「ハッピー・ハッピー・ライフ」
ダブリンの雑誌のインターン・フォトグラファーとして、ダブリン中を北へ南へ東へ西へ、すっ飛んで歩く日々が続きます。仕事にも慣れ、一日の終わりにはヘロヘロになりながらも、毎日ハッピーに撮影に励んでおりました。
毎日どんなことをやっているかと言うと、近々発行予定の「The Best of Dublin」特集のため、膨大な取材リストに沿って撮影しつつ、その間にも事務所のスタッフから舞い込んでくる仕事(「来月号にこのレストランの広告を載せるから、店内の写真撮ってきて」とか「ジョージズストリート・アーケードのサンドイッチ屋に行って、そこのオーナーを撮影してきてくれないかな。彼が不機嫌そうにしかめっ面してる写真が欲しいんだ」とか「明日の2時45分にアポ取ってあるから、この出版社の編集長を撮って来て。彼は3時からミーティングがあるから15分以内で完璧な写真を撮って来いよ」とか「ダブリンのカフェを回って、そこのお客さんたちの写真を自然な感じで撮ってきて」などなど・・・)をこなす、といった具合。
外回りを終えて事務所に戻ると、まずその日の撮影分をチェックし、後でアート・ディレクターのIがそれらをPCに落した時に判別しやすいように、撮影場所とデータ・ナンバーをメモします。そして取材先リストをにらみつつ、明日はどこをどう回ろうかとスケジュールを立てます。撮影場所があちこちに散らばっている場合、能率的に回らないと時間ばかり食ってしまい、下手すると1日2、3ヶ所ぐらいしか撮影できない、という羽目になってしまうので。とは言っても、ダブリンの中心地から離れた取材先へ勇んで向かったものの、「ちょっと今、オーナーがいないから、撮影は無理だな。昼過ぎにオーナーが戻ってきてるから、その頃に出直してくれる?」などと言われてしまい、思いっきりスケジュールが狂う、ということも珍しくありません。ホテルや高級レストラン、美術館や図書館などの公共施設などは、概して撮影に関してはうるさいです。そういう場所はメディアの露出に対して神経質なので、矢継ぎ早にどんな写真を撮るつもりなのか?それには記事は付くのか?だとしたらどんな内容なのか?その内容を事前に見せてもらえるのか?など、いろいろ突っ込んできます。その反面、「雑誌の取材?おお、いいよ。好きに撮んな」的にうるさいことなど一切言わない、こだわらない場所もあります。
「クラレンス・ホテル」
言わずと知れたU2のボノとエッジ経営の高級ホテル。テンプル・バーというオシャレなエリアで落ち着いた自信を漂わせながら建っています。1階にあるバーを撮影するため、朝もはよからクラレンス・ホテルを訪れた私。このホテルには何度か来たことはあります(と言っても宿泊客としてではありません。こんな高いホテル、この私が泊まれるわきゃない)。中はシンプルながらもゴージャスな内装で、相変わらずこじゃれた雰囲気。フロントに近づいて自己紹介し、取材したい旨を告げてみました。が、フロントの美人のお姉さんは一言、「うちは取材をお断りしております」。う~む、キッパリ。「え~、そこを何とかさぁ~、どうよ、ちょっと考えてみてよ」とはとても言えない空気がそこに。ホテルスタッフの感じはいいし、別にお高くとまってる訳ではないんだけど、やはりダブリンの名物ホテル、取材規制の壁は厚いようです・・・(その代わり、ダブリン4区にあるフォーシーズンズ・ホテルはいきなり飛び込みで行ったのに、その場で撮影させてくれました。多謝)。
「離婚ならおまかせ!凄腕弁護士さん」
