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好きな事を綴ります

小説 イクサヌキズアトー1

2022-04-02 15:13:00 | 小説
第壱話 和合

壱.美原海凪《みはらみなぎ》法律事務所
 
「良かったですね、奥さんが誤解してたことと理解して下さって」
「ほっとしました、美原海先生のお陰です、僕も誤解されないように日頃から妻との会話を増やしていこうと思います」
「私も、子育ての忙しさに感けて、いつも明るく振る舞う夫にイライラしてたんだなって実感しました、穏やかに接してくれてただけなのに、反省します」
 
 離婚裁判の相談を受けた弁護士の美原海凪は、あの力を使って相談依頼に訪れた夫婦の仲違いを収めたのであった。
 あの力とは、時間を操作し、過去や未来を変えてしまう力だ。
 
「凪先生、また無料相談で解決したんですね、御見逸れしました、といいたいところですが、今月も精一杯ですよ、経営」
「ごめんなさい、最近は益々、見えて来るんです、何ていうか」
 
 事務系の仕事を一手に手がけている松井麗美《まついれみ》は凪の収益に繋がらない仕事に愚痴を漏らすことがある。
 
「麗美さん、僕はそんな凪先生を尊敬しているんです、僕の給料はもっと減らしていいので凪先生の今の仕事振りを支えて下さい」
 
 司法試験を見据えて、凪の助手を務める、大きな理想を抱いている中内甚平《ちゅうだいじんぺい》は、凪に対する麗美の愚痴が発せられる毎に陶酔して凪のことを話すのだ。
 
「甚平君、大丈夫よ、ただの愚痴よ、こんな私の愚痴を聞いてくれる凪先生、尊敬してるの、火の車だけどなんとかするわ」
 
 時折みる、麗美と甚平の会話である。二人は、凪を弁護士としも人としても尊敬し、敬愛しているのだ。
 
 そんな大黒柱の美原海凪の弁護士事務所は、主に、民事裁判を請け負っており、週に三日は朝の七時から一八時までクライアントとの面談に費やし、残りの二日は裁判に充てている。しかしながら、麗美は事務員であるため八時間労働を厳守させ、甚平には日曜日だけは休みを与え、凪だけが三六五日フル稼働している。
 したがって、麗美が事務所の経済面を危惧するのは、凪と甚平の必要経費が必然的に嵩張ることと、休まない凪の身体を懸念していることで、愚痴を口にするのだ。凪はそれを察しているものの、甚平はそこまで深読みすることができないでいる。
 
「こんにちは、一四時に予約していた杉下春生《すぎしたはるお》です、お邪魔します、宜しくお願いします。」
「こんにちは、こちらへどうぞ」
 
 あの夫婦の後に予定していたクライアントが玄関扉をノックし、場に慣れた雰囲気を漂わせ、事務所へ入ってきた。
 凪は麗美と甚平との会話を強制終了させ、自ら玄関と対角線上の壁に、中を見ることができない上三分の一が磨りガラスになっているパーティションを二枚立て掛けた面談スペースにクライアントをガイドした。
 
「中内君、記録お願いしますね」
 
 同時に甚平を面談スペースへ誘った。甚平は仕事のモードな顔つきに変わった。
 
「参りましたよ凪先生、父の弟にあたる叔父が色々、言い出してきまして、祖母の側の家の人が素直に話を受け入れて安心したのですが、あの叔父さんが急にですよ、どうしたら良いですかね」
 
 春生は、遺書を残さずに他界した祖父、安造《やすぞう》の財産分与に関する相談で、今回で三度目の面談であった。
 初回の面談時は、父の泰生《やすお》と母の千鶴《ちづる》と共に、その場を設け、三〇年以上前に祖父の財産であった土地を泰生と、その弟、忠成《ただなり》とで七対ニの割合で生前贈与しており、死後に残った僅かな銀行貯金を祖母だけに相続させたいとの旨の相談内容であった。
 というのは、春生の祖母、数三《かずみ》は祖父の三番目の後妻で、安造と数三の結婚の決め手は、安造が所有する土地の一部を数三の兄弟や親類へ安価で譲ったことだった。その甲斐あって、数三のそれがしらは繁栄したのだった。
 また、数三は自分勝手なところもあり、泰生と忠成はその頃一〇代後半で、既に職に就いていたが、二人に何の相談もせずにポンポン土地を売る父、安造に嫌悪感を覚え、父親と後妻との距離を置くようになった。
 その後、泰生と忠成は、安造が最後の土地の一画を手放そうとした時に、安造を説得し、七対二の割合で生前贈与してもらうことになった。
 更には、贈与税や固定資産税の納付が可能か否かで春生と忠成はあのような割合になったことで兄弟仲が険しくなった。
 要するに、祖父、安造の壱千萬円近くある貯金は、数三を実家から出て行ってもらい、自分の親類と生活を送る、もしくは、将来の医療費や老人施設入所時に使えるものとして欲しいとの泰生の一存が、数三の家の者も納得して、それ以上のことは何も求めてこなかった。
 
「どんなことを仰ってるのですか、具体的に教えて頂けますか」
 
 凪は、安造が他界し息子たちである泰生と忠成が年老いた義母である数三の残りの人生を人間らしく暮らして行ける配慮をしたと捉え、更には、仲違いが激しかった義母であったため、その親族に今後の面倒をみてもらうことが互いに最良なことと考えてのことだと理解していた。そんなことを頭に浮かべながら春生にあんな質問を投げかけていた。
 
「はい、祖母に譲ったお金は自分らも貰う権利があったとか、祖父から生前に譲り受けた土地の配分は不公平だとか、いいだしてます」
 
「なるほど、安造さんが残してた貯金はもとより、泰生さん名義の土地まで幾分頂こうと考えてるわけですね、では、ひとつ確認したいのですが、ご祖父様から譲り受けた土地の配分を泰生さんと忠成さんが同意をしたことを証明できる文書とかありますか、確かに、その当時のお二人の経済状況を反映させて配分されたと思いますが、そういった文書があると忠成さんの主張は受け入れなくてもいい筈です」
 凪ははごく当たり前のことを口にした。
 
「分かりました」
 春生は凪の助言を納得すると、泰生が待つ実家へ向かった。
 
 実は、安造と泰生、忠成の間には、『土地贈与における分配の約束事』となる文書がつくられていて、凪はそれをあの力で確認し、それを泰生が保管していることを知っていたのだ。
 
 続



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