千葉県東部の二次医療圏「山武長生夷隅」でも、医療再生の動きが活発化している。この地域は県内の医療圏で唯一、救命救急センターがないため、東金市と九十九里町は共同で地方独立行政法人(地方独法)を設立し、救命救急センターを備えた「東金九十九里地域医療センター」の2014年度の開院を目指している。一方、山武、東金、九十九里、芝山の4市町が運営していた組合立国保成東病院は4月1日、山武市単独の新設型の地方独法による「さんむ医療センター」として生まれ変わった。同センターによると、新設型による運営は全国で初めてという。【複数の写真の入った記事詳細】 山武長生夷隅は総面積およそ1161?33平方キロメートル。山武、東金、大網白里、九十九里、芝山、長生など5市11町1村から成り、総人口は約47万人に上る。 この地域の医療崩壊のきっかけとなったのが、県の救急基幹センターに指定されている県立東金病院の医師不足だった。04年度に始まった新医師臨床研修制度の影響で、千葉大から同病院に派遣されていた医師が引き揚げ、同年4月に23人いた常勤医師は2年後の4月には12人にまで減少。東金からの救急搬送の増加で、近隣の成東病院では同年3月、12人いた内科医が全員退職し、内科病棟を一時閉鎖する騒ぎとなった。一連の救急医療の崩壊は、茂原市内にある公立長生病院にも連鎖。医師の引き揚げにより、同病院では一時、常勤の内科医が1人しかいない緊急事態に陥ったという。 東金病院はその後、191床あったベッドを60床にまで減らし、4病棟のうち3病棟を閉鎖、産婦人科と整形外科も休止した。整形外科の外来は今年4月に再開したものの、救急は内科のみで、外来は現在も休止したままだ。周辺の医療関係者の間では、「救急基幹センターなのに…」との不満もくすぶっており、県は東金九十九里地域医療センターの建設で地域の救急医療を立て直すとともに、東金病院の機能を同センターに統合する方針を示している。■「山武地域医療センター構想」がとん挫 同センターの建設は、県と山武郡市9市町村が03年度に策定した「山武地域医療センター構想」に端を発している。大網白里町立国保大網病院、東金病院、成東病院の3つの公立病院を再編?統合するため、市町村長と医療関係者らでつくる委員会は06年春、東金市丘山台に地域の急性期医療を担う「中央病院」(450床、23診療科)を開設するとする「基本計画案」を了承。県から開設許可も下りていた。一方同時期に、成東、山武、蓮沼、松尾の4町村が合併し、新たに山武市が誕生。椎名千収新市長が委員会に加わったことで、病院の名称や機能などをめぐって議論が紛糾し、当初の建設計画は曲折することになる。 翌年2月に合意した計画の修正案では、病院の名前を「九十九里地域医療センター」とし、病床数は400床、診療科17科に縮減されたが、病院事業管理者の人選でも市町長間の意見が割れ、08年2月に計画はとん挫する。 東金九十九里地域医療センターの建設計画は、過去に暗礁に乗り上げた計画を東金と九十九里が引き継ぐ形で生まれた。その後、両市町は成東病院を運営する組合からの離脱を表明。同病院の利用者の少ない芝山も参加しない方針を示したため、4市町による組合を解散、山武は単独で独法を新設することとなった。■千葉大との連携で臨床教育センターを併設 昨年秋にまとまった同センターの事業計画によると、病床数は314床で、22診療科に56人の常勤医を抱える三次救急医療機関となる。ヘリポートも完備し、医療法で国が定める4疾病5事業のうち、4疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)4事業(救急医療、災害医療、周産期医療、小児医療)にも対応。総事業費125億7100万円のうち、およそ7割を県が支援し、開設から7年後に黒字化を目指すとしている。 同センター内には「千葉大学医学部附属病院九十九里地域臨床教育センター」(仮称)を併設。同大から派遣された医師(教授や准教授など)が研修医の臨床教育にあたるとともに、現場での診療も行う。こうした試みは、筑波大と水戸協同病院の連携に次いで全国2例目。