とウクライナに他ならない。あのイスラエルでさえ、さすがに反対はできなかったが、棄権51の大半は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モルトバ、セルビアを除くドイツを始めとした全欧州諸国で、加えて日本を先頭に、韓国やカナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった「同盟諸国」が連なった。これはおそらく、米国への忖度以外、説明のつかない投票行動ではないのか。
 提案国は、ロシア。ウクライナではクーデター後、ナチス協力者でユダヤ人やポーランド人の虐殺に手を染めたステファン・バンデーラを「独立のために戦った英雄」と見なす機運が一挙に高まり、主都キエフでは「モスクワ通り」が「ステパーン・バンデーラ通り」に改名。ネオナチの拠点となっている西部のテルノービリ市では、バンデラの彫像が建てられた。
 またナチスドイツを真似た、ネオナチによるバンデーラを記念する夜間の「たいまつ行進」も珍しくないが、こうした風潮へのロシアによる一種のけん制、あるいは意趣返しという性格は否定できないだろう。
 
「帝国主義者の戦争屋」の新政権

 それでも、ナチスあるいはネオナチの賛美に対する公的な否認の意思表示を、建前であっても正面から遮断するというのは普遍的・国際的人権規範に照らして、決して軽くはない意味を持つ。この事実はウクライナクーデターの実態以上に、米国という国家の本質的な暗部、目的のためなら「民主主義」等の本音では決して重きも置いていない麗句を弄するのも辞さないその欺瞞性を、如実に浮かび上がらせているのではないのか。
 そのような米国に「政権交代」なるものがあったとしても、まともな対外行動を期待するのは愚かすぎよう。加えて、国務次官という一層強力なポジションを握ることになるヌーランドというウクライナクーデターの影を引きずったネオコンを再登場させたのは、バイデンがあえて「新政権」の本質をあからさまにしたメッセージとも捉えられるが、以下のように「新政権」自体も危うさで満ちている。
 「バイデンを含め主要な新閣僚はすべて、違法な戦争や政権転覆工作、そして2014年のウクライナの悲惨なクーデターを広めることにぬぐい難い共犯関係を有している。実際、(新国務長官の)ブリンケンは今週の上院での公聴会で、ウクライナに対する致死性兵器の軍事供与の増大に好意的であると断言した」
 「悲しいかな、不幸にもワシントンで起きているのは、以前の侵略行為に満ちた新しい政権の登場なのだ。……米国のメディアは、トランプ政権下の4年に及ぶ混乱後の『正常への回帰』として、民主党大統領のジョー・バイデンの就任式に夢中になっている。識者たちの間では、『大人が戻ってきた』という言葉が出回っている。より正確には、頭のおかしな帝国主義者の戦争屋が戻ってきたと言うべきなのだ」(注8) 
 バイデンが「米国のメディア」の手で、トランプ退陣後の「国内の分裂」を克服し、「団結」に導くのを使命としているかのような報道も横行している。米国民はともかく、それ以外の諸国民にとってこうした俗っぽい論調の定式化に同調しなくてはならない義理はない。
 むしろ憂うべきは、ヌーランドを筆頭に「帝国主義者の戦争屋」で固めた新政権が改めて世界一極支配のための策動に乗り出しても、翼賛体制的な「団結」が常に保証されている一方で、「分裂」に至るような、そうした行動様式自体を根底から問う声はあまりに乏しいという事実ではないのか。


(注1)La Russie accuse les Etats-Unis de « miser sur un coup d'Etat » en Ukraine
(注2)Ukraine crisis: Transcript of leaked Nuland-Pyatt call
(注3)America’s Ukraine Hypocrisy
(注4)‘Yats’Is No Longer the Guy
(注5) America's Collusion With Neo-Nazis
(注6)Basic Notes on Victoria (“Fuck the EU!”) Nuland
(注7) 6と同。
(注8)President Biden’s New Administration, Old Aggression

※ウクライナのクーデターについては、日本の文献では高知大学人文学部の塩原俊彦準教授による秀作『ウクライナ・ゲート 「ネオコン」の情報操作と野望』と、『ウクライナ2・0 地政学・通貨・ロビイスト』(いずれも社会評論社)の二冊をぜひ推薦したい。いかに内外の主要メディアがウクライナ情勢を歪曲して報じているかが理解できよう。