コージはあずさを愛している/Koji Loves Azusa

小説「On The Road Part2 & 3」とリック連作
初めての方は「小説の目次」からどうぞ。

PH-14

2011年07月01日 07時01分00秒 | 希望の王子
長い長い坂道を上っていくと
ひときわ高い四角い灰色の塔が見えました
お姫様の泣き声はもう聞こえません

ぜったい安全な塔のお姫様は
どうなってしまったのでしょう
みんな少しずつ気になったけれど
絶望の塔に近づく勇気が出ませんでした

「絶望の塔のお姫様、
僕たちは戻ってきたよ」
王子様は明るく呼びかけました
塔の中から泥だらけのお姫様が出てきました

「エレベーターが動かなくて
1階ずつ歩いて下りてくるたびに
もうだめなんだと思ったわ」
「でも、君は下りてきたんだね
ぜったい安全ではないかもしれないこの地面に」

「安全って何?
笑うこともなく、ただ生きていることなの?」
お姫様は初めて会った時のように、泣き始めました

「お城は遠いけど、僕たちと一緒に来ないか」
王子様はさっきよりもっと明るく、笑いました

「私は絶望の塔の姫
希望の王子様とは一緒に行けないわ」
お姫様の声は小さくて、
消えてしまいそうです

「それなら、名前を変えればいいよ
今日から君は希望の姫だ」

お姫様は王子様の顔を見ました
ずっとずっと目をそむけてきた
太陽のような笑顔です

「地下の駐車場にパパの車があったの
その車が動けば、お城まですぐなのに
歩くしかなさそうね」
お姫様は生まれて初めて笑いました
とてもとてもかわいい笑顔でした


PH-13

2011年06月30日 07時01分00秒 | 希望の王子
王子様や子どもたちが目を覚ましても
バリトン歌手は歌声ぐらい大きな、
いびきをかいて眠っていました

王子様たちはビスケットを食べてから
みんなでバリトン歌手を起こしました
「花むこさんが結婚式に遅れちゃだめだよ」
バリトン歌手は起き上がって、目をパチパチさせました

子どもたちはジャングルジムをかけおりました
どしゃ降りのあとに、学校に行くぐらいびしょびしょだけど
地面はちゃんと地面らしく、立つことも走ることもできます

王子様たちは元気にハネをあげてはしゃぎました
踏みしめる地面があるって
なんてすてきなんでしょう

バリトン歌手は船をおりて
せきばらいをしてから歌いました
「僕は今
大地に立っている
道はけわしいかもしれないけれど
一歩進み出せることに
心から感謝しているよ」

家来や子どもたちは歩き始めていたので
バリトン歌手はびちゃびちゃと走って
みんなに追いつきました

いろんなものが、町のせんに向かって倒れています
自分の家をみつけた子どもは、ちょっと悲しくなりました
お母さんが植えた花が、
根こそぎ流されていたからです

「花はまた植えればいいよ
僕だって手伝うから」
無残な庭から目をはなして
キラキラした顔で子どもは言いました


PH-12

2011年06月29日 07時01分00秒 | 希望の王子
「あなたを信じていたけど
とても心配だった
勇ましくたたかう、あなたの声は聞こえていたわ
それでも不安だった私は
勇者の妻にふさわしくないかしら」

ソプラノ歌手の美しい歌声が響きました
バリトン歌手は寝返りを打ちそうになって、
王子様の家来におさえられました
そして、眠ったまま、ソプラノ歌手の名前を叫びました

自分が眠っている間に、
仲間がたたかってくれていたのは確かなようです
家来は恥ずかしくなって、
自分と同じように眠っていて目を覚ました子どもたちと笑いあいました
眠ってしまっていたのが自分だけでなくて、
本当にうれしかったのです

地面から湯気のようなもわもわが上がって
船の上はむし暑くなってきました
家来は上着をぬいで、王子様たちにかげを作りました

そっとジャングルジムをおりた子どもが
「お昼ごはんの頃には下りられる」
と教えてくれました
「そのためにはまず朝ごはんを食べなくちゃ」
家来はビスケットを出しました

お城に帰るには、いっぱい歩かなければいけないので
1人2枚ずつです
バリトン歌手には3枚だな
家来は考えました
自分は眠ってしまっていたので、2枚

子どもたちは自分のビスケットを
1枚の半分ずつ分けてくれました
「おとなは僕たちより、いっぱい食べなくちゃ」
家来は泣きそうになりました


PH-11

2011年06月28日 07時01分00秒 | 希望の王子
真っ暗だった空にお日さまが帰ってきました
王子様たちは夜じゅう渦とたたかっていたのです
明るい日の光に家来が目を覚ましました

