成澤宗男の世界情勢分析

米国の軍産複合体の動向と世界一極支配に向けた戦略を、主流メディアとは異なる視点で分析。真の平和への国際連帯を目指す。

米国の「対テロ」という巨大な虚構②

2020-07-21 23:29:21 | 日記
 もはや歴史となりつつある2001年3月のイラク戦争を正しく検証するなら、当時のジョージ・ブッシュ米大統領(及びその閣僚)とトニー・ブレア英首相を戦争犯罪者と認定するのは困難でない。
 同様に現在のシリア戦争に関しては、間違いなくバラク・オバマ前大統領が戦争犯罪者に相当しよう。なぜかこうした論議は乏しいが、マスメディアの影響もあり、オバマ前大統領の当選前後から流された「草の根からの大統領」というブッシュ元大統領とは大きく異なるイメージが現在も払拭されていないため、前大統領が手を染めた戦争犯罪を検証する気運を妨げているのかもしれない。
 そもそもオバマ前大統領は歴代大統領と同様、数々の国連憲章・国際法の違反行為を重ねた。特に指摘されるべきは、①ベネズエラを「国家安全保障上の脅威」と難癖をつけ、現在に至る経済制裁を開始して同国に深刻な打撃と混乱をもたらし、②国連を利用して他のNATO加盟諸国等と共謀しながらリビアのカダフィ政権を空爆で打倒してリビアを破綻国家にし、③極右ネオナチと結託し、ウクライナで選挙により選出された大統領を暴力で倒すクーデターに加担し、④無人機を使った司法手続き抜きの違法な殺害作戦を頻繁化させ、大量の民間人死傷者を生み出した――といった行為が挙げられよう。
 自身の退任後も引き続き各国で惨状を深めている負の遺産を、これほどまで多く残した米国大統領も珍しい。それでも数十万人の死者や約700万人にも及ぶ国内外の難民を生み出し、インフラ等に膨大な物的損害を与え続けているシリア戦争の悲惨さは、①~④の事例を圧倒する。その責任の多くはオバマ前大統領に帰し、戦争犯罪に時効はない以上、歴史に正しくその罪状が記されねばならない。
 オバマ前大統領のシリアにおける戦争犯罪は、2012年に「材木用すずかけの木」(Timber Sycamore)という奇妙なコードネームが付けられた、CIAによる史上最大規模とされる秘密作戦を認可した以前から開始されている。その全貌は未だ解明されていないが、オバマ前大統領がどこまで初期のCIAのシリア介入に関与していたか不明ながら、内政干渉の禁止と紛争の平和的解決を定めた国連憲章の原則を蹂躙し、シリアに大惨事をもたらしたのは疑いない。

「テロリスト」を支援した前大統領

 しかも、オバマ前政権がアサド大統領の政権転覆を狙って主要には英国などNATOの一部加盟国やサウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、トルコ等の国々と共謀して武器・弾薬を供与したことにより、米国が「テロリスト」と呼ぶアルカイダ系のアルヌスラ戦線(現シャーム解放機構)やIS(イスラム国)といったイスラム過激派勢力の手に渡ってその戦闘力と影響力を大幅に強化させた。それによって、現在も終息の兆しが見えない戦争の激化を招いている。
 英国を拠点とする紛争地での武器の流入状況に関する非営利の調査機関「Conflict Armament Research」が17年12月に発表したレポート『ISの武器』は、14年から3年間かけてシリアとイラクにISが残した武器4万点の製造地から流入経路をリサーチした画期的内容だが、それによると90%が主に旧ワルシャワ条約機構加盟国内で製造され、その大半を購入したのは米国とサウジであった。
 レポートはこれらの武器について「ISが戦場で獲得したのか、他の武装勢力が売却あるいは与えたのか判明できない」としているが、購入国が大量の武器を紛争地で供与すれば、アルカイダ系と同様に最終的にどのような集団の手に渡るのかを予測したりコントロールするのは困難であり、かつそれを承知で供与したと思われる以上、オバマ前大統領の責任は免れるはずがない。
 この「材木用すずかけの木」を始めとする秘密作戦で「テロリスト」に武器を供与していたという事実は、米国の無法性のみならず、「対テロ戦争」なる名目の軍事行動で子供たちを始めとするおびただしい数の非戦闘員を殺傷しておきながら、当の「テロリスト」と公然と結託し、かつては攻撃対象にすると公言していた「テロ支援国家」に自国自身が転じるという欺瞞性を白日の下にさらした。それでもトランプ現大統領は17年7月に「材木用すずかけの木」作戦を打ち切らせたと伝えられているが、実際にそうなのか否かを判断する材料は現在まで乏しい。
 だが米国の手によってシリアをめぐる情勢が依然として泥沼化の一途をたどっている現在、この秘密作戦が国際的に戦争犯罪として認知され断罪されない限り、戦争の本質理解を妨げ、別の場所でも同じような米国主導の大惨事が再現しかねない。以下、関連情報も含めオバマ前政権のシリア戦争初期の主な秘密作戦と軍事介入の経過を時系列で追う。

