寂しがり屋のハーモニカ吹き。(障害者の日常生活)

もう、書かないと言って置いてまた記事ですが、、多目に見てやって下さいね。今日は体調がいいんですよ。生活保護受給者の悲哀、、、申請窓口での横柄な態度。利用した人の惨めな体験談、、

緊急掲載!!「生活保護制度の闇」、、皆さん考えて下さいね。誰も好き好んで生活保護に頼る人は居ません。だから自分には関係無い事だと言わずに、、

 
 
 

 

働き口を失い、収入が入らず、住む家もなく、今日食べるものも手に入らない―。
そんな状況から立ち直る手段として「生活保護制度」があります。
国内の完全失業者数は206万人に上り、コロナ禍で多くの人が困窮する中、今まさに「生活保護」が必要とされています。

ところが、福祉事務所の窓口で申請を拒む不適切な対応―いわゆる“水際作戦”により、必要な人が申請できずにいる状況も問題となっています。例えば、扶養照会をめぐり、扶養が保護の要件であるかのごとく説明を行ったり、無料低額宿泊所への入所に同意しなければ保護を申請することができない旨の説明をするなどの対応について、厚労省は不適切とし、「申請権の侵害または侵害していると疑われるような行為にあたるので、厳に慎むこと」と通知しています。

誰もが必要なときに、ためらわずに利用することのできる制度であるはずですが、実際は違います、、「生活保護」をめぐる皆さんのご意見や体験談を書いておきます。

 

 

 
7年半前、支援の相談に行った市役所の窓口で、鼻で笑われた経験
世間話的な感じで月に食費はいくらか聞かれ「5000円はかかってしまいます」と答えたら、
「私もそうですよ」と鼻で笑われました。「月5000円もかけてたら支援してもらえないんだな」と思い、頑張って月3000円に。更に頑張って月1000円にまで減らしました。食費1000円生活を半年続けましたが、23時間横にならないといけないくらいに(体重は41kgになりました。身長は171cm)だから3000円に戻し。その食生活を4年ほど続けた2018年末、左半身にしびれが出て、力が入らなく。食事を改善、食費は高く。2020年は残金がわずか、食費を減らそうとするも、諸々値上げで、現状維持が精一杯。当時の窓口の担当者に言いたいのは、「月5000円の食事で、あのデカい重そうな体をどうやって維持しているか、コツを教えてくれればよかったのに」アドバイスをいただきたかったです
 
生活保護当事者でも苦しんでいる事
私は訳あって生活保護歴10年以上経ちますが、この間物価や消費税が何度も引き上げられる一方保護基準が何度も引き下げられ挟み撃ちの状態です。先日地裁での新生存権裁判でも自分の現状を意見陳述として話しました。もう貯金もあまりなく、いつまで命が持つかは時間の問題です。しかも上京以来30年以上一人暮らしで結婚も出来ず友達すらなく、いつ孤独死してもおかしくありません。更に生保当事者である為に周囲からは特にネットで悪口やバッシング、誹謗中傷の格好の餌食にされています。それゆえ死にたい気持ちをギリギリ堪えている状態です。生活保護問題に理解を示す気がない人が余りに多くて残念でなりません。今もやりたい事や夢は数知れずですが何も出来ずに死ぬのは怖くてとてもできません。全国各地での訴訟も大阪以外は全て敗訴が続いているだけに、おかしいというかどういう神経しているのか理解に苦しみます。意外と生活が大変なんです。
 
自立とは
私はうつ病で無職で、母と2人暮らしなのですが、母は過去に生活保護を受けた際にひどい扱いをされたらしく、2度と受けたくないとのこと。母とは非常に不仲で、経済的・精神的な虐待を受けている状況の私は、それでも母の収入に頼るしかなく苦痛なので、家を出て生活保護を受けて療養ののち自立したいと考えて、病院や市役所や不動産に相談しています。ですが、病院・市役所からは「世帯主となる家を見つければ生活保護を受けられる」、不動産は「無職やうつ病や生活保護受給決定前の人には貸せない」と、詰み状態です。このまま私か母が死ぬまでこの状態が続くんだと思うと症状も悪化していく一方です。この悪循環を断ち切れる制度にしてほしいです。
 
