成澤宗男の世界情勢分析

米国の軍産複合体の動向と世界一極支配に向けた戦略を、主流メディアとは異なる視点で分析。真の平和への国際連帯を目指す。

お知らせ

2021-05-04 19:58:44 | 日記
 長らく本ブログを更新しておりませんでしたが、4月から新たな有料ブログ「アメリカの闇を追う」(https://foomii.com/00233)に移行しました。米国の一極支配に対抗し、欧米メディアでは得られない情報が満載です。
 お知らせが遅れたことをお詫びさせていただくとともに、ぜひ新ブログのご愛顧をよろしくお願い申し上げます。
                 成澤宗男

ヌーランドの『フォーリンアフェアズ』論文を読む③

2021-02-26 23:52:41 | 日記
 ヌーランドの論文には、秩序だった文章構成とはおよそ程遠いまま、全編にわたり「自由世界への脅威」や「プーチンの攻撃的な姿勢」、「プーチンのニセ情報キャンペーン」等々の「罪状列挙」が散りばめられている。そのなかでも、ロシアによる他国への「介入」に関する記述が目立つ。特に2016年の大統領選挙以降、米国で大騒ぎされてきた「選挙介入」の類が次のように強調されている。

「ロシアは外国の銀行や配電網、行政システムに対し、サイバー兵器を使用し、外国の民主的な選挙に介入し、欧州で自国の敵を暗殺した」
「ロシアのインターネットの兵器化は、やはり危険である。米国の大統領は、自由な選挙に介入し、ニセ情報を広め、社会の緊張に火を付け、政治的な影響力を広めるキャンペーンを実施しようとするロシアの試みに対決して、民主的な社会を強化する行動をリードせねばならない。世界の民主主義陣営は、数か月後や数年後ではなくロシアの悪辣な行為が起こされた際にそれを暴露し、抑止するため、対抗する手段をプールし、テクノロジー会社や研究者とともにより効果的に対処する必要がある。当面、各国政府やテクノロジー会社は、外国からの悪辣な行為が操作された際に認識するための市民の教育について責任を分担している」

 だが、こうした「サイバー兵器を使用」したとされる「悪辣な行為」は、実証されてはいない。16年の大統領選挙でヒラリー・クリントンがドナルド・トランプに敗れたのは「ロシアの介入のため」という3年近くマスメディアによって大騒ぎされた「ロシアゲート」も同様だ。そのいかがわしさについては多数の記事、論文があるが、結局19年の3月にFBI特別検察官のロバート・ミュラーが司法長官に提出した最終報告書では、「トランプ陣営がロシア政府と共謀・連携した事実はない」とされ、例の「ロシアゲート」の発端とされた「民主党全国委員会の電子メール侵入」を始めとする「ロシアによる介入」の事実についても、証拠らしきものは示されなかった。
 ミュラーは18年2月に、ツィッターやFacebookといったソーシャルメディアを使い、米国人になりすましてアカウントを作り、米国内に「不和の種をまく」ための「情報戦争」を実行した容疑でロシアの個人13人と企業3社を起訴している。ところがこの起訴状にも、「民主党全国委員会の電子メール侵入」の容疑が抜け落ちている。
 しかも工作といっても、ソーシャルメディアでの投稿や広告に月当たり125万ドル、年にして1500万ドル投入した程度で、大統領選挙後のものも含まれ、トランプ・クリントンの選挙費用計26億5000万ドルと比べるべくもない。当然ながら、司法省副長官のロッド・ローゼンスタインも、「被告らの努力が選挙結果に何らかの影響を及ぼしたとの主張はない」と認めている。(注1)こうした意味が乏しい行為に及ばねばならない必然性も疑わしく、ロシア側も容疑を否定している。
 米国以外の「外国の民主的な選挙」についても同様で、ロシア側がいつ誰が、どの国のどの選挙に対し、どのような手段を使い、いかなる政治目的で「介入」し、それが選挙結果をどう左右したかを、客観的・具体的に立証した例などこれまで存在しない。「民主的」で「自由な選挙」に対する「介入」自体が、「ニセ情報」に等しい。

マッカーシズムの再来

 その「ニセ情報」を広めることによって国民レベルでロシアへの憎悪をさらに煽り、それに挙国一致で対抗する必要性を各国に認識させるという、「政治的な影響力を広めるキャンペーン」にまで導こうとするヌーランドの意図が露骨だ。「外国で操作された」のではなく、国内で「操作された」この種の「ニセ情報」こそ、はるかに有害で危険なのではないか。
 昨年12月には米国の主要メディアによって、「ロシアのハッカー」が、米国の政府機関が使用しているソフトウェアのSolarWinds’Orionをハッキングし、内部データにアクセスしたというニュースが大々的に報じられた。だが財務省は、機密情報は安全だったと声明し、ハッキングされたという国防総省、国土安全省、国家安全保障局等は何のコメントもしていない。ヌーランドと同じRussophobiaの当時の国務長官マイク・ポンぺオは、例によって証拠も一切示さず「この行為をやったのは明らかにロシアだと言えると思う」などとコメントしたが、現在に至るまで司法当局は実行犯を特定してはいない。
 にもかかわらず、上院民主党の院内幹事で党内有数のタカ派のディック・ダービンは、同年12月16日に出演したCNNの番組で「(サイバー攻撃は)実質的にロシアによる米国への宣戦布告であり、われわれは深刻に受け止めるべきだ」などと発言している。
 主要メディアの演出による、かつてのマッカーシズムに酷似した理性の欠如が顕著な米国では、個々の事例の検証など重視されないまま「ロシアの悪辣な行為」とレッテルを貼るプロパガンダが横行し、それがイメージとして植え付けられ、ヌーランドのような扇動めいた対ロシア強硬路線を支えている。だが問題とすべきは、ロシアを「悪辣」視するキャンペーンの事実の立証欠如だけではない。仮にロシアがヌーランドの主張のような行為に及んでいたとしても、米国にそれを非難する資格は毛頭ないはずなのだ。
 ヌーランドは、次のようにも主張している。

「プーチンは地勢学的な欲望を増大させてきた。プーチンは民主的な諸国家は弱く、ロシアは民主的諸国家の政治システムと社会的な結束に内部から侵食できると考えるようになった」
「(これに対抗し)米国の指導者は、ロシア国民といかにコミュニケートするかを再学習する必要がある。並行して、米国と同盟諸国はとりわけ青年層や主要都市以外に住むロシアの人々に対し、直接に手を伸ばすのをもっとやらねばならない」

他国への介入は米国の常套手段

 こうしたプーチンの認識が事実かどうか別にして、ヌーランドによればロシアによる欧米等の「民主的な諸国家」への「浸食」や「介入」こそが何よりも警戒の対象であり、阻止すべき優先課題であるかのようだ。だが、プーチンが同じように米国民に「手を伸ばす」試みを始めたら、米国がどのような反応を示すか想像するのは容易だろう。しかも歴史的に、米国ほど他国への「介入」を頻繁に繰り返している国家は類例を見ない。その巧妙さ、人的規模と資金投入額も、ロシアの比ではない。
 他国の主権を尊重する姿勢など最初から希薄な米国にとって、イラク戦争を始め、シリアへの間接侵略のような自国の意に沿わない政権の転覆を目的としたCIAや民間組織を実行部隊とする他国の内政への干渉、介入、破壊工作は多くの実例がある。
 米『ロサンゼルス・タイムズ』は16年12月21日付(電子版)で、「2016年の大統領選挙へのロシアの介入」と「同様の行為を米国はやってきた」として、次のように報じている。
「カーネギーメロン大学の政治学者ドヴ・リーヴァンによって集積されたデータによると、米国は他国の選挙に影響を及ぼそうと試みた長い歴史を有し、1946年から2000年の間にかけ、81回の多さにのぼった。この数字は、とりわけイランやグアテマラ、チリのように、米国が好まない候補者の選挙後の軍事クーデターや政権打倒は含まれない」
「こうした選挙介入は3の2が秘密に実行され、そのやり方は特定政党の選挙運動に対する資金提供、ニセ情報やプロパガンダの拡散、さまざまな選挙運動や投票獲得のテクニックに関する一方の側だけの現地住民の訓練、選挙用資材のデザインの指南、候補者に対する賛成か反対の声明または脅し、海外援助の供与又は撤回、といったものが含まれる」(注2)
 冷戦期はCIAが他国の「選挙介入」の中心的な実行部隊であったが、長年、これだけのことを数多くの国々でやっておいて、事実関係が立証不能であるにもかかわらず「ロシアの選挙介入」などと「宣戦布告」並みに騒ぎ立てる米国やヌーランドの言動は、あまりに一方的過ぎるという批判は免れまい。

