K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-10-07 14:07:00 | 小説
第弍什壱話 理

 我々の身体機能は科学的に解明されていない、もしくは、解明できないことが多い。その技術が未発達で、疑問に感じる点すら発見できていないかもしれない。
 特に、身体の一部に痛みが生じると、個々によってその感覚の捉え方は千差万別で、大きく分けて価値があるか否かの色眼鏡越しに判断しようとする。
 また、痛みは、それに限らず、疑問を抱いた事柄の原因が分からないままでいると、不安を生み出し、心を乱す根源になるといっても過言ではない。更に、その不安は悪循環していく。
  
「やばいよ、病院行って来て、レントゲンとMRIとってもらって、首の骨なんけど、頸椎がね、骨と骨の間の隙間が狭いんだって、それでね、頸椎牽引してもらったら余計に痛みが酷くなってきた、どうしよう、あの病院やばいと思うんだけど」

 トモコが妹と二人暮らししているアパートに戻るや否や、テレビを見て寛ぐ妹のサトミに八つ当たりでもするような勢いで、処方してもらったロキソニンと胃薬を鞄から取り出してテーブルに並べた。
「顔こわ、酷いことされたの」
「病院から出てね、タクシー拾って何気に後ろを向いたら首に響いたの、そしたら痛みが元に戻るどころか、余計に強くなってきたのよ、困ったわ」
 トモコは期待外れな表情をサトミに見せた。
「薬も効きやしない、あのヤブ医者めぇ」
 薬を服用して、一時間が過ぎようとしていた。
「お姉ちゃん、良くなりそうにならないの、お店のお客さんなんだけど、凄い人がいるの、その人に連絡してみよっか」
「何よ凄い人って」
「ママがね、腰が痛い時に立った状態で施術してね、魔法みたいに痛みが消えたの、名刺もらったから連絡しよっか」
 サトミは一ヶ月前に、勤めているスナックの常連さんが連れてきた、物静かだけど優しい笑顔のママの腰痛を瞬時に消し取った男性から名刺をもらったのを思い出した。
「カミテイットクさんって名前」
「誰でもいいわ、この痛みを取ってくれるのであれば」
「もしもし、カミテさんの携帯ですか……はい、はい…はい、はいはい、大丈夫です…はい、一時間以内ですね、宜しくお願いします。」
 サトミはトモコの症状を話し、最高額で一万円になる場合があるのことを了承した。その間、痛みがでない横向きに寝て、首が傾かないように枕や巻いたタオルを利用して頭の位置を脊柱の延長戦上に保って、休んでいるようにアドバイスを受けた。
「あら、サトミ、この姿勢とても楽だわ。カミテさんって何者」
 トモコは痛みのない世界へ戻ってこれた。
 
「こんにちはサトミさん、ご無沙汰です、先日はお世話になりました」
 玄関へサトミが迎えに行くと、カミテは携帯電話の会話でいっていた時間よりも早く、トモコらの部屋に到着した。サトミはあの笑顔を見れて安堵した。
 
「お姉ちゃん大丈夫、カミテさんいらしたよ」
「あ、痛っ」
「そのままじっとしてて下さい。カミテといいます。もしかして整形外科にいって酷くなりました、首の右側ですね」
 カミテはリビングを通り過ぎてトモコの部屋に入る途中、テーブルの上にある二種類の錠剤が束られているのを目にしていた。
「はい、そうです。」
 トモコは小さな声で悲しそうに、かつ、詐欺にでもあったかのような後悔の念を漂わして答えた。
「ベッドに上がらせてもらいますね。失礼します。」
 カミテはその声を聞くと一瞬、悲しい表情を浮かべたが、躊躇なくベッドに上がり、トモコの背後に位置した。
 