申請に行ってわかったこと
精神的に追い詰められていた方(女性・子ども2人)に付き添って、生活保護課へ行きました。対応は丁寧でしたが、預金が50万円あると申請は無理と言われ、子どもの1人はその時高校受験生でした。50万円は高校入学時に(制服・自転車・携帯代・教科書代・電子辞書代)などですぐに無くなった経験を持つ私は、無一文にならないと申請できないのかと衝撃を受けました。借金せずに高校へ進学させられない? 働いても貯金どころか、食べていけないひとり親の状況は生活保護では埋められないのかもしれませんが、せめて令和の時代にあった申請基準にして欲しいと思う。
 
生活保護制度に望むこと生活保護を利用してみてわかった事があります。厚生労働省のHPの生活保護制度という制度の趣旨説明にも記載されています、「自立」という言葉なのですが、私は「生活の立て直し」と変更して欲しいです。生活保護の申請をするのは元々は自立をして生活をしていたけど自立が困難になった為に申請をするのが殆どの状況なはずです。そして申請の窓口へ行くと福祉事務所は「自立」を初めから助長してしまう。申請に来るのは自立困難になったからなのだが、という押し問答になってしまう。だから「自立」を「生活の立て直し」に変更して生活保護を申請しやすく、かつ申請受理しやすくして欲しいと望みます。結局は人間同士の言葉がやり取りをし易くしたり難しくしたりする事もあると考えます。
 
若くても家族と折り合いが悪くても……24歳の時に精神的な病気で働けなくなり、生活保護を申請しに1人で行きました。受け付けたCWから「若いから生活保護に浸って欲しくない」と言われ、私に必要のない別の制度を勧められました。結局その日は申請出来ず、後日司法書士に同行してもらいすんなりと申請出来ました。年齢に関わらず就業不可であり、困窮してる人をちゃんと申請出来るようにしてほしい。また、家族と折り合いが悪く会うとお腹が痛くなるほどなので、扶養照会しないで欲しいと伝えましたが、当たり前のように扶養照会をされました。扶養照会しなくても申請出来るはずなのでその辺キチンとして欲しいです。生活保護は最後のセーフティネットと言われていますが、あまりにも精神的なハードルが高いと思います。差別や羞恥心からか意地でも困窮しても生活保護は受けない!という頑固な方もいます。そんな方も受けられるような制度になって欲しいです。
 
1人では決して受けれない制度23歳でDVで離婚後、保護課に申請しにいくと実家に戻って親と暮らすようにと1時間説得された。親からも虐待されていたので暮らせないと話しても、「もう大人なんだから」と全く相手にされず困り果てていたら、友達の紹介で「生活を守る会」という所を紹介され、再度申請に行くと二つ返事で申請書を出してくれた。1人では決して受けさせてもらえない制度、それが生活保護なんだと思った。
 
優しい相談窓口であってほしい最終的なセーフティネットである生活保護相談の窓口こそ、優しくあってほしい。ほとんどの相談者が、何らかの事情を抱え、困り果てた末に、やってくる生活保護申請の場です。これまで保護申請の相談窓口は敷居が高すぎました。扶養照会など以ての外。憲法25条の文言をいまいちど、かみしめています。
 
各自治体の生活保護の受付窓口では、相談は聞くけど具体的に支給に結びつく支援はする気が無い(単なる相談窓口化している)と聞いたことがあります。生活が落ち着くまでの一時的な生活保護受給を申請する際は特に顕著で、公共交通機関が充実していない地方在住なのに自動車を日常的に使っているからダメとか難癖をつけられて不支給となることがあります。
 
生活保護の手続きの適正化・迅速化を求めます令和3年2月26日の厚生労働省社会・援護局保護課の事務連絡では、扶養義務履行が期待できない者(概ね70歳以上の高齢者や音信不通など交流が断絶している場合など)については扶養照会を行わないと通知しています。それにもかかわらず、姫路市においては、70代の高齢者(弟)が生活に困窮して生活保護を申請したところ、生活保護申請の1か月後に、遠方に住んでいて長期に交流がない姉(80代・非課税世帯)に、弟の生活保護の扶養届(扶養照会)が届きました。この扶養届は、援助できない場合には、その理由を詳しく書くように求めています。さらには、勤務先や収入、資産や負債を記載すること、その証明書類(源泉徴収票など)の添付も求めています。
高齢者が公助を求め、生活保護を申請したのに、行政は共助へ誘導。
 