数々の秘密作戦

●2011年初頭
 同年1月から始まったシリアの反政府デモが全国的に拡大。以後、騒乱状況が続く。米国は少なくとも2006年からシリアの「反体制派」と接触して資金援助し、騒乱状況下ではCIAが扇動工作を実施したとされる。
●2011年4~5月
 米・トルコ両軍が共同使用するシリア国境に近いトルコ南部のインジルリク空軍基地が置かれたアデナに、CIAやトルコとサウジアラビア、カタールの諜報機関が集まった「作戦センター」が秘密理に設置(同基地内との情報もあり)。以降、シリアのアサド政権の転覆を目指して反アサド勢力への武器供与や軍事訓練、情報工作が本格化。一方で11年から14年までにCIAと米軍内の特殊部隊を統合指揮する特殊作戦軍がブルガリア一国だけで計5憶ドル相当の武器を購入し、シリアの武装勢力に供与。
●2011年8月~12年8月
 リビアの首都トリポリが陥落してカダフィ政権が打倒された直後から、カタールがCIAと協力して旧政府軍によって残された対戦車ミサイルやライフル等の旧ワルシャワ条約機構加盟国製兵器を総計2750トン輸送し、シリアの武装勢力に供与。また、リビアのアルカイダ系「リビアイスラム戦闘集団」(LIFG)の戦闘員もCIAとカタールが輸送し、トルコ経由でシリアに侵入させた。
●2012年2月24日
 米インターネットサイト「World Net Daily」が、米陸軍と見られる指導官がヨルダン北部のシリア国境に近い砂漠地帯のキャンプで、シリアに送り込む戦闘員に軍事訓練を施していると報道。
●2012年半ば~2013年初頭
 CIAのデビット・ペトラウス長官(当時)の提案をオバマ前大統領が認可し、「材木用すずかけの木」作戦が本格的に発動。「穏健派」「世俗主義」とされる武装勢力への直接の支援開始。当初は通信機器等が中心だったが、徐々に武器供与がエスカレートした模様。また年間100万ドルを投じて1万人の戦闘員にヨルダンやトルコで軍事訓練を施したが、ほとんどがアルカイダ系のアルヌスラ戦線やIS等のイスラム過激派勢力に合流したとされる。
●2012年12月~13年3月 
 サウジがクロアチアから大量の旧ソ連製兵器を購入し、トルコ経由でシリアの武装勢力に供与。
●2013年5月14日
 ロイター通信が、当時CIAの「指示」を受けてカタールが東欧で兵器を買い付け、トルコに海・空路で輸送した後、そこからトラックで武装勢力に運搬され、一部はアルヌスラ戦線など「強硬派」にも渡されていると報道。
●2013年12月 
 オバマ前大統領が、サウジへの高性能対戦車ミサイルTOWの1万5000発売却を許可。TOWは翌年からアルヌスラ戦線を含む武装勢力の手に渡りシリア政府軍を苦戦に追い込む。
●2015年秋 
 米国政府の入札公示サイト「Federal Business Opportunities」から、この時期米国が東欧のクロアチアやブルガリア等から81コンテナ、994トンもの旧ソ連圏製武器・弾薬をサウジの資金で購入し、ヨルダンとトルコに運送した事実が判明。これらの武器は、シリアの武装勢力に渡った。主な内訳は、AK-47ライフルと軽・重機関銃計1万8790丁、9M111対戦車ミサイル2万1693発、RPG-7(PG-7VT)携帯対戦車榴弾発射器12万9139発等。

