成澤宗男の世界情勢分析

米国の軍産複合体の動向と世界一極支配に向けた戦略を、主流メディアとは異なる視点で分析。真の平和への国際連帯を目指す。

新閣僚人事と「軍産複合体」②

2020-11-25 17:03:57 | 日記
 前稿でも触れたように、ミッシェル・フロノイはビル・クリントン政権の副国防次官補を2001年に退任後、上級顧問としてワシントンのシンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)に入る。だが07年1月、2年後にバラク・オバマ新政権の国防次官に就任する以前の段階で、自ら新米国安全保障センター(CNAS)というシンクタンクを立ち上げた。
 現在、米国の有力シンクタンのなかでCNASは最も歴史が浅く、比較的小規模だが、前稿で紹介した報告書『政府及び政府と契約した軍事請負業者が米国のトップ50のシンクタンクに資金を投じている』によると、得た資金総額では14年から19年にかけて895万6000ドルで、2位となっている。しかも総額のうち、約700万ドルがノースロップ・グラマンを筆頭に、ロッキード・マーチンやジェネラル・ダイナミックス、ボーイングとった軍事産業の献金で占められている。この事実は、フロノイ=CNASが「軍産複合体」で揺るぎない地位を占めるに至っている事実を示唆していよう。
 このうち、ノースロップ・グラマンについてはCNASのHPによると、正確な額は不明だが、最高額の19年10月から20年3月まで「50万ドル以上」の献金をしている枠内でトップを占める。この枠の2位が「メディア王」ルパート・マードック一族の財団「クアドリビアム・フォンデーション」で、3位が保守系シンクタンクや内外の研究プロジェクトを支援している「スミス・リチャードソン・フォンデーション」。4位に、国務省という順だ。
 全体で4番目の「10万ドルから24万9999ドル」の枠内にようやくロッキード・マーチンが食い込み、5番目の「5万ドルから9万9999ドル」の枠内に英国の軍事・情報・宇宙関連企業のBAEシステムズとレイセオンが見いだせる程度。いかにノースロップ・グラマンがCNASに対し、資金面で貢献しているかがうかがえるが、その理由については今後の調査が必要だろう。
 ちなみに、全シンクタンクで収入額トップのランド研究所は10億2910万ドルとケタ違いだが、こちらは創立時に空軍が関与し、政府の大型プロジェクトを中心に受注して運営しており、「別格」と見なされよう。
 いずれにせよ、日本でもおなじみの外交問題評議会やブルッキングスといった「老舗」より資金面で差を付けているばかりではなく、いまや現実のワシントンでの政治的影響力の面で、CNASは以下の指摘のようにさらに際立った存在となっているのは疑いない。
「CNASは、過去10年間にわたる民主党の外交政策に着手した形跡を残している。その超党派的様相と中道派的アプローチによって、オバマ政権とヒラリー・クリントンの大統領選挙時の行動と理念を形作った、手堅い外交政策の非常に重要な供給源の役割を果たしたのだ」(注1)