他の支所の人が助けてくれた
自分が生活保護を申請する際に(A支所で)、母が、たまたま繋がっていた市内の他の支所(B支所)の生活保護課の人から「あなたの子供は生活保護受給できるよ。何故A支所は申請を拒むのか」とA支所に電話をしてくれて申請が通ったという経緯がありました。A支所は渋々といった感じでしたが。申請までに3回、A支所を訪れており個室に通され延々と申請しない様に説得されては帰されていました。
 
貧困対策だけでなく
52歳の私は今年6月、ASD・ADHD不注意優先型の両方だと診断されました。私は幼少の頃から他者とトラブルが絶えず、他者とのふるまい方を覚える思春期になって以降は、逆に表面上他者とうまくいっていても不安になりました。また両親から厳しくしつけられました。このため常に自分に自信がなく、最初の会社こそ転職できなさそうで14年いたものの以後転職を繰り返しています。今もパートのわずかな収入しかありません。生活保護を申請する際、働けるかどうか聞かれるのが怖いです。働けるなら働きなさいといわれて話を打ち切られたら生活できません。無理して働いて精神を病んだら誰が責任を取るのでしょう。ハードルの高さを感じてなりません。
 
生活保護は権利
精神疾患があり、生活保護を利用しています。医療費の心配をせずに医療にかかれるようになって生活が安定しました。生活が困窮している方には、ためらわず申請をしてほしいと思っています。保護費の基準引き下げは、生活が苦しくなるのでこれ以上しないでほしいです。
 
助かっている、けれど差別もある
高校生からうつ病になり、母親から自立を促されて20歳の頃に生活保護に。その時は福祉相談室の方がついてきて下さったので受給はスムーズでした。ただ、入院した時は保護費が出なくなるので主治医に懇願し入院期間を1ヶ月以内にしてもらいました。一度保護は抜けたものの再び保護のお世話に。そういった方面に詳しい方と申請に行きましたがこちらはスムーズに話が進んでいるのに対し、隣では「縁を切ったとはいえあなたの兄弟や子どもでしょう、頭を下げればいいだけの話だ」といった声も聞こえていました。生活保護=働かず金をもらう人、という認識になっている人も多く、パチンコに行く人のために税金を払うのが嫌だ、現金支給ではなく現物支給にすればいいといった声がネットには溢れています。わずかにいる不正受給をする人のおかげで。それでも国民の権利ですから困っている方は利用すべきだと思います。
 
「あなたは若いんだから」と追い返される千葉県市原市に住んでいた頃です。
会社を辞め、その後ハイになり貯金を使い果たし、公共料金も支払えなくなったときに相談に行きました。当時は自身に発達障害と双極性障害があるとも知らず、原因不明の体調不良で何ヶ月も外科や内科に通院しており心身ともに限界でした。

近くに身寄りもいないため藁にもすがる思いで相談しましたが、老年の担当者に「あなたはまだ若いし、ハキハキものを言えるんだからもう少し頑張ってみたら」と一蹴。ネットで見たマニュアル通りの問答しかされず、怒りを通り越して呆れました。本人の困りごとから適切な医療機関につなぐなど、もっと踏み込んだ対策の手を回してもいいのではないでしょうか。

現在は、生活保護を受けて生活しています。
診断書がついて障害者手帳をもつようになってからかなり物事がスムーズに進むようになりましたが、その事実にも、私は疑問を抱いています。
 
生きていて良い存在、だから利用していい
私は発達障害とそこから来る躁うつ病が悪化し、更にはDVで家を追い出されてホームレスになり、保護されたことで生活保護受給がスタートしました。私は親からの虐待を受けながら大人になったため、「私には生きる価値がない」と自死未遂を何度もやったりしていた状態で、保護されたときに役所の方から「あなたは生きていていいんだよ」とはじめて言われ、こんな私でも利用してよいのだと思いました。生活保護不正受給問題などで自分の立場にすごく悩んだ時期もありましたが、躁うつ病を安定させるには通院と休養が必要なので「今は自分を休める機関、体調が良くなって動けるようになったら社会に恩返ししたい」とそれだけは心に決めました。後に仕事も安定するようになり、結婚もし、それを機に受給を終えました。今では、発達障害当事者向けの茶話会開催や講演活動など、自分の出来る範囲で社会に恩返しできるよう日々奮闘しています。
 
