第弍什参話 創
台風が近づいている影響で朝から角度をつけた雨粒が落ちてきて、濃い灰色でさえ今にも落ちてきそうな低い空になっていた。
こんな朝は普段、道が混むものである。そう考えていたクロシマヒヅルは職場へ向かう時間を一〇分早めて車で家を出た。
クロシマの青い軽自動車は屋根付きの車庫から走り出すと、淵から垂れる集まった雨粒が屋根で音を立てていた。二、三秒ラヂオの音の邪魔をした。
不快な顔つきでハンドルを握っていると、思ったよりも渋滞はしていなかった。何故ならば、高校生までは夏休みで、コロナ禍によるリモートワークで人出が少なくなっていたからだ。そのことに気がついたクロシマは表情を緩めていた。
「おはよう、ヒヅル、今日は早いな」
「おう、おはよう、起きたら雨だったからさぁ、道が混むと思って早く出てきたよ」
クロシマの職場はプリントティーシャツを二人で製造と販売をする零細企業で、同級生のウエズソウタと切り盛りしている。そのウエズはいつも通りの時間に出勤してきた。
「夏休み期間だし、出勤率五割っていわれてんだから」
「すっかり忘れてたよ」
クロシマは少々おっちょこちょいな面を持っている。
二人のこの日の予定は午前中に発注がきたティーシャツを発送し、午後から二人ではあるが企画会議をする予定だ。その会議では、コロナ禍を迎えて、感染予防の促進を狙った、『マスク、手洗い、ソーシャルディスタンス』等といった単語をプリントしたティーシャツをネットショップで販売していたが、その注文が減ってきており、次なる商品をどんな形で売り出すかという話し合いをする。国からの支援金を受け取り、そういったティーシャツの売り上げで何とかティーシャツ屋を畳まずに済んでいるものの、これ以上売り上げをマイナスになると経営が保たないのだ。
コロナ禍以前は高校生の体育祭や文化祭、居酒屋、ラーメン屋等から大口の注文があり、二人でやっていくからこそ、繁忙期を乗り越えれば、閑散期で好きなことができるサイクルを保ていた。しかし、新型コロナウイルスの脅威で多大な悪影響を被っているのだ。正に、正念場である。
「後二件でコロナ禍に関したティーシャツの発送が終わるぞ、テレビとかで話題になった文句を入れたやつの需要はなくなりそうなんだよ、どうするよヒヅル」
「うん、なかなかアイディアが浮かばないんだよ、俺も」
二人はなかなかアイディアが浮かばず、お互いインターネットでコロナ禍に関する記事を片っ端から検索した。
「ウィズコロナ、アフターコロナかぁ」
ウエズは頭を掻きむしって、天を見上げた。
「ソウタそれだよ、これまでのデザインは感染予防に関する視点でデザインを考えてたけど、時間は進んでんだよ、ウィズコロナ、アフターコロナの視点で考えて行けばいいんじゃないか」
「そうだな、コロナ禍のフェーズは変化してんだよな、でも、どうするよ」
「文字を使ったデザインじゃなくてさ、俺たちの気持ちを何かで表現するんだよ、イラストでもいいし、そう、暗闇にポツンと一点だけ輝いてる光の玉を置いてさぁ、コロナから解放される光が見えてきたって感じな表現だと、ウィズとかアフターに繋がるじゃないか、俺たちの気持ちを表わせば」
「なるほどね、それいいなぁ、っていうか、それしかできねぇんじゃないかなぁ」
二人の思考は動きだし、デザイン画を作り始めた。
クロシマとウエズは三つずつデザイン画を作った。
クロシマは黒い生地でそれを着て心尖部辺りに日の丸のような赤い円を書き込んだものと、襟の周りから太陽フレアが降り注ぐもの。三つ目はビッグバンのようにティーシャツの中央から光が放射状に飛び散るデザインを書き上げた。
一方のウエズは一つ目に駐車禁止の道路標識のなかにαとδのギリシャ文字を書き入れたマークを白地にランダムに散りばめたもの。二つ目は、ティーシャツの背中に〝COVIDー19〟にバツ印を上から書き込んだデザイン。三つ目は、ティーシャツの裾に草木が茂る地上を書き、天使の輪がついた無数の〝COVIDー19〟が天に召されるデザインを書き上げた。
「いいんじゃないの」
クロシマとウエズは互いのデザインへそのひとことだけだった。
二人のデザインは趣きが違っていたが、素直に認め合った。
ネットショップでは、クロシマのティーシャツに〝コロナ禍終焉の光を探せ〟と、タイトルをつけ、ウエズのティーシャツは〝コロナ感染を止めろ〟とし、売り出すことにした。
そして、売上の一部をコロナ感染に携わる医療機関へ寄付をすると明言した。
「ソウタ、買ってくれるかなぁ」
「俺たちの気持ちが表現できたから、売れるかどうかは気にしないようにしようや、俺たちよりも苦しんでる人は沢山いるはずだからよ」
二人は、今までの仕事よりも満足感を覚えてた。誰もがこんな状況から早く逃れたいわけで、コロナ禍に便乗して儲けようとは思えなくなった。多くの人達の気持ちを表現できたかもしれないと思いたいだけになった。
終