離婚訴訟ならこの人に頼め!ってな感じの、凄腕女弁護士さんに突撃取材。とは言え、この時は事前にオフィスの電話番号を調べ、彼女の秘書にしっかりアポを取ってもらいました。いきなりふらっと立ち寄っても、会ってくれるわけありません。アポ時間は朝の8時!忙しい弁護士仕事の前に、取材をやっつけちまおう、という感じでしょう。コノリー駅のすぐ横の、立派なオフィスビルに事務所を構えるこの弁護士さん、さすが売れっ子です。当日、彼女の秘書が私を静かな待合室へ案内してくれました。う~む、出入りする人たちは皆いかにも弁護士!といった様子の、一分の隙もないスーツ姿。いつものようなTシャツ、ジーンズ姿ではないにせよ、どう考えても場違いな私です・・・。こ、こわい・・・。遅れること5分、エレベーターのドアがシュッと開いて、風格のある女性(ちょっとキャシー・ベイツ似)が颯爽と現れました。一見して、味方にしたら百人力、が、敵には絶対回したくないタイプの弁護士さんです。テキパキと、でも暖かく私を迎えてくれ、自分のオフィスへ案内してくれる彼女。「さ、始めましょうか。どうしたらいい?あなたの言うとおりにするわ」とデスクの向こう側から私をじっと見すえてきます。弁護士なんて人種には日本でもアイルランドでも接したことのない私、今まで縁のなかったこの空気に相当びびってしまいました。が、私はカメラマン、ここは私がしっかりリードしなくちゃいけない場面です。自信たっぷりの、迷いのない声音(のつもり)で、「ええ、じゃ、まずこの窓辺に立って頂いて、あの茶色のビルを見つめていて頂けますか、はい、いいですね~、軽くアゴを上げて遠くを望むように・・・、はい、結構です。素晴らしい。次はこちらのデスクに座って、この書類をここに広げて・・・、で、このペンを片手にテキパキと仕事を進めているといった感じで・・・、はい、今度はカメラに目線を頂けますか。こちらをじっと見つめてください。そうそう、すごくいいです」などと声を掛け、彼女の周囲をぐるぐる回りながら、夢中で撮影を進めて行きました。撮影終了後、そのいかめしいビルを出て、眩しい朝の太陽を浴びた途端、一気に緊張が解けました。はぁぁぁぁ・・・・。
(後日談:アート・ディレクターのIは、椅子にふんぞり返ってこちらを睥睨する彼女の写真をPCに落した際、自分への覚え書きとして、「リーガル・ビッチ」とタイトルを付けてました。ひで~なぁ・・・。でも何となく納得・・・)
「ナショナル・ギャラリー」
私の大好きな美術館。今日は取材で訪れたため、いつものように、カラヴァッジオの絵に直行するわけにはいきません。いつもはさっさと素通りする1階のインフォメーション・デスクへ向かい、取材要請をしてみました。デスクの女性曰く、「この美術館を取材する時は、申請書を提出してもらうことにしているの。それに記入してもらって、うちが受理してからじゃないと撮影は無理なのよ。あなたのメールアドレスにその申請書を送るから、それをプリントアウトして、必要事項を記入してから送り返してもらえるかしら?」とのこと。そりゃそーだ。ここは美術館、「どうぞお好きに」ってな展開になるわけがない。私だって静かに絵を鑑賞してる脇で、バシャバシャ撮影してる奴がいたら絶対に頭きちゃうし。ということで、その日はメールアドレスを置いて素直に引っ込んだものの、その後、待てど暮らせどその申請書が来ない!しびれを切らして問い合わせてみると、「あら、とっくに送ったはずなんだけど。まだ届いてない?じゃ、また送るわ。念のため、もう一度アドレス教えてもらえる?」との返事。え~、ホントは送るの忘れてただけじゃないの~?しかし、再度丁寧にアドレスを教えたにも関わらず、メールは来ず。まったく何やっとんねん!その女性がまた送るのを忘れたのでなければ、そのメールはサイバースペースの闇に消えたようです・・・・。結局、外観のみの写真を使用して幕。
「ダン・レアリーの魚屋」
ダブリン市内からバスにごとごと乗って海辺の町、ダン・レアリーへ。ここは開放的な雰囲気を持つ海沿いの町です。そこの港の突端に建つ小さな魚屋を突撃取材。新鮮な魚の数々に思わず心躍ります。だみ声でテキパキと客をさばいている、黒いゴムの魚屋エプロンを着けたおばちゃんに「撮影させてくださ~い♪」とお願いしてみました。一見、「あ~、いいよ。勝手に撮んな」的面構えでしたが、意外にも「今、オーナーいないからさ、私が許可するわけにゃいかないのよ」と断られてしまいました。せっかくここまで来たのにぃぃ~!とガックリ。とはいってもこのおばちゃん、そのオーナーのケータイに連絡を取ろうと試みてくれたり(結局、つながらなかったけど)と親切ではありました。が、せっかくここまで来て手ぶらで帰るのはシャクなので、「分かりました。じゃ、出直します」と素直に引き下がる振りをして、ちょっと店から離れてからこっそり外観を撮影。結局、それが使われることになりました。