ロシアの選挙に介入したクリントン政権

 しかもこのうちのごく一例となるが、当のロシアに対する「米国の選挙介入」が含まれている。良く知られた、1996年のボリス・エリツィンの再選をかけた大統領選挙に対する米クリントン政権の肩入れに他ならない。
「米国は、ロシアの選挙を左右しようと試みた。1996年、エリツィン大統領の時代にロシア経済は揺れており、クリントン大統領はロシアを資本主義経済に移行させる私有化や自由貿易化、あるいはその他の施策にリンクするIMFからの10億2000万ドルのローンに裏書きした。エリツィンは、自分だけがそのようなローンを得ることができる改革派としての信任状を保持しているのだと有権者に語り、ローンを大衆の支持を得るために利用した」(注3)
 なお『ワシントン・ポスト』(電子版)20年6月26日付の記事によると、「選挙の裏で、米国の民間コンサルタントがエリツィンの選挙運動に助言し、同時に定期的に最新情報をクリントンの政治顧問の一人に提供していた」とされる。さらにシンクタンクの共和党国際研究所の1996年度の報告書によると、「ロシアの地方、地域、国の各レベルの選挙を通じ、同研究所が訓練した活動家たちが、民主的な候補者のために働いた」という。(注4)
 こうした事例を、反エリツィンの側が米国の「介入」と見なしたとしても当然だろう。
 無論、米国の他国への「介入」が選挙だけに限られはしない。言うまでもなく、選挙を待たないクーデターへの直接・間接の関与だ。国務省の官僚出身で、高名な歴史学者のウィリアム・ブルムによれば、「戦後米国が実行した外国政府の転覆、あるいは転覆の試み」は47回ものケースがあるという。(注5)これらには戦争も含まれるが、ブルムが逝去した翌年11月の、米国が裏でつながっていたボリビアにおけるクーデターも含めると48回になる。
 ただ、こうした手荒なやり方よりも、日常的に他国に浸透し、米国の影響力を強化する手法がより地味だが広範に実施されている。米国が「自由な選挙に介入」するのみならず、全世界規模で「ニセ情報を広め、社会の緊張に火を付け、政治的な影響力を広めるキャンペーンを実施し」ている例は多数にのぼる。そのための最も強力な手段が、1983年にCIAの非公然活動を公然化させるためレーガン政権によって設立された、「全米民主主義基金」(NED)に他ならない。
 NEDは、国務省の監督下にある非軍事部門の対外援助機関の「米国国際開発庁」(USAID)から豊富な資金を供給され、以下のように各国で親米的な様々のNGO等の社会組織を結成し、あるいはそこに浸透することで、米国の対外影響力を増大させている。
「(こうしたNGOや社会組織は)何十もの国で、政党や組合、反政府団体、メディアに影響力を及ぼすためのカネを受け取ることで、CIAにとっての『トロイの馬』となった。……諸外国に干渉するためNEDが使う戦略は無数にある。資金や技術的ノウハウ、訓練、教育用教材、会議、海外旅行、事務用品等が提供される。これらは、政党やNGO、労働組合、反政府運動団体、学生団体、出版界、そして『独立系』メディアと呼ばれるものを選別するため、NEDかあるいは第三機関によって提供されている」(注6)
 
NEDとベネズエラ

 具体的には、米国の政権打倒工作の対象にされたり、米国の意に沿わないと見なされ、かつ欧米主要メディアから「民主主義」を名分とするネガティブキャンペーンの対象にされている諸国・地域で特にNEDの影が色濃い。以下は、ベネズエラの例だ。
「2018年、(NEDの資金の)240万ドルがベネズエラに投じられた。だがベネズエラは、NEDの資金の受取人が公表されていない南米で唯一の国だ。資金の対象となったプログラムは市民の教育、人権の監視、あるいは能力開発や自由、民主主義、民主的価値といったあいまいなキーワードで称されている。だがジャーナリストのマックス・ブルメンソールとダン・コーエンは2019年1月に発表した広範囲にわたる調査記事で、米国と同盟諸国の支持でベネズエラの暫定大統領と自称している野党のリーダーのジュアン・ガイドが、いかにNEDの資金供与の産物となったかについて解説した」
「2005年10月、ガイドを含む5人のベネズエラの『学生指導者』たちが、セルビア共和国を訪れた。目的は、NEDが設立した『非暴力行動と戦略の応用のためのセンター』の好意による暴動の訓練を受けることにあった。この『センター』は、米国の情報企業Stratforから流出したメールによると『1999年から2000年にかけての反ミロソビッチ闘争でCIAの資金と訓練を受けていた』とされる」
「NEDのプロジェクトである『民主主義のための世界運動』から資金を受けているスペインのシンクタンク・Fride Instituteの2010年度報告書によれば、ベネズエラの野党勢力は年間多額のドルを受け取っており、NEDの資金は秘密作戦を遂行するための戦略の一つとなっていることを示した」(注7)
 この「暴動訓練」は、ベネズエラの右派による街頭での反政府破壊活動のノウハウとなった。そしてガイド以外にNEDとの関係が密接な親米派として、NEDや米国政府が約80のプログラムに関し資金供与しているミャンマーのアウン・サン・スー・チーとその政党である国民民主連盟党、あるいはロシアの「野党指導者」アレクセイ・ナワリヌイがよく知られているが、この両者が欧米の主要メディアに報道されるにあたり、NEDとの関係が特に問題視された形跡は乏しい。
 その理由として、この「自由な選挙に介入し、ニセ情報を広め、社会の緊張に火を付け、政治的な影響力を広めるキャンペーン」の最大の武器が、「民主主義」という名称を冠していることと必ずしも無縁ではないだろう。
 ヌーランドの論文には、「democratic allies」や「keep democracies safer」といった「民主主義」関連の用語が17カ所登場する。だがヌーランドが純粋に「民主主義」の大義のためだけに、ウクライナで自身が手を染めた「介入」政策に暗躍したとは考えにくい。
 17年12月、国務長官だったレックス・ティラーソンが、「人権といった価値を、米国が自身の国益を追求する上での障害にしてはならない」という趣旨の発言を省内でしたため、「人権派」や同省OBの間から批判の声があがる事件が起きた。これに対し、ブッシュ(子)政権の国務次官補等を歴任した官僚出身で、当時同省の政策企画本部長だったブライアン・フックが問題に対処するためティラーソンに渡した秘密メモの全文が、政治問題に特化したインターネットサイトPOLITICOで暴露される騒ぎがあった。

破綻したダブルスタンダード

 そのメモには、「米国の外交において、人権や民主主義の推進、リベラルな諸価値をどこまで強調するかの議論」は以前からあるとして、以下のように結論付けている。
「人権は、中国やロシア、北朝鮮、イランと米国との関係において重要な課題である。こうした国々の内部における行為への道徳的懸念からだけではない。人権問題でプレッシャーをかけるのは、コストを課し、対抗圧力をかけ、これらの国から戦略的にイニシアチブを握るための方策となるから重要なのだ」(注8)
 当然ながら、「民主主義」も同様だろう。ヌーランドに限らず、気に入らない特定国に対し、「民主主義」という建前を振りかざすことで、「戦略的にイニシアチブを握る」のが優先される。最初から、政治的打算で「民主主義」を利用しているのに過ぎない。
 第一、 「democratic allies」というのなら、中東有数の「同盟国」で、米国製兵器の最大の輸入国であるサウジアラビアには選挙制度はおろか、憲法すら存在しない。南米にはコロンビアのように議会制度の形はあるものの、「非民主的」で抑圧的な暴力が横行している「同盟国」も珍しくないが、論文を読む限りこれらの国々は、「democratic allies」に数えられるようだ。しかしながら米国はこうした国々に対し、いつロシア並みに「民主主義」を振りかざして批判を加えただろうか。
 ヌーランドの論文に「人権」という語が皆無なのも、案外、本人がこうしたダブルスタンダードに内心後ろめたさを感じている証左かもしれない。それでも、プーチンやロシアの「悪魔化」の最大の大義名分を、所詮は政治利用の方便でしかない「民主主義」に拠っている以上、論文の破綻は避けられないように思える。それが他国は許されないが自国は何をしても許容されるという「例外主義」とダブルスタンダードの醜さを改めて認識させはしても、新政権の外交政策をオーソライズするツールにはなりそうにもない。
 ただNEDの18年2月5日付のHPには、ヌーランドがNEDの取締役会の委員の一人に選出されたとある。現在のNEDの名簿からは消えているが、この事実は、「自由な選挙に介入し、ニセ情報を広め、社会の緊張に火を付け、政治的な影響力を広めるキャンペーンを実施」するという手法が、NEDを使いながら米国によってそのままロシアに向けて改めて強化される予兆を感じさせなくもない。モスクワの指導部が現在、「カラー革命」の接近を危惧しているとしても不思議ではないだろう。

