成澤宗男の世界情勢分析

米国の軍産複合体の動向と世界一極支配に向けた戦略を、主流メディアとは異なる視点で分析。真の平和への国際連帯を目指す。

今後のイラン情勢はどうなる

2020-01-30 00:41:12 | 日記
  1月3日に世界を震撼させた、米国トランプ政権によるイラン革命防衛隊コッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官らの殺害後、現在まで米軍とイラン軍の大規模な武力衝突は生じていない。今後の展開については未知の要素が大きいが、『ワシントン・ポスト』紙(電子版)は1月24日付の「イランの攻撃後、米軍は少なくとも今のところ中東における増大したプレゼンスを維持する」と題した記事で、米中央軍(注=中東と中央アジアを所管する地域別統合軍)のケネス・マッケンジー司令官の以下のようなコメントを引用している。
「(中東における米軍の増強は)イランと戦争をしようとしているのではないというメッセージだ。イランもわが軍との戦争を求めるべきではない。可能であるなら、わが軍は緊張を低いレベルにまで緩和したい」
「イランも紛争の継続を望むのではなく、緊張の緩和を望んでいるというサインを示している。わが軍も歓迎だ。なぜならイランとの戦争は、最も望むところではないからだ」
 同司令官のインタビューは、海兵隊第26遠征部隊約2500人を乗船させて中東に向け紅海を航行中の強襲揚陸艦・バターンで行われた。同艦の派遣は当然ながら中東における米軍増強の一環で、イランにとっては軍事的脅威であっても「緊張の緩和」とは受け止め難いだろう。
 同紙によれば昨春以降、中東では2万人規模の増派が相次ぎ、米軍の配備数は8万人以上に達した。事件直後の4日にはサウジアラビアのプリンス・サルタン航空基地に機数が不明ながらF15E戦闘爆撃機が配備。さらに8日までに、インド洋のディエゴ・ガルシア基地にB52戦略爆撃機6機が配備された。
ただ、1月27日現在、空母ハリー・S・トルーマン1隻がアラビア海に展開しているだけで、6隻が動員されたイラク戦争時のような大規模武力侵攻の態勢とは様相を異にしている。このため、「イランと戦争をしようとしているのではない」というマッケンジー司令官の発言は、必ずしも誇張でないという印象を受けるかもしれない。
 しかも、イランに対する米軍の実際の対応は、一見この発言を裏付けているように感じられる。例えばイラン革命防衛隊は1月8日、ソレイマニ司令官殺害の報復としてイラク西部の米海兵隊アル・アサード航空基地に対し、22発とされる地対地ミサイルを発射した。これについてトランプ政権は当初、「米国人の被害はない」として反撃はしていない。
 だがその後の国防総省の発表では、この攻撃で34人の兵員が「脳震盪か外傷性脳損傷症候群」と診断され、24日現在17人がその後軍務に復帰し、9人が近く治療のためドイツの病院から米本国に移されるという。つまりトランプ政権は、ウソの発表をしてまで本来なら当然実行していたはずの反撃(あるいはイランの報復への報復)を控えたということだ。AP通信も1月23日の配信記事で、「複数の米高官」による「(イランのミサイル攻撃後の)比較的平穏な情勢は、米国・イランとも緊張の緩和を望んでいるからだ」との発言を報じている。
  また、イタリアの国際的な軍事評論家であるフェデリコ・ピエラチーニ氏は、米インターネットサイトStrategic Culture Centerに1月20日付で発表した「米軍優越の終焉:意図せぬ結果が多極世界の秩序を形成する」という記事で、米軍の意図に関し次のように分析している。
 「いかなるイランの攻撃も、石油施設やテルアビブ、ハイファ、ドバイといった米国の同盟諸国の都市と同様に米軍基地も破壊するような統制不能な地域の大火事もたらすことを知って、トランプや彼の将軍たちはイランのミサイル攻撃に応酬したがらなかったのだろう」