「カペル通りのアダルト・ショップ」
カペル通りに面したショーウインドーに、エロエログッズがずらりと並ぶ「大人のオモチャ屋」。いくら取材とは言え、この昼日中の人通りが多い時間帯、中に入るのを見られたらこっぱずかしいなぁ・・・。狭い店内には一目で用途が明らかなモノから、一体何じゃ、これ??というモノまで、様々なグッズが棚から壁までぎっしり。ずらりと並んだおっぱい型の壁掛けなどは、実に壮観、実に見事。店にいた若いお兄ちゃんに自己紹介すると、「オーナーは2時ごろにならないと戻ってこないんだよね。だからちょっと待っててよ」と言われてしまい、図らずもどぎついグッズに囲まれ、オーナーのお帰りを待つ羽目になってしまいました。店のお兄ちゃんが勧めてくれた椅子に座って待っている間にも、お客さんが入ってきます。店の隅の椅子にぽつんと腰掛けている私は、誰かが入ってくる度に「何だ、こいつは?」みたいな怪訝な顔をされてしまいました。しょーがないじゃないのよっ、別に自分の趣味でここにいるわけじゃないわよっ!が、目は自然にエログッズの方へ・・・。考えてみれば、こういう店に入ったのは初めての私、ハッキリ言ってかなり興味シンシンです。しばらく店内をうろちょろしているうちに、「あ、あの下着かわいいじゃん。パンツと言うよりただのヒモだけど、色がステキ。買おうかな・・・」などと考え始めている始末。店内探索に夢中になっていると、ようやくオーナーが戻ってきました。何となくウィリアム・バロウズ(「裸のランチ」等の作家)に似たおじいさんオーナー、そのバロウズ面に反して意外にもすごく協力的。ここぞとばかりにおっぱい型のおもちゃの前や、どぎついエロ雑誌の棚の前などあちこち引っ張りまわして、撮影させて頂きました。とても楽しかったんだけど、店から出る時はやっぱり恥ずかしかった・・・。
ゲイパブ「The Geroge」
ジョージズ・ストリートの名物ゲイパブ。ここは日中行ってもそれらしい雰囲気の写真は撮れないので、事前に取材要請をしておき、夜遅くに出直すことにしました。以前、客として何度か入ったことのあるこのパブ、もちろん女性も何の問題もなく入れます。夜9時ごろ訪れてみると、男性客7割、女性客3割といったところ。店のあちこちでは、ぺったりくっつきあった男性たちが楽しげに語らってます。大きなカメラをぶら下げた私が店内をウロウロしているとハッキリ言ってかなり目立ちます。何人かのお客さんに近づいて、「雑誌のカメラマンなんですけど、あなたの写真、撮らせてもらえないですかね?」と頼んでみると、割と気軽にOKしてくれました。頼んでもいないのに連れの男性に思いっきりぶちゅっとキスしている写真を撮らせてくれた男性も・・・。が、もちろんキッパリ拒絶する人たちもいて、中には私にそっと近づいてきて、「俺のことは絶対に撮らないでくれよ」とはっきり釘を刺すお客さんもいました。しばらくすると、1階の舞台で美しきゲイのおねえさまたちによるショーがスタート。すでにお客さんでぎゅうぎゅうの舞台前、どうにか前に進もうと四苦八苦している私を見たスタッフが、他のお客さんをかき分けて、私を舞台のまん前にいざなってくれました。事前にオーナーから通達が届いているらしく、バーのスタッフからドアマンまで店内のスタッフ全てが、可能な限り私に協力してくれるのです。み、みんな優しい・・・。ド迫力のショーが始まり、夢中で撮影している私に、おねえさまたちはしっかりカメラ目線のセクシーポーズを取ってくれたりと、神経を使いながらも楽しい撮影ができ、ハッピーな一夜でした。目にも毒々しい、いや、艶やかなメイクとドレスをまとったおねえさまたちのショーもかぶりつきで堪能できたしね。