有力シンクタンクとなったCNAS

 後述するようにフロノイの軍事・外交政策を「中道的」と見なすのは不正確である点を別として、その躍進については2つの理由が考えられる。まず、2期8年続いたブッシュ共和党政権後に登場したオバマ民主党政権が新たに軍事・外交チームを形成するにあたって、08年の大統領選挙時を含めCNAS設立者のフロノイと、もう一人の共同設立者であり、同じ国防副次官補であったカート・キャンベルを始めとするクリントン民主党政権時代の人脈が集まったCNASに頼る必要があった点。
 事実、オバマ新政権発足にあたって国防次官となったフロノイは、CNASから7人のスタッフを国防総省内に送り込み、国務次官補(東アジア・太平洋担当)となったキャンベルも、1人のスタッフを国務省に送り込んでいる。これとは別にもう一人が、ホワイトハウスの国家安全保障会議に加わっている。
 次に、CNASを民主党系だけの人脈で固めなかったこと。例えば、ブッシュ政権時の国務次官だったリチャード・アミテージがCNASの取締役会に加わっている。12年から19年までCNASの所長だったリチャード・フォンテインも、オバマと大統領選挙で争った共和党上院議員の故ジョン・マケインの外交顧問を経験し、ブッシュ政権時の国家安全保障会議スタッフだった。
 しかも同じ共和党系でも、ブッシュ政権1期目の「9・11事件」から「対テロ戦争」にかけての時期に、政権の内外で圧倒的な影響力を誇った「ネオコン」と呼ばれる極右勢力がCNASに合流しているのは見逃せない。その好例が、オバマの批判者ながら14年10月に上級研究員として加わったエリオット・コーエンだろう。ブッシュ政権の初期にイラク戦争を推進する上で大きな役割を果たし、「ネオコン」の牙城でもあった「国防政策諮問委員」メンバーであり、この潮流の理論的支柱として知られている。
 加えて、2009年から2012年までCNASの所長だったジョン・ネイグルは軍人出身で、イラク戦争開戦時に陸軍中佐として従軍。その後、国防総省内でやはりイラク戦争を引き起こす上で極めて重要な役割を果たし、ブッシュ政権内「ネオコン」の代表格であった国防次官のポール・ウォルフォイッツのスタッフを経験している。ネイグルは「対テロ戦」の専門家として名高く、CNASが当初、「対テロ戦」の分析と理論を売り物にすることで伸長したのは、この人物の存在が大きい。
 もっとも、「軍産複合体」自体が「超党派」で存立している以上、そのイデオログーを「民主党系」とか「共和党系」と区分することにさしたる意味はないかもしれない。おそらく党派に関わりなく、①対外軍事介入や戦争に関する積極性②あからさまな世界一極支配の意欲の度合い③軍事費増額の許容範囲④外交的手段に関する重きの置き方といった項目で、個々の見解が分かれていくと思われるが、これらについて極端であからさまな姿勢を隠さないのが「ネオコン」と呼ばれる潮流に他ならない。

初の「ネオコン」国防長官へ

 それを踏まえるならば、仮にフロノイがメディアの予想通りにバイデン新政権の国防長官に就任した場合、この潮流の存在が表舞台でクローズアップされるようになった冷戦終結以降、初めて「ネオコン」が国防総省のトップの座を奪還するという穏やかならざる事態となる。おそらく、ブッシュ政権(父親)の国防長官だったディック・チェイニー(息子のブッシュ政権の副大統領)を「ネオコン」と見なす側からすればこうした指摘に異議があるだろうが、下院議員を経験したチェイニーはフロノイと比較してまだ発言に抑制があった。現時点で関心が向けられるべきは、「新国防長官」の性別ではないだろう。
 フロノイの「ネオコン」との親和性、あるいは一体性を示す例は少なくないが、最も知られているのはイラク侵略後、同国内で武装勢力の戦闘で米兵の死傷者が増加の一途をたどっていた2005年の1月28日、「ネオコン」を総結集したシンクタンクの米国新世紀プロジェクト(PNAC)が上院に提出した「米軍の陸上兵力の増員を求める」(注2)と題した書簡に、フロノイの名前がフランク・ガフニーやロバート・ケーガン、ブルース・ジャクソンといったこの潮流の在野の代表的論客と共に加わっていた点だろう。
 PNACは、クリントン政権時の1997年に結成。主要メンバーが2001年に発足したブッシュ政権内の軍事・外交のポジションに選出されるとともに、それ以前の2000年9月に発表した戦略文書『米国防衛の再建計画』で、ブッシュ政権が発足後開始した米国の世界一極支配に向けての対テロ戦争の見取り図をすでに先取りした内容を示していた点でも知られる。さらにPINACとその「ネオコン」はクリントン政権に対し、イラクへの武力侵攻を執拗に促したが、チェイニーやウォルフォイッツを筆頭にブッシュ政権に主要メンバーを送り込むことによってその野望を実現した形となった。
 すでにアフガニスタンやイラクでの戦争で当初の思惑が外れ泥沼化していくなか、2005年の書簡は両戦争で人員が不足し、中東の駐留にも支障が出るとして、陸軍と海兵隊の計2万5000人規模の増員を求めている。自身が扇動した戦争が頓挫した挙句、若い血をもっと投入しろと要求しているのに等しいが、民主党系では珍しくフロノイがこの文書の署名者に連なっていたのは、「超党派的」や「中道派」といったCNASのイメージが、およそ彼女にはそぐわないという事実を示していたに違いない。
 また、オバマ政権の2期目に国防長官のロバート・ゲイツが辞任した後、2011年7月にレオン・バネッタ、そして2013年2月にその後任としてチャック・ヘーゲルへの二度の交代劇があった際に、ウォルフォイッツら「ネオコン」の有力者がフロノイをこのポストに就けようと工作していた。いずれも成功はしなかったが、フロノイの立ち位置を考察する上で重要なエピソードとして記憶されよう。
 同時に、「全世界規模の軍事活動の強化」を唱道していたPNACが「不釣り合いなほど巨大軍事企業や石油企業から資金を与えられ、支援されていた」だけでなく、創立者のブルース・ジャクソン(1996年の大統領選挙に共和党から立候補したボブ・ドールの顧問)がロッキード・マーチンの役員で、シンクタンクの活動を「攻撃的に外国への兵器輸出を推進する努力」(注3)と一体化していた事実がある。「軍産複合体」にあっては、声高に積極的対外軍事活動を主張する論者が優遇されはしても、糊口を凌ぐような境遇に甘んじる可能性は乏しいという典型例だろうが、フロノイもこうした実例をまたもや示すことになる。2012年2月に国防総省ナンバー3の座を降りた後、軍事産業のブローカーまがいの仕事を立ち上げたのだ。