 確かに現状では、イランが保有する弾道ミサイルや巡航ミサイルを発射する事態になったら、前述のサウジのプリンス・サルタン航空基地やカタールのアルウデイド航空基地、クウェートのキャンプ・アリフジャンといった米中央軍の主要基地を始め、バーレーンの第5艦隊司令部も打撃を被ることが予測される。このため、米国がイランとの全面戦争を回避する方向で動いたと見なしても不自然ではないかもしれない。
 だが、今回のソレイマニ司令官殺害自体、一国の公職にある要人を殺害するという無法な行為であり、米国に中東で理性や順法精神、常識的振る舞いを求めるのは困難に違いない。である以上、今後トランプ政権が再び予期しない行動に出ても何らおかしくない。
 実際、ブライアン・フック国務省イラン担当特別代表は、ロンドンを拠点とするアラビア語日刊紙『アル=シャルク・アル=アウサット』の1月23日付のインタビュー記事で、ソレイマニ司令官の後継者となったエスマイル・ガーニ新司令官を名指しし、「もしガーニが米国人を殺すような同じ道を辿ったら、(ソレイマニ司令官と)同じ運命に遭う」などと公言している。今後も不測の事態をもたらしかねなくとも、「緊張の緩和」とは無縁な行動を繰り返すと宣言したに等しい。
 しかも、現在のトランプ政権の対イラン政策を担っている筆頭格は、政権内最強硬派であるマイク・ポンぺオ国務長官だが、外交面で合理的判断を期待できるような人物ではない。
 例えばポンぺオ国務長官は1月13日、米スタンフォード大学内のフーバー研究所で「抑止の回復:イランの例」と題し講演したが、その内容は「緊張の緩和」とはおよそ程遠く、むしろ今後の新たな軍事的冒険主義を懸念させる。
 同長官は、「この数十年間、歴代民主・共和党政権も、米国を安全に保つのに必要な抑止を勝ち取る上で、イランに対し十分なことをしてこなかった」と指摘。そして「カセム・ソレイマニ(の殺害)が、米国人の声明を守るための決断を示した」としながら、「米国は抑止を再び確立したが、それが永続するものではなく、安全保障上の危険は残っている。米国は、その抑止を失わないことを決意した」と強調した。
 これまでトランプ政権内では、ソレイマニ司令官の殺害を正当化する口実がいくつも語られているが、ここでは「抑止」が掲げられている。だが、司令官殺害後にイラクの米軍基地がイランのミサイル攻撃を受けたのだから、論理的に「抑止」は破られたと見なされよう。するとポンぺオ国務長官の発言通りだと、また「抑止を失わない」ための新たな「抑止」と称した軍事行動が必要となる。
しかも「危険は残っている」という言い分は、イランが全面的に屈服でもしない限り、常に新たな軍事行動が繰り返される口実に使われるだろう。もはや政権内では、軍事的抑制が働くメカニズムは機能しがたくなり、これまでの歴代政権が回避してきた対イラン全面戦争という想定すら排除されなくなる。繰り返すように、今後の事態は予想しがたいが、確実なのは「緊張の緩和」が持続する保証は何ら存在しないという点だろう。
   かつて、ドイツのニュルンベルク裁判で裁かれなかったナチ戦犯を裁いた12の法定の一つのアインザッツグルッペン裁判で、最高検察官を務めた米国のベンジャミン・フェレンチ弁護士は、『ニューヨーク・タイムズ』紙(電子版)1月15日付に短いエッセイを寄せた。
 そこでは、「イランの将軍の“非道徳的な”殺害」と題したこのエッセイは、「私は今や百歳になるが、沈黙のままでいることはできない。私は1921年に貧しい移民の少年として米国に入国したが、私に機会を与えてくれた合州国に報いなければならないという義務感を覚える」という書き出しで始まるが、次のようにソレイマニ司令官殺害を確固とした口調で批判している。
「(交戦国でもない相手の高官を殺害するというような)問題について広範にわたり論文を執筆してきたハーバード大学ロースクールの卒業生として、こうした非道徳的行為は国内外の法律に明白に違反していると見なす。国民は、真実を知る権利がある。国連憲章やハーグの国際刑事裁判所、国際司法裁判所の存在が、すべて無視されているのだ」
 だが現在のトランプ政権や「国民」が、この現代史の稀有な証言者の警告に耳を傾ける気配はごく乏しい。