東金市の医療センター推進課によると、千葉大では、将来的に臨床教育センターを拠点として、他の病院へ医師を派遣することも視野に入れ、地域医療の立て直しを図る方針だという。■現場不在の「地域医療再生計画」 今年1月、千葉県の地域医療再生計画が国の「地域医療再生臨時特例交付金」の対象に選ばれた。病院の機能分化や救急医療体制の拡充を図るため、山武長生夷隅と県北東部の二次医療圏「香取海匝」に各25億円を交付。山武長生夷隅の再生計画では、救急搬送に30分以上かかる割合を全体の8割から県内の医療圏で最も低い45%まで改善するなどとし、東金九十九里地域医療センターの建設にも一部使用される予定だが、同計画に関しては、現場から疑問の声が上がっている。 「計画策定の段階で、県が説明に来たことは1度もなかった」。山武長生夷隅のある医療関係者はこう漏らす。県では昨年秋に説明会を開いたが、医療整備課の担当者は「説明が不十分だった面があるのも否めない」と非を認め、「個別の病院などとこれから具体的な使い途を協議する」としており、今後の状況は不透明だ。 一方の香取海匝には、ゴールデンウイーク明けから診療を再開する銚子市立総合病院も含まれるが、同病院の指定管理者によると、「県からは何も聞いていない」という。25億円の交付金は、地域の特効薬として期待されたものの、単なる“ばらまき”との見方が強い。前出の医療関係者は、「ばらまきにしても、地域で困っている医療関係者が決めるべきではないか」と皮肉る。【地方独立行政法人】地方独立行政法人法の規定に基づき、地方公共団体が設立する法人。自治体の事業の一部で、民間に委ねた場合に実施されない可能性のあるものについて、法人側に効率的かつ効果的に行わせることを目的としている。【関連記事】? 千葉?医療再生の序章(上) ―銚子病院再開、成否のカギは「複合医局」 ? 壮大なるばらまきか、医療再生の特効薬か―交付が決まった「地域医療再生基金」 ? 地域医療再生計画「医師会の参加が大事」?厚労省有識者会議が初会合 ? 再生に懸ける銚子病院(上) 波乱の1年 ? 再生に懸ける銚子病院(中) 旭中央病院の“悲鳴”
千葉県東部の二次医療圏「山武長生夷隅」でも、医療再生の動きが活発化している。この地域は県内の医療圏で唯一、救命救急センターがないため、東金市と九十九里町は共同で地方独立行政法人(地方独法)を設立し、救命救急センターを備えた「東金九十九里地域医療センター」の2014年度の開院を目指している。一方、山武、東金、九十九里、芝山の4市町が運営していた組合立国保成東病院は4月1日、山武市単独の新設型の地方独法による「さんむ医療センター」として生まれ変わった。同センターによると、新設型による運営は全国で初めてという。【複数の写真の入った記事詳細】 山武長生夷隅は総面積およそ1161?33平方キロメートル。山武、東金、大網白里、九十九里、芝山、長生など5市11町1村から成り、総人口は約47万人に上る。 この地域の医療崩壊のきっかけとなったのが、県の救急基幹センターに指定されている県立東金病院の医師不足だった。04年度に始まった新医師臨床研修制度の影響で、千葉大から同病院に派遣されていた医師が引き揚げ、同年4月に23人いた常勤医師は2年後の4月には12人にまで減少。東金からの救急搬送の増加で、近隣の成東病院では同年3月、12人いた内科医が全員退職し、内科病棟を一時閉鎖する騒ぎとなった。一連の救急医療の崩壊は、茂原市内にある公立長生病院にも連鎖。医師の引き揚げにより、同病院では一時、常勤の内科医が1人しかいない緊急事態に陥ったという。 東金病院はその後、191床あったベッドを60床にまで減らし、4病棟のうち3病棟を閉鎖、産婦人科と整形外科も休止した。整形外科の外来は今年4月に再開したものの、救急は内科のみで、外来は現在も休止したままだ。周辺の医療関係者の間では、「救急基幹センターなのに…」との不満もくすぶっており、県は東金九十九里地域医療センターの建設で地域の救急医療を立て直すとともに、東金病院の機能を同センターに統合する方針を示している。■「山武地域医療センター構想」がとん挫 同センターの建設は、県と山武郡市9市町村が03年度に策定した「山武地域医療センター構想」に端を発している。