K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-08-15 04:37:00 | 小説
第玖話 頑
 
 この地域で初めてインターハイで優勝し、その後の夏休みを満喫して、小麦色に肌が焼けたツグミは、体育館での始業式で校長の挨拶の中、その話題が触れられ、学校をあげて讃えられた。

 線が細く、160cmにも満たない身体だが、女性らしさは備えており、鍛え上げられた肉体である。また、くびれたウエストラインの上下の曲線は美しく、同性から憧れるスタイルの持ち主だった。
 2年生の中盤あたりから力をつけていき、この年のインターハイでは高校日本新記録でロングジャンプの女王となった。また、この記録は、ツグミが今後日本新記録を生み出すと陸上界から期待された。
 
 始業式が終わって、体育館から教室へ戻る途中では、華奢なツグミは同級生や後輩、授業を受けたことのない教師達から、拍手受けたり、握手を求められたりと、この進学校のヒロインになっていた。
 本人自体は、とても恥ずかしがり屋であるため、照れて笑顔で会釈する程度しか出来なかった。教室の後ろの出入り口から入ろうとした時だった。
「ツグミさん、放課後はテレビの取材があるらしいの。校長室でやるからね。お願いしますね。私がご両親には電話いれておくからね。」
 担任の女性教師、アンドウがそう告げた。
 
 昼休みの学食はツグミを囲む女子生徒で溢れた。
「ツグミ先輩、この子達、先輩のサインが欲しいんだって。せがまれて連れてきちゃった。」
「ごめんなさい、私サインなんてかけないよ。何も考えてないの。」
 ツグミの陸上部の後輩が同級生を数名連れてきた。このようなツグミファンは少なくなく、男子生徒の後輩もそうやって連れてくるのであった。中には、独りできて、男女問わずモゾモゾしている生徒もいた。
「じゃあ、ツグミさん一緒に写メ撮られて下さい。」
「あぁ、絶対SNSには載せないでね。じゃないと困ります。」
 初対面の後輩達を図々しく思いながら、そうやってツグミはファン対応に追われた。
「ごめんなさい、うどん伸びちゃうから放課後にでもお願いします。」
 昼休みの三分の二程度の時間をそれに費やされたツグミは、急いでワカメうどんを食べる羽目になった。
 
「アンドウ先生、昼休みの学食が酷くて、私の許可なしに写真撮られたと思います。参りました。どうしましょう。」
「一躍時の人だからね。そうなるのもしょうがないわね。でも、何か対策打たなきゃね。任せて。」
 午後の授業が始まる前、偶然ツグミは廊下でアンドウと出くわし愚痴るようにそういい、アンドウはそんなツグミを誇らしげに思い、悪影響を蒙ることを甘く考えていて安易に答えていた。しかしながら、ツグミはそのアンドウの言葉を信じるしかなかった。

「一躍日本中のヒロイン、陸上界のアイドルになられましたね。」
「この子は少々シャイなので、ヒロインやらアイドルなんていわれると照れてしまうんですよ。ですが、文武両道を貫いてまして、学業成績も優秀なのです。」
 放課後、テレビ局の取材が予定通り行われ、ツグミは緊張して即答できないでいると校長が助太刀のつもりであるが、ハラスメント的な雰囲気を漂わせていった。現に、言葉が詰まるツグミの肩に手を回してきたのだ。
「大学に進学されてもロングジャンプは続けて行きますよね。今後の抱負を聞かせて下さい。」
 ツグミは、校長が肩に手を置いて手のひら全体で揉んでくるのを不快に思い、益々、言葉を失っていた。
「勿論ですよ。大学進学の暁には日本新記録だって夢じゃありませんよ。」
 再び校長が横槍を入れた。ツグミは作り笑いさえ返すことができずにインタビューは終わった。
「跳躍の時の写真がありますが、どうぞ、お好きな物をお持ち帰り下さい。」
 オンエアーが終わり、取材ディレクターが数枚の写真を出してきた。すると、ツグミよりも先に校長が手を出した。
「おお、ジャンプの時の写真ですか。これは是非、校内の掲示板に飾らせて下さい。いいよねツグミ君。」
 校長が手にした写真は、ツグミが踏切を踏んだ直後の身体の横側から撮った写真とそれに続く空中で身体を反らしている同じアングルからの写真、着地寸前の開脚した時の正面からの写真だった。ツグミは何も言えずに頷いた。校長に恐怖感を覚えていて、早くこの場から立ち去りたいと考えていたのだ。そんなことを微塵も察することができない校長だった。
 
 翌日、掲示板にそのツグミの写真が貼られると、大騒ぎになっていた。男子生徒らは着地寸前の写真を喜び、また、自分の携帯電話のカメラに収める者が多かった。女子生徒は、開脚し破廉恥さを感じることに対して、ツグミに同情する者とツグミをあざとく感じる者に二分した。ツグミ自身は学校から逃げ出したくなる気持ちを抑え、目に涙を浮かべながら教室で頭を抱えてた。
 これだけではなかった。速攻でSNSにあげられ拡散したのだった。そして、学校の裏掲示板には、ツグミにないする誹謗中傷が羅列していた。ツグミは周りの生徒達からの声でそれに気づくと、気分を悪くして保健室へ逃げ込んだ。
 
「校長、ツグミさんの気持ちは考えましたか?SNSにも拡散されて、本人は体調を崩して保健室で休んでるんですよ。彼女に対する昨日の振る舞いはセクハラですよ。ましてや、あんな写真まで掲示するなんて、何を考えてるのですか。」
 ツグミの担任のアンドウは、校長に怒りをぶつけた。
「私に向かって何をいってるのだね。大事な生徒のことを思ってのことだ。セクハラなんていわれる筋合いはない。」
 校長は逆ギレした。
「SNSでは炎上してるのですよ。ツグミさんの誹謗中傷で。校長が執拗にツグミさんの肩に手を置いて、そして、あんな写真まで晒して。ツグミさんは校長に色仕掛けして優遇されてる生徒になっているんですよ。」
 アンドウは校長を猛追した。
「君ねぇ、言葉を慎みなさい。私は悪くない。そうやって卑猥に捉える連中が悪いんだ。」
「でも、校長がきっかけを作ったんですよ。私を呼ばず、顧問のオクダイラ先生も呼ばず、昨日の取材は校長の独善的ものですよ。もっと想像力を働かせて下さい。」
 アンドウは追撃した。
「うるさいなぁ、出て行きなさい。あんな生徒が出てきたのは私の成果だ。文武両道を打ち出した私の成果だ。ここから出て行け。」
 校長は自分自身に非があったとは頑固として認めなかった。
「そうですか校長。私にも考えがありますので、覚悟してて下さい。」
 アンドウも頑なに校長への反発を収めなかった。職員室の自分の机に着くと、ポケットからボイスレコーダーを取り出して、今のやり取りを聞き直した。ツグミが色仕掛けしたわけではなく、女子生徒の気持ちを顧みずに自分の手柄かのようにした邪な校長との旨を書き込んで、その音声をSNSに投稿した。

 後日、PTA役員から、ことの経緯を求められ、最終的に校長は謝罪することになった。しかし、その謝罪は誰にも受け入れられず、反省していないと批判された。教育委員会も庇うことはしなかった。一旦、休職したが年明けには辞任する羽目になった。
 
 一方、ツグミは大学へ進学することへの意欲が失せてしまったが、何人ものオリンピアンを輩出している企業に声をかけられ、卒業後はそこへ就職し、ロングジャンプを続けることができた。日本新記録を樹立した。
 
 終



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