 先ずは、トモコの腕を持ち上げ、肩関節との感覚的連結を外さないように動きを止め、それが確認できると自分の右肘と脇腹でトモコの手関節を挟み、空いた両手を肩口を包むようにあてた。右手は前面、左手は肩甲骨まで包んでいた。
「首、頸椎から肩甲骨に向かってる筋肉を動かしますね」
 カミテは益々、優しい声になった。
 すると、その両手は肩口を頭の方向に近づけるように、肘で挟んでるトモコの右腕も一緒に動かすように、背中の真後ろに膝を曲げて着いた左足と腰辺りに着いた右膝の間の体重移動を利用して動かした。肩口が頭に近づくとトモコの身体はビックっとした。
「少し痛みが出ました」
「はい、僅かですが」
 カミテはこれを繰り返した。そうしているうちに肩口が耳の上辺りまで動かせるようになった。
「痛みませんね、さっきいった筋肉が硬くなってたようです、筋肉自体の硬さと痛みを避けるための硬さが入り混じってます。こんな場合は、筋肉はその部分を止めておこうとするので、身体の右側は全体的に動きにくくなってると思います、なので、右の股関節の動きを見させて下さい」
 カミテはトモコの持っていた右腕の肘を曲げて、右手で脇腹に置き、肩口がグラグラしないようにその間左手で押さえてた。脇腹に置いた右腕が落ち着くと、トモコの太腿の後ろまで下がり、左手は骨盤を押さえ、右手で、右膝の内側に手を当て右脚を持ち上げて、身体の前後方向にゆっくり動かした。
「股関節の前の方の筋肉、こちらです、これが硬くなってますね、これも痛みを避ける身体全体のバランスをコントロールするように硬くなってると思います。」
 カミテは後ろへ右脚を動かして、股関節前面の筋肉の張りを伝えた。また、さっきと同じように繰り返した股関節の前後方向の動きを繰り返した。
「だいぶ緩みました」
 そういうと、下になってる左脚の膝を曲げて、お腹へ近づけて、右脚は軽く膝を曲げ、股に枕を三個噛ませて、右脚とベッドとの空間ができないようにした。
「首に戻ります」
 次にカミテは、頭な上へ回った。上になっている髪の毛の生え際から肩甲骨に向かって触り出した。
「今、僕が触ってるところが硬くなっていた筋肉です、筋肉自体の緊張が高いのか、硬くなり過ぎて浮腫があるのか、周りの筋肉の状態もみていきます、浮腫があればそれを散らします。」
 左手は頭頂部に軽く当て、右手の指の腹で、生え際から肩甲骨までの筋肉に振動を与えたり、押したりと、細かい操作を行った。
「良かったですね、浮腫は酷くないです、すぐに散ってくれました、大丈夫ですか」
「すみません、所々眠ってしまってて」
「じゃあ、ゆっくりでいいので、起きてみて下さい」
 トモコはその時、凄く心地よく、もっと触られていたいと感じていたが、起きないといけないことで我にかえった。
「あれ、痛くないです、えぇ、なんで」
「お姉ちゃん、さっきより目が大きく開いてるみたい」
 トモコと同じくらいサトミも驚いた。
「はいはい、トモコさん、首を左に傾けて、痛くないですね、右に傾けて下さい」
「あ、動く、でも最後だけ少し」
 更に、トモコとサトミは驚いた。
「お姉ちゃん、首動かせてなかったよね」
「じゃあトモコさん、両手を万歳して下さい、頭の上で手を交差させて、手の甲同士をくっつけて下さい、両腕は耳の後ろがいいですね、はい、そうです、下ろして下さい」
「痛くない、全く痛みがありません」
「もう一度同じように両手をあげて、手を交差させて甲を合わせてぇ、そのままの状態て、僕の動きを真似して下さい、先ずは見てて、左側のお尻に体重をかけまぁす、戻して、右のお尻に体重をかけてぇ、これ、できますか」
「左からですね、戻して、右へ、できてます」
「そうそう、上手いです。五、六回くりかえしてぇ、はい、ゆっくり手を下ろして膝の上です、首どうです」
「左に傾ける大丈夫、右は、あっ、最後も痛くありません、凄い凄い」 
 トモコは満面の笑みを浮かべ、両目ともパッチリ大きくみひらき、潤みだした。
「トモコさん、朝起きてから今のように五、六回やって下さい、仕事中は空き時間にね。仕事が終わって家に帰ってきたら、また、五、六回、そして、湯上がりにもやって下さいね、一週間続けて下さい、当分、痛みは出なくなると思います。」
「先生、私もやっていいですか」
 トモコの部屋の机の椅子に腰掛けたサトミは、そういいながらその動きを真似ていた。
「問題ないですよ」
 カミテはサトミが喜ぶ笑顔を向けた。カミテ自身はそれを知らずに。
「トモコさんお仕事のストレスが多いんじゃないかと思いますが」
「はい、IT関連の会社を立ち上げたばかりで、半年になります」
「そうなんですね、じゃあこの運動続けて下さいね、トモコさんはお忙しくて、毎日、同じようなパターンの身体の動きが続いてると思います、両手を上げることで、身体の前面が伸びます。その状態でお尻の上で体重移動をゆっくりやることで、身体の中に重心線を落として動くことになりますから、余分な力が抜けます、動くってことは筋肉の余分な緊張を低めてくれるんですよ、今回の首の痛みは、いろんなバターンで日々身体を動かすことが減っていたってことだと思います。お気をつけてお身体大事になさって下さいね。今日はこれくらいにしましょう」
「あっ、ほんとに一万円でいいんですか」
 サトミが忘れていたように慌て出した。
「サトミさんがお支払いするのでしたら、僕は受け取れません、サトミさんに施術したわけではないですか」
 二人は一瞬ポカンとした。
「ああ、私にやってくれたからね、私が払います」
「ありがとうございます、僕は施術された方が、僕にされてどんな感覚だったか、僕にいわれた運動までが大切なことなんだって捉えてもらうために、こうさせて頂いてます、それで、トモコさんはあの運動を続ければ、当分の間僕の施術は必要ないと思いますので、また、新たに何かあれば、ご連絡くださればと思います、宜しくお願いします」
 カミテは二人に笑顔を見せた。
「はい、分かりました、二時間近くもありがとうございました、ところで、カミテさんは何か資格をお持ちなんですか」
「はい、大した資格ではありません、国家資格ですか、資格を取った後に、治療しながら沢山勉強しました、それで、人間の身体は良くなるように自ら働くことが分かりました、逆に、僕は治すことができないことも分かりました、つまり、トモコさんの身体が意識下で良くなろうとしていることを周りの人間が邪魔しないようなことができるようにするのが僕の仕事です、お医者さんは治してあげないとって思ってしまいます、それがまとを得たことできなくなる要因と思います。人の身体は科学的に解明されてないことは沢山あります、今後、解明されないで人類が滅亡する可能性のほうが高いと思います、とても難しいです」
 
 トモコとサトミ姉妹は人間の身体の神秘さを実感できたような気がしていた。しかしながら、カミテが何の資格を所有しているのか、分からないまま帰してしまった。そのことには気がつかずに。
 
 終


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