走るのは嫌いじゃないけどすきでもない

京都市内をぼちぼちと走っています。
走り続けてますが、大好きで走っていませんのでお気楽ラン中心です。

京見峠友の会 冬の活動報告

2019年12月24日 | 日記
先日高校時代に峠越えのマラソンの事をかいたら久しぶりに京見峠に行きたくなった、行きたくないのに行きたくなるというこの感覚は何なのか?

奈良マラソン後10日目にやっと朝ラン8kmで復活して、その後2日間起きれず。
土曜日は起きたのは遅めやったけど走る時間はあるので京見峠を目指してスタートした。
しかしサボりすぎが祟ったのか、体調不良か肺がしんどすぎて走るどころじゃない。

肺が絶不調な上、鷹峯小学校の校庭に熊が出たという報道が秋にあったので超久しぶりの京見峠。
鷹峯小学校を過ぎて京見峠に入る入口から走ること1kmでリタイア(家から3km)。
とぼとぼと下りをひき返すが、肺がしんどかったのはデッドゾーンだったのでは無いかと思い、京見峠序盤の第1の急坂をおかわりすることに。
思ったとおり2回目ののぼりはセカンドウィンドが訪れ少し楽になった。そして調子に乗ってもう一回同じ箇所をおかわり。
京見峠友の会の冬の活動は門前払いを食らいながらも何とかそれなりには走れた。
翌日も走ろうと思ったが京見峠は感じているよりもきついようで、9時半に寝たけど9時間も寝てしまい、嫁さんの休日出勤のためラン休みとなった。

翌日月曜日、朝起きれたので朝ランへ。どこへ走ろうかと考え、京見峠へのリベンジを達成すべく京見峠方面へ。
冬の平日は7時前でもまだ暗くて怖いし、熊が前にいても見えないし、時間もないし頂上は時間のあるときまでおあずけ、ある程度までいったら引き返す。
6時過ぎに家を出るが真っ暗、やっぱり京見峠はやめようかなとか考えながら恐る恐る旅館然林房の脇を進む。
するといつもいるラジオを持ったじいちゃんをすれ違い、真っ暗なのにもう降りてきている。するとすぐに一人のランナーが降りてきてご挨拶。京見峠友の会の活動は冬の暗い時間でも行われている。
2人とすれ違い気持ちが楽になり安心して走れ、往復7km。
帰り然林房の脇を通ると、高校駅伝にでたどこかのチームらしき若者が20人くらいいた。

そして今日も朝起きれたのでまた京見峠へ。昨日よりも早い時間にスタート出来た。
時間が少しあるので昨日と同じところまで行って、その後一度おかわりして帰る予定でスタート。
今日はヘッドライトを装着。ライトはあるが今日は誰ともすれ違わない。坂を登っていると反対車線の脇に黒い人影、よく見るとしゃがみこんでいる。「年寄りが苦しんでいるのか!?」と思って凝視しながら近付いていくと元気に「おはようございます!」やって。
顔は暗くて見えないけど、ラジオのじいちゃんが靴ひも結んでただけやった。

先に進んでそろそろ折り返そうかと思っていると後からロードバイクが来て挨拶をして横を抜いていく。
あまり速くない人だったので少し前を先導してもらう形になったので、折り返さずに時間があるところまでついていくことに。
結局旧道との合流点、家から4km、頂上まで1km地点まで走ることができ、平日でも後15分早く出ることが出来たら頂上までいける見通しがついた。早く出ることが出来たら…。

まぁ冬の暗い時間でも京見峠友の会の会員は頑張って活動をしているようで安心した。

だらだらと内容のないことを書いたが、京見峠へいくという事は意識はしていないが、早く走れるようになりたいという気持ちがあるのだと思う。いつもすぐに消えるけど。

正月明けても気持ちが残っていれば、3月の丹波篠山ABCマラソンで久しぶりのサブ4目指してみるか。

なぜランニングを選んだのか

2019年12月18日 | 日記
色々とある中で、おっさんになった今、なぜランニングをやっているか?
昔から運動神経、運動センスはからっきし、高校3年時の50mのタイムは7.00。
高3で7秒を切れない人間はクラスでも1.2名、その中の1名です。

わが母校には2月に「東稜マラソン」という往復20km(女子は15km)に加え、炭山への峠を1つ越えて帰ってくるという地獄の行事があった。
峠の名前とかははっきりとは分からないが、山科教習所を過ぎて炭山へ抜ける峠はきつかった…。
部活で走った時に、隣の高校にあたる東宇治高校の生徒とも何度も遭遇したので東稜・東宇治出身者には思い出の場所の一つとなっているかもしれない。
ちになみに東稜高校には「東稜体操」というのが有り、変な動作を色々とするのだが、合格しないと体育は「1」になる。
「1」になるかは分からないが、こちらも変な動作を色々とやる「東宇治体操」と言うのもあると噂に聞いたことがある。このあたりの高校はどうかしてるのか…。