社会福祉士のケースワーカー。何も知識が無いケースワーカーが多過ぎです。
病院に行くお金(移送費)が出るのに「出ません」と言い切る。職業資格取るお金(職業訓練の給付金制度)で相殺されるのに「出ません」言い切る・そんな人達に保護者の指導が出来るんでしょうか?制度法を知らな過ぎです。 自分の知り合いの、若い女性には「お水で働いたら?何なら身体を売れ」とも過去には発言されて泣いて帰った人も居るそうです。「生活保護は権利」と言うなら、なんで、申請書を窓口に置かないで奥に置いてるんでしょうか? 「ココの市じゃ受けれないから隣の市で申請して」とたらい回しにされた人も知っています。ケースワーカーとして都道府県や市区町村に設置された福祉事務所などの公的機関で働くためには、「社会福祉主事」の任用資格を取得する必要があります。守られてません
 
支給金額を平気で間違うCW
ケースワーカーの計算間違いにより、ある月の支給金額が本来より3万円ほど少なかったことがあります。私が窓口でCWに指摘しても、CWはヘラヘラ笑っていました。私には貯金がなく、3万円少ないことは生死に関わります。支給金額をダブルチェックする制度を導入してもらいたいです。
 
入院中の生活保護費が全額0にされる、、生活保護の方は入院が一ヶ月以上だと、全額保護費カットです、家賃、光熱費、携帯代金、誰が、どうやって払うの、、私は治療で入院するたび一ヶ月以内でお願いしますと必死です、一ヶ月以上かかる治療は毎日通院点滴朝昼2回、とします、なんとか改善してもらわないと病気治せません。
 
私は恵まれていると思います。きっかけはうつが再発してお給料が貰えず、家賃が払えなくなり、融資制度があるか役所にたずねに行ったところ、生活保護を勧められました。その時の所持金は確か6,000円ちょっとで、食糧があるか心配されました。ちなみに私は精神障害2級です。その後調子がよくなり一度生保を抜けましたが、またその後調子が悪くなり、今に至ります。特に病気がある人は、生保を抜けるときは慎重にならないといけませんし、役所も慎重になります。地域やケースワーカーさんによって違うと思いますが、私は不満はなく感謝しています。
 
堂々と生活保護を申請・利用しよう!
2010年9月にパワハラによる適応障害および抑うつ状態と診断され、傷病手当金を1年半受給しましたが、生活困窮状態となりました。2012年7月に生活保護を申請し、利用するようになってから9年が経ちました。私が申請した時はオブザーバー2名をお願いし、申請と面談しました。当時は国会議員やマスコミによる生活保護バッシングが厳しかったため、ひとりでは申請しませんでした。今、生活が苦しい人は、NPOなどの電話やメールによる無料相談をしてください。そして生活保護の申請へとつなげてほしいです。
 
生活保護ではありませんが障害年金受給での窓際作戦にあいました。妻が長年難病で苦しんできましたが、去年闘病の末になくなりました。障害年金を受けていましたが、更新のたびに嫌な思いをしてきました。窓口での冷たい物言いや、提出した診断書について医師の所見にまで細かい指摘をされました。そのたびに医師に状況を説明し書き直していただいたりしました。しまいには医師が「役所の担当者は医師免許をもっているのかね?」と苦笑いでした。明らかに更新を諦めさせようとする意思を感じました。生活保護申請で申請者が心を傷つけられるのは容易に推察できます。誰も好き好んで生活保護を受けたいなどとは思っていません。ごく少数の不正受給者が存在するからといって正当な権利を受けさせないのは納税者として許せません。
 
生活保護申請手続きが豊島区ではスムーズだった2014年から2017年まで生活保護を受けていました。私の場合池袋の豊島区役所分館で、なにもかもスムーズに進み、その後15万円を受給できる様になりました。アパート生活の後、実家に戻りましたが、生活保護費削減はその後でしたね。ラッキーだったと思います。福祉制度と連携して一律給付などが実現すると当事者の方たちも幾等かは暮らしが楽になると思います。
 
しんどいなら、頼ろう
有意義な情報は誰も教えてくれません。こちらから調べて初めてわかることだらけです。鬱病で突発的に仕事を辞めてしまい、家賃なども滞納、明日食べる物もなく本当にどうしようもない状況にまで陥って初めて、色々な制度があることを知りました。もっと早く知る機会があれば、生活も心も、もっと余裕が出来たのかなと思います。その後は保護を貰いながら通院し、社会復帰しました。生活保護までいかなくても、様々なセーフティーネットがあること、もっと世間に広く周知させる取り組みがあると良いのになと思います。「知らない人が損をする」社会はおかしいと思います。
 