(注1)Rod Rosenstein announced indictment of Russians in U.S. election meddling(https://www.newson6.com/story/5e35e72a2f69d76f62021e71/rod-rosenstein-announces-indictments-of-russians-in-us-election-meddling
(注2)The U.S. is no stranger to interfering in the elections of other countries(https://www.latimes.com/nation/la-na-us-intervention-foreign-elections-20161213-story.html
(注3)2と同
(注4)Election meddling in Russia: When Boris Yeltsin asked Bill Clinton for help(https://www.washingtonpost.com/history/2020/06/26/russian-election-interference-meddling/
(注5)Overthrowing other people’s governments: The Master List
(注6)National Endowment for Destabilization? CIA Funds for Latin America in 2018(https://www.telesurenglish.net/analysis/National-Endowment-for-Destabilization-CIA-Funds-for-Latin-America-in-2018-20190403-0042.html
(注7)6と同
(注8)NOTE FOR THE SECRETARY FROM: S/P -- Brian Hook  SUBJECT: (U) Balancing Interests and Values(https://www.politico.com/f/?id=00000160-6c37-da3c-a371-ec3f13380001

ヌーランドの『フォーリンアフェアズ』論文を読む②

2021-02-21 02:53:19 | 日記
 言うまでもなくヌーランドの論文の狙いは、可能な限りロシアの「脅威」を強調し、それへの対応の緊急性を米国と同盟諸国に認識させることにある。そして「脅威」の実態とは、軍事力にあるだろう。これについてのヌーランドの評価は、冷戦崩壊直後にまでさかのぼって以下のように示されている。

「米国と同盟諸国は、かつて冷戦に勝利し、その後も数年間良好な結果を生み続けた政治的手腕を忘れてしまった。そうした戦略は、クレムリンによる危険な行為を抑止し、押し返すために、大統領のレベルでの米国の一貫したリーダーシップ、民主的同盟諸国とパートナー国家らの団結、互いに分かち合われた決意を必要とする」
「(2000年代になって)米国とロシア間の核兵器削減交渉は続いていたが、米国はロシアの核兵器部門以外の実際の軍事上の投資については関心を示さなかった。……米国のアフガニスタンとイラクでの経験と、2008年のジョージアとの戦争でのロシア自身の芳しくない戦闘能力から教訓を得て、プーチンは非正規戦やサイバー戦能力、通常の長距離射程兵器、極超音速ミサイルに予算を投入した。米国と同盟諸国は、2014年にロシアがクリミアを奪取するまで、これらの投資の衝撃に気付かなかった」
「プーチンのロシアを同等の力のある相手とか、あるいは手に負えない敵として描くのは、クレムリンの危険な路線を抑止し、抵抗する米国の能力を見くびることになる。だが、米国は単独でロシアに対処するのを引き受けるべきではない。過去のように、米国は世界中の紛争地帯でのロシアの侵犯を阻止するために世界的な同盟を動員し、自身の防衛力を補強し、他の国々と共同して動くべきだ」

 だが「プーチンのロシア」を、世界中の「同盟諸国」をかき集めて対処しなければならないような巨大な「敵」として祭り上げたいためか、ヌーランドは一つの事実を意図的に無視している。それはロシアの国力で、GDPで見るとIMFが20年10月に発表した数字では、ロシアはNATOの一員のイタリアやカナダよりランクが下がり、韓国より少し上の世界11位に過ぎない。
 当然、国防費も限定され、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の調査によれば、世界の軍事費比較(19年度)で1位の米国は7320憶ドルだが、4位のロシアは651憶ドルとその1割にも満たない低さだ。
 それでもヌーランドの主張するようにロシアが「同盟諸国」も動員しなくてはならない相手だとしても、軍事費でNATO加盟国中、上位6カ国の総計の0・07%程度にしかならない。無論、兵員や装備の数量の比較も別途必要だが、少なくともロシアに可能な対外軍事力行使が限定的とならざるをえないのは、国力の面から十分予見可能だろう。
 しかもヌーランドが主張するような、2014年2月のウクライナクーデターに伴うクリミアのロシアへの帰属によって、初めて米国がロシアの兵器開発に「衝撃」を受けた式の構図が成立するのかどうか、極めて疑わしい。
 確かにクリミアの問題が「国際世論」の対ロシア認識を大きく悪化させたのは間違いないだろうが、その結果、典型的なRussophobiaであるヌーランドにとっては、ロシアとプーチンを「悪魔化」する万能の切り札を手にできた。そのため、「衝撃」の「2014年」を振りかざし、ロシアへの認識・対応を一変させねばならないような「危機元年」として、その意義を膨らませるだけ膨らませたい心理がヌーランドに働いているのは想像に難くない。

米国の軍事技術開発

 だが国防総省やDIAは、逐一ロシア軍の装備の更新や配備について把握しており、「衝撃」を受けるほど日常的に任務をおざなりにしているわけではない。仮に「衝撃」が事実だったとしても、ここでも自国を棚上げしてロシアを批判するヌーランドの例の習性が露骨に現れている。圧倒的に「予算」が違う米国の兵器開発は、「非正規戦やサイバー戦能力、通常の長距離射程兵器、極超音速ミサイル」程度に留まりはしないのだが、故意にそれも無視しているのだ。
 NATO大使も経験したヌーランドが兵器に疎いとは考えにくいが、「2014年」以前から米軍が手掛けていた新型兵器・技術の開発は一部だけでも以下の項目がある(注=核関連と開発結果は略)。「サイバー戦能力」にしろ、米軍はすでに10年5月の時点で、新たな統合軍としてサイバー軍を始動させていた。この期間、ミサイル防衛(MD)の技術にも多くの予算が割かれている。米国が油断している隙に、一方的に兵器や技術開発で先行されてしまったかのような記述は正確さを欠く。

●海軍の輸送揚陸艦に搭載用した指向性エネルギーを照射し、目標物を破壊するレーザー兵器(Laser Weapon System)。
●新型駆逐艦に搭載予定の、射程が185㎞にも及ぶ先進砲システム(AGS)。
●艦船搭載の、伝導体の砲弾に電磁エネルギーを与えて加速し、射出する電磁兵器の「レールガン」。
●航空機が高い高度と遠距離から海中の潜水艦に精密誘導爆弾を投下して攻撃得する、高高度対潜水艦兵器。
●指向性エネルギー兵器を搭載し、敵側の電力網を攪乱・停止させる対電子装置高出力マイクロ波発達型ミサイル。
●現行のB-1、B-2両戦略爆撃機に代わる、次世代ステルス型長距離爆撃機(LRS-B)。
●航空機に搭載し、飛行中のミサイルを破壊できる高出力の空中レーザー発射機。
●高度20km、連続48時間の偵察が可能な、高高度滞空型無人航空機システム。

 このように米国は、「2014年」のクリミア問題発生以前から、ロシアを圧倒する規模で様々な新兵器開発のための巨額の「予算」を「投入」してきた。それだけではなく、より重要なのは一貫してNATOを動員した対ロシア包囲網を強化し続け、ロシア国境近接部での軍事演習を頻繁化させてきたという事実だ。
 だがヌーランドはこれについてまったく触れておらず、あたかも自分たちの前号で触れたような「法を基盤とした国際的制度に統合」させるという「善意」があだになって、「ロシアがクリミアを奪取するまで」、プーチンとロシアの悪辣な正体に無策・無頓着でいたかのようなストーリーを創作している。
 この「善意」が裏切られた当事者であるかのような立場の確立こそ、ヌーランドの論文における自己正当化の根幹を構成し、ロシアへの新たな対応が、「衝撃」によってようやく自覚させられた側の「反撃」であるかのようだ。
 しかしながら、「2014年」以前と以後の米国の対ロシア軍事政策が、決定的に変化したのではない。米国は最初から一貫してロシアへの財政的・物理的打撃、あるいは国家の解体までを展望した何らかの戦略を準備しながら、NATOを動員してきた形跡が濃厚に認められる。そしてロシアも、そうした自国に迫る情勢に危機感を抱いていたはずだ。
 
