飯田橋法律事務所(法律コラムなど)

【会社は従業員に対してマスクの着用を指示できますか。】

飯田橋法律事務所

弁護士中野雅也

【鉄道会社が駅員等にマスク着用を指示した旨の報道】

 報道によると、新型肺炎の感染拡大を防ぐ目的により、首都圏の鉄道会社が駅員や運転士にマスクの着用を推奨又は指示しており、業界としては異例とも言える対応を取っているとのことです。

2020年2月3日付けNHK NEWS WEB

(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200203/k10012270971000.html)

 個人的には、乗客→駅員→乗客又は駅員という感染経路が想定できる以上、当然の対応であるとの感想を持ちました。このような報道を受け、マスクの着用と業務指示についてのコラムを書いてみます。

 

【相談の一例】

 当社は衣料品販売店を運営しております。当社は、10年前の創業時において定めた就業規則において、接客業においてはマスクを着用するのは好ましくなく、お客様に失礼に当たるとの理由により、マスクの着用を原則禁止とし、風邪の諸症状が出ているときだけ例外的に許可するという就業規則を定めました。

 しかし、インフルエンザや肺炎等の流行が数年ごとに起こっており、従業員の感染被害を防ぐという目的で、事実上マスクの着用を推奨していました。

当社としては、新型肺炎(コロナウィルス)の報道もありますので、就業規則を変更した上で、使用者の判断により業務上マスクを着用させることができるとの業務命令を出せると定めておきたいと思います。

 就業規則を変更後、従業員がマスク着用の業務命令に違反した場合は、懲戒処分をすることができますか。

 

【回答】

 御社は、就業規則を変更した上で、使用者の判断により業務の遂行に当たってマスクを着用させるとの業務命令を出すことができます。

 御社が、衣料品販売店で勤務する労働者に対し、インフルエンザ等が流行している場合、マスク着用の業務命令を出すことは、従業員間での感染を防ぎ健全な職場環境を維持するという目的があり、合理的かつ相当なものです。

 この場合において、マスク着用の業務命令が、業務命令権の濫用であるとして無効になるケースはほとんど考えられません。

 また、労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」として、使用者の安全配慮義務を定めています。インフルエンザ等の流行時において、使用者が労働者に対してマスクの着用等を求めることは、労働者間の感染を防ぎ労働者の身体の安全を確保するために必要な措置であると考えることもできます。

 御社は、御社の業務命令に違反した従業員に対し、就業規則の定める懲戒事由に該当するとして懲戒することができます。

ただし、懲戒処分に当たっては、当該労働者がマスクを着用できない特殊な事情がある場合がございます。個別具体的な事情を踏まえて慎重な対応をすべきです。

 

「2020年5月20日追記

 報道によると、専門学校が、4月7日の会議においてマスクを着用しなかった職員に対し、出勤停止の懲戒処分をしたとのことです。これに対し、懲戒を受けた職員と労働組合が懲戒処分の取り消しを求め、職員が反省文を提出することで懲戒処分を一時停止にしたとのことです。職員はマスクが売っていなかったと説明したようです。

 確かに、当時の状況を鑑みると、マスクは品薄であり購入することは困難な状況でしたので、一応合理的な理由がある説明であると思います。雇用主としては、職員の説明を聞いた上で他に選びうる措置(法人や他の職員がマスクを提供する、ハンカチで口を隠すよう指示する、会議室からの退室を求める等)を採るべきであり、懲戒処分をするまでのことであったかどうか慎重に検討すべきであったと考えます。

 このように懲戒処分の仕方を誤ると社会的な非難を浴びることにつながりますので、処分の手続・処分の選択に慎重な対応が求められます。

2020.5.11付け47ニュース

https://www.47news.jp/4800855.html

 

 会社が労働者に対して業務命令違反等を理由として懲戒処分をする場合、弁護士等の専門家に事前に意見を聴取し、紛争が生じることを防止することが求められます。

 

〒162-0822

東京都新宿区下宮比町2−28飯田橋ハイタウン317

飯田橋法律事務所 ​弁護士 中 野 雅 也

TEL 03-5946-8070 FAX 03-5946-8071

飯田橋法律事務所ホームページ:https://www.nakanobengoshi.com/

 

【参考になる裁判例】

 上記の【相談の一例】とは事案が異なりますが、下記の東京高判は、バス会社がバスの運転手に対してマスクの着用を禁止した措置は、マスクの着用が接客業として良い印象を与えない等の理由から、当該事案においては、不合理ではないとしています。

 

【東京高判平成19年2月15日労働判例937号69頁】

(判示事項)

「自動車運転士作業基準等により定められたバス運転手のサングラス・マスク着用を原則禁止とする措置につき,不合理とはいえず,健康上やむを得ない理由で着用する場合に,診断書の提出を求めることも不合理な措置ではないとして,着用を認めないことをもって安全配慮義務に反するとまではいえないとし,慰謝料請求および乗務拒絶による減給分の請求を棄却した一審判決が維持された例」

 

(東京高裁の認定判断)

1 営業所に次の内容の文書が掲示された。「接客業として良い印象を与えないマスク・サングラスの着用については,お客様からの苦情も多く,原則として着用を禁止とする。ただし,乗務員が健康上の理由でやむを得ずマスク・サングラスの着用を必要とする揚合は,以下の手続を経て点呼執行者が許可した場合に限り,その着用を認める。① サングラス(略)② マスク着用の必要性を証明する診断書等をその都度提出する。単に『予防のため』という理由だけでは許可しない。」

2 マスクの着用を原則禁止して例外的に許可制とする合理性

「バスの運転手も接客を余儀なくされるのであり,そのためには乗客に良い印象を与えるべくマスクの着用を原則として禁止することは,不合理な措置とはいえず,そして,例外として,健康上の理由でやむを得ずマスクを着用する場合には,その着用の必要性を証明するための資料として診断書の提出を求めることも,診断書が一審被告において着用の必要性を判断するための最適の資料であり,そして着用の必要性について争いが生じないようにするためにも,不合理なものとはいえない。」

3 具体的な当てはめ

「診断書を提出しなかった一審原告●及び同▲に対してマスクを着用したままで運転業務に従事することを許可しなかった××営業所の点呼執行者等の行為は,不当に就労を拒否したことに当たるものでなければ,不法行為又は債務不履行を構成するものでもない。」

 

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