「オーガニック・フード配達します」
ダン・レアリーに住む女性、オーラによるオーガニック・フードのデリバリーサービス。自宅を拠点にビジネスを展開しているので、彼女のお宅まで取材へ伺ってみました。しかし、彼女のお宅へたどり着くまでが問題で、住宅街の一角にあるため、何度も何度も電話して行き方を確認しているにも関わらず、ウロウロと迷い続けてしまいました。ようやく彼女の家を見つけた時には、私の行方を心配していた彼女とそのお母さんは、家の前で私を待っていてくれるという有様。うう、感涙・・・。ちょうど配達に行く前だった彼女の家には、色とりどりの新鮮な野菜がどっさりと置かれていました。配達先ごとに白い布製のバッグに野菜を詰め、各家庭へ配っていくスタイル。各バッグに名前と住所がペンで書かれています。そのうち、彼女のご主人も戻ってきて、その野菜を切って味見させてくれたり(どれも最高にウマイ)、コーヒーやらケーキやら、いろいろな物をご馳走になりながら、ゆったりとおしゃべりに興じ、午後のひとときを過ごしました。みんな底なしに暖かく、気取りがなく、陽気な一家で、いつのまにか私も、みんなと一緒に配達先ごとに野菜を分けるのを手伝い、その時々で撮影し、何だか仕事と言うより、知り合いのお宅に遊びに来たかのような感じ。裏庭には緑の芝生をバックにして、デリバリー用の白い布バッグがずらりと干されており、午後の気だるく静かな時間、それがすごく平和な感じがして印象的でした。最後は私の方向感覚を心配したこのご夫婦、配達に行くついでに、私を最寄りのバス停まで送ってくれたりと、最後までお世話をかけてしまいました。すごく心がほんわかした取材だったなぁ・・・。
何と言ってもこの仕事の喜びは、この街に住むあらゆる人たちと出会えること、それに尽きます。撮影自体は上手くいかないときもあるけれど、様々な職の人々と話ができる、というのは何にも換えがたい経験です。イグアナを片手ににっこり笑う、動物への愛が溢れるペットショップのオーナー、誇り高き高級レストランのシェフ、私が東京から来たと知るなり、大好きだと言う「ロスト・イン・トランスレーション」の話を延々と語る皮膚科医さん、ランチ中のワーキング・マン&ウーマン、意外にひょうきんだった教会の司祭さん、一枚一枚の絵に関して情熱的な講釈を与えてくれたアート・ディーラー・・・・。どうやったらこんな仕事、楽しまないでいられましょう。もちろん楽ではないし、大変な思いもするけれど、そんな苦労もひょいっと超越させてくれる喜びがこの仕事にはあります。
また仕事以外にも事務所の空気にも馴染んできました。歩き疲れてふらふらになりながら事務所に戻って来ると、なぜかドアが閉まっている。あれ?まだ終業時間にもなっていないのに、何で誰もいないの???と途方に暮れていると、編集長Tが階段を駆け上がってきて、「よぉ~、お帰り!今日はめちゃくちゃいい天気だろ、今、下のパブの、外に置いてある椅子に座って、みんなで飲んでるんだ。すぐ降りといで!」と引っ張っていかれたり、毎月載せているワイン紹介のページのため、数本のワインを撮り終えると、副編集長Eが、「1本開けちゃえ」と言って、他のスタッフも交えて午前中からワインのテイスティング大会が始まり、「あ、このチリワインも飲んでみたい」と勝手に開けちゃったりと、何だか相当ゆるい空気です。私は私でいればいいんだ、と感じさせてくれるこの空気がとても好きでした。取材先のフィッシュ&チップス屋からおみやげで頂いた山ほどのチップス(こっちで言う、フライドポテト)を慌てて事務所へ持ち帰り(こんなにたくさんのチップスを抱えて、他の取材先を回るわけにはいかないので)、事務所のスタッフに「はいよ(どさっ!)。みんなで食べて!あ、行かないと。じゃね、行って来ます!」と、また取材へ飛び出して行ったりと、何だか目まぐるしい毎日。はい、その通り、最高に楽しかったです。こんな日々(その後、1ヶ月だったはずのインターン期間はずるずる延びて、最終的に3ヶ月くらいタダ働きしてたよーな・・・)。