NATOの対ロシア包囲網

 以下、年表風に「2014年」に至るまでの、ロシア周辺のNATOの軍事動向について最小限度にまとめてみた。

2008年7月 米軍がNATO非加盟国のジョージア国内で、同国軍と計2600人を動員した合同演習「Immediate Response 2008」を実施。ジョージア軍は翌月、同国北部の南オセチア自治州に進攻し、同州に派兵されたロシア軍と戦争状態に。
2009年1月  NATOが非加盟国・スウェーデンのラップランド地方からバルト海北部ボスニア湾にかけての一帯で、10カ国から2000人を動員した空軍主体の軍事演習「Loyal Arrow」を実施。
2009年5月  NATOの米軍を中心にした計9カ国軍が1100人を動員し、ジョージアで合同演習「Cooperative 09」を実施。
2010年5月  ルーマニアの黒海に近接したミハイル・コガルニチャヌ空軍基地に、米海兵隊が駐留開始。米空軍がブルガリア空軍との合同演習「Operation Sentry Gold」を実施。米軍が、ポーランド北部のロシアの飛び地・カリーニングラードに近接したモロンクに、ペイトリオットミサイル防衛システムを配備。
2011年9月  米国がルーマニアとの間で、ルーマニア国内デベセル空軍基地に、地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」を配備する取り決めを調印。15年から稼働。   
2012年3月  NATOがロシア国境に近いノルウェー北部の北極圏で、15カ国1万6000人を動員した当時最大規模の軍事演習「Cold Response」を実施。
2012年4月  米欧州空軍がブルガリアで、ブルガリア・ルーマニア両空軍と共に同地域で当時最大規模の空軍合同演習「Thracian Star」を実施。
2013年11月 NATOがラトビアとポーランドで、全加盟国(及び中立国のスウェーデンとフィンランド等)の6000人を動員し、「緊急展開部隊」の訓練を軸とした軍事演習「Steadfast Jazz」を実施。

 以上の演習に対しは、ロシアが「挑発行為」と抗議した例が少なくない。いかなる国家であれ国境地帯を含む近接地で、明らかに自国に向けられていると判断できる大規模な軍事演習を繰り広げられては、国連憲章第1章で各国が「慎む」と定められた「武力の威嚇」以外の何ものにも写らないはずだ。
 ヌーランドが強調するクリミア問題発生以前から、これだけの「挑発」と「威嚇」がロシアの目の前に突き付けられた。しかも皮肉にも08年5月から12年5月までは、ドミートリー・メドヴェージェフがロシアの大統領だった。
 このようにNATOと米軍は08年を前後して、早くから黒海に臨むルーマニアとブルガリアの軍事拠点化の動きを全面化し、軍事演習を強化した。続いてクリミア問題が起きると、一挙にスカンジナビア半島北部、及びバルト三国からポーランドのラインでも軍事演習の拡大・強化に乗り出し、今日まで続いている。

「脅威を及ぼさない純粋に防衛的な軍事同盟」?

 だがヌーランドの論文では、米国が「衝撃」を受けたという「2014年」以前のこうした動きが空白だ。「ロシアがクリミアを奪取」しようがしまいが、最初からロシアに「挑発」と「威嚇」を加え続けるのは既定路線であったと断じるしかない。にもかかわらず、ヌーランドはNATOとロシアの関係について次のような驚くべき認識を示している。

「自由な民主主義諸国と、依然ソビエト連邦の指導者のような人物に率いられているロシアとの間に、とりわけNATOの拡大をめぐって隔たりが生じた。米国と同盟諸国が、どれだけ懸命にNATOはロシアに脅威を及ぼさない純粋に防衛的な同盟であると説得を試みようとても、そうした隔たりは、欧州をゼロサムの関係としかないプーチンのアジェンダに役立ち続けている」

 再び「善意」の側と「善意」が通用しない側という二項対立の図式が登場したかのようだが、ロシアが自国の国境付近で軍事演習を実施されることに抗議したなら、「説得」に耳を傾けない頑迷ゆえの誤解になるのだろうか。「純粋に防衛的」なのであれば、「衝撃」を受けるはるか前から、わざわざこれ見よがしに相手国の目の前で軍事演習をやるような行動に出るとは考えにくい。
 第一、ロシア海軍がメキシコ湾やフロリダ沖で、キューバやベネズエラの艦船と軍事演習を展開したと仮定した場合、米国がロシアから「脅威を及ぼさない純粋に防衛的」な演習であると「説得」されても、聞く耳を持つ可能性は乏しいはずだ。
 しかも、「クレムリンによる危険な行為を抑止」するというのは冷戦期からの手法のようだが、その場合、自軍の戦力が相手に「脅威を及ぼさない純粋に防衛的」なレベルであるなら、「抑止」力になり難いのは軍事常識に属する。要は米国や同盟諸国は「善」、プーチンやロシアは「悪」であるという米国的単純さの図式ですべてを描こうとする意図のため、自身の側を「純粋に防衛的」などと粉飾する必要があるのだろう。しかしこれでは、論文の説得性を著しく損なうだけだ。
 そして問題の前提として、ヌーランドがNATOを「ロシアに脅威を及ぼさない純粋に防衛的な同盟」といくら強弁しようが、そうしたレトリックは以下の指摘のような事実により、冷戦崩壊直後からすでに破綻している。
「(ベルリンの壁崩壊後)1990年のドイツ統一に際して、当時国務長官だったジェームス・ベーカーは、ソビエト連邦大統領だったミカエル・ゴルバチョフにNATOは1インチたりとも東方には動かされないと保証した。しかしそのような合併が起きたら東ドイツは現在のドイツのみならずNATOにも吸収され、そしてNATOは即座にソビエト連邦により近いポーランドとチェコスロバキアの国境に向け東方に動いた」(注1)
 ゴルバチョフであれプーチンであれ、ロシアの指導者であれば、ワルシャワ条約機構が消滅した後になって、米国により史上例のない強力無比な軍事機構で説明不在のまま自国周辺を取り囲まれたら、それを「純粋に防衛的」な措置であると受け止めるはずがない。のみならず次に拡大したNATOを使い、ロシアの至近距離で軍事演習を繰り返しておきながら、自分たちの「説得」を当然にも受け入れないロシアを何か「アジェンダ」があってのことであるかのように難詰するのは、一方的過ぎよう。
 
新冷戦と「軍産複合体」

 しかもヌーランドは欧州のみならず、「世界中の紛争地帯でのロシアの侵犯を阻止するために世界的な同盟を動員」する必要性を説いている。「紛争地帯でのロシアの侵犯」と言われても、シリアやリビア、あるいは中央アフリカ程度しか思いつかず、世界に800以上の海外基地を網羅した米国のこれまでの「侵犯」例と比べ、ささやかな件数だ。
 しかも、「侵犯」に相当するかどうか別として、米国と同じように「紛争地帯」でのプレゼンスが確認されても、なぜロシアだけは「阻止する」対象になるのか根拠が不明だ。加えてシリアでは、違法にシリアの主権を「侵犯」している米国と違い、ロシアは政府の公式要請を受けた軍事支援で駐留している。ロシアにすれば、「侵犯」呼ばわりされるのは心外だろう。
 繰り返すようにヌーランドが関与したウクライナのクーデターが引き起こしたロシアのクリミアの「奪取」こそ、一挙にプーチンとロシアを「悪魔化」しての「新冷戦」をもたらす絶好の機会になった。それは2001年の「9・11」事件により、米軍が「対テロ戦争」と称した野放図な中東や中央アジアを中心とする地帯での軍事行動を、堰を切ったかのように展開し始めたのと似たパターンと言えなくもない。
 最近のミャンマーにおける軍事クーデターへの非難とは対照的に、選挙で選出された正当な政権をネオナチ主体の勢力が暴力で倒すというウクライナのクーデターの違法性について一切問題視されないまま、それまでのNATOによるロシアに照準を定めた「挑発」と「威嚇」の経過も棚上げされ、NATOの軍事演習のスカレートと経済制裁を含めた欧米によるロシア弱体化の方策を最大限許容する万能の口実を、米国とヌーランドはクーデター工作の成功の結果、得たのではなかったのか。
 それでも、すべては事実に基づいた反論が可能だろう。今、必要なのは、世界がプーチンとロシアの「危険」性に対し「共同して動く」ことではない。すさまじい量で流されるクリミア問題以降の「報道」や「公式発表」と称するプロパガンダを駆使した、前者への恐怖と憎悪への投げつけの背後にある「アジェンダ」の本質について理解することではないのか。
 これについては、『ニューヨーク・タイムズ』記者の前歴がある米国の秀でたコラムニストのクリス・ヘッジによる以下のような指摘が極めて的を得ていよう。出典は、インターネットサイトTruth Digに19年6月3日に掲載された記事「ロシアとの戦争を作り出す」。ヘッジによれば、「9・11」によって国家予算の半分近くを占める巨額の軍事費をさらに潤沢に享受できる口実を得た「軍産複合体」は、「テロリスト」がもはや悪役としての賞味期限が切れた13年後に、幸運にも新たな冷戦の時代を迎えたようだ。
「モスクワとの新しい冷戦は、ロシア国境への軍事的拡大を正当化するため利用されており、そうした動きは米国の兵器産業に何十億ドルという利器を生み出す。それは、米国の外交政策に対する国内の批判者や、オルターナティブメディアを外国勢力の手先であるかのように悪魔化するのに利用される。……それは、世界最大の2つの核保有国間のデタントを損なうために利用される。それは、国内における市民的諸自由のはく奪と、シリアやベネズエラのような国々を含む海外での介入を正当化するために利用される。……そしてこの新しい冷戦こそは、ロシアとの衝突を煽ることで自身の権力を強固にし、利益を増大させることができると分かっている戦争産業と諜報機関によって、10年前に作り上げられたのだ」(注2)
 次稿は、③としてロシアによる「干渉」への批判について考察したい。