就職しろという割に就活費用が出ない2回目の投稿です。
去年の秋に受けた就労支援で「面接を受けろ」と圧力をかけてくる割には、就活に必要な費用を保護費内から捻出せねばならないことにモヤモヤしました。幸いにもスーツは持っていましたが就活用の黒いパンプスが痛んでいたので2000円の黒いパンプスを買いましたが、1度しか履かない靴のために2000円を保護費から捻出するのは結構な痛手でした。あと、就労支援に通えと言われたものの費用は保護費から出さねばならないと言われたので、それでは生活できません。一応制度上では「就職が決まった後」にスーツ代などが出るそうですが、就活の時点でもお金はかかる(スーツ、靴、交通費など)ので就活をすればするほど貧乏になってしまうので、就活しろと言うなら就活に必要なものの支援は欲しいです。
 
バレた
不倫にDVで子供を連れて離婚し19年色々な人に支えられながら再婚もせず育て上げたが、元旦那が生保を受けると言って成人した息子に支援を求める書類が役所から届いた??その書類には勿論名前が書いてある。それでこちらの住まいまで知られてしまった。離婚当時DV保護法等になく規制は掛けられなかったのですが、生保を受けようとする方の人権等も考えて欲しいものです。
 
助かりますし、必要ですが、困ること、不便、多いです。・虐待で逃げてきたという話をしても、扶養照会は必須、最低でも書面必要、と、問答無用で書類を送られた。・医療券が不便。+担当によっては、メンタルの作用だろうと、医療券出してくれないことがある。また、女性系疾患の場合でも症状を告げる必要がある。とても恥ずかしいです。・健康で文化的な最低限度の生活、と言いますが、療養中心のメンタル疾患患者からすると、基本的に動けない人間にとっては、家賃・光熱費・携帯代金を支払えばギリギリ1日1食何かを買って食べる、をしてたら、精一杯の生活費。・働いて手元に残せるのは1万5千円程度。30万稼いで手元に残せるの3万円ぐらい……。福祉就労だと、時給200円以下。・人と会いたくないのに、支援は人が入ること前提。きつい。助かるけど、つらい。
 
保護費7万
2010年から生活保護受給者ですが、当時の保護費10万よりもうちょっと多くもらえてたのに、ある日突然生活保護費減額。それから一気にグンと下げられ、一桁台の7万まで下げられました。その生活保護費だけじゃ生活できないから障害年金も申し込み、その保護費と障害年金で毎日やりくりしていますが「健康で文化的な最低限度の生活」はどこいったんでしょうか。ほんま保護費下げるだけ下げて飢え死にさせる気でしょうか!
 
担当者によってこんなにちがうものかと。
元夫の暴力と貯金を奪われ一文無しで知り合いの家に身を寄せ、窓口へ相談に行き、順調に進みました。担当の女性はとてもよい方でこちらが不安や疑問に思いそうなことをさきまわりで解消してくれるような方でした。約一ヶ月し担当者かわりました。窓口へ行く前に前もって質問したいことを数日前に伝えていざ窓口へいってもいつも答えは出てない、挙げ句の果てに質問したことも忘れてる。また最初から。知識も全然ない。フルタイムの仕事決まって社保について質問すれば生保だから社保入れないと言う。やっと決まった就職も採用取り消される始末。わからないことを聞いても折り返しの連絡はいつもこない。で、折り返し連絡するって言ったかわかりません。がお決まり。問い合わせのたび不安。
 
報道をまず変えるべき
日本のマスメディアは弱い立場に追いやられた側の声を伝えているフリだけで、権力側の不正を暴き晒し出す力が全く無い。NHK番組内でも、生活保護を取り上げた後に財政が厳しいとコメントを挟む水際作戦をたびたび行い偏見を煽っています。富を分配させず福祉を削り、利益を得ているのは誰か、搾取する側や社会構造を徹底的に暴くべき。その上で保護申請は権利で、扶養照会は義務ではないとした国会答弁を繰り返し伝え、不当な対応をした自治体はNHKが取材に行くので是非情報提供をと呼びかけるべきではないのか。権力の監視もまともに出来ない自分達の在り方を一体いつ変えるのですか?誰のため、何のための公共放送でしょうか?
 