ダブリンの雑誌のインターン・フォトグラファーとして、ダブリン中を北へ南へ東へ西へ、すっ飛んで歩く日々が続きます。仕事にも慣れ、一日の終わりにはヘロヘロになりながらも、毎日ハッピーに撮影に励んでおりました。
毎日どんなことをやっているかと言うと、近々発行予定の「The Best of Dublin」特集のため、膨大な取材リストに沿って撮影しつつ、その間にも事務所のスタッフから舞い込んでくる仕事(「来月号にこのレストランの広告を載せるから、店内の写真撮ってきて」とか「ジョージズストリート・アーケードのサンドイッチ屋に行って、そこのオーナーを撮影してきてくれないかな。彼が不機嫌そうにしかめっ面してる写真が欲しいんだ」とか「明日の2時45分にアポ取ってあるから、この出版社の編集長を撮って来て。彼は3時からミーティングがあるから15分以内で完璧な写真を撮って来いよ」とか「ダブリンのカフェを回って、そこのお客さんたちの写真を自然な感じで撮ってきて」などなど・・・)をこなす、といった具合。
外回りを終えて事務所に戻ると、まずその日の撮影分をチェックし、後でアート・ディレクターのIがそれらをPCに落した時に判別しやすいように、撮影場所とデータ・ナンバーをメモします。そして取材先リストをにらみつつ、明日はどこをどう回ろうかとスケジュールを立てます。撮影場所があちこちに散らばっている場合、能率的に回らないと時間ばかり食ってしまい、下手すると1日2、3ヶ所ぐらいしか撮影できない、という羽目になってしまうので。とは言っても、ダブリンの中心地から離れた取材先へ勇んで向かったものの、「ちょっと今、オーナーがいないから、撮影は無理だな。昼過ぎにオーナーが戻ってきてるから、その頃に出直してくれる?」などと言われてしまい、思いっきりスケジュールが狂う、ということも珍しくありません。ホテルや高級レストラン、美術館や図書館などの公共施設などは、概して撮影に関してはうるさいです。そういう場所はメディアの露出に対して神経質なので、矢継ぎ早にどんな写真を撮るつもりなのか?それには記事は付くのか?だとしたらどんな内容なのか?その内容を事前に見せてもらえるのか?など、いろいろ突っ込んできます。その反面、「雑誌の取材?おお、いいよ。好きに撮んな」的にうるさいことなど一切言わない、こだわらない場所もあります。
「クラレンス・ホテル」
言わずと知れたU2のボノとエッジ経営の高級ホテル。テンプル・バーというオシャレなエリアで落ち着いた自信を漂わせながら建っています。1階にあるバーを撮影するため、朝もはよからクラレンス・ホテルを訪れた私。このホテルには何度か来たことはあります(と言っても宿泊客としてではありません。こんな高いホテル、この私が泊まれるわきゃない)。中はシンプルながらもゴージャスな内装で、相変わらずこじゃれた雰囲気。フロントに近づいて自己紹介し、取材したい旨を告げてみました。が、フロントの美人のお姉さんは一言、「うちは取材をお断りしております」。う~む、キッパリ。「え~、そこを何とかさぁ~、どうよ、ちょっと考えてみてよ」とはとても言えない空気がそこに。ホテルスタッフの感じはいいし、別にお高くとまってる訳ではないんだけど、やはりダブリンの名物ホテル、取材規制の壁は厚いようです・・・(その代わり、ダブリン4区にあるフォーシーズンズ・ホテルはいきなり飛び込みで行ったのに、その場で撮影させてくれました。多謝)。
「離婚ならおまかせ!凄腕弁護士さん」