(注1)NATO’s Worldwide Expansion in the Post-Cold World Era(https://rickrozoff.wordpress.com/2013/04/26/natos-worldwide-expansion-in-the-post-cold-world-era/)
※NATOの対ロシア軍事動向については、『脱大日本主義の薦め』(晃洋書房)収録の成澤「欧州における危機の根源とは何か 新たな戦争の策動と米・NATOの対ロシア戦略」を参照。

ヌーランドの『フォーリンアフェアズ』論文を読む①

2021-02-16 23:13:06 | 日記
 本ブログではこれまで3回にわたり、米新大統領ジョー・バイデンが国務次官に指名したヴィクトリア・ヌーランドについて解説してきた。今回はその別バージョンとして、これまで触れなかったヌーランドの『フォーリンアフェアズ』誌2020年7/8月号掲載の論文「プーチンを押さえつける 信頼されている米国はいかにロシアに対処すべきか」(Pinning Down Putin  How a Confident America Should Deal With Russia)を、取り上げてみたい。(注1)
 この論文は個人的意見というよりは米国の対ロシア政策をほぼ代弁する内容となっている。現時点でヌーランドの上院での承認が得られてはないが、バイデン新政権の要職に就く可能性が極めて高い以上、子細に検討してみる価値はあるだろう。
 論文は一読して、高名な外交誌に掲載されている割には緻密さに欠ける印象が否めない。感情の抑制を心掛けた形跡も乏しいロシアへの批判が重複して登場するだけでなく、その批判も不正確か、あるいは完全な事実誤認も少なくない。何よりも批判の対象にしている行為が、実際は米国にもそのまま当てはまるという事実についての自省的姿勢を欠く傾向が顕著だ。
 こうした特徴が、米国だけは何をしても許され、アプリオリに無謬性が保証されているかのように認識する特有の「例外主義」に根差しているのは間違いないだろう。それでもこのような思考タイプの人物でも、国務省の実務を司る省内ナンバー3になれるという点に米国の危うさが示されているように思えてしまう。
 しかも、日本でも対外問題についての世論に多大な影響力を有する大手メディアの外信部は、従属国故なのか対米崇拝意識が強く、ヌーランドと同程度の水準の論者や主張で溢れている『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』といった主要メディアの言説、及び米国政府の発表についてほぼ無批判に同調あるいは模倣する傾向が固定化している。
 その結果、ヌーランドの「批判」の類の言説でも「国際常識」然として流布され、人々の意識に植え付けられてしまうことが起こりうる。「日米同盟の強化」とやらが十年一日の如く唱えられているこの国の外交も、そうした無思考の構造が生む産物に他ならない。ヌーランドの論文に対する批判が、対米認識の問題と関連する所以だ。
 論文の構成が粗雑なため、紹介する側は要旨を整理する必要があるが、そうした配慮を置いて、最初に文中でシリアについて触れている記述を紹介しておきたい。全体を紹介する以前に、ヌーランドの資質が如実に現れている以下の箇所をまず踏まえておいた方が理解度も進むと思われるからだ。読者は論文の全編に、この種の歪んだ自国中心主義が貫かれていることを後に気付くだろう。

「ロシアの部隊がシリアの油田と密輸ルートへのアクセスを得ようとして、シリアに駐留するわずかな米軍に対し、定期的にどう出たらどう反応するかを試みている。もしこれらの米軍部隊が撤去してしまったら、ロシアとイランがシリアの石油と麻薬と武器の密輸で、自分たちの駐留費用を捻出するのを阻止する術はない」

 ヌーランドによれば、ロシアがシリアに駐留していること自体が悪行の一つに数えられるようだが、「試みている」ことが具体的に何を指すのか不明な点は別にして、この一節だけでも米国がおよそ他国の主権など一瞥にもしない国家である事実が容易にうかがわれる。そのような国家に、他国を批判する資格があるのかどうか最初から疑わしい。

論文の厚顔無恥ぶり

 まず強調されるべきは、主権国家としてのシリアが、自国防衛のためシリアとイランの「駐留」を認めていることに、他国から咎められる筋合いはないという点だ。咎められるべきは、度重なるシリア政府の退去要求を無視し、シリアの主権を侵害して、ユーフラテス川以東の領土とその油田地帯、そして南部のアル・タンフを中心に「わずか」とは言えない数千人規模で違法駐留している米軍自身に他ならない。
「他国に無許可で軍隊を駐留させる」という行為を平然と実行し、およそ法以前の常識に照らして是非をわきまえる能力すらないような自国の姿に疑問すら感じないようなヌーランドに「国際問題」を語らせても、内容の貧困さは最初から避けがたくなっている。
 しかも「シリアの油田」は、当然ながらシリア政府の管轄下にあり、米国ではない。それをどのような形であれ第三国に「アクセス」を許そうが、そしてそれによって誰が利益を得ようが、すべてはシリア政府の裁量に属するのであって、ヌーランドに批判めいた発言をする余地はない。
 問題にされるべきは、現在も続けられている米軍による強奪に等しい「シリアの油田」での違法採掘と、それを堂々と国外に持ち出している「密輸ルート」の運営なのであって、米国は即刻中止するのを求められはしても、「阻止する術はない」などとヌーランドがロシアとイランを懸念する資格は皆無だ。
 ロシアが「麻薬と武器の密輸」に手を染めているという主張の出所が不明だが、「麻薬」というなら、アフガニスタン駐留の米軍が現地でヘロインの「密輸」に関与しているという精度の高いと思われる情報が以前から少なくない。(注2)ヌーランドにとって「麻薬」が気になるのであれば、アフガニスタンの方が先決だろう。
 このように上記のシリアに関する記述だけでヌーランドの資質が露呈し、短くはない論文全体の歪みがすでに予見されてしまう。だがヌーランドと米新政権の対ロシア政策の今後を占うためにも、個別的に検証を進めてみたい。最初は、①ヌーランドが「法」を振りかざすことの是非だ。
 ヌーランドは、米国はオバマ政権時代に当初、一つの「信じ込み」があったとする。つまり、

「ロシアが(WTO加盟やG8参加によって)法を基盤とした国際的制度に統合されることで、国際問題のより“責任ある利害当事者(stakeholder)”になるだろう」

と予測していた。ところが、後になって期待が裏切られる結果となる。

「米国とその同盟国がプーチンに譲歩したため、プーチンは劣勢な力をうまく使い、軍備管理条約や国際法、隣国の主権、そして米国と欧州における選挙の完全性を侵害した」

 この「法を基盤とした国際制度」としては、国連を筆頭に様々あるが、ロシアがそれらに「統合」されてはいないようだと難詰しながらも、周知のように米国はハーグの国際刑事裁判所から脱退している。同裁判所の設立を定めた2002年7月のローマ規程をクリントン政権が署名しながら、ブッシュ(子)政権が撤回したからだった。

「法を基盤とした国際制度」?