死ねたらラクでしたが
もう生活保護歴は四半世紀余りになります。障害あり難病ありで抜け出すのはほぼ絶望。でも餓死よりいい。申請時にはいろいろ。気に入らなきゃ国を相手取って福祉改善の訴訟を起こせはいいと笑われたり。でも、当方これ権利ですから、そんなこと言う人を内心、憐れむだけ。事情も事情で、死ぬワケにいかず。死ねたらラクでしたが。
 
諦めないで。
福祉事務所での水際作戦は今でもあるようです。なるべく一人ではいかず支援団体の人に同行してもらうといいと思います。生活保護を選択肢に考えるじたいで困窮してるし精神的にも追い詰められてるからです。生活に困ってる人や働いていても生活費が足りない人も生活保護を受けてください。権利ですから。私も水際作戦で苦しめられました。しかしそれは福祉事務所のほうが違法なのです。人には生存権があります。生きてください。幸せになってください。そう願っています。
 
生活保護を受けられず、売春しました
虐待が原因で家出をした時、所持金が1000円しかなく家もなく職もなく、近くの役所に保護して欲しいと訴えに行きました。その時にいろんな窓口をたらいまわしにされ、女性センターに電話をするよう言われました。携帯を持っていなかったので、なけなしのお金で公衆電話から女性センターに電話をしたら保護は無理だと言われ、そのことを役所に伝えに行ったら「あなたは保護対象ではない」と追い返されて路頭に迷い、売春をして生き延びました。助けて欲しかったです。
 
生活保護申請の水際作戦は当たり前
健常者だがコロナで派遣の仕事を失い、この4月から生保開始。「相談できるレベルにないから申請しに来ました、今日は申請書を書きに来ました」と言ったとたん、タメ語、不機嫌、ペンを投げてよこす等。コロナで就職活動ができないのを『個人の努力が足りない』と、就職活動の交通費を出さない。法的根拠をこちらが示しても、ムシ→キレ説明がくるだけ。手紙に日付を入れない、嘘の報告、エビデンス隠しも日常茶飯事。マスクをとって水分補給したら、睨みつけられて。イヤそうな顔のCWがいるあたり、この仕事したくないんだろうとCWの偏見もいつも見る。
 
田舎の保護課
当時30歳、中卒、免許なし、子供が2人、10歳と7歳の時に離婚。収入、清掃のパートで月7~8万。アパートの家賃3万。そんな状況で保護申請、で、言われた言葉。「その若さで市民の税金の上にあぐらをかく気か、全部税金なんですよ?!」20人ほどの職員と通行者のいる場所で怒声を浴びせられました。課のえらい人らしかった。絶対に忘れません。ありがとうございました。
 
ストレスで記憶が消えるまで続けられる強引な就労支援。障害者枠(精神2級)で働いてましたが理解が全くなくて体調を崩して就労不能となった25才から生活保護を受けてます。去年の秋に突然就労指導員の指導が入り、無理矢理就労支援を受けさせられました。主治医から就労の許可が出ていないのでハローワークに提出する「主治医の意見書」という書類は本来もらえないはずが、「私のサインでいいでしょ」と就労指導員が強制的に書類を出されてしまったり(医師ではないので当然ながら許可はおりませんでしたがトラウマです)、「今月中に会社の面接を受けないと指導に従ってないとみなし生活保護を打ち切る事もあるかもしれません」と言われたものの、医師の許可がおりていないのでハローワークは使えないため、求人サイトの求人に応募した後記憶がなくなって警察に保護されました。極度のストレスだそうです。就労支援はなくなりましたが「働けない人は死ね」と思われている事がよくわかりました。
 
二つの自治体で生活保護制度を利用したことで見えたこと
ぜひ制度を利用していただきたいと思う反面、傷付きを伴うことも知っておりますので、お勧めしづらい気持ちも持ち合わせております。

担当のケースワーカーさんからの見下した態度に傷付けられます。
自治体によっても差があること、毎年担当の方が変わりますので、その年その年のCWさんによって心穏やかに過ごせるかどうか違ってきます。私を含め、精神疾患を患っている方々は大きな心労になっていることと思います。

