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小説 イクサヌキズアト-4

2022-04-10 16:01:00 | 小説
第壱話 和合

 肆.解決にならない解決
 
「親父のは無理だけど、お前と俺の字は鑑定できるだろ、ねぇ、凪先生」
「なんだよ泰生、俺に恥をかかすつもりか、それでも兄弟かよ」
 
 凪が設けた、泰生と忠成が対峙する場は、早々に冷ややかな空気へ変化した。
 
「お前は俺にここで弁護士と遺産相続の話しをするっていってたよな、それをなんだよ、古い昔のことから持ち出しやがって」
「なんで、相続の話だろうが」
 
 二人は早々に喧嘩腰になった。
 
「お二人とも喧嘩はご勘弁です、忠成さんは遺産相続の話があるということで今日はいらしたのですね、泰生さん、説明不足ですよ、忠成さん、順序が前後することになりますが、この覚え書きに署名されているのは確実ですね」
 
 躊躇なく凪は、二人の間に入った。
 
「ああ、そうだよ、チェッ」
 
 忠成は舌打ちを吐いた。
 
「お前なぁ、凪先生にそんな態度とるんじゃないよ、何様だ」
 
 泰生は火に油を注がんばかりに小言をいった。
 
「お前は一生俺のことを馬鹿にし続けるんだな」
 
 忠成は刃渡り10センチ程の折りたたみナイフをライトグレーのジャケットの内ポケットから取り出した。
 
 一瞬、時が止まった。凪があの力を使い止めたのだ。
 
『忠成さん、あなたは人生を諦めてはいけないわ、泰生さん、広い視野で忠成さんをみてあげて、あなたも自分の生活に余裕がなくて、不安を拭いたいのは分かるけど、人はみんなそうなのよ、戦時中の怖さは、今はないのよ』
 
 凪は、止まった世界の中で、ゆっくり立ち上がり、二人の間に行くと、ナイフを取り上げ、耳打ちをしたのだった。
 
「忠成、あの頃はしょうがなかったんだと思うよ、たまたま俺の方が給料高かったわけだから、贈与税とか固定資産税とかの話をしたじゃないか、そして、お前が、広いだけの土地を所有しても維持費で火の車になることを納得したろが、それから、お互い相応の金額の借金をしてアパート建てたろ」

 泰生は忠成が折りたたみナイフを取り出して襲って来たことなぞ、無かったかのように喋り始めていた。
 
「泰生、お前はどんどん、どんどん、話を独りで進めていくんだよ、いつでも、それと、言葉足らずなんだよ」
 
 忠成さえ、折りたたみナイフを隠し持っていたことが嘘のように、無かったことになっていて喋ってきた。
 
「あぁ、そうかもしれないな、でもな、俺はみんなのために行動してんだ、だから、お前にもアパート建てたり、勧めただろ」
「それが嫌なんだよ、俺にだって伝手はあるのに、何から何まで決めてきて」
 
 二人の確執は治らないようだ。
 
「お二人の確執は埋まらないようですね、ベルリンの壁だって崩れ去ったのに、どうですか、お互い、兄弟として協力し合えないようですが、ご理解できました」
 
 凪は泰生と忠成に目配せしながら喋り、春生に一瞬だけ目線を送って確認した。二人の兄弟は元より、春生さえ、口を詰むんだままだった。
 
「これは仕方のないことだと思います、お二人は長年こんな状態なのでしょうから、でも、一歩進んだと思いますよ、互いが嫌になったことをいい合えたのだから、仲良くしようなんて考えない方が逆にいいですね、ですから、今回の安造さんの現金は、数三さんに相続してもらって構いませんね」
 
 凪は杉下家の遺産相続からの戦慄を、あの力を使って解決させたのだ。根本的な解決にはいたらなかったが。
 
 恐らく、杉下家の家族の不仲は、世界大戦以前からのことで、それに大戦のキズが安造に多額の財産をもたらした。
 しかし、安造はその、財産運用を上手くできずにいて、泰生と忠成の間の溝を深くすることに拍車をかけてしまった。
 
 世界大戦がなければ、この一家の歯車は滑らかに回ったのだろうか。そんなタラレバを論じるのは誰一人居たなかった。
 
 しかしながら、この一家が戦争はなかったほうが良かったと悔やんでも悔やみきれないでいた。
 
 嘗ての軍国主義国家の傘の下の教育制度の功罪であろう。
 
 第壱話 和合 終

 次回予告
  第弍話 残り香



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