二人三脚で利益相反

 この11月23日、バイデンの政権移行チームは、次期国務長官にアントニー・ブリンケンを指名した。彼はオバマ政権時代に、副大統領のバイデンの国家安全保障問題担当大統領補佐官、オバマの副大統領補佐官、そして国務副長官を経験している。フロノイと同じくCSISにも一時籍を置いたが、前稿で紹介した民主党の全国大会代議員約400人によるバイデン宛の公開書簡で示された「閣僚拒否リスト」の筆頭に挙げられ、以下のように指弾されている。
「ブリンケンはあなたの長年の上院議員時代における外交政策の側近で、副大統領補佐官であり、恐ろしいイラク侵攻を支持するあなたの立場を練り上げたのだ。彼はウェストエグゼック・アドバイザーズという自身の会社の共同設立者で、この会社は国防総省に、無人機戦争での地表探索用ソフトウェアを開発するシリコン・バレーの会社と契約するよう売り込んでいる」
 このウェストエグゼック・アドバイザーのもう一人の「共同設立者」こそ、フロノイに他ならない。この二人については、まとめて次のようにも評されている。
「アントニー・ブリンケンは、オバマ政権時代のすべての侵略的方針決定について主要な役割を果たした。それからブリンケンは共同でウェストエグゼック・アドバイザーズを設立し、企業と国防総省との契約交渉から利益を得ており、そうした契約の一つにグーグルの無人機用のAIテクノロジー開発が含まれていたが、怒ったグーグル社員の反抗で中止となった。
 クリントン政権以来、ミッシェル・フロノイは米国の世界的戦争と軍事支配に向けた違法で帝国主義的なドクトリンの主要な設計者だった。オバマの国防次官として、彼女はアフガニスタン戦争のエスカレートと、リビアやシリアへの介入を画策した。国防総省での勤務の仕事の合間に、彼女は悪名高い回転ドアのやりかたで、ペンタゴンに契約を求める会社にコンサルタントをしたり、CNASと呼ばれる軍産複合体のシンクタンクを共同で設立し、今やアントニー・ブリンケンとウエストエグゼック・アドバイザーも共同経営している」(注4)
 このウエストエグゼック・アドバイザーは、同社のHPによると「複雑で不安定な国際分野でビジネス・リーダーが最善の決定ができるよう力添えするため、比類のない地政学的、政策的エキスパートをオッファーする戦略顧問会社です」とある。会社に控えているのが国家安全保障問題担当大統領補佐官や国防次官の経験者なら、誰しも「ビジネス」に役立つような「比類のない」アドバイスを期待するかもしれない。だが同社の業務が秘密主義に包まれているにせよ、「回転ドア」特有のうさん臭さが付きまとう。
 ありたいていに言えば、「ブリンケン・フロノイ両人が自分たちの政府や軍、ベンチャー・キャピタル関係者、大会社のリーダーといったコネのデータベースを使い、企業に国防総省との契約をかちとるよう援助する」(注5)会社である以上、利益相反が疑われないはずがない。
 このため、女性を中心に以前から活発な反戦運動を展開している市民団体「コード・ピンク」は11月から、以下のような要請をメンバーや支持者に発信している。
「ジョー・バイデンは、悪名高い戦争屋でタカ派のミッシェル・フロノイを国防長官に選出すると見られており、彼女は国防総省時代にイラクやリビア、シリアの戦争を支持し、国防総省の軍事IT契約企業であるブーズ・アレン・ハミルトンの役員でした。直ちに地元の上院議員に連絡をとり、伝えてください。軍事産業の仲間で戦争屋のタカ派を、大統領の閣僚に入れるな!と」
 