離婚訴訟ならこの人に頼め!ってな感じの、凄腕女弁護士さんに突撃取材。とは言え、この時は事前にオフィスの電話番号を調べ、彼女の秘書にしっかりアポを取ってもらいました。いきなりふらっと立ち寄っても、会ってくれるわけありません。アポ時間は朝の8時!忙しい弁護士仕事の前に、取材をやっつけちまおう、という感じでしょう。コノリー駅のすぐ横の、立派なオフィスビルに事務所を構えるこの弁護士さん、さすが売れっ子です。当日、彼女の秘書が私を静かな待合室へ案内してくれました。う~む、出入りする人たちは皆いかにも弁護士!といった様子の、一分の隙もないスーツ姿。いつものようなTシャツ、ジーンズ姿ではないにせよ、どう考えても場違いな私です・・・。こ、こわい・・・。遅れること5分、エレベーターのドアがシュッと開いて、風格のある女性(ちょっとキャシー・ベイツ似)が颯爽と現れました。一見して、味方にしたら百人力、が、敵には絶対回したくないタイプの弁護士さんです。テキパキと、でも暖かく私を迎えてくれ、自分のオフィスへ案内してくれる彼女。「さ、始めましょうか。どうしたらいい?あなたの言うとおりにするわ」とデスクの向こう側から私をじっと見すえてきます。弁護士なんて人種には日本でもアイルランドでも接したことのない私、今まで縁のなかったこの空気に相当びびってしまいました。が、私はカメラマン、ここは私がしっかりリードしなくちゃいけない場面です。自信たっぷりの、迷いのない声音(のつもり)で、「ええ、じゃ、まずこの窓辺に立って頂いて、あの茶色のビルを見つめていて頂けますか、はい、いいですね~、軽くアゴを上げて遠くを望むように・・・、はい、結構です。素晴らしい。次はこちらのデスクに座って、この書類をここに広げて・・・、で、このペンを片手にテキパキと仕事を進めているといった感じで・・・、はい、今度はカメラに目線を頂けますか。こちらをじっと見つめてください。そうそう、すごくいいです」などと声を掛け、彼女の周囲をぐるぐる回りながら、夢中で撮影を進めて行きました。撮影終了後、そのいかめしいビルを出て、眩しい朝の太陽を浴びた途端、一気に緊張が解けました。はぁぁぁぁ・・・・。
(後日談:アート・ディレクターのIは、椅子にふんぞり返ってこちらを睥睨する彼女の写真をPCに落した際、自分への覚え書きとして、「リーガル・ビッチ」とタイトルを付けてました。ひで~なぁ・・・。でも何となく納得・・・)
「ナショナル・ギャラリー」
私の大好きな美術館。今日は取材で訪れたため、いつものように、カラヴァッジオの絵に直行するわけにはいきません。いつもはさっさと素通りする1階のインフォメーション・デスクへ向かい、取材要請をしてみました。デスクの女性曰く、「この美術館を取材する時は、申請書を提出してもらうことにしているの。それに記入してもらって、うちが受理してからじゃないと撮影は無理なのよ。あなたのメールアドレスにその申請書を送るから、それをプリントアウトして、必要事項を記入してから送り返してもらえるかしら?」とのこと。そりゃそーだ。ここは美術館、「どうぞお好きに」ってな展開になるわけがない。私だって静かに絵を鑑賞してる脇で、バシャバシャ撮影してる奴がいたら絶対に頭きちゃうし。ということで、その日はメールアドレスを置いて素直に引っ込んだものの、その後、待てど暮らせどその申請書が来ない!しびれを切らして問い合わせてみると、「あら、とっくに送ったはずなんだけど。まだ届いてない?じゃ、また送るわ。念のため、もう一度アドレス教えてもらえる?」との返事。え~、ホントは送るの忘れてただけじゃないの~?しかし、再度丁寧にアドレスを教えたにも関わらず、メールは来ず。まったく何やっとんねん!その女性がまた送るのを忘れたのでなければ、そのメールはサイバースペースの闇に消えたようです・・・・。結局、外観のみの写真を使用して幕。
「ダン・レアリーの魚屋」
ダブリン市内からバスにごとごと乗って海辺の町、ダン・レアリーへ。ここは開放的な雰囲気を持つ海沿いの町です。そこの港の突端に建つ小さな魚屋を突撃取材。新鮮な魚の数々に思わず心躍ります。だみ声でテキパキと客をさばいている、黒いゴムの魚屋エプロンを着けたおばちゃんに「撮影させてくださ~い♪」とお願いしてみました。一見、「あ~、いいよ。勝手に撮んな」的面構えでしたが、意外にも「今、オーナーいないからさ、私が許可するわけにゃいかないのよ」と断られてしまいました。せっかくここまで来たのにぃぃ~!とガックリ。とはいってもこのおばちゃん、そのオーナーのケータイに連絡を取ろうと試みてくれたり(結局、つながらなかったけど)と親切ではありました。が、せっかくここまで来て手ぶらで帰るのはシャクなので、「分かりました。じゃ、出直します」と素直に引き下がる振りをして、ちょっと店から離れてからこっそり外観を撮影。結局、それが使われることになりました。