「王子様、ご無事でしたか?
私は恐ろしい夢を見ました」
家来は王子様の顔を見て、安心して言いました
起きあがろうとしましたが、縛りつけられているので動けません

「今ほどいてあげるよ
でも、ジャングルジムの上だから気をつけて」
王子様が言いました
家来は冗談だと思って、首だけ動かしてまわりを見ました
あまり高く育たない木が見えます
いつからこんなに大きくなったのでしょう

「太陽が高く登ったら、地面も乾くでしょう」
バリトン歌手の声が聞こえました
たくましくたたかった船乗りの子どもたちは
こくりこくりと居眠りを始めました
王子様もあくびをしました

「しばらくの間、ここから落ちないように、見張っていてくれないか
すこし眠らせて」
王子様は言いました
目をあけているのも大変だったのです

「それでは、僕はお城に報告を」
バリトン歌手は、気持ちよさそうに息を吸い込みました

「ジャングルジムの上の船から見る町は、嵐のあとみたい
何もかも水びたしだけど
踏みしめる大地はあるよ」

PH-10

2011年06月27日 07時01分00秒 | 希望の王子
どんどん深いところに潜っていくと湖のせんがあって
せんが抜けたら世界が終わる
大きな魚の子どもはぼんやりと思い出しました
教えてくれたのは、お母さんだったかおじいさんだったか

魚は水に引っ張られてぐるぐる回りました
自分が魚じゃなかったら、とっくに溺れ死んでいたでしょう

でも、死んじゃうってそんなにいやじゃないかも
魚はちょっと考えました
それぐらい渦は強くて魚は負けそうだったのです

「町のせんを動かしてくれた海の勇者よ
俺たちの感謝の歌が聞こえるだろうか
君は負けてはいけない」

はるか水の上から力強い歌が聞こえました
魚は一生懸命ひれを動かしました
あちこちが千切れそうに痛いけど
泣いてはいけないと思いました
渦から逃げながら叫びました

「みんな、逃げるんだ
せんが抜けたら世界が終わっちゃう」

町のせんに向かって流されていた魚たちが
いっせいに湖を目指して泳ぎました

王子様たちの船は魚が作った流れに押されて
渦のまん中から少しずつ離れました

水の底に沈んでいた町が見えてきました
王子様はジャングルジムのてっぺんに、船をつなぎました
水が全部なくなってしまっても、ジャングルジムなら下りられます


PH-9

2011年06月26日 07時01分00秒 | 希望の王子
全速力で進んだからでしょうか?
絶望の塔はみるみる小さくなりました
小さくなるのと反対に、どんどん高くなっていくようです
王子様は水をじっと見て言いました
「さっきまで静かだった水がぐるぐると動いている
塔が高くなったんじゃない
水が減ってきたんだ!」

船は大きく揺れました
それから水の化け物につかまったみたいに、どんどん引っ張られていきました
「誰かが町のせんをずらしてくれたのかもしれない
みんなしっかりつかまって
それから気持ちを強く持つんだ」
王子様は叫びました

船は水の流れと絶望の塔の間で揺れました
ふっと気が付くと
船は絶望の塔にぐいぐい近づいていくようです

「ぜったい安全な塔に逃げましょう
お姫様と一緒に泣いて暮らしましょう」
家来が王子様の手をつかみました
「僕は行かないし誰も行かせない
希望を捨ててしまうかわりに、眠ってしまいなさい」
家来の力が抜けて、王子様の手を離しました
王子様は家来が船から落ちないように、ロープでしばりつけました
眠ってしまった2人の子どもも友達にしばられました

王子様と残った子どもとバリトン歌手は
「渦にも絶望にも負けないぞ
俺たちはたくましい船乗りだ」
と歌って、荒れ狂う渦とたたかいました


PH-8

2011年06月25日 07時01分00秒 | 希望の王子
「君が行きたくないのなら、僕は連れていかれない
町のせんを抜いたら、この塔のそばを通って帰るよ
君の名前は?」

「私は絶望の塔の姫」
女の子は答えました
船は四角い絶望の塔を離れました
「絶望の塔のお姫様、僕は希望の王子
僕の名前を忘れないで
きっとまた会えるから」

王子様は明るく手を振ったけれど、絶望の塔のお姫様は泣くばかりでした

船はみんなの意志の力で動くので
ぐんぐんと絶望の塔を離れました
みんな絶望なんて恐ろしいものから早く離れたかったのです

王子様がお父さんである王様に教えてもらった、町のせんはもうすぐです

町の遠くにあった大きな川や湖が雨でつながったので
船のまわりには、今まで見たことのない大きな魚が泳いでいます
船乗りのみんなは釣りをして、魚を取って感謝して食べました
ビスケット以外の久しぶりの食事です
お城のみんなにも食べさせてあげたいな
王子様も他のみんなも思いました