マラソンで学年30位以内に入れば体育教官室の前に名前とタイムが一年間張り出される。
ここで19位でゴールし、1年間名前が張り出されたことで、短距離はダメだが長距離なら他人とも渡り合えるのでは無いかと、運動で苦汁を味わい続けた人生の中で一筋の希望を見出した。
(おっさんになってからは長距離でも苦汁を味わい続けているが)

高校生とはいえほぼ全員が20kmも、しかも峠を越えて走れるのか?と思うだろう。
ご心配なく、男子は普段の体育の授業の中できっちりと体力づくりをさせられる。
まずは醍醐寺の中のコースを全力で二周(約3km)走るタイムトライアルが3学期に5回(2年で3回に減った)。
いまや世界遺産となり考えられないが、当時は醍醐寺の敷地の中をを1秒でも短縮する為に全力で走る。現在では拝観料を払わないと入れないゾーンになっているところもある。
2月の五大力さんの翌日には、日頃走らせていただいている感謝を込めて、体育系のクラブ全員で清掃をさせていただく(普段ゲロはくほどつらい思いをしている上に清掃までさせられる)

2時間連続体育の日は桃山御陵まで行き、ラストの鬼階段を上りきって帰ってくる。
(意外と歩道橋のある辺りの御陵の入口までの坂がきつかったような気がする。)
その次の二時間連続は峠の頂上まで。またその次は女子のマラソンコースへ。

こうしてロングとタイムトライアルで徹底的にしごかれてマラソンに挑むからたいがいは走りきれる。
ちなみにリタイヤ、タイムオーバーした生徒は後日特別にゆっくりとマラソンコースを走らせてもらえる。
現在は住民からの苦情などがあった(らしい)為、20kmマラソンは無いそうです。

そして、なぜか20kmマラソンとの縁は大学に入っても続く。
冬に空手道部主催の20kmマラソン大会があり、有志で体育会の部員もそれに参加して大会を盛上げる。空手道部は裸足で走る。
コースは北大路通りをのぼり、鷹峯~原谷~仁和寺へ抜けて折り返して帰ってくるコース。このコースは現在の住まいに引っ越した縁から今もたまに走っている。

色々と書いたが、ランニングは好きで始めたのではなく、消去法と長距離走との悪縁でたどり着いただけなのです。だから走るのは嫌いじゃないけど好きでもないというタイトルにしています。

おわり。

このブログは失敗なのか…

2019年12月14日 | 日記
アメブロをのアカウントを取ってブログを開設してみた。
アメブロの人のブログを一つずつ登録するのが面倒なので、アカウントを取ってアメブロ内のお気に入りで一覧に出来るようにする為に。
最近はブログに絵文字を入れたり、文字の色を変えたり誇張したりすることもないのでただ文字を打つだけなので、どこでやっても一緒だから別に移行してもいいんですが、今回は移行するつもりでなく開設した。

このブログは、開設から4000日を超える本家のブログでここ2年ほどランニングのことしか書かないので、ランニングブログとして一年ちょっと前に新たに立ち上げた。
本家のブログは10年以上やってるだけあって、年に数回しか更新しなくても毎日ある程度のアクセスが有るが、ランニング以外のことを主に書いていたので、ランニングのことだけを書いているのがなんとなく申し訳なくなってしまったのです。

独立させたものの、まとまりのない文章に加え、ランニングに役立たない激薄な内容、ハッシュタグやランキング等にも参加してないのでアクセスは更新の無い日は1ケタ、更新して30アクセスくらいの限界集落ブログとなっている。

記録用と好きで書いてるのでアクセスが少ないのは全く気にしていませんが、それにしても少なすぎないか?とちょっと思うようになってきた。
そこで昨日久々に更新した本家のブログに今まで一切してこなかったこのブログのリンクを「大阪、奈良二週連続フルの結果はこちらのブログで」と書いてはってみた。

すると、更新していない日は一桁のこのクソブログのアクセスが何と36!
奈良マラソンの日記を書いた日でも26やったのに。ちなみに奈良翌日の12/9の本家のアクセスは更新してないのに63なので奈良マラソンの結果が気になる人が多かったのかも。
それを見ると意外と本家のブログはランニングに興味のある人がたくさん来ていたのか、わざわざIDを作ってブログを分けなくてもよかったのか。