 しかもトランプ政権は昨年6月、国際刑事裁判所の上訴裁判部が検察局にアフガニスタン戦争中の米軍兵士らによる戦争犯罪について正式捜査を始めるのを認めたことを受け、捜査を開始した職員に対し、制裁を科す大統領令に署名すらした。これは、米国がそもそも「法を基盤とした国際制度」の存在意義など認めていないという証左だろう。
 18年10月には、外交関係に関する基本的な多国間条約であるウィーン条約について、同条約関連の紛争解決を国際司法裁判所の管轄に置くと定めた条約の「紛争の義務的解決に関する選択議定書」から、脱退を表明した。これはパレスチナ自治政府が同年、米国を相手取って、トランプ政権が在イスラエル米大使館をエルサレムに移転させたのは国際法違反として、国際司法裁判所に提訴したことへの「対抗措置」とされている。
 しかしながらエルサレムは、イスラエルが1967年の第三次中東戦争後にそれまでの停戦ラインを超えて併合したのみならず、1980年に制定した「イスラエル国家基本法」で勝手に「統一された主都」とした。そのため国連安保理は、同年8月に採択した決議478(米国のみが棄権)で、この「基本法」を国際法違反と非難し、すべての国連加盟国はエルサレムに大使館等外交使節を設置してはならないと定めた経緯がある。パレスチナ側が、米国の大使館移転を国際法違反と抗議するのは当然なのだ。
 にもかかわらず米国が大使館移転を強行したばかりか、ウィーン条約の「選択議定書」からも脱退するというのは、国際法はもとより、ここでも国連安保理を始めとする「法を基盤とした国際制度」には従わないと宣言したのに等しい。バイデン新政権も、すでに国務長官のアントニー・ブリンケンが前政権の在イスラエル大使館エルサレム移転を追認すると表明しており、前政権だけの問題では決してない。
 加えて、米国は領海、接続水域、排他的経済水域、公海等の海洋に関する法的秩序を定めた国連海洋法条約を現在まで批准していない。その一方で、「国際法で認められた海洋の合法的な利用を支持する」などという名目で当事国でもないのに、中国と周辺諸国の係争海域である南シナ海で「航行の自由作戦」と称した軍事的威嚇行動を繰り返している。これも、「法を基盤とした国際制度」を尊重する態度とは無縁ではないのか。トランプ政権が18年末に国連教育科学文化機関(ユネスコ)から「反イスラエル的姿勢」理由に脱退したのも、同じことだ。
 にもかかわらずヌーランドは、ロシアによる「国際法」の「侵害」を執拗に批判するが、米国自身の「侵害」の例が枚挙にいとまがない事実については何も触れていない。ジュネーブ諸条約やハーグ陸戦条約等の戦時国際法、国際人道法に違反する米軍の戦争犯罪もこれまで数多く繰り返され、前述したシリアの米軍の違法駐留・占拠や石油の違法採掘はその今日的な好例だろう。
 無論、ヌーランドが支持した03年3月のイラク戦争も同様だ。米国はイラク戦争の前年に国連安保理で決議1441の採択に持ち込み、国際原子力機関と国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNMOVIC)にイラク国内の大量破壊兵器と長距離ミサイルの無条件強制査察を実施させた。ところが何も見つからないまま査察が終了しておらず、しかも国連安保理の武力行使容認決議も得られていない段階で、米軍が一方的に英・豪軍と共に侵攻に踏み切った。(注3)
 米国がこれほどあからさまで、もたらされた人的物的被害も莫大となった「国際法」の「侵害」行為に手を染めながら、安保理で戦争に反対したロシアをヌーランドが「侵害」の当事国呼ばわりするのは理解不能というしかない。

数々の戦争犯罪、国際法違反の事例

 加えて米国は戦後、ベトナム戦争時のダイオキシンを主成分とする「枯葉剤」の大量散布等々、国連憲章と国際法の違反行為、戦争犯罪の実例があまりに多く、仔細に論じる余裕は到底ない。だが参考までに、ブッシュ(子)政権以降の、オバマ・トランプ両政権時代の例をごく一部ながら列挙してみたい。
●キューバ政府の抗議を無視して不法にキューバ国内に設置している米軍グアンタナモ基地内の収容所での、現在も続く国内・国際法の適正プロセスを一切無視した「テロ」容疑者の長期に及ぶ監禁・拘禁と、拷問の横行。
●イラク戦争時の、イラク・アブグレイブ刑務所内における捕虜への強かん、性的いやがらせ、暴行等の大規模な集団的虐待行為。
●イラク戦争時の、ファルージャにおける大量の非戦闘員殺傷(04年4~5月、11月)。同市を包囲後、病院や学校を含む民間施設の無差別破壊と、子どもたちを始めとする非戦闘員の無差別攻撃で1000人前後を殺害。
●無人機を使った、一切の司法的手続きを無視し自国民を含む「テロ容疑者」に対する超法規処刑と、これによるアフガニスタンやパキスタンを始めとする地域での大量の非戦闘員の「誤爆」と称した殺傷。
●リビアに「飛行禁止空域」を設置した上で、NATO軍と共に一方的に政府軍に対する空爆を実施し(11年3~8月)、民間人を数百人規模で殺害。
●シリアのアサド政権転覆を狙い、自国が「テロリスト」に指定する集団を含む武装勢力に武器・弾薬を供与。戦争を激化させ、同時に武力攻撃の正当性を欠いたままシリア国内の発電所等のインフラや政府軍を意図的に狙った空爆を実施。
●17年以降のベネズエラに対する、ジュネーブ諸条約で禁止されている一般市民の集団的懲罰と社会基盤の崩壊を狙った、経済制裁と政府資産没収の実施。すでに数万人の死者が出ているとされ、この2月に国連特別報告者が「違法」と批判。
●イランの公職者である革命防衛隊・コッズ部隊のソレイマニ司令官を、バグダッド空港で無人機を使い超法規的に殺害(20年1月)。
 これだけの違法行為を延々と重ねながら、米国がイスラエルと共に免責(impunity)を享受し、先進諸国を中心とする国際社会の多数派内で「指導的立場」として認知され続けている。これは、国連憲章の効力が発生してから75年以上経過しているにもかかわらず、世界が未だ法による支配を実現できていないという深刻な事態として受け止められるべきではないか。
 米国は安保理すら無視したイラク戦争で示されたように、重ねての指摘になるが「法を基盤とした国際的制度」などに価値を置いてはいない。自国の行動を規制し、足かせとなるのを嫌うからで、あえて口にするのは都合の悪い相手国に批判を加え、あるいは武力攻撃を実施する際の大義名分に利用する場合が大半だ。ヌーランドの「法」を振りかざしたロシアの「罪状列挙」もその類で、ロシアを論文冒頭に「のけ者国家」(pariah state)呼ばわりしているが、法の支配という観点からすれば、こうしたレッテル貼りは米国の方がはるかにふさわしいのではないか。
 ヌーランドは前出の記述と重複して、米国には当初、以下のようなロシアに対する楽観論と悲観論が共存していたと指摘する。

「私自身を含め、自由世界により一層統合されることで、ロシアがより良き、より民主的なパートナーとなるだろうことを期待する過度に楽観的な人々がいた。他方で、ロシア固有の一連の利害や地理的条件、あるいは自国の侵略と国際法違反を正当化する歴史から、過度に運命論的になっている人々もいた」

 このどちらもロシアを変える上で「良いヴィジョン」ではなかったとヌーランドは断言するが、「運命論的」ではなくとも、ロシアが「侵略と国際法違反を正当化する歴史」の保持者であるという認識は前提にされているのだろう。このようにヌーランドが最後まで、自身のロシア批判がそのままそっくり米国の「歴史」に当てはまるという事実に気付いたかどうかは不明のままだ。
 同時に文中の「自由世界」とは、米国が「侵略と国際法違反」をいくら「自由」きままに繰り返しても、何の不利益も被らずともすむ「世界」をヌーランドが暗黙のうちに念頭としているのではないかという推測が成り立つ。この思い込みについても、やはり無自覚のままであるのは疑いないだろう。
 次稿では②として、軍事を項目に立ててヌーランドのロシア批判を検討してみたい。

(注1)本稿では、電子版(https://www.foreignaffairs.com/articles/russian-federation/2020-06-09/pinning-down-putin)を参照にした。
(注2)主な記事として、Afghanistan’s Fate Decided by Narcotics, Not Politics(https://journal-neo.org/2020/11/12/afghanistan-s-fate-decided-by-narcotics-not-politics/)や、Drug War? American Troops Are Protecting Afghan Opium. U.S. Occupation Leads to All-Time High Heroin Production(https://www.globalresearch.ca/drug-war-american-troops-are-protecting-afghan-opium-u-s-occupation-leads-to-all-time-high-heroin-production/5358053)等を参照。
(注3)イラク戦争の違法性については、UNMOVICの委員長だったハンス・ブリックスが04年に出版した証言録『Disarming Iraq: The Search for Weapons of Mass Destruction』が参考になる。