この先に何が

 また、民主党下院議員のバーバラ・リーとマーク・ポカン両名も11月12日、名指しこそしないがフロノイを念頭にして「次期国防長官が、国防総省と契約している軍事産業と、以前に顧客関係にあるようなことがないよう求める」という内容の書簡を提出している。だが、大統領当選者や、その国防長官の指名を承認するか否かの権限を有する上院議員らに、「軍産複合体」特有の利益相反に敏感であるのを期待するのは、空しい試みだろう。事実、フロノイの「同僚」のブリンケンは、すでに政権の最も枢要なポストの一つの指名を得ている。
 フロノイらにまつわるような腐敗は米国の宿痾だが、米軍の戦争相手の標的にされている国々やその周辺諸国にとっては、生命に直結する問題となる。特に外交誌『フォーリン・アフェアーズ』6月号に、「米軍が南シナ海で72時間以内に、中国海軍の艦船と商業用船舶のすべてを撃沈すると確実に脅せるような能力を持てば」、中国側に「台湾封鎖か侵攻」の前に「全部の艦隊を沈められても」実行するに値するかどうかを考えさせて、抑止効果が期待できるというような趣旨の主張を公言しているような女性が国防長官にでもなれば、政府や主要メディアが十年一日の如く「日米同盟の強化」を唱えている日本の民も、無関心ですまされないのではないか。
 フロノイが国防総省在職中に手掛けた戦略策定や、軍事行動に関する諸決定を詳細に検討する余裕は本稿にない。だが俯瞰的にみれば、少なくとも「ネオコン」のウォルフォイッツらがブッシュ政権(父親)内で冷戦終結後に考案し、その後の米国のグローバルな軍事展開の基本的指針のオリジナルとなった戦略文書『1992年防衛計画ガイダンス』の草案(注5)を忠実に、かつ他者よりも呵責のない手段で実行しようとしているのがフロノイであるのは、疑いないだろう。
 別名「ウォルフォイッツ・ドクトリン」とも呼ばれているこの草案には、①米国と対抗し得るような大国や挑戦者の存在の拒否②エネルギー地帯におけるヘゲモニーの占有③圧倒的に優勢な軍事力による世界一極支配④自国の行動の束縛につながる一切の否定といった、国連憲章が形成を目指す世界の平和的秩序とは真逆のディストピアが構想されている。フロノイが「ネオコン」初の国防長官に就任するか否かに留まらず、我々は「新政権」誕生を前にした今、この世界帝国が人類の未来に投げかけている暗部のただならぬ深さについても凝視すべきではないのか。

(注1)Meet the Hawkish Liberal Think Tank Powering the Kamala Harris Campaign(https://inthesetimes.com/article/center-new-american-security-cnas-kamala-harris-foreign-policy-2020)
(注2)Letter to Congress on Increasing U.S. Ground Forces(https://stevegilliard.blogspot.com/2005/01/enlist-peter-enlist.html)
(注3)The Military-Industrial Complex and US Military Spending After 9/11 (https://digitalcommons.fiu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1027&context=classracecorporatepower)
(注4)Will the Biden Team be Warmongers or Peacemakers?(https://www.globalresearch.ca/will-biden-team-warmongers-peacemakers/5729072)
(注5)これについては、1992 Draft Defense Planning Guidance(https://militarist-monitor.org/profile/1992_draft_defense_planning_guidance/)の解説が詳しい。