いつも泳いでいた湖が広くなったので
魚たちはびっくりだけど大喜びです
遠くに行ってはいけないと言われていたのに、遠くまで来てしまった大きな魚の子どもが
友達と深くもぐる競争をしていて何かに頭をぶつけました

頭がぐらぐらして気が遠くなりました
からだもぐらぐらして、友達が逃げていくのが見えました


PH-7

2011年06月24日 07時01分00秒 | 希望の王子
王子様たちの船はどんどん進んで、陰気な灰色の塔を見つけました
四角い塔からは、すすり泣くような女の子の声が聞こえます
「近くに行ってみよう」
王子様が言いました

陰気な声のぬしはオバケかもしれないし、魔女かもしれません
塔の陰気さが幽霊屋敷を思い出させます
子どもたちや王子様の家来だって、こわいなと思いました

「困って泣いている人がいるかもしれない
僕はその人も助けてあげたい
ちょっとだけ手伝ってもらえないだろうか」
王子様が言いました
船は灰色の塔に近づきました

四角い塔の一番上で、かわいい女の子が泣いています
だけど、かわいく見えるのはわなで、本当は恐ろしい魔女かもしれません
王子様は女の子に手を伸ばしたけれど、
他の子どもたちは灰色の塔からできるだけ離れようとしました

「こんにちは、どうして泣いているの?
今日はいい天気だよ」
王子様は女の子に言いました

「私はぜったい安全な塔にいるから、何があっても離れちゃいけないの
でも、私は安全なのにどうしてこんなに寂しいの?」
女の子は泣きながら言いました

「寂しいのは1人ぼっちだからだよ
僕たちは町のせんを抜きに行く
ぜったいに安全ではないかもしれないけど、一緒に行かないか?」

女の子は首を振りました


PH-6

2011年06月23日 07時01分00秒 | 希望の王子
1日目の航海はそれはそれは大変でした
誰も船になんか乗ったことはないし、
雨がざあざあ降るから船は揺れるし、
洗濯機の中のシャツやハンカチみたいに、
みんなはしわくちゃのよれよれになりました

2日目には船に慣れてきたのと雨が弱まってきたので、
昨日みたいによれよれにはなりませんでした

バリトン歌手はお城の方を向いて
「今日の僕は昨日より元気だよ
昨日は歌うことができなくてすまなかった
でも、僕の君への思いはきっと届いていただろう」
と歌いました

2日前に別れた愛しい人の声が遠くから聞こえました
ソプラノ歌手は歌い返しました
「あなたが遠くなってしまっても
私はもう寂しくない
あなたがそれだけ町のせんに近づいているのだから」

王子様は友達とお話しをして楽しく遊んで寝ました
お城のみんなも昨日より明るい気持ちで眠りました

こんなに優しい雨の音を聞いたのは何日ぶりでしょう
忘れていたけど、ちょっとだけ雨が降る日も、雨が降らない日だってあったのです
そして、そんな日がもうすぐ来るのかもしれません

子守歌みたいな雨の音を聞いてみんなが眠った翌朝、奇跡が起こりました

カーテンのない窓から日が射し込んだのです


PH-5

2011年06月22日 07時01分00秒 | 希望の王子
設計技師と大工さんとおかみさんたちと他のいろんなみんなが毎日がんばったので
思ったより早く立派な船ができました
町のせんより小さいと船が飲み込まれてしまうので
お城の広間の半分の半分もある大きな船です

降り続いた雨がどんどん上に上がってきたので
みんなが寝起きしている広間の下の下の階まで
水たまりのようになってきました
食べ物もずいぶん少なくなってきたから
もうぐずぐずしていられません

「船を出しましょう
僕たちはぜったいに負けません
歌を歌って見送ってください」
王子様はにっこり笑って言いました
もう何日も見ていないお日さまのような笑顔です

ソプラノ歌手は涙をふいて大きな声で歌いました
「私たちを守ってくれる太陽はけっして沈まない
私たちはあなたを信じています
さようならじゃない
また会いましょう」

「町のせんを抜いて帰ってくるよ
愛するあなたと、この町のために
今度会う時はきっと明るい太陽の下で」
バリトン歌手も歌いました
王子様や他の船乗りたちがみんなに手を振りました

船が下の下の階の窓から出ていきます
広間のみんなも手を振りました
声がつまって歌えなくなってしまったソプラノ歌手のかわりに
女の人たちが歌いました
「さようならじゃない
また会いましょう」