バイデンが国務省に入れた極右の正体③

2021-01-31 01:34:08 | 日記
 前項では、ヴィクトリア・ヌーランドのウクライナクーデターとの関りについて触れたが、彼女の名前を一躍世界に知らしめる契機となった盗聴による有名な会話の暴露を取り上げないわけにはいかない。
 「Fuck the EU!」という、ヌーランドが謝罪に追い込まれた「外交官」らしからぬ公の場では使われない下劣な表現による侮蔑で有名なこの音声は、ロシア諜報機関の盗聴によるものと見られ、録音されたのはクーデター前の2014年2月6日のようだ。会話の相手は、当時の駐ウクライナ大使のジェフリー・パイアット。この会話記録は、米国のクーデター関与を裏付ける証拠としても知られている。
 特に重要な部分で名前が登場するのは、前項のヌーランドの写真に納まったネオナチの「スヴォボダ」党首のオレフ・チャグニボクと、親欧米派で反政府派の「ウクライナ民主改革連合」党首のヴィタリー・クリチコ、そして当時、反ロシアの保守的な「全ウクライナ連合『祖国』」(後に人民戦線党と改称)を率いていたアルセニー・ヤツェニュクの、主要な野党指導者3人だ。
 これについて述べる前に、クーデターが迫っていた時期のヌーランドの動きを追ってみたい。仏『ル・モンド』紙2014年2月6日付によると、大統領のヴィクトル・ヤヌコヴィッチの失脚を怖れていたロシアは、主都・キエフの抗議行動で流動化していたウクライナの政治情勢における、ヌーランドの動きに神経を尖らせていた。
 「米国務次官補のヴィクトリア・ヌーランドが2月6日、危機にある情勢の解決策を見出そうとキエフを訪れた際、ロシアは米国に対し、ウクライナへの脅しと野党への資金提供を中止するよう促した。
 ウラジミール・プーチン大統領の顧問のセルゲイ・グラジエフは、日刊紙『Kommersant Ukraine』のインタビューで、『西側は脅迫と威嚇を中止すべきだ』と述べ、例として昨年12月にヌーランドが権力に近い支配グループ(les Oligarques)との会談の例をあげた。グラジエフは、『我々が知る範囲では、ヌーランドはもしヤヌコヴィッチ大統領が野党に政権を譲らなければ、彼らを米国のブラックリストに載せると脅迫した。これは、国際法とは無縁の行為だ』と述べた。
 さらにグラジエフは、『野党と反乱勢力を武装させることも含む、彼らへ供与する毎週2000万ドル』が支出されていると断言し、『ウクライナでの米国のクーデターの企て』を告発。ウクライナ政府は『混乱』を避けるため、力で闘わなければならないとも述べた」
 「こうしたロシアの警告にもかかわらず、米国大使館筋の情報では、ヴィクトリア・ヌーランドはキエフに到着するとすぐにヴィタリー・クリチコとアルセニー・ヤツェニュク、オレフ・チャグニボクの野党の3人の主要リーダーと会見し、同日にヴィクトル・ヤヌコヴィッチとも会談したという」(注1)
 ここで登場する「毎週2000万ドル」とは法外な額だが、ロシア側は盗聴という手段も使って米国の動きを仔細に把握していた形跡が濃厚にあり、必ずしも的外れな指摘ではないように思える。また「ブラックリスト」とは具体的に何を指すのか不明だが、米国が経済制裁でよく使う個人の資産凍結や取引規制の対象にするという意味ではないのか。いずれにせよグラジエフの発言が事実であれば、ヌーランドを先頭に米国のヤヌコヴィッチ打倒を意図した干渉は、度が過ぎていよう。

「Fuck the EU!」の真意

 暴露された会話記録に戻ると、最も重要なのは、ヌーランドがヤヌコヴィッチ追放を前提に、新政権の組閣まで介入していた形跡がある点だ。例えば大使のパイアットに対し、「ヤッツ(注=ヤツェニュクのこと)は経済の経験や政府の経験もある男だと思う。彼に必要なのは、クリチコとチャグニボクが閣外にいるということだ」と語っている。さすがにネオナチの党首が入閣したのではまずいと判断したのだろうが、実際にウクライナ国立銀行副総裁や同国政府の経済大臣等の経験があるヤツェニュクは、クーデター後の「新政権」の首相になった。
 例の「Fuck the EU!」は会話の最後部に登場するが、米国の早急なヤヌコヴィッチ打倒路線に与していなかったEUへの不満が出たのだろう。英BBCの解説によると、EUは「ロシアとの対決を引き起こすのには躊躇しており」、「長期的に関与するのを追求して、時間と共に(ウクライナが)EUに引き付けられるのを当てにしていた」(注2)とされる。
 この盗聴記録が暴露された直後にドイツ首相のアンゲラ・メルケルは「受け入れがたい」と怒りをあらわにし、米国務省によれば、ヌーランドは裏で「モスクワのクズめ!」とののしっていたメルケルを含む「EUの関係者らに連絡を取り、発言について謝罪した」という。だが「Fuck the EU!」が本音であるのは間違いなく、しかもこうした騒ぎを引き起こした「外交官」が今回、昇進すらして再び国務省入りを指名されるというのは、米国外交にとってクーデターの現場の責任者に等しいヌーランドの発言が、さほど問題視されなかったのを意味しよう。
 こうした会話から浮かび上がるヌーランドの言動について、「小さな政府」と在外基地の閉鎖・戦争への不介入を掲げる米国のシンクタンク・CATO研究所の上級研究員であるテッド・カーペンターは次のように批判している。
 「ヌーランドとパイアットは、ヤヌコヴィッチがまだ合法的に選出された大統領であった時期にこうした(「新政権」の人事に関する)計画に関わっている。民主的手続きと他国の主権の尊重の必要性をいつも推奨している国の外交の代表者たちが、選挙で選ばれた政府の打倒と、米国の承認に値するような政府への入れ替えを企んでいるとは、実に驚くべきだ」(注3)
 もっとも、米国が実態的に「民主的手続きと他国の主権の尊重」を旨とするような国か否かについては自明のはずだ。皮肉で言っているのならともかく、もしウクライナがあたかも米国「外交」の例外的事例であるかのように思っているとしたら、米国の「リベラル」の限界でしかない。
 ただカーペンターが、クーデターを「民主的」などと称賛した『ワシントン・ポスト』の報道を念頭に、「ウクライナで起きた事件を純粋に社会に根差した、民衆の蜂起として描くのはグロテスクな歪曲だ」と指弾しているのは、妥当な認識だろう。何しろナチスの「突撃隊」に似た、各地の警察署を襲撃して銃を奪うような無法ぶりを発揮したネオナチ主体の武装集団が、「民主的」なヒーローであるかのように米国主要メディアによって祭り上げられたのだから。
 そして欧米主要メディアによって「悪役」にされたヤヌコヴィッチは、前項で紹介した調査ジャーナリストのロバート・パリ―の次の解説のように、不本意な運命をたどる。
 「悪化する暴力を抑制するため、動揺したヤヌコヴィッチは、2月21日に欧州があっせんした合意にサインしたが、そこで彼は権力の縮小と退陣につながりかねない早期の選挙を受け入れた。ヤヌコヴィッチは、警官隊を引きさがらせろというジョー・バイデン米副大統領の要求にも同意した。
 性急な警官隊の撤退は、ネオナチと他の街頭の暴力集団が大統領の執務室を占拠し、ヤヌコヴィッチと彼の閣僚が命からがら逃亡する道を開いた。新たなクーデター政権は、米国務省によって即座に『正当性がある』と宣告された」(注4)
 
「民主革命」というウソ

 この「合意」には、ヌーランドと写真に納まった野党のヤツェニュクとチャグニボク、クリチコもサインしている。内容は、①大統領選挙の2014年12月までの実施②10日以内の国民統一政権の樹立③14年12月までの憲法改正④暴力事件の調査等々が含まれていたが、この通りに進めば、政治危機は平和的に回避されたのは疑いない。
 直後に起きるような、クーデター政権による東ウクライナでのロシア系住民に対する「民族浄化」に等しい攻撃や、それに伴う350万人もの住民のロシアへの大量避難、さらにはロシア語を公用語から外すような過激なナショナリズム政権を怖れたロシア系を中心とする住民による、投票を通じたクリミアのロシアへの編入といった大きな事件も、起きる可能性はまずなかったであろう。
 だが、街頭での暴力行為の中心にいた「ライトセクター」と称する極右・ネオナチ集団があくまでヤヌコヴィッチ打倒を掲げ、手薄になった大統領官邸に押しかけて力づくで政権を打倒したというのが真相だ。「合意」を簡単に反故にした「新政権」には、それまで米国大使館に頻繁に出入りし、ヌーランドが「Fuck the EU!」の電話で有望視されていたヤツェニュクが首相に就任。ネオナチの「スヴォボダ」が、ヌーランドの電話の通り党首のチャグニボクは除外されたが、国防大臣や副首相、国防・安全保障委員会長官といった有力ポストを含む6人を入閣させていることから、あらかじめ「合意」前後に何らかのシナリオが「ライトセクター」や野党、さらには米国の間で描かれていたと考えても不自然ではない。
 いずれにせよ、戦後初めてナチスドイツと関係していた過去を引きずるネオナチが加わった政権が誕生したという、重大事が起きた。だが、米国の素早い承認と、その代弁機関と化している『ワシントン・ポスト』を筆頭とした主要メディアの「民主革命」という言わばフェイクニュースの拡散、そして米国の「臣下」然とした欧州主要国の沈黙により、今日まで既成事実とされてしまっている。
 ヌーランドが、クーデターの決定的瞬間に動いた「ライトセクター」とどこまで連絡を取り合っていたかは不明だが、少なくとも共通してヤヌコヴィッチ打倒を優先しようとしたのは疑いない。14年2月のウクライナの出来事は、オバマ旧政権が残した最も醜い政治的負の遺産として記憶されよう。
 これについては、昨年9月に逝去し、リベラル派のロシア研究者の代表格であったニューヨーク大学教授のスティーブン・コーエンが、『ネーション』誌(電子版)18年5月2日付の「米国とネオナチの結託」と題した記事で、次のような批判を残している。 
 「ヴィクトル・ヤヌコヴィッチ大統領を倒した『革命』は、戦時中にユダヤ人を大量虐殺した集団の復興をもたらし、副大統領のバイデンと共にクーデターとそれに続く事態に深い共犯関係を有していたオバマの時代に起きた。当時、米国の主要メディアは(クーデターの本質に)あまりに気付かなかった。……欧州から米国まで、今日ファシストやネオナチの復興は多くの国々で進行中だが、ウクライナの場合特別に重要で、とりわけ危険であるにもかかわらずだ」(注5)
 オバマにしてみれば、どれほど死傷者が出ようが、クーデターは対ロシア戦略のなかでウクライナの切り離しを実現した「成功」例と言えるだろう。ヌーランドは、そこでの最大の「功労者」であるに違いない。それでもコーエンが批判するように、公然とネオナチと「結託」して恥じないその姿は、オバマのみならず米国外交の本質を端的に示していよう。
 