高等教育への進学をお考えのご家庭には、言葉では尽くせない過酷な生活が待ち受けます。進学をする子どもは世帯分離をし、奨学金という名の教育ローンを背負い、二人分の保護費で三人分の生活費を賄うことになり、削れるところは削り倒して生活することになります。発達障害を抱えながらのバイトと勉強の両立は大変な困難であり、本人も家族も疲弊し、家族関係が悪化することでまた大変な傷付きを負います。
 
田舎のひきこもり
20年近いひきこもりを経て非正規で働いています。貯金もなく、時給制の非正規なので病気をしたら辞めざるを得ないので、将来生活保護を受けるしかないのですが、実家に住んでいるため、生活保護を受けられないと社会福祉協議会の方に言われました。田舎ではアパート自体がなく、どうしたらいいかわかりません。早く死にたいし自殺するしかないんだろうと思います。親がいなくなった後のひきこもりやワーキングプアがどうすればいいのかも特集してほしいです。生活保護を特集してもらえるだけでもありがたいです。放送されて何かが変わればいいなと思います。読んでいただきましてありがとうございました。
 
母子家庭の命綱
元夫の経済的DVで離婚、お金に困窮し、子供は小三不登校で家にずっといる時、生活保護を申請しにいきました。窓口で「子供に寂しい思いをさせて、親はみんな働きにいくのではないですか?」と言われましたが、必死に何度も申請に行き、受給できました。弱いものである子供にシワ寄せがいくのが嫌だった。子供も中学になったので、私も働き始め、私も持病があるので、無理はせずに、親子二人でお陰様で幸せに生活しております。
 
ケースワーカーは寄り添ってほしい
私は、精神疾患のため生活保護を受給しています。ケースワーカーが遵法の観点から事務的に接し、冷たく感じます。市役所で書類を記入した際に記入個所を爪でコンコンと鳴らしてみたり、CWたちの方が上のように感じました。ケースワーカーは私たちに寄り添ってほしいです。また、憲法で保障されている本来の目的に沿った支給金額であることを願っています。
 
担当者によって、対応が雲泥の差
統合失調症の療養中、無職の状態で病気が再発し、入院しようとしましたが、家族から入院費が払えないからできないと言われました。その頃、家族は母親が年金暮らし、兄の家族3人で、兄は自営業で仕事がなく、貯金を切り崩して、自宅の住宅ローンと、子供の教育費と、生活費を賄っている状況でした。そこで、役所の生活保護の担当の窓口に、状況を説明したところ、今の状況では生活保護は受けられないと門前払い。その後も、インターネットで調べ、グループホームに入って、世帯分離したら生活保護が受けられることを知り、その話をしに何度も役所に相談しに行きましたが、同じ人が対応し、言うことは毎回変わらず、門前払いをされました。埒が明かず、障がい者生活支援センターの人に同行してもらい、役所に行ったところ、同じ人が出てきましたが、話が通じないことを知っていたようで、別の人を呼んでもらい、無事生活保護を受けることができました。

コメント一覧

kiyasume
akiraさん、書き込みどうも有難う御座いました、、
そちらに書いた様に、私はもうblogを辞めようかと思って
居たのですが、、色々な方から続けた方がいいと言われまして、、

まあ、体調が悪い事もあるのですが、、

最近は、それでも続けて行こうと思いました。
これからは気楽にやって行こうと思っています

ですので、また、よろしくお願い致しますね。。。。(๑>◡<๑)
1021akira
お邪魔いたします。
そうですか続けられる、ホットしました。そうですね、会社の仕事ではないので気楽に行きましょう。よかった。まだ私の演劇活動のお話が完了していないので、どうしようかと思ってました。待ってくださいね、必ず終わらせますから・・・
では、また・・・
kiyasume
imagawaさんアドバイス有難う御座いました、、

いや、私は生活保護を6月か7月に申請するので、、
それまでは体の調子もあまり良くないのでblogの方は休もうと
思って居たのですが、、皆さんからも最後とか考えない方がいいと
言われて居ます、

ですので、本格的に記事を上げるのは6月、7月以降になるか
とは思いますが。それまで単発で書きたくなったら
書いて行こうと思い今回も書いて見ました。

此れからは体調と相談しながら自由に書いて行こう
かなと思って居ます、、有難う御座いました・・・・・・。( ◠‿◠ )
imagawa
こんばんは。
私も基本はブログの更新に重きを置いていなくて実生活中心だから。
最後とか気にせず、ブログは調子が良い時に、書きたいことが有る時に、何度でもお書きになられたらいいと思いますよ。
お身体大事で。
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