このブログの開設により、gooブログで2つのID併用することになりログアウト、ログインをしなおす手間が増えただけなので、開設は失敗だったかもしれない…。

奈良マラソン2019完走記

2019年12月09日 | 日記
「大阪マラソン2019」と二週連続になる「奈良マラソン2019」に参加。次回に備えて備忘録を兼ねた記録。

2週連続フルは変態試験初級ですが、ブログタイトルの通り走るのはそこまで好きでない自分にとってはかなりハードなお題。
大阪の後はとりあえず疲労を回復させる為にひたすら休む。様子見でコンビニに行くついでに軽く数百メートルを走ってみただけ。なので体がどんな状態か一切分からないまま本番を迎える。

二週連続のフルマラソン=二週連続子守を嫁さん任せ。嫁子どもは実家に泊まっていたので、家に帰って晩御飯を食べてからは点数稼ぎタイム。洗濯物を取り込み片付け、洗濯、風呂掃除をして嫁さんの日曜の家事の負担を減らす。翌日のマラソンの準備をしていると結局寝れたのは11時。
今回も鴎さん、KATSUさんに何も考えずついていく作戦。二年前より1本遅く高の原に着く近鉄にのることになったので、始発でなく二本目の5:46北大路の地下鉄でよく、時間も朝4時半起きと少しゆっくり。5時15分に家を出るとちょうどいい感じ。

高の原で降りると二年前と比べてはるかに人が多い。高の原からの無料バスなら経済的にもお得で、奈良駅から歩く時間も省ける。
予想気温は最低2℃、最高13℃、服装は迷ったがTシャツの下に長袖を着用。これは正解だった。
腹痛対策に腹巻にカイロを貼ったが、間違えて大きいのを貼ってしまい腹巻がズレ落ちるので次回注意。
補給はメダリストのジェル1つと粉2本。詳細は不明。前回同様やはり後半に摂取すると効いてる気がした。

会場に到着してKATSUさんはVIPスペースへ、僕と鴎さんは鴎さんいわく収容所へ。着替えをしていると伝説の「いわやん(さん)」登場、初対面。軽くご挨拶。
着替えを済ませて外へ出て、鴎さんと別れてからは単独行動。まずはおしっこ。そして喉が渇くので水を3杯ほどいただく。しかしカフェイン断ちの効果か尿意をもよおさない。
整列をするが念のためスタート前にもう一度トイレへ。外人も困惑するほどの行列で結局Eブロック整列したのはスタートギリギリ。

今回は5時間以内でゴールできればいいかなと思っていたが、とりあえず序盤は一応サブ4を狙えるペース目標にする。入りの1kmは5.55と混雑の中にしてはいい方。後はいいペースのランナーについて自然にペースアップを狙うが、2km過ぎで尿意発動、4kmでピットインして3分ちょっとのロス。
結局入りの5kmは32分ちょい。この時点ですでに下半身全体にハリが出て痛く、参加した事を後悔をする。

6kmくらいから?奈良公園に向かって一発目の長いのぼり。2年前に京見峠を走っていた時ほどではないが、のぼりは走りなれているのでそれほど苦にならない。奈良公園を抜けて下っていくとその後は何もない住宅街や田んぼの中を淡々と走り続ける、淡々ととは言うがそう思うことで弱音をはかないようにしているだけ。
淡々と走っていても尿意は止められない、22km付近で過去最多となる1大会2回目のおしっこタイムへ。

天理に続く往路の長いのぼりあたりから足が動かなくなってくる、ここで奈良の元気なDKのハイタッチでパワー補給をしながら耐える。
道中3時間のペースランナーとすれ違う、体調不良ながら「サブ3を狙う」と言っていたKATSUさんを探すがなかなか来ない。精一杯くらいついているであろう苦しい顔をしたKATSUさんに声をかけようと探していると前からめちゃくちゃニヤニヤとした顔でKATSUさんが走っている。「うわっ、完全に諦めてる」と心の中で笑ってしまった。鴎さんはちょうど真横に来た時に気付いたので声をかけそこなった。

激烈にお腹がすいてきたところで天理のぜんぜいタイム、体全体に染み渡る。
その後は前回心の中で嘔吐したのぼりの連続。今回はそのトラウマがきつすぎてない体力を温存したおかげか、前ほどのきつさは感じなかった。かなりつらいのには変わりなかったけど。

足の痛み、残りの距離を出来るだけ考えないようにぐっと堪えて進み、ラストの坂前の最後の坂、奈良公園の坂を見てゲボしそうなのと嬉しさと入り混じった複雑な感情になる。周りを見るとたくさんのランナーがゾンビ状態で歩いている。外国人観光客が度々その様子をムービーで撮影している。国に帰ってSNSで汚物の集団と名付けてアップでもするんだろうかと思うくらい撮影栄えのしない光景。