「カペル通りのアダルト・ショップ」
カペル通りに面したショーウインドーに、エロエログッズがずらりと並ぶ「大人のオモチャ屋」。いくら取材とは言え、この昼日中の人通りが多い時間帯、中に入るのを見られたらこっぱずかしいなぁ・・・。狭い店内には一目で用途が明らかなモノから、一体何じゃ、これ??というモノまで、様々なグッズが棚から壁までぎっしり。ずらりと並んだおっぱい型の壁掛けなどは、実に壮観、実に見事。店にいた若いお兄ちゃんに自己紹介すると、「オーナーは2時ごろにならないと戻ってこないんだよね。だからちょっと待っててよ」と言われてしまい、図らずもどぎついグッズに囲まれ、オーナーのお帰りを待つ羽目になってしまいました。店のお兄ちゃんが勧めてくれた椅子に座って待っている間にも、お客さんが入ってきます。店の隅の椅子にぽつんと腰掛けている私は、誰かが入ってくる度に「何だ、こいつは?」みたいな怪訝な顔をされてしまいました。しょーがないじゃないのよっ、別に自分の趣味でここにいるわけじゃないわよっ!が、目は自然にエログッズの方へ・・・。考えてみれば、こういう店に入ったのは初めての私、ハッキリ言ってかなり興味シンシンです。しばらく店内をうろちょろしているうちに、「あ、あの下着かわいいじゃん。パンツと言うよりただのヒモだけど、色がステキ。買おうかな・・・」などと考え始めている始末。店内探索に夢中になっていると、ようやくオーナーが戻ってきました。何となくウィリアム・バロウズ(「裸のランチ」等の作家)に似たおじいさんオーナー、そのバロウズ面に反して意外にもすごく協力的。ここぞとばかりにおっぱい型のおもちゃの前や、どぎついエロ雑誌の棚の前などあちこち引っ張りまわして、撮影させて頂きました。とても楽しかったんだけど、店から出る時はやっぱり恥ずかしかった・・・。
ゲイパブ「The Geroge」
ジョージズ・ストリートの名物ゲイパブ。ここは日中行ってもそれらしい雰囲気の写真は撮れないので、事前に取材要請をしておき、夜遅くに出直すことにしました。以前、客として何度か入ったことのあるこのパブ、もちろん女性も何の問題もなく入れます。夜9時ごろ訪れてみると、男性客7割、女性客3割といったところ。店のあちこちでは、ぺったりくっつきあった男性たちが楽しげに語らってます。大きなカメラをぶら下げた私が店内をウロウロしているとハッキリ言ってかなり目立ちます。何人かのお客さんに近づいて、「雑誌のカメラマンなんですけど、あなたの写真、撮らせてもらえないですかね?」と頼んでみると、割と気軽にOKしてくれました。頼んでもいないのに連れの男性に思いっきりぶちゅっとキスしている写真を撮らせてくれた男性も・・・。が、もちろんキッパリ拒絶する人たちもいて、中には私にそっと近づいてきて、「俺のことは絶対に撮らないでくれよ」とはっきり釘を刺すお客さんもいました。しばらくすると、1階の舞台で美しきゲイのおねえさまたちによるショーがスタート。すでにお客さんでぎゅうぎゅうの舞台前、どうにか前に進もうと四苦八苦している私を見たスタッフが、他のお客さんをかき分けて、私を舞台のまん前にいざなってくれました。事前にオーナーから通達が届いているらしく、バーのスタッフからドアマンまで店内のスタッフ全てが、可能な限り私に協力してくれるのです。み、みんな優しい・・・。ド迫力のショーが始まり、夢中で撮影している私に、おねえさまたちはしっかりカメラ目線のセクシーポーズを取ってくれたりと、神経を使いながらも楽しい撮影ができ、ハッピーな一夜でした。目にも毒々しい、いや、艶やかなメイクとドレスをまとったおねえさまたちのショーもかぶりつきで堪能できたしね。