存在しない「穏健派」

 オバマ前政権は終始、「米国は審査された穏健派(moderate)の武装した反政府勢力メンバーに対する支援を通じ、彼らの戦闘能力を構築することにコミットしている」(14年当時の国家安全保障会議のバマデッテ・ミーハン広報官)という公式見解を繰り返してきた。米国が支援しているのはシリアの「穏健派」で、アルヌスラ戦線やISといった「過激派」ではないという立場だ。
 だが繰り返すように、このような言い訳はまったく意味をなさない。そもそも立ち入り困難な戦場で、溢れている兵器の供給先がどこであり、かつそれを使用している戦闘員の身元を、誰がどのような方法で「審査」するのか。
 しかもこの「穏健派」とは、シリア政府軍から離脱した元将校らが戦争初期の11年7月に結成した「自由シリア軍」(FSA)が代表的だが、政府軍との戦闘では様々な勢力が混在して「穏健派」と「過激派」を識別するのは不可能だ。にもかかわらずオバマ前政権がこうした妄言を繰り返していたのは、「過激派」の手を借りてもいいからアサド大統領を打倒したいのが本音だからに違いない。
 特に戦場では、戦闘力の点でアルヌスラ戦線やISといった「過激派」の方が前者を圧倒しており、必然的に「穏健派」は共闘するか、あるいは指揮下に入るのを選択することになる。また戦闘員も、より強力な武装集団に合流する傾向が強く、FSAが最後まで反政府勢力の中軸となりえなかったのもそのためだ。FSAはヌスラ戦線を「パートナー」と呼んでいたとされるが、当然、「穏健派」が有しているTOW等の高性能米国製兵器は容易に「過激派」に渡る結果となる。

アルヌスラ戦線幹部の証言

 実際、英『インデペンデント』紙の著名な中東ジャーナリストであるパトリック・コックバーン氏が15年に刊行した著書『イスラム国の勃興』(The Rise of Islamic State)に、以下のような記述がある。
「シリアに近い中東のある国の諜報機関員が私に語ってくれたことがある。『ISが言うには、高性能兵器がどんな集団であっても反アサド陣営に高性能兵器が供与されば嬉しいのだと。なぜなら力で威嚇するか、カネを払うかしてそれを取り上げることができるからだ』と」
 加えて、ドイツ・ケルンの日刊紙『ケルナー・シュタット=アンツァイガー』16年9月26日付には、政府軍によって陥落させられる前のアレッポでインタビューに応じたアブ・アル=エズと名乗るアルヌスラ戦線の幹部の発言が掲載されている。
 それによるとこの幹部は、「米国は我々の側にある」と明言。さらに「TOWを得たことで、政府軍との互角の勝負ができるようになった」と強調し、この対戦車ミサイルがFSAを経由せず「直接与えられた」と証言している。
「直接」供与したのがサウジなのか米国なのか不明だが、アルヌスラ戦線には諜報機関の関係者を指すと見られるトルコとサウジ、カタールのみならず、イスラエルと米国の「将校」(officers)もいたという。ちなみにISとの共闘を認めながらも、次のように語っている。
「ISは米国のような大国の利害や政治目的に沿って使われている。彼らは、我々の原理原則からはそれてしまった。ISの大半の指導者は諜報機関員と行動を共にしている。我々にはよく知られた事実だが」
 IS という組織の実態を示唆しており興味深いが、いずれにせよこの発言から、「穏健派への支援」という建前のみならず、「対テロ」なる米国の軍事作戦の大義名分がいかに虚構に満ちているかが理解されよう。この虚構が虚構として暴かれない限り、オバマ前大統領の戦争犯罪も見過ごされることになる。