坂を登りきると後はゴール前の坂へ向かって突っ走る!というのは気持ちだけ。沿道のハイタッチで何とか足を動かしながらいっぱいいっぱいでゴールを目指す。何度か歩きを入れて最後の坂へ。
ラスト1kmの標識、200mを5回に分けて走る。1本走っては歩く、歩いていると沿道から自分に向けて声援をくれるのがありがたい。
時計を見ながらギリギリ4時間半を切れるタイムを計算してラストスパート。ネットタイム4.29.25でゴール。

大阪と2週連続で走った上に、15分タイムを縮めれたという満足感でタオルとメダルをもらうと涙が出そうになる。誰かに伝えようかと思ったが、先週のタイムが遅い上に、逆に二週連続の方がいいロング走を踏んだ形で良かったんじゃないかとふと冷静になり、涙と共に心の中にしまいこんだ。

ゴール後は体育館で廃人となり、みなさんの「荷物もったるから歩けるか?」というお気持ちを丁寧にお断りし、駅前のルンペンのようにリュックを枕に横たわってドンちゃんのゴールを待つ。
ゴールしたどんちゃんの着替えを待ち、結局2時間近く休憩してやっと歩けるようになる。

打上げではモリモリさん、いわやん、TASUKUさんと合流。おじさん7人が、灰汁の浮きまくった鍋を直箸でつつくという周りから見たら地獄のような楽しいプチ忘年会&打上げはあっという間に終了。

ほとんど気持ちを「無」にして地面を見て走っていたので内容の無い完走記となりましたが、喉元すぎれば何とやら、二週連続のフルマラソンも悪くなかったなと思う奈良マラソン2019でした。

ジョグノート終了

2019年12月04日 | 日記
ランニングのSNS、アプリを提供しているJogNoteが来年3月末で終了してしまう。
これはユーザーにとっては大激震、大打撃な出来事。それくらいユーザーにとって使い勝手の良い場所だった。

ジョグノートに登録してつながる人は、実際の生活の中で日々しんどい思いをしている人ばかり(みんな変態な人が多いので走るのはしんどくないって人もいるかもですが)。
だから何か他の趣味でつながるのとは一味違う、そしておじさんが多いので何となく気兼ねしなくていい気がする。
若ければ「楽しく走ろう!」みたいなサークルなど探して一緒に走る仲間を見つけるのだろうが、おじさんは家庭や仕事があり時間の制約もあるし、ガチな人は別として、趣味で走る程度でわざわざサークルみたいなキラキラした場所に行くことは出来ない。

いきなりガチでランニングトークで意気投合出来る知識も経験も走力もないし、走るのがそこまで好きでない自分がランニングで人とつながる事はまず無い。まわりに定期的にランニングをしている人もいない。
そんな孤独なやる気無しランナーに「ラン友」を与えてくれたのがジョグノートだった。

ネットでつながって、しんどい思いを共有してから大会などで実際に会って繋がっていくという流れだから、初めて会う事になっても安心感があるし、まだ会ってない人でも、日々のトレーニングを通じてつながっているとそのうち会える機会もあるという本当に心地のよい場所だった。

登録してはじめはリンクOKとしていても誰もリンクしてくれない、てか別にどうでもいいと思っていたけど、自分から動かないと何も始まらないと思い、京都で走力の近い人や近所を走っている人を探して恐る恐るリンクをさせてもらった。
するとランニングを頑張った時には励ましの言葉やお褒めの言葉をいただけるようになり、マラソン本番前の数ヶ月以外は走っていなかった自分が年間を通して走るようになった。そして毎年のように痛風が出るようになった。
痛風の常連となったのは最悪な副作用だけど、ジョグノートをやっていたおかげで先日の大阪で8年連続フルマラソンを完走することが出来た。

ジョグノートのおかげで走り続けられていることを実感していたので、ある時期からみんなにランニングを続けてもらいたいとたまにチェックしては新規登録の方にリンクさせてもらっていたが、そんな僕の思いの届いた人はほぼいない。というか、そういう思いを込めてリンクしてもらった人で現在も走っている人は1人しかいない。幽霊友だちだらけだ。だらけとかえらそうに言っているが現在の「友だち」は17人しかいない。

ジョグノートの話はまだまだ色々書きたいがまた気の向いた時に何か書こう。

とにかく走り続ける場所を与えてくれたジョグノートには感謝ですね。
実際には会ったこと無い人の日記でも、自分の経験できないような内容をみなさん書かれてるので楽しかったのに、それが見れなくなるのは本当に残念です。