ネオナチと手を組んだ「ユダヤ系」

 それにしても、ヌーランドの行動をどう理解すればいいのか。繰り返すように彼女はユダヤ系であり、しかもウクライナをルーツとするという。ならば当然、「なぜユダヤ系でシオニストであり、同じユダヤ系でシオニストのネオコンと結婚したヌーランドが、そして米国が、ドイツの命令でユダヤ人狩りをした1940年代のウクライナの反ソビエト・親ナチスのステファン・バンデラを褒め称えるウクライナのファシストと手を結ぶのか」(注6)という疑問が湧くはずだ。
 だがヌーランドにせよケーガンにせよ、イスラエルへの無条件的支持を唱えている割には、自身の「出自」など「軍産複合体」の一員として職業化しているロシアへの憎悪に満ちた姿勢・言動のなかでさほどの意味も持ち得ていないのかもしれない。そのため明白な反ユダヤ主義者であっても、「ウクライナのファシストの激しい反ロシアの人種主義は、NATOという反ロシアの軍事同盟を拡大しようと奮闘する際には利用価値があるのだ。ファシストたちがロシアを憎めば憎むほど、都合が良くなる」(注7)というのが、上記のような疑問への回答となるだろう。
 そもそも米国はネオコンに限らず、繰り返すように気に入らない諸国家には「民主主義」を振りかざして非難を加え、さらには介入するのも辞さない一方で、「民主主義」など一片も存在しない中世の祭政一致国家のようなサウジアラビアや、レイシズムで満ちたアパルトヘイト国家のイスラエルを中東の二大同盟国として遇している。
 そのサウジと異なり、キリスト教も含む宗教的多様性や限定的ではあれ国民の投票権を保証するシリアの政権を転覆するため、「民主主義」どころか自身が「テロリスト」と呼ぶアルカイダを始めとしたイスラム過激勢力を公然と支援する二枚舌を常習とする。それを考慮すれば、「ウクライナのファシスト」などロシアの政権を潰すためなら気軽に手を結べる手合であるに違いない。
 昨年の12月23日、国連総会で「レイシズムや人種差別、外国人嫌悪及びこれらに関連する不寛容の今日的な形態を掻き立てるナチズムやネオナチズム、及び類似したその他の行動の賛美と闘う」と題した決議が賛成130、反対2という圧倒的な票差で可決された。内容は69項目に及ぶ長文で、うち5の項目の一節には、「ナチスの過去やナチスの運動、ネオナチを賛美することを名目とした記念碑の建立や集団行動の実施を含むナチスの運動やネオナチ、武装親衛隊の旧メンバーのあらゆる形態による賛美に深い懸念を表明し」とある。
 これに反対した2カ国とは、米国とウクライナに他ならない。あのイスラエルでさえ、さすがに反対はできなかったが、棄権51の大半は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、モルトバ、セルビアを除くドイツを始めとした全欧州諸国で、加えて日本を先頭に、韓国やカナダ、オーストラリア、ニュージーランドといった「同盟諸国」が連なった。これはおそらく、米国への忖度以外、説明のつかない投票行動ではないのか。
 提案国は、ロシア。ウクライナではクーデター後、ナチス協力者でユダヤ人やポーランド人の虐殺に手を染めたステファン・バンデーラを「独立のために戦った英雄」と見なす機運が一挙に高まり、主都キエフでは「モスクワ通り」が「ステパーン・バンデーラ通り」に改名。ネオナチの拠点となっている西部のテルノービリ市では、バンデラの彫像が建てられた。
 またナチスドイツを真似た、ネオナチによるバンデーラを記念する夜間の「たいまつ行進」も珍しくないが、こうした風潮へのロシアによる一種のけん制、あるいは意趣返しという性格は否定できないだろう。
 
「帝国主義者の戦争屋」の新政権

 それでも、ナチスあるいはネオナチの賛美に対する公的な否認の意思表示を、建前であっても正面から遮断するというのは普遍的・国際的人権規範に照らして、決して軽くはない意味を持つ。この事実はウクライナクーデターの実態以上に、米国という国家の本質的な暗部、目的のためなら「民主主義」等の本音では決して重きも置いていない麗句を弄するのも辞さないその欺瞞性を、如実に浮かび上がらせているのではないのか。
 そのような米国に「政権交代」なるものがあったとしても、まともな対外行動を期待するのは愚かすぎよう。加えて、国務次官という一層強力なポジションを握ることになるヌーランドというウクライナクーデターの影を引きずったネオコンを再登場させたのは、バイデンがあえて「新政権」の本質をあからさまにしたメッセージとも捉えられるが、以下のように「新政権」自体も危うさで満ちている。
 「バイデンを含め主要な新閣僚はすべて、違法な戦争や政権転覆工作、そして2014年のウクライナの悲惨なクーデターを広めることにぬぐい難い共犯関係を有している。実際、(新国務長官の)ブリンケンは今週の上院での公聴会で、ウクライナに対する致死性兵器の軍事供与の増大に好意的であると断言した」
 「悲しいかな、不幸にもワシントンで起きているのは、以前の侵略行為に満ちた新しい政権の登場なのだ。……米国のメディアは、トランプ政権下の4年に及ぶ混乱後の『正常への回帰』として、民主党大統領のジョー・バイデンの就任式に夢中になっている。識者たちの間では、『大人が戻ってきた』という言葉が出回っている。より正確には、頭のおかしな帝国主義者の戦争屋が戻ってきたと言うべきなのだ」(注8) 
 バイデンが「米国のメディア」の手で、トランプ退陣後の「国内の分裂」を克服し、「団結」に導くのを使命としているかのような報道も横行している。米国民はともかく、それ以外の諸国民にとってこうした俗っぽい論調の定式化に同調しなくてはならない義理はない。
 むしろ憂うべきは、ヌーランドを筆頭に「帝国主義者の戦争屋」で固めた新政権が改めて世界一極支配のための策動に乗り出しても、翼賛体制的な「団結」が常に保証されている一方で、「分裂」に至るような、そうした行動様式自体を根底から問う声はあまりに乏しいという事実ではないのか。


(注1)La Russie accuse les Etats-Unis de « miser sur un coup d'Etat » en Ukraine
(注2)Ukraine crisis: Transcript of leaked Nuland-Pyatt call
(注3)America’s Ukraine Hypocrisy
(注4)‘Yats’Is No Longer the Guy
(注5) America's Collusion With Neo-Nazis
(注6)Basic Notes on Victoria (“Fuck the EU!”) Nuland
(注7) 6と同。
(注8)President Biden’s New Administration, Old Aggression

※ウクライナのクーデターについては、日本の文献では高知大学人文学部の塩原俊彦準教授による秀作『ウクライナ・ゲート 「ネオコン」の情報操作と野望』と、『ウクライナ2・0 地政学・通貨・ロビイスト』(いずれも社会評論社)の二冊をぜひ推薦したい。いかに内外の主要メディアがウクライナ情勢を歪曲して報じているかが理解できよう。