「オーガニック・フード配達します」
ダン・レアリーに住む女性、オーラによるオーガニック・フードのデリバリーサービス。自宅を拠点にビジネスを展開しているので、彼女のお宅まで取材へ伺ってみました。しかし、彼女のお宅へたどり着くまでが問題で、住宅街の一角にあるため、何度も何度も電話して行き方を確認しているにも関わらず、ウロウロと迷い続けてしまいました。ようやく彼女の家を見つけた時には、私の行方を心配していた彼女とそのお母さんは、家の前で私を待っていてくれるという有様。うう、感涙・・・。ちょうど配達に行く前だった彼女の家には、色とりどりの新鮮な野菜がどっさりと置かれていました。配達先ごとに白い布製のバッグに野菜を詰め、各家庭へ配っていくスタイル。各バッグに名前と住所がペンで書かれています。そのうち、彼女のご主人も戻ってきて、その野菜を切って味見させてくれたり(どれも最高にウマイ)、コーヒーやらケーキやら、いろいろな物をご馳走になりながら、ゆったりとおしゃべりに興じ、午後のひとときを過ごしました。みんな底なしに暖かく、気取りがなく、陽気な一家で、いつのまにか私も、みんなと一緒に配達先ごとに野菜を分けるのを手伝い、その時々で撮影し、何だか仕事と言うより、知り合いのお宅に遊びに来たかのような感じ。裏庭には緑の芝生をバックにして、デリバリー用の白い布バッグがずらりと干されており、午後の気だるく静かな時間、それがすごく平和な感じがして印象的でした。最後は私の方向感覚を心配したこのご夫婦、配達に行くついでに、私を最寄りのバス停まで送ってくれたりと、最後までお世話をかけてしまいました。すごく心がほんわかした取材だったなぁ・・・。
何と言ってもこの仕事の喜びは、この街に住むあらゆる人たちと出会えること、それに尽きます。撮影自体は上手くいかないときもあるけれど、様々な職の人々と話ができる、というのは何にも換えがたい経験です。イグアナを片手ににっこり笑う、動物への愛が溢れるペットショップのオーナー、誇り高き高級レストランのシェフ、私が東京から来たと知るなり、大好きだと言う「ロスト・イン・トランスレーション」の話を延々と語る皮膚科医さん、ランチ中のワーキング・マン&ウーマン、意外にひょうきんだった教会の司祭さん、一枚一枚の絵に関して情熱的な講釈を与えてくれたアート・ディーラー・・・・。どうやったらこんな仕事、楽しまないでいられましょう。もちろん楽ではないし、大変な思いもするけれど、そんな苦労もひょいっと超越させてくれる喜びがこの仕事にはあります。
また仕事以外にも事務所の空気にも馴染んできました。歩き疲れてふらふらになりながら事務所に戻って来ると、なぜかドアが閉まっている。あれ?まだ終業時間にもなっていないのに、何で誰もいないの???と途方に暮れていると、編集長Tが階段を駆け上がってきて、「よぉ~、お帰り!今日はめちゃくちゃいい天気だろ、今、下のパブの、外に置いてある椅子に座って、みんなで飲んでるんだ。すぐ降りといで!」と引っ張っていかれたり、毎月載せているワイン紹介のページのため、数本のワインを撮り終えると、副編集長Eが、「1本開けちゃえ」と言って、他のスタッフも交えて午前中からワインのテイスティング大会が始まり、「あ、このチリワインも飲んでみたい」と勝手に開けちゃったりと、何だか相当ゆるい空気です。私は私でいればいいんだ、と感じさせてくれるこの空気がとても好きでした。取材先のフィッシュ&チップス屋からおみやげで頂いた山ほどのチップス(こっちで言う、フライドポテト)を慌てて事務所へ持ち帰り(こんなにたくさんのチップスを抱えて、他の取材先を回るわけにはいかないので)、事務所のスタッフに「はいよ(どさっ!)。みんなで食べて!あ、行かないと。じゃね、行って来ます!」と、また取材へ飛び出して行ったりと、何だか目まぐるしい毎日。はい、その通り、最高に楽しかったです。こんな日々(その後、1ヶ月だったはずのインターン期間はずるずる延びて、最終的に3ヶ月くらいタダ働きしてたよーな・・・)。