大網白里町立国保大網病院、東金病院、成東病院の3つの公立病院を再編?統合するため、市町村長と医療関係者らでつくる委員会は06年春、東金市丘山台に地域の急性期医療を担う「中央病院」(450床、23診療科)を開設するとする「基本計画案」を了承。県から開設許可も下りていた。一方同時期に、成東、山武、蓮沼、松尾の4町村が合併し、新たに山武市が誕生。椎名千収新市長が委員会に加わったことで、病院の名称や機能などをめぐって議論が紛糾し、当初の建設計画は曲折することになる。 翌年2月に合意した計画の修正案では、病院の名前を「九十九里地域医療センター」とし、病床数は400床、診療科17科に縮減されたが、病院事業管理者の人選でも市町長間の意見が割れ、08年2月に計画はとん挫する。 東金九十九里地域医療センターの建設計画は、過去に暗礁に乗り上げた計画を東金と九十九里が引き継ぐ形で生まれた。その後、両市町は成東病院を運営する組合からの離脱を表明。同病院の利用者の少ない芝山も参加しない方針を示したため、4市町による組合を解散、山武は単独で独法を新設することとなった。■千葉大との連携で臨床教育センターを併設 昨年秋にまとまった同センターの事業計画によると、病床数は314床で、22診療科に56人の常勤医を抱える三次救急医療機関となる。ヘリポートも完備し、医療法で国が定める4疾病5事業のうち、4疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)4事業(救急医療、災害医療、周産期医療、小児医療)にも対応。総事業費125億7100万円のうち、およそ7割を県が支援し、開設から7年後に黒字化を目指すとしている。 同センター内には「千葉大学医学部附属病院九十九里地域臨床教育センター」(仮称)を併設。同大から派遣された医師(教授や准教授など)が研修医の臨床教育にあたるとともに、現場での診療も行う。こうした試みは、筑波大と水戸協同病院の連携に次いで全国2例目。東金市の医療センター推進課によると、千葉大では、将来的に臨床教育センターを拠点として、他の病院へ医師を派遣することも視野に入れ、地域医療の立て直しを図る方針だという。■現場不在の「地域医療再生計画」 今年1月、千葉県の地域医療再生計画が国の「地域医療再生臨時特例交付金」の対象に選ばれた。病院の機能分化や救急医療体制の拡充を図るため、山武長生夷隅と県北東部の二次医療圏「香取海匝」に各25億円を交付。山武長生夷隅の再生計画では、救急搬送に30分以上かかる割合を全体の8割から県内の医療圏で最も低い45%まで改善するなどとし、東金九十九里地域医療センターの建設にも一部使用される予定だが、同計画に関しては、現場から疑問の声が上がっている。 「計画策定の段階で、県が説明に来たことは1度もなかった」。山武長生夷隅のある医療関係者はこう漏らす。県では昨年秋に説明会を開いたが、医療整備課の担当者は「説明が不十分だった面があるのも否めない」と非を認め、「個別の病院などとこれから具体的な使い途を協議する」としており、今後の状況は不透明だ。 一方の香取海匝には、ゴールデンウイーク明けから診療を再開する銚子市立総合病院も含まれるが、同病院の指定管理者によると、「県からは何も聞いていない」という。25億円の交付金は、地域の特効薬として期待されたものの、単なる“ばらまき”との見方が強い。前出の医療関係者は、「ばらまきにしても、地域で困っている医療関係者が決めるべきではないか」と皮肉る。【地方独立行政法人】地方独立行政法人法の規定に基づき、地方公共団体が設立する法人。自治体の事業の一部で、民間に委ねた場合に実施されない可能性のあるものについて、法人側に効率的かつ効果的に行わせることを目的としている。【関連記事】? 千葉?医療再生の序章(上) ―銚子病院再開、成否のカギは「複合医局」 ? 壮大なるばらまきか、医療再生の特効薬か―交付が決まった「地域医療再生基金」 ? 地域医療再生計画「医師会の参加が大事」?厚労省有識者会議が初会合 ? 再生に懸ける銚子病院(上) 波乱の1年 ? 再生に懸ける銚子病院(中) 旭中央病院の“悲鳴”